第3話 お嬢様とメイド その1

「……」



宗太は自分の席で、今か今かとタイミングを見計らっていた。


しかし、想定外の事が起きた。放課後になっても、一千夏の席が人で埋まっていたからだ。



「鳳さん、今日って予定ある? 実はこの後、鳳さんの歓迎会もかねて皆でカラオケ行こうって話になってるんだけど」


「すみません。お気持ちはうれしいのですが、今日は早く帰らないといけないので。また後日、都合が合えば参加させてもらいますね」


「そうなんだ~……なら仕方ないね。じゃあ、今日カラオケいく人、あとで店集合って事でいい?」


(えっ、歓迎する当人いないのにカラオケは強行すんの?)



クラスメイト達は、ぞろぞろと教室を出ていく。その中には孝介の姿も混ざっていたが、宗太は特に気にする素振りもなくそれを見送った。


スクールカースト上位の人間はこういう時、強制参加と相場が決まっている。



「ふぅ……」



クラスメイトが出ていくのを確認すると、一千夏は小さく息を吐き、帰り支度をはじめる。


このタイミングを逃すわけにはいかない。


宗太は内心、緊張しながら、一千夏の席に近づいていく気概を見せた。こうしてる間にも、時間はどんどん過ぎていくからだ。


そしてーー時計の長針が数回ほど大きく動き。



「……っ! あのさ、ちょっと話があるんだけど……!」



勢いよく席を立つ宗太。だが辺りを見回すと、すでに教室には誰もいなかった。


しばらくの間、その場にポツーンとたたずむ。


自らのヘタレ具合に辟易した。こういう時、ゲームの主人公ならどんな行動を取るだろう。


考える宗太だったが、そう思った時点ですでに答えは決まってるようなものだった。



「……追い、かける!」



カバンを肩にかけて、宗太は素早く教室を飛び出した。







校門までの道中、一千夏の姿はどこにもなかった。


もしかして、もう帰ってしまったのだろうか。教室でボーっとしてたのは数分くらいだったから、その可能性は十分ある。



(ここから道路に出るまで、道はこの坂しかない。そこまでに会えないと、また全部振り出しだ)



そうして走り続けて、坂を下り終えた頃。10メートルくらい先で横断歩道の信号を待つ、一千夏の姿を見つけた。



「な、なぁ! 俺、君に話があってーー」



手を伸ばしながら、声をかける。


が、次の瞬間。急に視界ががたんと揺れて、宗太はその場に膝をついてしまう。



「……へ?」



自分の身になにが起こったかわからない。


よくわからないまま首を後ろに向けると、そこにはメイド姿の銀髪少女がいた。


再三言うが、本当によくわからない状況だった。



「ーーあくまで見ているだけにとどめようと思ってましたが、こうなってしまっては実力行使に出る他ありません。なにか御用があれば、私が代わりにお聞きしますが」


「……いや、それよりなにこれ? 俺、今どうなってんの?」


「拘束しています。身長差があるので、膝をつかせることで高さは合わせてますが」



少女が言った通り、宗太の体は完全に固定されてしまっていた。


手を後ろにクロスさせた状態で掴まれているので、動かせるとしたらせいぜい指先くらいなもの。宗太の中にさらに困惑が広がる。



「痛いですか?」



そうした張本人が、いきなりそんな事を訊いてきた。



「そりゃあ、こんだけしっかり掴まれてたら」



率直に思ったことを口にする。


すると、少女は「そうですか」と言って、手の力を緩めた。二の腕が少し自由になった宗太だったが、どうしてか拘束を振りほどく気にはならなかった。



「それで、あの方になにか御用ですか?」


「用というか、ちょっと話があって」


「それなら私が聞くと言ったはずですが」


「それだと意味ないんだよ。ていうか、あの子とはどんな関係だ?」


「メイドです」



少女は当たり前のように言う。



「メイドって、今はそういうコスプレが流行ってるのか」


「コスプレではありません。正真正銘のメイド、名付けて正なるメイドです」


「なんか急にうさん臭くなったな」



一蹴すると、少女は無表情のまま手に力を込める。


痛くはないが、どうやら怒ってるらしい。終始、無表情なのでわかりづらいが。



「……なにをしているのですか?」



とーーそこで別の声が挟まれる。


宗太が顔を向けると、そこにはジト目でこちらを見る一千夏の姿があった。どうやら騒ぎを聞きつけて、こちらにやってきたらしい。



「お嬢様。いえ、この方が話があるとおっしゃったので」


「話?」



一千夏はさらに距離をつめると、宗太の顔を間近で凝視した。


そして、思い出したように。



「あなたは同じクラスの。えーっと……」


「北島だよ。北島宗太」


「そう、北島さん。あれ、どうして名前覚えてないんだろ……一応、声かけてきた人の名前は全員覚えたはずなのに……」


「それは俺が声かけたメンバーに入ってないからだろうな」



たしかに、声をかけてないのは事実だ。


だが、宗太が言おうと思ってたのはそういった事ではなく。



「鳳さんだっけ。昨日、ゲームショップの前で会ったの覚えてない?」


「ゲームショップ……」



人差し指をアゴに当てて、目をつむる。


一千夏の記憶の箱が次から次へと開いていく。やがて。



「……あっ!? もしかしてあの時の!?」


「ようやく思い出したか」


「赤い帽子をかぶって変なキノコ取ってた男子!」


「それはただのマ〇オだ」



その返しに、一千夏の頭にクエスチョンマークが浮かぶ。


こんな有名なキャラを知らないとは。でも今の反応で、昨日の彼女とここにいる彼女が同一人物なのがハッキリした。



「どうして昨日と今日で、話し方違うんだ?」


「……」



いきなり核心を突く。


押し黙る一千夏だったが、数秒と経たず、その態度は瓦解した。



「……はぁ~~~~、ダメだ。やっぱりこのしゃべり方はわたしには合わん。息が詰まって仕方ない」



聞き覚えのある、歳を食った話し方。


制服姿であっても、その高踏的な佇まいは昨日と変わることがない。話し方が戻った途端、なおさらそう思った。



「新しい学校では話し方から直すと仰っていたのに、もう力尽きたのですか?」


「学校ではそうするが、この男にはすでに本性が知られている。なら気をゆるめるのは当然というだけの話だ」


「気を緩めるのは構わないですが、それがデフォにならないでくださいね。人間、続けるより諦める方が簡単なのですから」



気さくに話す二人。身内感あふれる遠慮のなさが、今の会話からも見て取れる。


しかし、それはそれとして。



「なぁ。そろそろ拘束解いてくれない?」


「どうしますお嬢様?」


「……解いてやれ」



密着していた少女の体が離れていく。


今度こそ両手がフリーになり、宗太は軽く手首をまわした。


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