『負けヒロイン』と僕の協力者
「それで、何をするの?アイドルって」
橘はお茶を飲みながら質問する。
さっきからソファでゴロゴロしているため、服がシワにならないのか、とか。
普段からだらしないのか、とか。
いらんことまで考えてしまう。
でもアイドルのオフショットを見ている気がして悪くないと思ってしまった。
「そうだな。とにかくアイドルってのはどれだけ応援してくれるファンがいるかと。アイドル自身の価値で決まると思ってる」
「アイドルの価値?」
橘の頭にハテナを浮かべてるようだ。
「そう。アイドルってのは名乗るだけではダメだ。何のためにアイドルとして行動するのかを考えなくてはならない」
名乗るだけなら誰でもできる。
誰かの笑顔のためや、みんなを応援するためなど基本的に利他的な姿勢が求められている。
もちろん外見の魅力やコミュニケーションの面白さなどエンタメ映えする武器は持っておくのが前提。
だがすでに先駆者が多くいて代わりがきく。
そうそれは弱肉強食な世界。
天下分け目の戦に生きるに等しいのだ。
「で。前置きはいいから、何かもう考えてあるんでしょ?教えてよ」
察しがいいな橘。
そう、僕らが目指すアイドル像はそんな陳腐な量産アイドルではない!
アイドルを超える!最高のアイドルになる!
そのために目指すべきアイドルとは・・・。
「すまん。アイドルを超える最高のアイドル!としか思いついてない」
こんなの言葉にしたくても思い浮かばない。
「そんなふんわりしたことだと。活動に響かない?」
橘の指摘が痛い。
どう伝えればいいんだ!?
最高のアイドルってのは、こう。
神さまのように崇められたり、讃えられたりして何ものも近づくことはできない、
絶対的な存在。
って言いたいけど。
なんか違うんだよな。
「それもそうなんだが…、イメージが固まらないんだよなぁ。…仕方ないアイツに頼むとしよう」
僕はサッと端末を取り出し、連絡を入れた。
「アイツって誰よ?」
「僕の知人でこの手に詳しいやつがいるんだ。実はすでに話はつけてある。じゃあ行こうか」
「え!今から行くの?明日でも良くない?」
突然の話についていけてない橘。
「アイツは気分屋だから、気が変わらない内に話進めないと飽きちゃって、力を貸してくれなくなる。大丈夫、準備するのは体一つと覚悟だけだよ」
「…ほんと、なんでも急すぎるのよ宇野くんは。さっ、その気分屋さんの鉄が熱いうちにいきましょ」
僕らは同じ目的のために動いている。
本当の意味で最初の一歩を踏み出せた気がした。
期待と不安が混ざり合うこんな感覚は久々だ。でも今は一人じゃない、橘がいる。
その些細なことが大きな歯車を回す原動力となると信じて。
数時間が経過し。
ようやく到着した。
「ねぇ。これが本当にその『アイツ』とか言ってた人がいるところなの?」
住宅街に位置するタワーマンション。
それもとびきり高い。
まるで雲を突き抜けていくように感じる。
「あぁ、見れば見るほど自分が小さく思えてくるから、なるべく来ないようにしてたんだが。そんなこと言ってられないからな」
僕らはエントランスに入り。
受付の人に声をかけて立ち入れてもらえた。
まるで高級ホテルのようなロビーを歩き、
案内係の人に付き添ってもらう。
なんだかイケないことをしているように錯覚するから、僕はここが苦手だ。
エレベーターが上り続ける。
さっきから橘がただただ茫然としていた。
それはそうなる。僕だってはじめて来た時は終始驚きっぱなしだったからな。
長いエレベーターの旅も終わり。
案内係の人が戻っていく。
インターホンを鳴らすと
「よぉ〜、今行くから待ってな」
聞き覚えのある声。
間違いない、アイツだ。
そして扉が空く。
「ようこそ、我が家へ!歓迎するぜお二人さん!」
扉から出てきたのは丸いサングラスをかけた、褐色肌の男。茶髪がかかった黒髪が無造作にまとまり。白いシャツと紺のスラックスは清潔感が引き立つ。引き締まった体型とシンプルな装いがコイツの人間味の良さを表している。
「きたぞ、セイト。さっそくで悪いけど力を貸してほしい」
「まぁなんだ。とにかく上がれよソラト」
コイツの名前は藤宮 靖人(ふじみや せいと)
年齢は一つ上だが、本人が気軽に話しかけてほしいとの要望もあったので呼び捨てにしている。
セイトの後ろについていくと、一面ガラス張りで街を一望できる部屋にきた。
どうやらこの部屋は、応接室みたいだが。
いろいろスケールが違う。
来客用のソファに腰をかけるよう促され、
セイトと僕と橘はL字越しで座る。
「ほぉー。それでいきなり行き詰まった感じか。んで、ソラトの隣にいるのが例の…」
「はじめまして、橘 ひなこです。宇野くんからアイドルのオファー受けてここへ来ました」
橘は臆することなく淡々としている。
さすがだ、きっと仕事柄こういうのに慣れているのだろう。
「俺は藤宮 靖人。そこのソラトと親友なんだ、仲良くしてね〜ひなこちゃん。俺に敬語はいらないからさ。呼び方も堅苦しいのはごめんだからね」
「では、よろしく。藤宮くん」
「ほぉーそうきたか」
コイツ。初対面で名前呼びとか図々しいぞ。
「それにしてもひなこちゃんって絶対モテるよね!もう美人丸出しっていうのかなぁ〜。男を惹きつける魅力が詰まってるよね!
ソラトがアイドルにした気持ちもわかる」
ふむ。やはりわかってくれたみたいだ。
セイトにもアイドルとしての魅力がわかってもらえてなによりだ。
「ところで藤原くんは普段はどんな仕事してるの?」
橘はとうとう痺れを切らしたのか、一番気になる質問を投げていた。
「俺の仕事?んーとねぇ。たくさんあるんだけど、今はマーケティングの社長かな」
「しゃ、社長?ねぇ宇野くん。これってどういうことなの?」
橘が服を掴んで揺らしてきた。
やめろ!服が伸びる!
「あちゃー、ソラト〜なんも言ってなかったのかよ。…ひなこちゃん、俺はこう見えても社長とインフルエンサーという二足草鞋の仕事をしてるんだよ」
橘が目を丸くしている。
そう。セイトは世間でいう成功者と呼ばれる人間だ。
僕がこのことを話さなかったのは歳の近い彼に僕自身が嫉妬をしないため。
そして、これからも友人として関係を保つため。
だが、もうそうは言ってられない。
アイドルとして名を馳せるためには協力者が不可欠。
セイトは最も適したプロの人間なのだ。
「さて紹介はそこまでにして、本題に移ろうよセイト」
セイトはサングラスを外すと、さっきと打って変わって真剣な表情をしている。
二重瞼のナイスガイな顔つき。
目鼻立ちが整っているからこそ表情の変化をみて取れる。
「そうだなー。じゃあひとつ聞かせてもらおうか。…本気なんだな?」
「ああ、本気だ覚悟も決まってる」
間髪入れずに即答。
わずかな沈黙。
何かを察したのかセイトは表情を緩めた。
「おーけー協力するよ。それに親友の頼みなら断る理由がないからな」
「調子のいいやつだ。それで困ってることなんだが…」
「アイドルのコンセプトだろ?」
どうやらセイトはすべてお見通しのようだ。
「そうだ。世間にすでにいるアイドルじゃなくて最高のアイドルになりたいんだ。何か考えがあるか?」
「ふむふむ、最高のアイドルねぇ…。
それも世間的でまだ画一されていない存在か…」
セイトは天井に顔を向けて何か考えをまとめているようだ。
「あるよ。とっておきのアイドル。それも最高のアイドルに最も近いコンセプトさ」
「それってなんだよ?」
僕と橘は答えが出るのをじっと身構える。
「それは・・・、『異次元アイドル』さ」
セイトの口から飛び出してきた言葉に僕らはついていくことができず。
ただ唖然としていた。
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