第4話 お嬢様とメイド その2
「ふぅ、ようやく解放された……」
「すまないな。こやつーー
蔡未と呼ばれた彼女ーーメイドは宗太の隣を横切ると、まっすぐ主人の元に戻っていく。
そして、スカートの両裾を上品に持ち上げ、
「ーー
ペコリ、とお辞儀。
銀髪のミドルヘアー。宗太から見て右の目元を前髪で隠してるためか、どこかミステリアスな雰囲気が漂う。
その立ち振る舞いはまさに礼儀正しさの権化。その現実離れした見た目は、主人と比べても引けを取らない。
黒の長髪である一千夏と合わさり、まるで本当に妄想でも見てるかのようだった。
「それで北島……だったか。一体、わたしになんの話があるというのだ?」
「さっきので全部だよ。昨日と今日で、どうしてそんなにもキャラ違うのかって」
「それは……」「それは私が説明いたしましょう」
言葉をさえぎるようにして、蔡未が自ら解説役に立候補する。
「いいのかよ。こういう時、メイドっていうのは主人の言葉を待つもんじゃないのか?」
「時に、主人の間を取り持つのもメイドの勤めです。そして、今はその役目を果たす時だと判断いたしました」
つまり、今の質問は一千夏には答えづらい内容だという事。
宗太は納得すると、話の続きを促した。
「簡単に申しますと、新しい学校では普通の生徒でありたいと思ったお嬢様が、まず話し方から変えてみたものの、やっぱりめんどくさいとさじを投げそうになった……という事です」
「いや、なにもかも言いすぎではないか!?」
一千夏が勢いよくツッコむ。
「でも、ウソは言ってないですよ。というか、全部事実です」
「それはそうだが……でも、他に言い方があるであろう!? もっとこう、オフロードに包む的な!」
「それを言うならオブラートです。どちらにせよ、この場合は真相を隠すことにメリットを見出せなかったので」
再びはじまる距離感の近い会話。だが、これではもはやコントだ。
「……まぁ、大体の事情は分かったよ。鳳さんは普通になりたいから、あんな口調をしてたんだな」
「そうだ。ふっふっふ、ちゃんとした平民を表現できていたであろう?」
「いや、平民っていうかエセお嬢様みたいだったけど」
「エセ!? ただのお嬢様ではなくてエセなのか!?」
衝撃を受けたとばかりに、一千夏は一歩後ずさる。
「まぁ、エセかどうかはともかく、お嬢様の一世一代のデビューは、ものの見事に失敗したということですね。残念です」
「なんか全く残念そうではないが!? くそっ、どうしてこんな事に……」
その時、宗太の中にある感情が芽生えた。
危機感。これはもしかして、あまり関わっちゃいけないタイプのやつなんじゃなかろうか。
最初にゲームショップで会った時の衝撃。あれは間違いなく、人生で初めて経験する感情だった。
でも、それは考えてるのとは少し違った。
あれは決して一目惚れなんかではなく、危機感から派生した、ただの警告だったのだと。
「あ、そうだ。あの時は無理だったので、この機会に尋ねておくか」
そう言うと、一千夏は凛とした表情を宗太に向ける。
「げーむというのは、昨日のあれ以外にもーー色々な種類があったりするのか?」
かと思えば子供のような純粋無垢な瞳で、いきなりそんな事を訊いてきた。
「ゲーム? お嬢様、ゲームとは一体どういう事ですか?」
「うむ。実は昨日、外を散歩してたら偶然、そういった店を見つけてな。気づいたら、店の前から離れられなくなっていた」
「習い事を途中でほっぽり出して、ですか?」
「……しまった!?」
「それで、先ほどの質問ですが……昔に何度かやった事があります。今ではめっきり機会も減りましたが」
「でも一応、やった事はあるんだな」
はい、と蔡未が肯定する。
その返事を聞いて、宗太は次に、一千夏の方に視線を向けた。
「そして、鳳さんはゲームをやった事がない。聞いたことはある。せいぜい、その程度の認識だ」
「うむ、そうだ」
強く頷く一千夏。
「……これは俺の個人的な考えだけどさ。いくら習い事をしても、世間っていうのは知ることはできない。ましてやこのご時世だ、ゲームを全く知らないのは問題があるんじゃないか?」
「問題とはどのような?」
「それこそ、クラスメイトと話す時とか……。今では携帯でゲームなんて当たり前だからな。全く知らないってなると、それだけでおかしなやつ扱いされる時もあるし」
宗太自身は経験してないが、前にそんな光景を学校内で見たことがあった。
単に娯楽というものに疎いだけで、輪に入れなくなる。そんなのは当たり前。
学校というのは、世間というのは。そんな驚くくらい単純な構造でできている。
「鳳さんは普通でありたいと思ってるんだろ? なら話し方以前に、その『普通』っていうのをまず知らないといけない」
「世間に疎いお嬢様が、手っ取り早くそれを知れる方法。つまり、それがゲームということですか?」
「少なくとも、俺の考えはそうだ」
蔡未の問いに、宗太がまっすぐな眼差しで答える
普通の定義は人によって違う。しかし、自分から普通であろうとする人間には、それ相応の理由があるはずだ。
なら、その興味心や努力を遮りたくない。まして、その矛先がゲームというジャンルなら。
「お嬢様は、前々からゲームに興味があったのですか?」
「なんとなく知識として知ってただけだったが、本物を見たらますます興味が湧いた! わたしも亀を踏んだりしたい!」
その言い方は微妙に誤解される気がした。
「そうですか。ーーでは、間を取ってこうしましょう」
蔡未は両手をぽん、と叩く。これ以上ない名案を思いついたような表情で。
「責任を取って、宗太さんがお嬢様にゲームを教えてください」
「……は? どういう事?」
どこの間をとったらそうなるんだ?
動揺する宗太だったが、その提案に一千夏が同意の声を上げる。
「たしかに、それは名案だ。今のところ、学校でわたしの素を知ってる者は他にいないからな。指南役として、これ以上の適任者はいるまい」
「それはまだ転校初日だからだろ。これからどんどん話せる相手を作っていけば、素を出せる相手もいつか見つかるはずだ」
おかしな方向に着地しようとする話を、なんとか元の軌道に戻そうと試みる。
だが目の前にいるメイドとお嬢様は、すでに方針がまとまろうとしているようで。
「話せる相手だけなら、お嬢様のエセ丁寧語でも正直なんとかなります。しかしーー素を出せる相手、すなわち友達を作るには、話題の共有が必要。それがゲームだというのなら、宗太さんが教えるのは理に適ってると言えます」
「無理やり感がすごい! ていうか、最初にゲームの話したの俺じゃないんだけど!?」
頑なに二人の言葉をかわそうとする宗太だったが、それには理由があった。
人によって様々だが、一般的にゲームという単語で思い浮かべるのはアクションやRPGだろう。亀を踏むか、もしくは剣をとって魔王と戦いにいくか。
だが、宗太にとってのゲームはそれらとは大きく違う。
平たく言えば、ジャンルというやつが。
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