第35話 追い詰められた彼女は女優



「これはこれは」


「アリナ!大丈夫か」

「っアリナ嬢、なぜこんなところに…」


ディン様とユーミール様…?

「ここは昔使われていた囚人向けの牢です。なぜここに令嬢がいるのですか」


「わかりました…これは止められていたのですが、説明しましょう」

彼女はため息をついて、彼らの方へ振り返る。変わらず、私の体には力が入らない、表情も変わらなかった。


「彼女、アリナ・ルル―は自害しようとしていました」

「「!」」

(何を言い出すの、この人…?)


「アリナ嬢は、此度の聖女としての失態を恥じていたのです」

彼女はまるで歌うかのように、体を大きく使いながら演説を始めた。


「何を言っている…」

「聖女に選ばれてから舞い上がった彼女は、本来の目的とは逸脱した行動を繰り返していました。しかし女王にそれを諭された。そこから聖女という責任が大きくのしかかり、耐えきれなくなって今回このようなことに至ってしまった。というわけです」


登場人物が憑依したかのように演じる彼女は時に悲しんだり、穏やかな口調になったり。

初めて聞く人がいたらきっと信じてしまうだろう。


「…それほど追い込まれていたのですね」


ユーミール様のように。

「ユーミール!お前は顔も見せない者を信じるというのか」

「確かに仮面のままでは怪しい…ですが、アリナ嬢は何も言っていません。肯定ととらえられてもおかしくはない」

二人は私の異常に気付くことなく小競り合いを始めてしまった。らちがあかないと思った彼女が自身の仮面にそっと触れていく。




「確かに。わたくしは怪しいものに見えても仕方ない見た目ですものね…仕方ありません。殿方の前でこのような顔を見せるのは気が引けますが…どうぞご容赦くださいませ」

そう言うとするすると仮面の後ろを縛っていた紐をほどき、彼女が顔を見せた。


灰色の瞳、透き通ったような白い肌。それに似つかわしくない痕があった。

彼女の左頬には爪痕が残っている。魔物につけられたように深く、治ることのないであろう傷が。


「レイア・コンスタンです。長の皆様には試験でお世話になりましたわ」

ドレスではないためカーテシ―ではなく、深々と頭を下げた彼女は顔を見せるともういいでしょうかと仮面をつけなおした。

「レイア嬢、君がなぜアリナのことをここまで知っている?」

「それは…わたくしが彼女の手紙の相手だからです」


(!?)

まさか、この人がそうなの…

と同時に私はやっぱり騙されていたんだ、と胸に突き刺さったような痛みが走った。


「アリナ嬢は女王陛下に諭されたあとも、わたくしと交流を続けておりました。その時にわたくしが止めればよかったのでしょうけど、彼女は手紙をやめたら私は命を絶つ、と書いておりまして」

「そこから今までこうして手紙を書いておりました。彼女の身辺の警備が厳しくなってきたことも、警備が薄くなる今日がチャンスだとも」

「わたくしはアリナ嬢が指定した場所へきたところを見計らい、言われた通りに霧の魔法、風の魔法を使い、ディン様から離しました。そしてここまで連れてきたという次第です」


何もかも嘘。そんなことを考えていたのか、今こうして見つからなかったら王城でも同じことをしたのだろう。女優は自分も悪いとは言いつつもすべて私のせいだと言っているようだ。

それを一喜一憂しながらユーミール様は聞いていた。ディン様はいまだ険しい表情のまま一切崩すことはない。


「…なぜ、アリナは動かないんだ」

「それは…今まさに自害しようとしているところでしたから。呆然としているのでしょう。死にたいほどに追い込まれた者はこういう風になるのです」

「…それにだ、君は今魔法を使う予定がないはずなのに、なぜ微弱な雷の魔力が絶えず放出されている?」

「それは」

一瞬、彼女が言い淀んだ。

「君の話は真実味がある。しかし俺は彼女がどうしてもそういうことをするようには思えない」

ディン様は好機とばかりに続けて彼女へ言う。


「ですがディン様」

「真実味があると言った。それは事情を何も知らなった人が聞いた場合だ。君はなぜ、アリナの事情を話すとき、嬉々としているんだい?」

ディンはレイア嬢をよく見ていたのだ。仮に友が自害しようとして、自分の力を借りて行うのだとしたら、罪悪感や悲しみを抱いたりする人が多いだろう。彼女は話に真実味をもたせることのみを考えて、私を心配する友人にはなりきれなかったのだ。


「私はアリナ嬢の秘めた思いを伝えようと一生懸命なだけで、嬉しくはありません!」

「まあ言い訳は良いや。あとは公平な立場で、判断してもらおう」


そういってディン様は扉を開けた。


「…女王、陛下…」

「ええへ、へへへ陛下!?」


そこには息を切らせてきた女王様と研究員さんが立っていたのだ。

レイア嬢は持っている杖をぎゅうと握っていた。


「さあ、レイア嬢。、しましょうか」


ウキウキしているようにも見える女王陛下がとても頼もしく思ったのは今日が初めてかもしれない。




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