『負けヒロイン』と僕のプロローグ

「では、改めてアイドルとプロデューサーという立場になった訳だし。今更だけど、自己紹介しよう。僕は宇野宙斗(うのそらと)だ。

よろしく頼む」


「私は橘陽奈子(たちばなひなこ)よ。

よろしく」


名前まで可愛いのかよ。反則か。

マジで振った男たちの顔面に一発入れてやりたい。


「ねぇ。あなたのことはどう呼べばいいかしら?…プロデューサー?」


「うーん、仕事ではそうだな。そうじゃない時は基本的に好きに呼んでくれて構わない」


「そう。あなたいくつなの?見た目は若そうだけど」


「僕はこうみえて26だ。キミは二十歳くらいか?酒飲んでたし、それ未満の場合は色々とアウトだから今のうちに教えてほしい」


「私は、その。…に、あ、あなたの年齢よりもこのくらい下!」


年齢を伝えることは恥ずかしかったようで、

指を一本立ててきた。

ほう。なるほど。

気にするほどじゃないと思うが。

女子の事情は複雑だから明らかにするのはやめておくとしよう。


「ちなみに早生まれだったりする?」


「え、えぇ。1月11日生まれだけど」


「そうなると…え?!同年代なのか!

もしかして普段は秘書とかOLとかしてるのか?!」


僕と同年代ならば、社会人として働いているのが普通だ。もしかしたら忙しい身なのかもしれない。


「してないわよ。…普段は家庭教師してる。でも時間に余裕はあるし、そこまで活動に支障はないから安心して」


家庭教師…、だと?!

もしや彼女は頭が良いのか?


「差し支えなければ、どこの大学か教えてもらっていいですか?」


「え、なんで急に敬語? 

W大だけど。もしかして経歴とか必要だった?学部は文学部で卒業済みよ」


「W大って、あの誰もが知るあのW大?」


「そうよ。でも、今どきそんなに珍しいことでもないでしょ」


うそやん。めちゃくちゃ頭いい子やん。

これぞ、才色兼備の鏡。

自分の語彙力が良ければより優れた表現ができるのだろうが、ここまでが限界だ。


てか、珍しくないとかイヤミかな?

見えている世界がどうやら凡人とは違うらしい。


ますます橘さんを振った男たちの理由がわからない。もしや頭が良すぎるあまり男たちの方が去っていった可能性もあるのでは?


「それはどうかわからないけど…。教えてくれてありがとう。

さっそくだけど、アイドル活動するための具体的な擦り合わせをしようと思う。が…、

もう夜も遅いし後日でもいいか?」


時計はすでに0時を過ぎ、まもなく次の時刻に変わろうとしていた。


「えぇ、もう夜中だし仕方ないわよ。それじゃ私は帰るわ。服はまた取りにくるから」


「ま、待った!近くまで送るよ。夜道は危ないからな」


美少女に夜道を一人で歩かせたとなれば監督責任やら非常識だと言われかねない。

例え平気だとしても、心配をしておくのが僕なんだ。


「でもここから歩いてすぐだし、平気よ」


「そうはいかない。それならここに泊まって明日の朝一番に帰ればいい」


「えぇー…、さっきみたいに襲われる気がするんだけど」


そっちが先に酔っ払って始まったのが発端なんだけどな。

そんなことは一ミリも覚えていないらしい。


「さっきは雰囲気に流されただけだ。今はそんな気を起こすこともないし、そもそもアイドルに誘ったのに変な関係になってちゃ目も当てられないだろう?」


「それもそうね。わかったわ、じゃあ今晩泊まっていく。言っておくけど変なことしたらすぐ帰るからね!」


念押しでくぎを刺された。

そんな期待なんてすこーししかしてない。

すこーーーしだけしか。


「わ、わかったから!とりあえず夜も遅いんだし寝よう。布団持ってくるからソファでくつろいでくれ」


「ありがとう、えーと、…宇野くん」


宇野くん。いい響きだな。

もう一回言ってほしい。


「いいよ。橘さんに何かあったら困るのは僕もだから」


「さん付けって変じゃない?宇野くんの方が年上なんだから呼び捨てでいいよ」


「そっか。なら橘、明日予定あるか?」


「えぇ、一応。午前だけ仕事があるけど」


「それ終わったらまた、僕の家に来てくれ。その時に具体的なことを話し合おう。…よしセット完了」


僕は手早くリビングの配置を整えて、布団を敷き終える。

友人が泊まりにくることもあるから、

泊まり用の布団やら一式持ち合わせているんだ。


「わかったわ。じゃあ仕事終わりまた来る。あなたは仕事じゃないの?」


「僕は自由を愛する孤高のフリーターなんだ。明日は休息日」


「あなた定職してなかったのね。いろいろ言いたいことはあるけど眠いからやめておくわ。…布団ありがとう」


「はいはい。じゃあ電気消すぞ、おやすみ」


「えぇ、おやすみ」


僕は自室へ戻り、寝るのではなく。

明日の資料作成に勤しむ。


こういう手続き的なものについては、経験があるのでネットを見ながら作っていく。


いやそれどころではない。

橘がアイドルをやってくれる!これだけで、嬉しさが込み上げてくる。


不思議だ。今日までアイドルに興味がなかったのにどういう風の吹き回しなんだろうか。


これも彼女の魅力なのか?

何はともあれ僕の全力でもって最高のアイドルにするだけだ!


よし、ここはアイツにも連絡を入れておくとするか。

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