43ダンジョンの秘密、魔物の秘密。

【雪女(変異種)のテイムに成功しました】


 トーコの手を握ってすぐに頭に浮かぶ文字。真っ白だった彼女の頬が少しだけ赤く染まるのを見ながら久須男が言う。



「え!? テ、テイムって、あの……!?」


 予想外の展開。ただそれ以上に驚きながらイリアがふたりの手を切り離して言う。


「久須男様、テイムしちゃったんですか?」


「ああ、そうみたい。テイムってあれだよな……?」


「主従関係を結んで主になると言うことです!!」


「ケロンみたいに?」


「そうです!!!」


 腕を組み、むっとした表情でイリアが言う。それを横で聞いていたトーコが地面に正座し、両手を前に顔を下げて言う。



「ご主人様。私は雪女のトーコ、不束者でございますが末永く宜しくお願い致します」



「は?」

「え!?」


 イリアが顔を真っ赤にして怒鳴る。



「ちょっと、あなた!! なに急に気取りしているの!! あなたは従者。いい? 久須男様のただの下僕なの!!」


 トーコは立ち上がっていきなり久須男の胸に顔を埋めながら興奮して言う。



「はい。ですからこうしてご主人様がお望みならばトーコは何でも致します。ああ、なんていい匂い……」


 トーコは久須男の胸の辺りを嗅ぎながら体をぶるっと震わせる。久須男が驚いて言う。



「お、おい! トーコ、やめろよ! って言うか冷たっ!!」


 冷たすぎるトーコの体。再びイリアがふたりを離して言う。



「なに勝手にくっついてるの! 久須男様は私のものなの!!」


 そう言って今度はイリアが代わりに久須男に抱き着く。久須男が苦笑して言う。



「ま、まあ、無事できたんだしいいんじゃね? 夏とかは涼しそうだよな」


「く、久須男様ぁ~」


 イリアは新たな好敵手ライバルの出現にトーコよりも顔を白くして答えた。






「まあ、それでまた女の子を持ち帰って来たの? 久須男もやるわねえ~」


 トーコをテイム後、真田に連絡するも氷結事件の対応で忙しく、聞き取り調査は後日となった久須男達。いったん自宅にトーコを連れて帰ると、やってきた母親が笑いながら言った。久須男が否定する。



「いや、だからこいつは魔物だって」


「まあ、マモノちゃんって言うの? 変わったお名前ねえ」


「違うよ、母さん! 魔物だって魔物!!」


「何が違うのよ? 同じでしょ??」


 全く会話が噛み合わない母親。そこへ父親が現れて涙ながらに言う。



「久須男、男ならきちんとどちらかを選ばなきゃならんぞ!! 人の道に外れたことだけはするな!」


「いや、だからこいつは魔物だってば」


「いらっしゃい、マモノちゃん」


 母親が笑顔でそう言うのにトーコは頭を下げて答える。



「不束者でございますが、よろしくお願い致します。お父様、お母様」


 想像以上に礼儀正しいトーコに両親の顔も緩む。ただそれに比例するようにイリアの顔が真っ赤になる。



「久須男様は私と一緒になるんです!! お父様、お母様!!」


 ロリータドレスを着て口を膨らまし大声で言う。父親が久須男に言う。



「久須男、しっかりと責任を取るんだぞ。父はこれ以上知らん」


「だから違うって……」


 結局両親はトーコのことを政府関係の人間と思い自宅に泊めることを了承。二階に上がり狭い部屋にイリア、トーコ、ケロンに久須男が座る。久須男が言う。



「トーコ、何かお前が近くにいると寒いな……」


 雪女であるトーコはじっとしていても冷気を放出する。イリアも言う。


「本当ですね。ちょっと寒いかも……」


 ケロンは自慢の体毛をふかふかにさせてひとり温まる。トーコが言う。



「久須男様、もしかして寒いのでしょうか?」


「ああ、寒い……」


「じゃあ、今夜はトーコと一緒のお布団で眠りましょう。温めて差し上げます」



 イリアがテーブルをドンと叩いて大声で言う。


「ば、馬鹿なことは言わないで!! あなたと一緒に寝たら凍え死ぬでしょ!!」


「人肌で温めれば大丈夫……」


「いや、だからその肌が冷たいんでしょ! そもそもあなたは魔物じゃない! 何で久須男様と一緒に寝るのよ!」


 トーコが青い目で冷たく答える。



「ご主人様を愛しているから。あなたには関係のないこと」


「ちょ、ちょっと、何を言って……」


 ケンカを始めたふたりの間に入って久須男が言う。



「あー、もうやめろって!! トーコ、お前は寒いから別の部屋で寝ること。一緒には寝れん」


「ご、ご主人様……」


 トーコが涙目になって悲しそう顔をする。対照的に勝ち誇った顔のイリアが言う。



「分かった? あなたはと私じゃ久須男様からの愛が違うのよ!!」


「愛? トーコとご主人様は心の奥で結びついたの。それが分からないの?」


「ふ、ふざけないでよ!!」



「おいおい、もういいってば……」


 久須男は永遠に終わらないふたりのいがみ合いを見てため息をついた。






「お、おい、誰だよあれ……??」

「マジで美人。ふたりも連れて……、あ、藤堂さん??」


 翌日、イリアとトーコを連れてダンジョン攻略室の庁舎を訪れた久須男。ロリータドレスに栗色の髪を靡かせて歩くイリアに、銀色の長髪に粉雪のような肌の美少女トーコ。ロリ巨乳に冷たい美少女。

 ふたりを連れて歩く久須男は一般攻略班の皆からの視線をひしひしと浴び、下を向いたまま真田の部屋へと向かう。



 コンコン……


「どうぞ」


 久須男が部屋をノックすると中にいた真田が大きな声で答える。


「失礼します」


 中に入った久須男達を見て真田が言う。



「やあ、久須男君。彼女が雪女のトーコさんなのかな?」


「ええ、そうです」


 久須男が頷いて答える。人型の魔物、冷たいが可愛らしい少女と聞いていた真田が頷いて言う。



「確かに久須男君の言う通りの美少女だね」


 その言葉に咄嗟に反応したのがイリア。


「ちょ、ちょっと、久須男様っ! この女のこと、一体何とご説明したんんですか!!」


 久須男が昨晩の真田との電話を思い出しながら答える。



「ええっと、雪女の魔物を捕獲したって伝えて、凶悪な魔物かって聞かれたから、普通の女の子だって答えて……」


「まあ、可愛らしいだなんて嬉しいです……」


 イリアがトーコに大声で言う。


「ち、違うわよ!! そう言う意味じゃないのよ、それは!!」


 それを見ていた真田が苦笑して言う。


「モテモテだね、久須男君」


「い、いや、そんなんじゃなくて、昨晩もずっとなんかふたりから攻め続けられ、寝不足でもうヘトヘトなんです……」


 真田が少し間を置いて言う。


「寝不足? 若いってのは素晴らしいことだね。羨ましいよ」


 口元に皺を寄せて笑う真田の言葉の意味を久須男はいまいち理解できなかった。真田が吸っていた煙草を灰皿に入れ真顔で言う。




「さて、今日来て貰ったのはもちろんトーコちゃんの件だ」


 皆がソファーに腰かけ話を聞く。久須男が先に尋ねる。


「昨日の件は大丈夫だったんですか?」


 トーコがあちこちで氷結事件を起こした件。ネットのニュースでは『映画の撮影』と出ていたが、あれで誤魔化せるかは疑問である。真田が答える。



「ああ、ニュースで見ていると思うが映画の撮影にしておいた。凍らされた人達はほとんど記憶がないし、周りで見ていた人達にもそう言って話しておいた。まあ、問題になりそうなことはこっちで処理しておくよ」


 国のフォローと言うのはやはり頼りになる。真田が改めてトーコに向き合い、そして尋ねる。



「それじゃあ、色々と君達のことについて教えて貰うけど、いいね?」


 トーコが冷たい表情になって言い返す。


「嫌よ。どうして私がそんなことに答えなきゃならないの? 仲間を売ることなど絶対できない……」


 久須男にテイムされたとは言え彼女は魔物。同じ仲間を売るようなことはさすがに憚られる。久須男が言う。



「トーコ、頼むよ」


 トーコが久須男の方を向き目を輝かせて答える。



「分かりました、ご主人様。何でもお答えします。でもこれから毎日『トーコ可愛い、好きだ』と言ってください」


 怒りを爆発させそうなイリアを抑えながら久須男が言う。



「馬鹿なこと言ってないでちゃんと答えてくれ」


「はい、ご主人様」


 トーコが久須男の方を向いてきちんと椅子に座り直し、両手を膝の上に置いて笑顔になる。真田が苦笑して尋ねる。



「で、いいのかな? もう尋ねて」


「はい、結構です」


 真田が手にした資料を見ながらトーコに言う。



「まず、君達魔物はなぜ存在するのかね?」


 トーコは真田の方を見ずに冷たい顔で答える。


「知らないわ。じゃあ、あなた達はなぜいるの?」


「ふふっ、そうだな。分かった」


 真田が笑顔で答える。



「じゃあ、次の質問。『ダンジョンがダンジョンを食う』と言うのはどういうことなのかな?」


「文字通り。レベルの高いダンジョンは下級ダンジョンを吸収して成長するの。下級ダンジョンは侵入者をおびき寄せて養分として成長する」


 トーコは抑揚のない声で真田の質問に答える。久須男が言う。



「赤や橙のダンジョンだな?」


「はい、そうでございます!!」


 初めてトーコが笑顔で答える。久須男が更に尋ねる。



「楽園って何なんだ?」


 トーコが更に目を輝かせ、久須男の両手を持って言う。



「ご主人様がいらっしゃるこの世界。この太陽の明かり溢れるこの世界が私達暗いダンジョンに棲む者にとっての楽園なんです」


「やはりそうか……」


 真田が腕を組んでつぶやく。

 これまで地上に出現した魔物の言動から察するに、まさにこの世界こそが楽園なのだろう。久須男が尋ねる。


「ここが楽園か。やっぱいいところなのか?」


「はい! ご主人様と出会うことができましたし、ご飯は美味しいし、はいまいちですがとてもいい場所に思います!!」


「か、家政婦って何よ!! まさか私のこ……ふがふが……」


 血相を変えて怒るイリアの口を塞ぐ久須男。真田が更に尋ねる。



「それで君達魔物はどうやったらダンジョンからこの地上に出て来られるんだ?」


 トーコが首を振って答える。



「それは分からない。ただ魔力や力の強い者が出るのは間違いない」


 真田が頷く。そして尋ねる。



「君達魔物の目的は何なんだ?」



 トーコが初めて真田の方を向いて答える。



「楽園の制圧。私達魔物がこの楽園の主となること。私の目的はご主人様と永遠とわの愛を誓うことだけど」


「おい!」


 黙って聞いていたイリアが後ろからトーコの頭を叩く。


「痛いわ、家政婦さん」


「誰が家政婦なの!! ふざけないで!!」



「はいはい、分かったからもうケンカはしないの!」


 再びもめ始めたふたりの間に久須男が入って言う。真田が頭を下げて礼を言う。




「ありがとう、トーコさん。それに久須男君も。大変参考になったよ」


「いえ、俺達も色々知れて良かったです。驚きましたけど」


「そうだな。だが事態は想像以上に深刻なのかもしれん」


 魔物がこの地上を楽園として狙っている。これまで現れた魔物はまだ二体だが、今後更なる脅威があると見ていい。真田が言う。



「久須男君、そう言う意味でも早いところ次のダンジョン攻略動画を頼むよ」


「あ、やっぱりやらなきゃダメですか?」


「無論だ」


「……はい」


 正直あまり人前に立つのが好きじゃない久須男。数千人が見ると言う攻略動画に出演するのはあまり得意じゃない。

 ただそんなことは言っていられない。久須男が真田に答える。



「前回初級をやったんで、じゃあ次は中級に行ってみます」


「楽しみにしてるよ」


「はい……」


 久須男のダンジョン攻略動画【中級編】が開始される。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る