44.ダンジョン動画配信(久須男Ver.中級編)

 ダンジョン攻略室の真田との会話を終えて自宅に帰った久須男達。

 その日の夕食は藤堂家全員が揃って食べることとなった。先日手術を終え、家に戻って来たばかりの妹こずえがトーコを見て言う。


「うわぁ、綺麗なお姉さん!! トーコさんって言うの? よろしくね!!」


 トーコは初めて会う久須男の妹こずえの手を握り笑顔で答える。


「よろしくね、こずえちゃん」


「きゃっ! 冷たい」


 驚いて手を引っ込めるこずえ。久須男が言う。



「トーコは雪女なんだ。だから結構冷たいだろ?」


「そっか。だからこんなに肌が白いんだね。ところでお兄ちゃん」


「ん? なに?」


 こずえがじっと兄を見つめて言う。



「イリアさんとトーコさんと、どちらを選ぶの?」



「はあ!?」


 その言葉に一瞬場が凍り付く。イリアがむっとして言う。



「久須男様は私と一緒になるお方です。どうしてこんな魔物となんか……」


 トーコがイリアに向かって言う。


「私は魔物ですがベースは人型。人間の女性と同じことはほぼすべてできます。ご主人様、何なら試してみましょうか……?」



「もういいから!! 俺はただの高校生!! さあ、メシ食べるぞ!!」


 久須男の声に黙って頷き席に着くふたり。久須男の母が言う。



「今日はカレーよ。お口に合うかしら?」


 イリアが手を合わせて答える。


「ああ、カレーライス!! 大好きです!!!」


「カレー……」


 トーコが初めてのカレーをじっと見つめる。



「「いただきます!!」」


 皆が一斉に食事を始める。イリアが満足げに言う。



「ああ、美味しいです。お母様!!」


「そお? 嬉しいわ~」


 母親も嬉しそうにそれに答える。



 パク……


 トーコが恐る恐るその初めての食べ物を口に入れる。



「……美味しい」


 少し辛いが心から美味しいと思った。

 思い出される貧しかった幼き頃の思い出。まともに食べるものがなく、下級魔物の死骸を吐き気を我慢しながら口にした日々。ダンジョンボスになっても食べることが楽しいなんて考えたこともなかった。



「トーコ、大丈夫か? 顔が真っ赤だぞ」


 初めて食べるスパイス入りの食べ物。雪女の彼女にとっては人一倍辛く感じる。それでも美味しかった。トーコが笑顔で答える。



「美味しいです! ありがとうございます、ご主人様」


「トーコ、耳まで真っ赤だぞ」


「だ、大丈夫です!!」


 全身真っ赤にして汗をかきながらカレーを食べるトーコを、皆が笑いながら見つめた。






 二回目のダンジョン動画配信日。

 目指すダンジョンへ向かいながら久須男がトーコに尋ねる。



「なあ、トーコ。そう言えば別世界に行けるダンジョンって知ってるか?」


 久須男の後ろを歩いていたトーコが答える。


「いえ、存じません」


 トーコが申し訳なさそうな顔で答える。イリアが言う。


「あなた達ダンジョンのこと詳しいんじゃないの?」


「私達が知っているのは自分のダンジョンのことだけ。生まれてから出ることなんてほぼないから」


「そうか」


 魔物と言えどもダンジョンのすべてを知っている訳ではない。ましてや異世界に繋がるダンジョンのことなど知る由もない。




「さあ、着いたぞ」


 そこはとある幼稚園の裏にある小さな公園。迎えに来た母親達が雑談をしながら子供らを遊ばせておいたりする公園で、いつも園児の明るい声が響く場所。こんな場所で小さな子供がダンジョンに迷い込んだら大変である。ここは前々から攻略しておきたい場所であった。



「じゃあ、行こうか」


「はい!」

「はい……」

「ワン!!」


 久須男の声に元気に返事をするイリアとケロン、そしてマイペースなトーコ。向かうは緑の星二。中級のダンジョンとしては申し分ないクラスである。一行はトイレのドアを開けダンジョンへと足を踏み入れる。



「あー、えっと、じゃあ始めていいよ。イリア」


「はい!」


 薄暗いダンジョン。侵入者を潰しにかかる圧はこれまで通りだが、最近はもっぱら上級ダンジョンばかり潜っていた久須男には随分優しく感じる。

 イリアが胸につけた小型カメラのスイッチを入れ、ライブ配信を開始する。



「あー、あの、F組の藤堂久須男です……」


 緊張した面持ちの久須男がイリアのマイクに向かって話始める。そこでイリアが大声で言う。



「あー!!! ごめんなさい!! これ再生ボタンでした!!」


 間違えてボタンを押したイリア。すぐに配信開始のボタンを押す。久須男が苦笑いして言う。



「おいおい、イリア。ちゃんと頼むよ」


 すぐに視聴者から反応が上がる。



【お、始まった】

【藤堂さん、乙~】

【イリアちゃん、どこ??】

【って言うか、誰あれ?】

【イッヌ】

【違う。銀髪の女の子】

【めっちゃ綺麗じゃん】

【新メンバー?】

【藤堂さん、マジ裏山】



 視聴者は久須男の隣に並んだ美少女トーコの姿を見て一気に盛り上がる。久須男が紹介する。



『えーと、あとこれがケルベロスのケロン、そして彼女が雪女のトーコです。どうぞよろしく』


『ワン!』

『トーコです。ご主人様に調された者でございます。以後お見知りおきを』


 それを聞いた久須男が慌てて言う。


『おい! 調教ってなんだ、調教って!!』


『文字通りでございますが。テイムはこの世界の言葉で調教と聞きましたので』


『いや、確かにそうかも知れないけど、な、なんか別の意味のような気がして……』


『別の意味? それは一体何のことでしょうか、ご主人様』


 青く澄んだ瞳で真っすぐ久須男を見つめ尋ねるトーコ。その姿にコメント欄が更に盛り上がる。



【トーコちゃん、可愛い】

【それな。可愛いは正義】

【ご主人様?】

【は? 調教??】

【テイムって何? 誰か説明はよ】

【調教って意味らしいぞ】

【なんか卑猥】

【とーたんを調教、ハアハア……】

【ワイもとーたんに調教されたい】




 久須男が改めてカメラに向かって言う。


『それではダンジョンを歩きましょうか。ここは緑の星二、いわゆる中級ダンジョンですね』


 そう言って歩き始めた久須男がすぐに真っ暗な先に敵を感知して言う。


『前回も教えましたがじっと集中すれば敵を見つけられます。ほら、あそこ。あれはスケルトンですね。ガイコツの魔物です』


 そう言って笑顔で通路の奥を指差す久須男。その先には言葉通り剣と盾を持ったスケルトンがゆらゆらと歩いて来る。久須男が言う。



『これもこの前教えましたが敵の急所をよく狙いましょう。取りあえず慣れないうちは足止めをしておくのもいいかもしれません。それ!』


 その言葉と同時にスケルトンの足元に氷が現れ身動きが取れなくなる。もがくスケルトン。久須男がゆっくり近付きカメラに向かって言う。



『氷魔法が一番いいでしょう。風による足止めや雷による麻痺もいいですが、これが一番簡単です』


 足の動きが抑えられ、必死に剣を振り回すスケルトン。久須男はそんな剣を軽く弾いて落とすと再度カメラに向かって言う。



『えー、スケルトンはご覧の通り体がスカスカでなかなか剣が刺さりません』


 そう言いながら何度もスケルトンの骨と骨の間に手を入れて見せる。



『したがって急所を突けるまで何度も攻撃しましょう。ただ面倒な場合は燃やしちゃいましょう。これが一番楽です。それ!』


 そう言って久須男が軽く手を振ると、スケルトンが突然激しく燃え始める。



『グガアアアア……』


 炎に包まれたスケルトンはその後倒れながら煙となって消えて行く。久須男が言う。



『簡単ですね。さ、次行きましょう』


 久須男が笑顔で歩き始める。



【緑の星二、初めて見た】

【集中しても敵は見えん】

【ガイコツ北】

【ヤッバ、何あれ??】

【マジでガイコツ動いてる】

【いや、だから急所が分からないって】

【でた、氷魔法】

【風魔法、雷魔法、全部使えんわ】

【って言うか藤堂さん、何属性使えんの?】

【それもそうだが、詠唱した?】

【してないな】

【してない】

【常識であの人を考えてはいけないんだ】

【ぎゃ!】

【うわ、ガイコツの体に手、入れてる!】

【スカスカとか草】

【え? 燃やす!?】

【は?】

【マジで?】

【ガイコツ、灰になった。乙】

【これ、簡単なの?】

【相変わらずハンパねえ~】



 ほぼほぼ一般隊員には参考にならない戦い方を披露する久須男。それでもその無茶苦茶な戦い方が、日頃ダンジョンで苦しめられている皆には爽快に映る。

 そして一方的にダンジョンで無双する久須男達がついにボス部屋へと辿り着く。久須男がカメラに向かって言う。



『あー、みなさん。ついにボス部屋に来ました。怖いですね~、ボスはええっと……』


 久須男が『神眼』を使って敵を判別。



『えーと、ボスはデュラハーンですね。頭を脇に抱えた騎士です』


 そのボス部屋、広い部屋の中央で大きな漆黒の馬にまたがった鎧の騎士。片手には鋭い剣、そして脇に抱えるように自身の頭(兜)を持つ。放たれる圧はこれまでのスケルトンとは桁違いで、それは画面を通して見ている視聴者にも十分伝わっていた。デュラハーンが言う。



『我は魔界最強の男にして、最も礼節を重んじる暗黒騎士デュラハーン。私の庭に迷い込んだ仔羊達よ。苦しまぬよう養分として差し上げよう』


 それを聞いたトーコが一歩前に出て言う。



『私のご主人様に向かってそのような失礼な態度。看過する訳には参りませぬ』


『お前は、雪女か? なぜそちらに……、テイムか。ふっ、そのような下等な男に』


 それを聞いたトーコから強力な冷気を伴った魔力が放出される。トーコが久須男に言う。



『ご主人様、こやつの討伐はこのトーコにお任せ頂けませんでしょうか』


『ああ、いいけど。気を付けてな』


 久須男がそう言うとトーコが笑顔でそれに答える。



『はい、ご主人様』




【ボス部屋、到着~】

【なになに?】

【デュラハーン……】

【何だよ、あれ!?】

【首、抱えてるwww】

【キモッ】

【マジあり得んわ】

【え、喋った!?】

【うそ?】

【魔物って喋るのか?】

【喋ってる】

【って言うか、とーたんも魔物じゃん】

【とーたんは可愛いからいい】

【あ、とーたん怒った】

【激おこ】

【とーたん、戦うの?】

【いいなあ、ワイもきつく叱られたい】

【あ、とーたんの笑顔】

【カワイイ】

【マジ天使じゃん】



 デュラハーンが剣を構え対峙するトーコに向かって言う。



『侵入者にくみする愚か者め。この私が直接消し去ってやろう』


『ご主人様に対する侮辱、万死に値する。永久凍土に沈めてあげる』



 雪女とデュラハーン。

 上級魔物同士の戦いが皆が見つめる中、今開始される。

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