最終章「新たな世界へ」

48.迷宮闘技場

『緊急事態だ。総理の弟が今朝から連絡が取れなくなっている。ダンジョンに迷い込んだかもしれないとのこと。藍の星一。すぐに向かって欲しい』



 若い母親と赤ちゃんの救助に向かうと決めたばかりの久須男に、『ダン攻室』の真田から緊急の連絡が入った。電話を持ったまま固まる久須男。真田が尋ねる。


『どうしたんだ、久須男君?』


 返事がない久須男を心配し真田が問い掛ける。



『他の人、藍の星一なら他の人に行って貰う訳にはいかないんですか?』


 少しだけ間を置いて真田が答える。



『総理の弟だ。総理から君への指名が入っている』



 藍の星一なら深雪やマリア、綾やチェルなどでも十分攻略できるレベル。しかも今朝からならまだ数時間。それに『かもしれない』なら間違いの可能性もある。久須男が声を絞り出すようにして言う。



『若い母親と赤ちゃんが迷い込んだダンジョンが、『赤』に食われました。もう三日経っています。これからそこへ向かおうと……』



『総理の命令だ、久須男君』



『……』


 真田の唯一の上司に当たる総理大臣。彼の命令は絶対であり、真田と言えども意見することはできない。ましてや今回は総理の弟。第一級の緊急案件なのである。



『どこに潜るかはこちらで決めていいんじゃなかったんですか……?』


 うんとは言わない久須男に真田が口調を強くして言う。



『国の司令塔の命だ。そんなどこの者だか分らない人を……』



『お断りします』



 久須男はそう言うと一方的に電話を切った。そしてスマホの電源自体を落とし、タブレットも切る。珍しく興奮した久須男を見てイリアが心配して声をかける。



「久須男様、どうしましたか……?」


 栗色の髪、丸く大きな目。じっと自分を見つめるイリアがとても愛おしくなった。



「何でもない。さ、赤ダンジョンへ向かおう」


「はい」


 皆はそれ以上聞かないこととした。

 久須男は以前、国の命令だからと先に手術をしろと言う公務員が嫌いだという北条医師を思い出した。ダンジョンから救助したミヨちゃんさんの祖父である。内容は違うが状況は同じだ。



(俺は俺の考えで動く。そこは決して曲げられない!!)


 人の命は平等。ダンジョンに長く居る人から救助すべき。久須男は北条医師の言葉を思い出した。






「斥候はケロン、その後ろにハーン。イリアは俺から離れるな。後方はトーコに任せる」


「はい!!」


 赤ダンジョンに入ってすぐに久須男は仲間達に向って指示を出した。

 赤色に染まるダンジョン。以前、ダンジョン吸収の際に一度だけ踏み入れたことのある最上級ダンジョンだが、改めて潜るとその強烈な圧に体が潰されそうになる。



(こんな感覚、久しくなかったな)


 広いダンジョンで自分達はとても小さな存在。ダンジョンの気ままな意思でいつでも潰されてしまう。そんな恐怖を抱きながら攻略に励んだ昔。ランクを上げる毎にその初心を思い出させてくれる。




「ゴゴゴゴオオォ……」


 ケロンの毛が逆立ち、久須男の『神眼』が発動する。



【ストーンゴーレム(強化種)】



 初めて見る魔物。赤い通路の奥からグレーの巨体をゆっくりと動かしながらこちらに近付いて来る。



【魔法攻撃:無効】

【物理耐性:50%】


 次々に現れる敵の特性。魔法攻撃が効かずに、物理の威力も半減させられる。最上級ダンジョンに相応しい相手である。久須男が言う。



「魔法無効、物理半減。皆、全力でぶっ飛ばせ!」


「ワン!」

「御意!!」


 先頭にいたケロンが鋼鉄の毛を逆立てストーンゴーレムに突進する。ハーンも持っていた漆黒の剣に覇気を込めケロンに続く。



 ガン、ガンガンガン!!!!


 ケロンの鋭い爪と牙、ハーンの漆黒の剣をストーンゴーレムの硬い腕にヒットする。



「ゴオオオオオ!!!!!」


 全身石の魔物。簡単にはダメージを受け付けない。




「久須男様……」


 苦戦する前衛ふたりを見てイリアが声を出す。


「大丈夫。任せよう、あいつらに」


 久須男もイリアの横に立ちそれを見つめる。イリアはもちろん、非力なトーコでは加勢できない。



「ゴゴオオォ……」


 やがてふたりの猛攻を受けたストーンゴーレムが小さな声をあげながら煙となって消えて行く。上級魔物二体による容赦ない攻撃。それでも討伐するのに随分と時間が掛かってしまった。



(少し急いでここを攻略しなきゃ。ふたりの命が危ない)


 久須男はこのダンジョンに迷い込んでしまった若い母親と赤ちゃんのことを思い先を急ぐ。





 広く赤いダンジョン。

 幾つもの階段を降り、久須男の全力で現れる強力な魔物を討伐しながらようやく最下層と思われる部屋の前までやって来る。



 ウオオオオォ……


 ドアの向こうから響く大きな歓声。間違いなく多数の魔物がいる。



「一体何をやってるんだ……?」


 敵もいないのに魔物が大きな声をあげることはあまりない。トーコやハーンに聞いても分からないと首を振る。

 ドアの前に立った久須男が一度大きく息を吐いてからゆっくりと開けた。



「なっ!?」



 ウゴオオオオオ!!!!!



「と、闘技場!?」


 それはダンジョン内に造られた巨大な闘技場。

 円形のその闘技場の周りには段になった観客席があり、そこに座った多数の魔物が中央で戦う魔物同士の決闘に声を上げている。イリアが真っ青な顔で言う。



「な、なんなのここ……!?」


 橙や赤の攻略、会話をする魔物と言うだけでもすでにマーゼルの常識を超えてしまっているのだが、その彼らがこのような闘技場でを楽しんでいるとは想像すらできない。

 久須男の隣に来たトーコがその観客席の中央、最上階の特別室でこちらを見つめるひとりの男を指差す。久須男が答える。



「ああ、奴がボスだな」


 その男、真っ黒なタキシードに真っ赤なマントをつけた白肌が美しくも不気味な男。足を組み、左右に生気のない美女を従えこちらを見つめている。



 ウオオオオオオ!!!!



 その時闘技場の魔物の戦いに決着がつき、観客達が歓声を上げる。タキシードの男も拍手を送りながら立ち上がると、皆に向かって言った。




「皆の者よ、お待ちかねの『侵入者様』だ。盛大な拍手を!!!」


 ウゴオオオオオ!!!!

 パチパチパチパチ!!!!!!


 突然観客達の視線が久須男達に集まる。大きな歓声、鳴りやまない拍手。たじろぐ久須男にタキシードの男が言う。



「私はヴァンパイア。このダンジョンのマスターだ。まあ、君達の呼び名ではボスと言った方がいいのかな」


 久須男の『神眼』が発動。



【ヴァンパイアマスター(特別変異種)】



(ヴァンパイアマスター!? 特別変異種だと……)


 全く聞いたことのない言葉。久須男の額に汗が流れる。久須男が尋ねる。



「何をしているんだ、ここで!!」


 ヴァンパイアが答える。



「我々魔物の本能に『楽園の奪取』がある。だがね、それは普通の魔物のこと。我らヴァンパイアの祖先はその楽園に向かい、太陽とか言う恐ろしい光で殲滅させられてしまってね。以後我らはこのダンジョンで悠久の時間を過ごすことにしたんだよ」


 無言の久須男。ヴァンパイアが続ける。



「様々な遊戯を考えたのだがやはり魔物は戦うことが一番の快楽。だからこのような迷宮闘技場を造った。そして今回は素晴らしい景品もね」


 そう言うとヴァンパイアは隣にいた美女に壁に掛けてあった布をはぎ取らせる。



「あ、あれは!!!!」


 その壁には若い母親と赤ちゃんが鎖で繋がれている。頬がこけ衰弱しているようだが、命に別状はないようだ。赤ちゃんは泣き疲れたのか眠っている。



「あいつら……」



 ドオオオオオオオオン!!!!!


 その瞬間、久須男から放たれる怒りの闘気。

 その凄まじい圧に会場にいた魔物達が一斉に静かになる。



「く、久須男様……」


 仲間であるハーン達ですら後退し、辛うじてイリアが声を掛けられたほどの怒りの闘気。ヴァンパイアが黒髪をかき上げながら言う。



「決闘だよ、侵入者君」


 久須男がそれを黙って聞く。



「ちょうど今、我々の勝者が揃ったところだ。お互い三名ずつ出して戦う団体戦。勝った方がこの美味な戦利品を手にできる」


 そう言って気を失っている若い母親の肌をぺろりと舐める。



「くそっ!!!」


 怒りの表情を浮かべる久須男にヴァンパイアが言う。



「では始めようか、三対三の団体勝ち抜き戦。無論、三人目のボスはこの私と……」


 ヴァンパイアが久須男を指差して言う。



「君だ」


 人質を賭けた魔物との団体勝ち抜き戦。今のその戦いが始まる。

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