第5話 間章~親愛
「ふう」
補佐官の私室ではそれしかいない、はずだったが
それの影がゆらめきだす。
「増加した書類を調査し、どの地方からの申請か調べ上げろ」
女王と対面した時よりも、低い声が影に命じた。
「それから…ヘイムに陛下の状態を診てもらう。そしてルドルに指示を仰ごう。今回の陛下の疲労の仕方は異常だ。
何か意図を感じる」
「ワカリマシタ」
影はそれだけ告げる。するとそれまでのゆらめきがなくなって本当に補佐官はこの部屋に一人だけになった。
補佐官は鏡の前に立つ。
女王と会った時よりも精悍な体格、骨ばっている指。彼女が好きといった栗色の髪、それだけは先ほどと変わらない。
-ロキは両性である。
普段は陛下の手前もあり、女性として過ごしているが、私室や女性の姿ではできない特殊な外交の際にはこうして男性の姿を
(迂闊だった)
処理すべき書類が増えたのはロキが外交のため王都を離れていたタイミング。
陛下の周りに特別親しい人間をつけたくないという自分の意向で、毎日書類を運ぶ人間を変えていた。それが違和感を持ちにくくなってしまったのだ。
自分が不在の時こそ、気づきやすい環境づくりに努めるべきだったのに…
こうなるなら(本来一番頼りたくない)陛下の想い人に頼ってもよかった。それほどまでに悔やんでいる。
王試験の時から、自分の性質が判明しても
彼女は変わらずにいてくれた。
気味悪がったり、好奇の目で見ることなく接してくれた唯一の女性。
今回あらためてその存在の大きさに気づかされた。
だが。
(これは親愛だ)
そう自分に必死に言い聞かせて。
(友を取られたくない、自分の醜い嫉妬なのだ)
ロキは再び女性になり、自室を出た。
(思惑か何か知らないが、ここまでやられたんだ。徹底的にやってやろうじゃないか)
◇◇◇
「先ほどはありがとうございました」
「いいえ。陛下が少しでも元気になれると思いましたので。これくらいは当然です」
瞳からは心配の色が見える。彼はこうもあからさまだっただろうか。疑問に思うが、この男に使う時間を取りたくない。彼には業務報告だけ済ませる。
「陛下は長期間療養していただきます。聖魔力を流布するのが難しくなりますので、臨時の代理を立てます」
「選抜はどのように」
「聖魔力量が多い方を順に面談後決めます。魔力量が足りない場合には複数人選びますが、基本的には一人の予定です」
「かしこまりました」
恭しく礼をして、彼は手に持っていた電子端末を見た。
今後の展開を予想し、業務を組み立てているのだろう。
(…これは、陛下の、レアのため)
「陛下の体力が回復したら、二人で視察に行ってきてください」
「………それは、どういう」
「あと、陛下の私室にもそちらと同じ端末がありますので。お好きな時に通信してはいかがでしょう」
(彼からの贈り物であんなにも嬉しそうにするから)
「…ありがとうございます」
ふと彼が優しい表情をした。本当ならすぐに会いたいのだろう。
女王の私室に異性がみだりに入るものではないと決めてしまったし、彼女がそれを許せる立場ではない。
本当は手を貸したくない。本当は自分がその役を担いたい。
それは、かなわないから。
「貴方は陛下の回復を第一に。我々が陛下の業務を担います。それから…」
言いかけて、ロキは話すのをやめた。
あくまで今は疑惑。それを引き受けるのは自分たちだけで良い。
「ではまた、陛下が回復しましたら連絡します」
そこから振り返らず、ロキは彼を後にした。
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