負けヒロインをアイドルに誘ってみた

「まあ、事情はいろいろとわかったけど。帰らなくていいのか、家に」


「いいっーて、いいっーて〜〜〜。もう何もかもどうでもいい…ヒック。泊めて〜」


完全に出来上がってやがる。

これは外へ出す方が危ないかもしれないな。


「はぁ、あのな。一応僕は男なんだけど…。男が一人暮らししている部屋にいるってことは、同意とみなされても仕方ないんだって解釈されるけどいいのか?」


こんな無防備な美少女(成人)をそのままにする男はたぶんこの世にいないだろう。

それだけ、彼女はもろもろ警戒が無さすぎるのだ。


「好きにすればいいーじゃ〜ん!どうぞ!煮るなり焼くなりしてくださ〜いよ!さあ!」


「いいのか?知らないぞ?同意としたと認めるんだな?」


僕は念の為音声を録音しておく。

万が一の保険のためだ。


「いいって言ってるでしょ?!ほら、やってみなさいよ!所詮ただの臆病でヘタレな男なんでしょうけど!」


イラッ。

僕に二言はない。

ソファで寝そべる彼女を四つん這いに覆うように迫る。

彼女は察したのか逃げようとする。

が、そんなことはさせない。

手首をガッチリと掴み抵抗できないように四肢で動きを塞ぐ。


これでもう、逃げきれない。

僕は行為に及ぼうとした・・・、


「…そんな顔するならバカなこと言うなよ。こっちが悪いことしてるみたいだろ」


彼女の大きな瞳から大粒の涙がこぼれ落ち、

ソファを濡らす。

体はフルフルと震えていて、小動物のようにさえ感じた。

表情は歪み、悔しさと諦めが透けて見えた。

そんな姿を見ていると、あまりにも彼女が惨めでどうしようもない女であることを理解した。


「・・・すればいいじゃない!どうせ押し倒して自分のことしか考えてないケモノのクセに!私のことなんて見てくれないクセに!」


自暴自棄。今の彼女にぴったりな言葉だ。

このまま返してもきっと繰り返す。

ここで無理やり追い出してしまうのは簡単だが、惜しい、実に惜しいんだ。


何かはわからない。けれど、彼女からは光輝くスター性を垣間見た気がしたんだ。

風呂上がりのすっぴんだったとはいえ。

僕がここまで意識することなんてまずない。


だから、僕は彼女を放っておくことはできない。


「見てるに決まってるだろ!キミのそんな悲しそうな姿なんてみたくない!僕はさっきまでの飄々とした振る舞いや立ち姿、キミの容姿、一目見ただけで気になった!だから、もっと知りたいし、もっと見ていたい!僕をこれ以上失望させないでくれ…!」


「なによ。会って少ししか関わってないのにさ…。何様よ!なんなのよ…」


しばらくの沈黙。

僕は彼女の上からおりて、

コーヒーを飲む。


一息入れたかった。

それにしても、なんであんなこっぱずいことを僕は言ってしまったんだろう・・・。


冷静になってみると同意と見せかけた。

完全な強姦行為に及びそうだったんだよな。

やはり酔ってると判断力が鈍るな。

少し控えるようにしよう。


「…悪かったわね。勝手に飲んだりしちゃってさ。あとで仮は返すから、その、ごめんなさい」


どうやら彼女は酔いが覚めてきたようだ。


「いや、僕にも落ち度がある。すまなかった。その、帰れそうか?」


「うん、なんとかね。たくさん話したから、スッキリしたし。もう平気…」


背筋を伸ばして何事もないように取り繕う彼女だが。

そんなわけがない。あんなに騒いでまで恋愛を引きずるような子だ。

これからも恋愛をするたびに彼女は傷つき、心をすり減らして苦悩の日々を送るのだろう。


だがヘタに関わって迷惑をかけられるのも憚られる。しかし、ここで彼女を帰せばきっと後悔する。心は無性にざわついている。

これは僕の問題も少なからずある。


どうにかしたい。

けれど、何ができるだろうか?

彼女が苦しまない方法としてなにがあるだろう?


ふと、部屋を見渡す。

すると、僕の推しているアイドルの写真が目に留まった。

僕はドルオタと呼ぶほど推し活をしたりとかはしていない。


むしろほとんどのアイドルには興味がない。


ただ唯一ここに写っている『こころ』というアイドルだけには、心から推している。


彼女の健気さ、ひたむきな姿勢、前向きな行動、センターという中心にはいないけれど、間違いなくグループの中には不可欠なポジション。それは、グループを支える影の主役と呼ぶのに相応しいと思う。


はじめてライブを観に行って本気で推してもいいと思えたのは彼女だけだった。


名も知らない目の前の彼女は、そのアイドルとはまさに逆。

しかし、アイドルや芸能人のような一際輝くカリスマ性、センターにいても不思議ではないルックスが備わっている。


このまま、見る目のない男と関わるならアイドルでもやればいいのにと思ってしまった。


・・・そうか!ならばやればいいのだ!

僕はこれまでの人生でおそらく二度とかけることはない言葉を告げる。


「…なぁ、アイドルをやってみないか?キミにはその資格がある」


「・・・え、アイドル?私が?」


自室で『負けヒロイン』をアイドルに誘うという。

今後一生ないだろうスカウトをしていた。

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