47.選択
「あら、久須男。また新しいお友達を連れて来たのかしら?」
ダンジョン攻略動画の配信を終え自宅に戻って来た久須男達。久須男の他にイリア、トーコ、ケロン、そして新たにテイムしたデュラハーンのハーンが漆黒の馬に乗っている。久須男がハーンに言う。
「おい、ハーン。とりあえずその馬から降りろ」
ハーンが巨大な漆黒の馬から飛び降り久須男に頭を下げて言う。
「これは大変失礼した、我が主よ」
久須男は首を振りながら母親に言う。
「母さん、ちょっと訳あってこいつが新しく仲間になったんだけど……」
ハーンが母親の前に出て深く頭を下げ挨拶する。
「これは我が主の母君。我はかのデュラハンが子孫の暗黒騎士デュラハーンのハーン。以後お見知りおきを」
全身漆黒の鎧、見上げるような大きな背。母親が笑顔で言う。
「まあ、ええっとあんこくの……、アンコックさんね? 大きいし外国の方かしら? とりあえずそのお召し物はお脱ぎになった方がよろしいのではなくて?」
「え? あ、あの、これは我の体の一部であり……」
もぞもぞと頭を掻くハーン。魔界の上級魔物であるデュラハーンも久須男の母親にかかるとまるで子供のようになってしまう。久須男が笑って言う。
「ぷぷっ、アンコックだってよ。改名するか?」
「我が主よ、そのような冗談はご勘弁頂きたい」
基本真面目な性格のハーン。久須男は苦笑しながら皆と自室へ向かう。
「いや、狭いよな。もうここ……」
元々狭かった久須男の部屋。
そこへイリアがやって来て一緒に生活をするようになり、やがてケロン、部屋は別だがトーコも寝る時以外はここに来る。そして巨躯のハーン。座るだけで一杯だ。久須男が言う。
「ちょっと狭すぎるなあ。真田さんにお願いしてどこかみんなで住めるような場所探して貰おうか?」
イリアが目を輝かせて言う。
「私と久須男様の新居ですね。ハートいっぱいのラブラブスイート!!」
「違う、却下」
トーコが言う。
「標高の高いところが良いです」
「寒い。却下」
ハーンが言う。
「我の馬も一緒に住みたいので牧場のような広い……」
「却下」
久須男が頭を抱えて言う。
「ちょっと広めで庭のある家。あまり気乗りはしないが成功報酬の高いダンジョンをクリアして近くに家を探すかな……」
もはや一介の高校生の発言ではない。国の将来を背負った男の言葉である。
早速その日の夜、久須男が真田に電話をし仲間が増えてきたのでどこか家を借りられないかと相談。真田からはダンジョン基金から新たな家を建てることを提案される。
渋る久須男だったがこずえと同じ理由できちんとダンジョンに向き合うための必要な施設として渋々承諾。結局両親にも相談し、久須男の家の近くで建築されることとなった。
「しかし真田さんは仕事が早いなぁ」
翌朝、イリアと一緒に学校に向かう途中久須男がぼそっと独り言を言う。セーラー服を着たイリアが久須男に尋ねる。
「何の話ですか?」
「ん? ああ、家の話」
「私と久須男様の新居ですね」
「え? ん……、まあ、間違いじゃないけど……」
間違いじゃないけど、その他大勢一緒に住む。イリアが両手を合わせて空を見て言う。
「ああ、私と久須男様の新たな門出。嬉しいですわ」
「いや、だからそれは違うって」
苦笑する久須男に後ろから声が掛けられる。
「門出がどうかしたの?」
「え?」
ふたりが振り返るとそこには長い髪に眼鏡を掛けた凛としたクラスメート、仲村由美子が立っていた。久須男が言う。
「ああ、仲村さん。おはよ」
「おはよ、藤堂君」
久須男がどれだけ有名になろうが、学校に来てクラスメートと話す時は普通の高校生である。イリアが無表情で言う。
「おはよう、仲村さん」
「あら、おはよう。イリアさん」
相変わらずふたりの間には形容しにくい空気が流れる。由美子が尋ねる。
「それで聞こえちゃったんだけど、新たな門出って何なの?」
「あなたには関係のないことでしょ? 私と久須男様の……、ふがふがぁ……」
冷たく言い放つイリアの口を塞いで久須男が言う。
「ああ、あのな、ダンジョン攻略で色々と仲間が増えちゃってさ、今みんなで俺の実家に住んでいるんだけど狭くなっちゃったから、攻略報酬で新しく家を建てようと思って……」
「え!? 家を建てるの!!??」
思わぬ話に由美子が目を丸くする。同じ高校のクラスメートだと思っていた久須男が、どこか遠いところに行ってしまったような気がする。久須男が答える。
「ああ、その予定。そこで仲間と一緒に暮らしながらダンジョンに潜るつもり」
「そうなんだ……」
由美子の顔が少し暗くなる。久須男が言う。
「今、母さんに夕飯とか作って貰っているんだけど人数分作るの大変そうだし、そう言った意味でも自分達でやれることはやるべきだと思っている」
「そうだね……」
由美子が頷く。
「久須男様~、そう言えば私、マーゼルのお料理しかできないんですけど、いいですか??」
イリアが少し恥ずかしそうに言う。これまでは久須男の母の作った料理を食べる専門だった彼女。料理はできなくはないがマーゼルの食材や調味料がないこの世界ではあまり自信がない。久須男が答える。
「そうだよな。その辺りは家政婦さんにでも来て貰うか」
真田に頼めばその位手配して貰えるだろう。そう考えた久須男に由美子が言う。
「ねえ、藤堂君。その家政婦だけど、私やるわ」
「え?」
歩きながら聞いていた久須男がその歩みを止める。由美子に聞き返す。
「仲村さんが家政婦を??」
由美子が頷いて答える。
「ええ、やらせて! 私も何か藤堂君のお手伝いしたいし、こう見えても料理すっごく得意なんだよ!!」
「そ、そんなこと認めないわ!! 無理よ、無理無理っ!!!」
久須男の隣にいたイリアが前に出てその提案を否定する。由美子も同じく前に出てイリアに言う。
「じゃあ、イリアさんがこの世界のお料理をちゃんと作れるのかしら? 藤堂君のお口に合う料理を??」
「そ、それは、私だって練習すれば……」
急に声のトーンが低くなって答えるイリア。由美子が尋ねる。
「それとも他に誰かお料理ができる人がいるの?」
久須男がイリアに尋ねる。
「トーコはできないのか?」
イリアが首を振って答える。
「かき氷だけだって」
「ハーンは?」
「あれはアンデッドだから何も食べないんだって」
「ケロンも食べ専だしな」
久須男が笑って言う。由美子が久須男に尋ねる。
「じゃあ決まりね。藤堂君、それでいい?」
「んー、俺は別にいいんだけど、毎日通ってくるのも大変じゃないか?」
今度は由美子が笑顔になって答える。
「通わないわ。一緒に住むから」
「は?」
「え??」
由美子を見つめる久須男とイリア。
その後しばらくイリアと由美子の言い合いが続いたが、結局重要な食事というアドバンテージを持った由美子の勝利で幕を下ろした。
数日後、学校から自宅に帰った久須男がタブレットを手にしてじっと見つめる。真剣な表情の彼を見てイリアが尋ねる。
「久須男様、どうかされましたか?」
久須男がじっと画面を見つめたまま答える。
「うん。この救助依頼なんだけど、三日前に若い母親と赤ちゃんが一緒に消えたダンジョン、藍の星三ダンジョンだけど、少し前に赤に変わったんだ……」
部屋にいた皆がその意味を理解し静かになる。藍のダンジョンボスが赤に食われた。そうなると中にいたその親子は大変危険な状態となる。トーコがケロンを撫でながら言う。
「このままじゃ長く持たない……」
「藍ならまだしも赤となれば一刻も早い救助が必要でしょう」
黒い鎧を着て胡坐をかいて座るハーンも頷いてそれに答える。久須男が言う。
「分かった。赤はまだ攻略したことはないが、これから向かうことにする」
失踪して既に三日。若い母親と赤ちゃんの命が危ぶまれる。イリアが心配そうに尋ねる。
「大丈夫でしょうか。赤ダンジョン……」
久須男が笑顔で答える。
「ああ、俺ひとりじゃない。イリアもいるし、ケロンにトーコ、ハーンも心強い仲間だ」
久須男が自分を見つめる皆を見て答える。イリアが立ち上がって言う。
「そうですね! じゃあ、早速向かいましょう!!」
「了解!!」
そう言って立ち上がった久須男の携帯電話が不意に鳴った。画面の表示を見た久須男が一瞬固まる。
「真田さんだ、何だろう……??」
彼からの連絡は基本メール。直接電話してくる時は緊急か、それともあまり良くない話である。久須男が電話に応答する。
「はい、もしもし……」
皆の視線が久須男に集まる。
「あ、久須男君? すまない急に」
「いえ。それより何かあったんですか?」
「ああ、今から時間あるかな?」
「今から? これからダンジョン攻略に向かうつもりですが……」
真田が少し間を置いて言う。
「緊急事態だ。総理の弟が今朝から連絡が取れなくなっている。ダンジョンに迷い込んだかもしれないとのこと。藍の星一。すぐに向かって欲しい」
久須男は赤に変わったダンジョンのマーク、その上に表示された若い母親と珠の様に可愛い赤ちゃんの写真を黙って見つめた。
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