『負けヒロイン』アイドルの誕生

「この状況でなんでアイドルの話が出てくるわけ?」


困惑というより、話が見えていない彼女は適切な説明を求めているように思えた。


「キミをアイドルに誘っている理由は単純だよ。アイドルよりもアイドルに見えたんだ。間違いなく他のアイドルとは一線を画すと断言していい。それだけ」


「そんな感覚的な自己主観だけで、アイドルになれって?それは無理な話よ。私はアイドルに興味がないもの」


彼女はアイドルになる気はないようだ。


当たり前だ。それは百も承知。

少し知り合ったばかりの男にいきなりアイドルになれとか言われる方の身になれば断るのは自然な流れだろう。


だけど、ここで引き下がる訳にはいかない。

目の前の美少女は他にはいないアイドルになれる可能性を秘めている。

これは僕の妄想に等しいことだ。


でも、そのまま彼女を帰したくはなかった。

放っておくことができないのだ。

これは自分の性分のせいなのか、または自分の中にある欲望の咎なのかは定かではない。


一つ言えることは、彼女とこのまま関係を断ちたくないと思ってることだ。


「僕はアイドルについて少なからず知っている方だ。見る目はあると思っている。売れるアイドルに共通するところをキミは持っているんだよ。だからこうしてスカウトしてる」


「あなた、もしかしてアイドルのプロデューサーなの?それなら少し話が変わるかな」


怪訝な目で見られているから、てっきり断固拒否するかと思っていたが、どうやら満更でもないようだ。


「そ、そうさ!今からそう名乗ることにしたんだよ。キミを必ずアイドルとしてトップにしてみせる!いや、やってやる!」


拳を固く握りしめ、決意を露わにして説得。


「今からって…、意味わかんない。どうしてそこまでして私にこだわるの?もしかして惚れたとか言わないよね?」


彼女のいうこともあながち間違いではないと思った。

僕もなんでここまでしてこだわっているのだろうか?

惚れているというのも間違いではないだろう。でも、僕の場合は彼女に憧れを抱いていると思う。


僕には無いものを彼女は全て持っている気がしている。いや、持っているんだ。


才能の塊を見つけて傍観していられるのは、画面の先で見つめた世界の中だけ。

僕はこの機会を手に入れたいのだ。彼女を通して自己満足をしたいんだ。

こんなエゴ捨て去ったはずなのに。


「そう…かもしれない。キミのことを異性としてみていることも否定はできない。 

でも、一つ確かなことがある。

それは僕がキミのファンになったこと。

そして誰よりもキミをアイドルとして輝かせると自負していることだ。

だからアイドルにならないか?」


「そこまでして…。けど無理よ。私はアイドルなれるほど可愛くもないし、キラキラしてもない、なにより年齢の壁があるでしょ。ババア扱いされて消えていく、そんな世界で生きようなんて甚だ無謀でしかない」


どの面さげて自分を悲観しているのだろうか?美少女が自虐いうと嫌味にしか聞こえないという気持ちがわかった気がする。


そもそも、自己評価が低すぎるのも問題だ。

やはりこれまでの恋愛が尾を引いてるのがわかる。だったら、


「悔しくないのか?キミを振った男たちを見返してやろうとか思わないのか?これはチャンスだと思ってほしい!アイドルになって振った男たちがどれほど見る目のない節穴だらけの連中なのかを証明してやろうよ!」


恋愛の失敗を糧に説得を試みる。


「…でも。アイドルなんて、できるの?本当になれるの?」


「できるし、なれる。僕はそれだけキミを推しているんだ!だからアイドルをやろう!」


立ちすくんだまま、沈黙が続く。

僕らを天井から照明の白いライトが当たる。

まるでクイズ番組の結果を待っているかのような、演出を思わさせる。


「一つ確認なんだけど」


「なんだ?」


「アイドルって確か、歌ったり踊ったりしてキラキラしてるフリでファンに媚び売って、手を繋いだり写真を撮って高額な値段で買わせ、体を張る割にストーカーや変質者に狙われやすいのにギャラがまったく見合わない、

ハイリスク・ローリターンの仕事のことであってるよね?」


「うん。偏見と悪意に満ちた回答だけど、当たらずとも遠からずって感じだ」


ここまで捻くれて考えられるのは、もはや清々しいといえよう。


「私も昔はアイドルをみて憧れてた。

けれど、現実はいつだって私に味方はしてくれなかった。恋も進路も夢も…。

だからアイドルになろうとしても叶わないよ」


引き攣った笑顔で語る。

そうか。彼女はこれまで、人生を諦めるように過ごしてきたんだ。

何があったかはわからない。

それでも僕は彼女のためにも、引き下がる訳にはいかないんだ。


「それなら、僕が代わりに叶える。キミを最高のアイドルにする。約束だ。責任は全て持つから」


「…、わかったわよプロデューサー。

私を…、その最高のアイドルにしてよ、約束だから」


右手をすっと差し出してきた。

説得に折れたと考えていいみたいだ。


「あぁ、だけどアイドルとしてしっかり仕事をしてもらうことは忘れないでくれよ」


こうして僕らの契約は成立し、拾った『負けヒロイン』がアイドルとして誕生した日となったのだった。

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