42.トーコvs久須男
「うぃ~、あぁ、酔っ払って来るダンジョンってのは初めてだな~」
自宅マンション近くのあった紫の星二のダンジョンに潜った譲二。これまで何度か攻略したクラス。相棒のレスターはいないが十分ひとりで行けると酔った頭で考えていた。
「はああ!!!」
足が揺れながらも現れたスライムを片っ端から切り刻んでいく。
解析スキルがない譲二の戦い方はいつもこれ。相手が消えるまで剣を振る。
「あ~、やっぱりダンジョンの空気は悪いな~、気持ち悪くなって来たぜ……」
スキンヘッドの頭を撫でながら譲二がつぶやく。数か月前まではしっかりと鍛えられていた自慢の筋肉も、最近のだらしない生活ですっかりたるんでしまっている。
「あー、むしゃくしゃする。クソクソクソクソッ!!!!」
譲二は現れた魔物を執拗に切り刻んだ。酔って自我を失いかけているが彼の持つ負のエネルギーは底を知らず、そのマグマのような怒りを魔物にぶつけて行く。
「はあはあはあ、クソッ!!!!」
ガン!! カランカラン……
譲二は現れたスライムを叩き斬ると、そのまま持っていた剣を壁に投げつけ地面に仰向けになった。
(どいつもこいつも俺を馬鹿にしやがって!!!!!)
下級ダンジョンばかり潜っていた譲二は他の隊員に比べて成長が遅く、また『快足』で逃げることを主にしていた戦い方は動画のコメントで馬鹿にされ続けた。
もうF組の誰にも会いたくねえ、そんな風に思っていた譲二の体が突如揺れ始める。
ゴゴゴゴゴゴッ……
「な、なんだ!?」
最初自分の酔いのせいだと思った譲二だが、それが地面から壁、そして天井までが強く揺れ出すとさすがに何かの異変だと気付いた。
「な、何が起きて……!?」
そのうち壁や床が赤く染まるのを見て、酔っていた譲二も事態が尋常ではないとはっきり理解する。
「う、ううっ……」
やがて辺りが明るく赤色に変化し、その圧倒的な負の圧が譲二を襲う。呼吸すらままならないほどの圧。仰向けになったまま全身に汗を流し体を震わせる。
死を覚悟した譲二。そんな彼の目に最悪な光景が広がった。
(な、なんなんだよ、これ……)
ダンジョンの揺れは止まったものの、その赤く変色した壁から真っ黒なローブを着た骸骨、肩から大きな鎌を担いだ魔物が現れた。
(俺は死ぬんだ……)
譲二は天井に浮かぶその魔物を見ながら全てを諦めた。骸骨が言う。
「これはいい素材。素晴らしい器。頂きましょうか……」
直接脳に響く声。低く圧のある声だが、不思議と嫌ではなかった。譲二は目を閉じ深く深呼吸をする。
ここで彼の意識が無くなった。
(お腹空いたな……)
薄青色のワンピースを着た雪女のトーコがひとり日の落ちた通りを歩く。道にはオープンテラスのレストランがあり仕事帰りの人達が楽しそうに食事をしている。
ぐう~
お腹が空きただただぼうっとそれを眺めながら歩くトーコ。洋服屋や中年男の件でこの世界にはお金が必要であり、物を手に入れるにはお店に表示された数字のお金を払わなければならないことが分かった。
(お金ってどうすれば貰えるの……?)
その仕組みは分かったトーコだがお金の入手方法が分からない。数時間ひとり歩き続けたトーコのお腹と思考回路はもう限界を迎えていた。
(お腹空いたの。ごめんなさい……)
この世界のしきたりを守ろうと思った。だがたったひとりでダンジョンからやって来た彼女にその知識や知恵、力を貸してくれる者はいなかった。
「氷魔法、アイスラウンド……」
繁華街の片隅に立つ少女の手が上げられる。
同時に辺りに吹き抜ける冷たい冷気。地表から上がったその凍り付くような風は、周りの物すべてを凍らしまるで時間が止まったかのような光景を造り出す。
「ごめんなさい……」
トーコはテーブルの上に置かれた氷漬けのパンを掴むとそのまま走り出す。
ガブッ、じゃりじゃり……
少し離れた公園。
先程トーコが凍らせた方面からサイレンの音が響くが彼女にはその意味は分からない。
「美味しい……」
初めて食べた楽園の食べ物。ダンジョン内で下級魔物を食していたトーコにとって、それは正に頬が落ちるほど美味しいものであった。
「美味しい、美味しいいよぉ……」
公園の暗い木の下に座りひとり凍ったパンをかじるトーコ。その目からはそれとは真逆の温かい涙が零れ落ちた。
氷結事件の知らせが久須男に入ったのは、彼が学校の授業を終え下校しようとしていた時だった。真田からの電話を受け久須男の顔が真剣になる。
「……はい、分かりました。すぐ行きます」
電話を切った久須男にイリアが尋ねる。
「久須男様、まさか……」
「ああ、そのまさかだ。もう二件目の魔物が出たみたい。行くぞ!!」
「はい!」
久須男とイリアはすぐにタクシーに乗り店員が凍らされたという店に向かった。
「ああ、久須男君。来てくれたか」
氷結事件が起きた現場に行くと、既に『ダン攻室』の真田が来ていた。数名の警察官がブルーシートを持って囲み、その中に氷漬けにされた女性店員の姿が見える。真田が久須男に言う。
「奇妙な事件だ。凍り付いているのも不思議だし、その氷が全く溶けないと言うのも理解できない。久須男君、どう思う?」
久須男はその氷に触れながら言う。
「魔物の仕業ですね」
「やはりそうか。だから我々の所に連絡が回って来た」
氷からわずかに感じる魔力。この状態では普通には中々溶けない。真田が尋ねる。
「彼女を助けられるか?」
「やって見ます」
久須男はそう答えると小さく魔法を唱えた。
「火魔法、ホットミスト……」
強い火力を与える魔法は使えない。中の人に火傷を負わせてしまう。久須男は人体に当たっても無害な温かいミストを発生させ氷を包み込む。
「あ、溶けて来た!」
その様子を見ていた真田が声を出す。
久須男のミストに包まれた氷が次第に溶け始め、やがて中にいた女性が現れ救出された。
「大丈夫ですか? 大丈夫ですか!!」
女性警官に抱かれた女店員がゆっくりと目を覚ます。魔法の氷だったせいか、溶けても服などは濡れていない。
「あれ……、私……」
ぼんやりする女性店員に真田が事情を説明する。
「そうだったんですか……」
自身に起きたことを知り驚く女性。ただ凍っていた間の記憶は全くないそうだ。真田が尋ねる。
「誰にやられたんですか?」
「女の子、そう、真っ白な服を着た銀髪の女の子が来て服を買いたいって……」
女性は記憶が無くなる前に起きたことをすべて話した。黙って話を聞いていた久須男がイリアに尋ねる。
「心当たりはあるか?」
考えていたイリアが久須男に答える。
「多分雪女です。白い衣装に銀色の髪は彼女らの特徴ですから」
「強いのか?」
イリアが首を振って答える。
「いいえ、下級から中級レベルの魔物です。マーゼルでも時々遭遇しています」
「でもこちらに出て来たと言うことは強いんだろうな。会話もできたと言うし」
「そうですね。それに服を欲しがる魔物など聞いたことがありません」
「変異種か」
「恐らく」
そんな会話をしている久須男達の元に、新たな氷結事件の報が入る。少し離れた場所で今度は中年男性が凍らされているらしい。
「直ぐ向かおう」
真田と共に向かった先で中年男性を解凍した久須男達は、再び同じような話を聞く。
「もう出て来てしまったのか、第二の魔物が……」
真田が一番恐れていたこの世界への魔物の出現。その二体目が現れたことになる。そんな久須男達に更なる連絡が入る。
「た、大変です!! また氷結事件が!! 今度は通り一帯で……」
耳を疑う久須男達。すぐに現場に駆け付けると、そこはまるで冬の雪景色のような世界が広がっていた。
「こんなことが……」
通り一帯が凍り付き、薄っすら白くなっている。テーブルや椅子、運ばれてきたばかりの料理にそれを待っていた人々。すべてが青白く凍り付き、まるで時間が止まったかのように静寂に包み込まれている。久須男が真田に言う。
「解凍させます。俺は魔物を追うんで、あと頼みます!!」
「あ、ああ、分かった! 可能なら捕獲を頼む!!」
久須男は頷きそれに応えると、再び火魔法を今度は空に向かって放つ。
まるでオレンジ色の雪。久須男のホットミストが空からまるで温かな火の雪のように辺りに降り注ぐと、次第に凍っていた皆に色が戻り始める。
(まだ近くにいるはず!! 『神眼』……、あっちだ!!!)
久須男はわずかに感じる魔力の残り香を頼りにイリアと共に走り出す。氷結事件にやじ馬が集まる中、それとは真逆の方向に走るふたり。そして都会にある大きな公園の前で久須男が立ち止まる。
「ここにいる」
「久須男様、相手は恐らく変異種。お気をつけて……」
「ああ」
久須男は魔力反応が強い雑木林の方へと歩み出す。
「あれか……?」
その林の中でひとり地面で横になっている少女を発見。
薄い青色のワンピースに青のベレー帽。銀色の長い髪に粉雪のような白い肌。大事そうに湿ったパンをもって眠っている。イリアが言う。
「雪女です。間違いありません」
イリアもそれがマーゼル図書館の魔物図鑑で見た雪女であることを確認。
「どうする? 捕獲しろって言ってたけど、会話して見るか?」
「え、ええ。お気をつけて」
ふたりがゆっくりと少女に近付く。強い魔力を感じる。ただの雪女ではないことはイリアでも理解した。
「……だれ?」
眠っていたはずの少女の目が少し開けられ、久須男を見つめて言った。久須男が答える。
「俺はダンジョン攻略者だ。お前は魔物だな?」
それを聞いた途端、少女から強い魔力が放出される。
「侵入者。私を殺しに来たの?」
少女は立ち上がり髪を逆立てながら久須男を睨む。
「それはお前次第。話をしたいと思っているけど、抵抗するなら容赦しない」
「侵入者、殺してあげる」
銀髪の少女は右手を前に出し魔力を集める。
「イリア、下がって!」
久須男に言われたイリアがすぐに後方へ下がり木の陰に隠れる。
「氷魔法、アイスヴァ―ン!!!!」
少女の手から放たれる氷結魔法。久須男も魔法で対抗する。
「氷魔法、氷壁」
少女は笑みを浮かべた。
氷魔法に対して氷の壁はある意味無効。自分の魔法ならば簡単に突破できるはず。相手が素人で良かった。
安心した少女。だが彼女はそれがすぐに間違いであったことに気付く。
ドン! ドドドドドォ……
少女の氷結魔法が久須男の氷壁に当たりどんどんと消えて行く。
「え? うそ……」
こんな出鱈目なことができるのは夢か、それとも圧倒的力の差があるかだ。
(そんなはずはない!! 私は強い……)
生まれた時から強力な魔力を有していた彼女。若くしてダンジョンボスになり、上級魔物になって楽園へ壁も突破できた。その自分が負けるはずがない、そう思った彼女の背中に悪寒が走った。
「え?」
ドン!!!
背後に感じる圧倒的な力の存在。
その存在は少女の首元を軽く手刀で叩くと、倒れ行く彼女を見ながら言った。
「捕獲って、言うほど簡単じゃないけどな……、どうしよう……」
今まで目の前で対峙していた男。
いつの間に背後に回り込み攻撃したのか。それに一瞬放たれた自分ですら凍り付くような圧倒的力。地面に倒れた少女が思う。
(この人、強い。私、消される……)
少女の目から自然と涙が溢れた。
やっと来られた楽園。見るもの触れるものすべてが新鮮で楽しかった時間。でもこんなに強い人間がいたとは。恐ろしい相手。でも彼の次の行動に少女は驚いた。
「おい、大丈夫か……?」
久須男は倒れた少女に手を差し出した。
捕獲が目的である今回の件。協力してくれるなら有力な情報源となる。反撃に十分注意しながら久須男が手を差し出す。
「あ、はい……」
少女は自然とその手を掴んだ。
少し安心した久須男の頭に文字が浮かぶ。
【雪女(変異種)のテイムに成功しました】
「え?」
手を握り自分を見つめる少女。
その目は既に魔物のものではなく、ひとりの少女の目になっていた。
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