46.動き出す脅威

 大昔、後にマーゼル王国と呼ばれる地にひとりの戦士がいた。ダンジョン内で男が叫ぶ。



「我が名はクス・マーゼル!! 貴殿との勝負を望む!!!」


 彼の名はクス・マーゼル。後にマーゼル王国の礎を築き英雄となる男である。クスに対峙した相手、漆黒の馬に漆黒の鎧に身を包んだ魔物が答える。



「我が名はデュラハン。魔界に於いて最強の暗黒騎士。貴殿との勝負、我が受けようぞ!!!」


 クスは魔物でありながら言葉を操り、そして紳士的な態度で接するデュラハンを好意的に捉えていた。



「いざ、参る!!!」

「はあっ!!」



 カン!!!!


 ふたりの剣が交わる。

 見事な剣の打ち合い。両者一歩も引かずに全力で相手にぶつかる。やがて一瞬の隙を見せたデュラハンに、クスの強烈な一撃がその首に入る。



 ザン!!!!!



「くっ!!!」


 クスの鋭い剣。

 それがデュラハンの漆黒の首をきれいに刎ね飛ばす。地面に落ち首となったデュラハンがクスに言う。



「見事だ。さあ、とどめを刺せ」


 そう言うデュラハンにクスが答える。



「これでどうやってとどめを刺すんだ?」


 彼の手にはデュラハンの首を斬った際に、その反動で真っ二つに折れてしまった剣が握られている。そこへ後ろから慌ててクスの仲間がやって来ている。



「クス様っ!!! 魔物の群れが暴れておりまして、ご加勢お願いします!!!」


「分かった、すぐ行こう」


 クスは折れた剣を投げ捨て、地面に転がったデュラハンに向かって言う。



「またどこかで再戦を願おう」


 デュラハンが苦笑して答える。



「今我にとどめを刺さなかったことを後悔させてやろうぞ」


 クスはそれに少し笑って応え、仲間と共に立ち去っていく。

 この後クスはマーゼル王国を建国することになるのだが、結局デュラハンとの再戦は叶わぬまま生涯を終える。






(首が繋がった……)


 デュラハーンは初めて自分の体と首が繋がった不思議な感じに酔いしれた。心地良い感覚。そして一族に受け継がれて来た言葉を思い出す。



【我らの首は斬られた者の手でしか戻らない】



『まさか、まさか、あなたが……』



(クス・マーゼルの生まれ変わり。我が祖先が最期まで再戦を熱望した御仁……)




【デュラハーン(変異種)のテイムに成功しました】



 久須男の頭に映し出される言葉。驚いた久須男が言う。


『テ、テイム!? ちょっと待て!! 俺はお前なんかを……』



 そう言う久須男の前で、首が繋がったデュラハーンが片膝をつきこうべを下げる。そして言う。



『遥か昔より、ずっと長い間あなたを探しておりました。我がよ』



『はあ……』


 意図とは別にテイムしてしまった久須男が顔に手をやりため息をつく。イリアとトーコがやって来て言う。



『く、久須男様!! まさかこの魔物をテイムされたんですか??』


『ご主人様、本当でございますか!?』


 尋ねられた久須男が項垂れながら答える。



『なんか、そうみたい……』


 デュラハーンが顔を上げ久須男に言う。



『我のことはハーンとお呼びください。我が主よ』


 久須男が小声でトーコに尋ねる。



『なあ、テイムをこっそり解除する方法ってないのか?』


『さあ、分かりません……』


 久須男は漆黒の鎧を着た大男を見て再びため息をついた。




【え?】

【は??】

【デュラハーンの首、のっけたwww】

【草】

【あれでくっつくのか?】

【着いたみたい】

【マジかよ?】

【なんかデュラハーンの様子、おかしくね?】

【だな】

【震えてる?】

【普通の黒騎士になっててワロタ】

【様子おかしいだろ】

【なんか会話してる】

【え?】

【どうした??】

【片膝ついて頭下げてる】

【降参?】

【みたいだな】

【テイム?】

【今、テイムって言ったか?】

【テイムだ】

【マジか?】

【デュラハーン、テイムされたwww】

【藤堂さんの新しい部下】

【カッコいいけど男は却下】

【イリアちゃん好き】

【ワイはとーたん派】

【藤堂さん、まじスゲェわ】



 盛り上がるコメント欄。その画面に久須男が立って困った顔で話し始める。



『えーっと、ちょっと予想外の展開で攻略動画終わっちゃったんだけど、本当は物理でもあのまま殴り続ければ急所を突けて討伐できます。おすすめは魔法ですけどね』


 久須男が立ち上がったハーンの横に立ちカメラに向かって言う。



『ちょっとこいつは手に負えないので、欲しい方がいらっしゃったら差し上げます。藤堂までご連絡ください』



 ハーンが久須男の方を見て言う。


『我が主よ、それは冗談にしてもあまりにも酷すぎます』


『は、はあ……』


 テイムした主従関係、ハーンは久須男の命令以外受け付けない。それは分かっていた久須男だが改めてため息をついた。





「久須男さん、やっぱり凄いですね……」


 久須男の配信をダン攻室で見ていた深雪がため息交じりに言う。隣に座っていたマリアが赤い髪をかき上げながら答える。



「当然だ。かの方はクス王様の生まれ変わり。この程度で驚くことは何もない」


 そう言いながらその赤髪同様顔を赤くして興奮気味に話すマリア。深雪が尋ねる。



「あの雪女のトーコって子、クールビューティー系ね」


 その言葉を聞いたマリアの手がぎゅっと握られる。


「あ、あれは久須男様の下僕だ。魔物だし……」


 そう言いながらもなぜか額に汗を流す。



「イリアちゃんにトーコさん。久須男さんはモテるね。大丈夫なの、マリア?」


 マリアが深雪を見つめて答える。



「な、何を言っているんだ、深雪。わ、私はそんなつもりは……」


「そんなつもりはない? でも久須男さんに誘われたら行くんでしょ?」


 マリアがハンカチで汗を拭きながら答える。



「く、久須男様とはお言葉を交わすだけでも畏れ多い。ただもし仮に、万が一、そんなことは決してなかろうが、何かの間違いで天変地異が起きてそのようなお誘いを受けたのならば、こ、断るのはもっと失礼に値すると思うので、し、仕方なく……、いや、仕方なくではなく、よ、喜んでお受けするつもりだ」



(クスクス……)


 深雪はあれだけダンジョンで堂々としている異世界の剣士マリアが、こと久須男のことになるとこれ程うぶな少女になってしまうことに内心微笑む。




 カチャ……


 そこへひとりの男が入って来た。

 長い髪とメガネが特徴のその男。マリアが声をかける。



「レスターじゃないか。久しぶりだな。随分元気がないようだがどうかしたのか?」


 深雪がレスターを見つめる。

 以前のような鋭い目つきではなく、何か酷く疲れたような印象を受ける。レスターがふたりの近くの椅子に座って言う。



「譲二がいなくなったんだ……」


 ふたりの頭にレスターのフュージョン相手の仙石譲二の顔が浮かぶ。

 筋肉質のマッチョでスキンヘッドの男。工事業を生業にしていたお陰で当初はF組トップの戦績を誇っていた。動画配信でも評判になっていたが最近はめっきり話を聞かない。深雪が尋ねる。



「いなくなったって、それって……」


 レスターが暗い顔で答える。



「多分ソロでダンジョンに潜ったようだ」


「ソロで? なぜ??」


 譲二のスキルは『快足』。決して悪いスキルではないが、彼ひとりで魔物と戦うことはリスクが大きい。氷魔法のレスターとペアを組むことで最も効率よく魔物討伐ができる。レスターが答える。



「部屋にあった道具が無くなっていたので間違いなくダンジョンに潜ったと思う。ただ、なぜひとりで行ったのかは分からない。最近まったく潜っていなかったのだが……」


 譲二の行方が分からなくなり心労からか少しやつれたレスター。それと時を同じくして深雪達が持っていたタブレットに緊急通知が入る。



「あれ? 何だろう……」


 それに気付いた深雪がタブレットを操作し内容を確認する。



【攻略班F組の仙石譲二がダンジョンで失踪の可能性。各班、遭遇したら救助をお願いする】



 ここに来る前に室長室に行ったレスターが、真田に全隊員宛てに依頼した救助要請のメールである。腕を組みながらそのメッセージを見ていたマリアがレスターに言う。



「分かった。もしダンジョンで見かけたらすぐに保護しよう。大切なF組の仲間だ」


「有難い、感謝する。マリア……」


 レスターが少し微笑んで頭を下げる。

 少し前ならF組最強は間違いなく譲二とレスターであった。それが久須男が来てからすべてが一変。最強の座を奪われ、彼から指導を受けた深雪や綾組がどんどん力をつけていった。

 正直、最近譲二達が何をしているのか知らない。とは言え同じ仲間。マリアなりに気を遣っての言葉であった。






(……あれ、俺は一体??)


 その筋肉質でスキンヘッドの男が目を覚ますと、周りは赤い壁に囲まれた部屋の中だった。



「ここは、ダンジョン? ああ、そう言えば……」


 その男、仙石譲二はひとりでダンジョンに潜り、得体の知れない魔物に襲われたことを思い出す。すぐに体中を触り怪我や痛みがないことを確認。起き上がって周りを見る。



「どうなったんだ、一体……?」


 そんな譲二の背後から声が掛けられる。



「お目覚めですか、譲二



「な、何奴っ!!!」


 譲二が飛び跳ねるようにその声の主に対峙する。それは背の低い黒い影のような存在。譲二に向かって頭を下げている。譲二が尋ねる。



「おめえ、何もんだ!! 魔物か!!!」


 影は小さく頷いて答える。



「はい、あなたと魔物でございます」



「は? 俺と同じだと!? 一体何を言って……、!!」


 そう言った譲二が自分の腕を見て驚く。



「な、何だこれ……」


 それは真っ黒な腕。いや腕だけでなく、足や顔など全てが黒い肌に変色していた。そして感じる全身の力。強いエネルギーが体の奥から沸き上がって来る。影が言う。



「あなたは魔物に生まれ変わりました。この赤ダンジョンのボスであったリッチ様が、あなたを認め同化されたのです。おめでとうございます。赤ダンジョンの新ボス譲二様のご誕生でございます」


 影はそう言いながら深く頭を下げる。頭が混乱する譲二が尋ねる。



「お、俺は魔物なったのか!? ボスって、ダンジョンのボスになっちまったのか!?」


「左様でございます」



「……」


 無言の譲二。

 嘘みたいな話だが、目の前や自身に起きていることを考えれば全否定もできない。それよりも心から感じる不思議な爽快感。漲る力。間違いなく今自分は。譲二が尋ねる。



「それでお前は俺に何をしろと?」


 影が頭を上げて答える。



「簡単なことでございます。侵入者の抹殺、そして太陽の光あふれる『楽園』と呼ばれる大地の……」


 譲二が黙ってそれを聞く。



「制圧でございます」


 いつの間にか影の後ろに現れた無数の魔物達。皆片膝をつき、忠誠を誓うように頭を下げている。

 腕を組んでいた譲二はその魔物達を見て黙って頷いた。

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