『負けヒロイン』はアイドルになりきれない

眩しい…。

カーテンの隙間から入り込んだ朝日が瞼に重なる。


いつから寝ていたのだろうか?

真っ暗なPCを立ち上げる。

どうやら昨夜の間に、契約書など雑事は終わっていたみたいだ。


まったく記憶がない。

というより思い出せない。

それにとにかく頭が痛い。


昨日はなにがあっただろうか?

確か。制服姿の美少女を拾って・・・。

あ!橘!そういえば、どうしてるんだろう?


時間を確認すると9:12と表示している。

橘がまだいるかもしれない可能性があるため、リビングへ確認に行く。


扉を開くと、綺麗に折り畳まれた布団一式。

リビングの家具が綺麗に配置されていた。

テーブルの上には見覚えのないものが置かれている。


なんだこれ?


そこには、ご飯、目玉焼き、サラダ、味噌汁。

…朝食が用意してあった。


昨日用意した覚えはない。

それに、テーブルの上にはA4サイズの置き手紙一枚がある。


どうやら橘が書き置きしていったみたいだ。


『ウノくんへ

昨日は泊めてくれてありがとう。

アイドルの話、誘ってくれて嬉しかった。


でもごめんなさい。私には無理だよ。

寝る前に色々考えてみたんだけど、

年齢のことや業界で生き残る難しさがどうしても付き纏うの。


だからこの話は無かったことにしてください。一方的に断ってしまって本当にごめんなさい。

でも、ありがとう。


ps.

朝食よかったら食べて。


橘ひなこ』



・・・どうやら僕だけ、一人歩きしていたみたいだ。

橘は僕ほど本気ではなかったってことなんだろう。


そうだ。

やる気がないなら無理にやらせることではない。

無理強いは僕の一番嫌いなことだから。


さあ今日は何しようか?

掃除でもやるかな。せっかくだしレイアウトを変えてみようか。


僕は気持ちを切り替えようと、

やることを決めていく。


こうしてまた同じ毎日が始まり、

僕の日常がまた動き出す・・・。



・・・いやだ。

・・・いやだっ!


僕はどうしても諦めることができない!

彼女はそれだけ僕にとって最も優先すべきことになったんだ。

たった一日しか知り合っていないのに…。

なんでだ。一晩寝ても覚めないこの熱…。


この気持ちが生まれた正体を僕は知りたい!

そう思ったら居ても立っても居られなかった。


僕は近くの家庭教師をしている場所を徹底的に調べあげ。

ジャージ姿のまま、外へ駆け出した。


 


どこにでもある普通の一軒家。

私はこの家の家庭教師。

直接訪問して、勉強を教える派遣教師という形態で塾から依頼を受けて仕事をしている。


インターホンを鳴らし、家庭ごとにいつも通り仕事をする。今朝までのことは頭から離れないけど、今は目の前の仕事が優先。


「おはようございます。今日もよろしくお願いします」


「あら。橘先生!いつも、ありがとうね。ウチの『ユキ』の成績もずっと伸びてて喜んでるわ!」


「いえ、そんな。ユキちゃんが頑張っているからですよ」


他愛のないテンプレのような会話。


「橘先生!今日もよろしくお願いします!」


明るくハキハキしている彼女はユキちゃん。

私が担当している生徒の一人。


「ユキちゃん。今日もよろしくね」


「はい!部屋に行こ!先生!」


「二人とも、あとでお茶とお菓子持っていくわね!」


私は家庭教師の中でも、自慢ではないが成果を出している方だ。

仕事のやりがいもある。


だけど、なぜだろう。


疎外感と呼ぶのかはわからないけれど、何もかもが空虚に感じることがある。


気にしないため恋愛に熱を入れても、私のカレはみんな他の女に移ってしまう。

生きている理由がわからなくなる。


でも、昨日会った彼。宇野くんには勇気づけられた。私を励まし、理解しようとしてくれた。アイドルになってほしいというのも、冗談には聞こえなかった。


もしかしたら成れてしまうのかもしれない。

昔の夢が叶う…そんな予感すらあった。


でも、私に挑戦する勇気はない。

あの時は場の空気で、つい『やる』と言ってしまったけど。

冷静になると無謀だってことがわかる。

私には今の生活が合っている。


私は自分を無理やり納得させるように、

心の声を押し殺した。



階段を上がると、ユキちゃんの部屋に着く。

ユキちゃんは中学生。物覚えもよく、部屋も女の子らしいキレイでかわいい。


机と向かい合ってマンツーマンの指導。

ユキちゃんにはこの方法が合っていた。


私は、わからないところを噛み砕いて、ユキちゃんの理解できる言葉に言い換えることで理解力を高めるように教える。


ユキちゃんも真剣なのできちんと課題や復習、さらに予習もしている。

こんなに真面目でいい子なのに、今までまったく勉強をしてこなかった、勉強嫌いな子どもだというのだから不思議だなと思う。


熱心に取り組む彼女の姿勢は私にも伝わってきて、何度も感心させられる。


ユキちゃんを昔の自分と重ねているところもあるからなのか、少し贔屓してしまう中。

応援したくなる気持ちが湧き出す一方で、それを羨ましいという嫉妬が私の中に渦巻いている。


ひと回り年齢の違う少女にそんなくだらない感情わ向けてしまう自分が醜く思えて仕方がない。


「先生、どうしたの?元気ないよ?」


「え、そうかな。そうみえた?」


「うん。いつもはもっとビシッとしてるから変だなぁって思ったの」


生徒に心配されるなんて、教師として恥ずかしいことだ。

気持ちを切り替えないと。


「もしかして、彼氏にフラれたの?」


子どもならではのストレートな質問に、

私は言葉が詰まる。


「…そ、そうなの。またフラれちゃった」


ここは誤魔化しても仕方がないので、

正直に話す。


「なんで先生はフラれるんだろうね。若くて美人で頭が良くて性格もいいのにさー。

わたしが男子なら間違いなく結婚するのに」


「ありがとう、ユキちゃん。お世辞でも嬉しいよ」


あぁ〜、なんでこんなにいい子なの?

ユキちゃんは私の癒し。

もっと褒めて〜。


「お世辞じゃないよ。たまに子どもみたいにはしゃいだり、泣きじゃくって収拾つかなったり、お酒飲んで頭がおかしくなるけど。それ以外は完璧だもん!」


んー。

最後の言葉はちょーっと傷ついたかなー。


「でもね。私の話を聞いてくれる人に出会えて気持ちは落ち着いたんだー。だから、平気だよ」


「それって先生のことをきちんと見てくれる背の高いカッコいい人?」


「んーと。外見は普通で、どちらかといえば地味。背丈は私とあんまり変わらないかな。だけど、私のこともっと知りたいとか。アイドルになれるとか言っちゃう変な人…かな」


宇野くんは初対面の私に告白じみたこといったり、アイドルになれると言い切る普通じゃない人。でも優しくていい人。


「なんか今まで付き合ってきた人とは違うよね」


「どう違うの?」


「今までは先生のことを『守る』とか『大切にする』からとか、耳障りのいい言葉で先生を丸め込んでたじゃん。でも、その人は先生を見てるし、知りたいっていうくらいでしょ?それは先生に現れた運命の人がきっとその人ってことだよ!絶対に逃しちゃダメだよ!」


この子は何者なんだろう。

恋愛マスターか何か?

いつ言ったかも、わからない愚痴のことを覚えていて。子どもとは思えないようなアドバイスをくれる。

きっとこの子は将来、大物になる気がした。


「でもね。私が一方的に別れたからきっとその人とは会えないよ。きっと幻滅されてるだろうし」


「先生。…本当に先生のことを考えて、気にしている人なら、今頃先生を探してるよ」


「そうなのかな…、先生はその人との約束を破っちゃったんだ、大人なのにね。そのせいで傷ついてるかもしれないし…」


「先生。運命の人ならどんな困難でも立ち向かって手に入れようとするの!約束破ったくらいじゃ大したことないよ」


本当になんなのだろうこの子は。

本当に中学生?

実は大人のふりしてるんじゃないの?


「まあ、探してなかったらその程度の男だったと思えばいいんだし。大きく構えておこうよ!もしどうしても先生が困ったらわたしが助けてあげるから!」


はぁ〜。なんでこんなに頼もしいのか。

やはりユキちゃんは私の天使。

お家に飾ってお出迎えしていっぱい甘やかしてほしい。


「そうかな。そうだったらいいな」


諦め九割、希望が一割。

きっと私は見放されたに違いない。

前の前のカレもそうだった。


ちょっと口論しただけで、喧嘩して次の日には運命の人に会ったから別れると告げてきたそれも一方的に。

私がやったのもそれと同じ行為。


これはきっと罰だ。

私がはじめて私で終わる。

そんな惨めな結末。


だから、私は私が嫌い。

いっそのことラクになれたなら、

きっとそこにいけるのに・・・。


私がそんな自己嫌悪に陥っていると。


ピンポーン


ユキちゃんの家のインターホンが鳴る。

お客様かな?と思い。

気にせず勉強を教えていると。


ドドドドド!


階段を駆け上がる音が近づいてきた。

何事かなと、私とユキちゃんは向き合う。


扉のノックと同時にユキちゃん母の声が響いてきた。


「橘先生!あなたに用事があるっていう人が玄関にいるわよ!話が終わったら帰るみたいだから相手してくれないかしら?」


え?まさか。

そんなわけがない。

私が一方的に突き離したのに。


私はユキちゃんに肩を叩かれて向き直ると、


「言ったとおりでしょ!さ、先生!早く行ってあげて!待ってるよ!」


私は恐る恐る階段を降りる。

きっといない。

そうに決まっている。

私はそれを望んでいない。


…でも、もしかしたらって期待を持ってしまう。


玄関の見える位置まで降りると、玄関に二人いて一人はユキちゃん母。

もう一人はどうやら男性みたい。


お願い…。

どうかあなたでありませんように。


私は玄関に立つ男性と目を合わせる。


「ようやく…見つけたよ、橘」


目の前にいたのは汗だくになりながら、私のことを見つめる宇野くんの姿がぼやけて映っていた。

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