41.雪女のトーコ

 シルバーバックを討伐したその日の深夜、自宅に帰った久須男とイリアはテレビに映し出された緊急ニュースを黙って見つめていた。



「……引き続きまして、製作会社による謝罪会見に移ります」


 画面にはテーブルの前に並んだスーツ姿の男達がカメラに向かって頭を下げている姿が映る。大きな問題や不祥事を起こした際によく見る謝罪風景。

 ただいつものそれと違ったのは、本当は彼らにはも無かったと言うこと。久須男が言う。



「可愛そうに。無理やり謝罪させられている……」


「そうですね」


 イリアもそれに同情的に答える。



 シルバーバックが街中で暴れた件は、『映画会社の撮影事故』として報じられた。

 異国のジャングルから呼び寄せた巨大な銀色のゴリラ。それが出演する映画を撮るために国内を輸送中、偶発的な事故が起き逃げ出して暴れたと。警察と自衛隊による砲撃で事態を収拾させたと画面に出て来たアナウンサーが説明している。



「そんなんでみんな納得するんかな」


「ちょっと難しいかもしれませんね」


 最終的には警察の誘導によって民間人は近くに居なくなったが、最初の時はみんな大勢いたし、スマホで撮影している者も少なからずいた。試しにネットで調べてみると政府の発表を疑う声も既に上がっている。久須男が眠そうな顔で言う。



「ふわ~ぁ、さて寝るか」


「一緒にですか?」


 反射的にそう答えるイリアを久須男が見つめる。母親と買いに行ったピンクのパジャマに、栗色のミディアムヘアー。動く度に甘酸っぱい香りが久須男を包む。



「そ、そんな訳ないだろ!」


 動揺して答える久須男にイリアが言う。


「イリアはいつでもいいんですよ〜」


 ロリロリのイリア。その容姿に比例しないエッチな体を想像し久須男が真っ赤になって答える。



「ば、馬鹿なこと言ってないで早く寝るぞ!」


「は~い!!」


 お互い別の布団に入り部屋の明かりを消す。

 少しの静寂。どきどきと心臓の鼓動を感じる久須男にイリアが言う。



「久須男様……」


「な、なに?」



 イリアが布団を口に当てて言う。


「ごにょごにょにょ(愛してます)……」



「え、なに?」


「何でもないでーす。おやすみなさい!」


 イリアは笑って静かに目を閉じた。






 首相官邸にある特別応接室。完全防音のこの部屋に真っ黒なスーツに身を包んだ真田行實の姿があった。


「ダンジョン攻略室の真田です」


 幾重ものセキュリティー。要人用のIDを提示し身体チェックを受けようやくその部屋へと招き入れられる。



「やあ、真田君。待っていたよ」


 その厳重な部屋で待っていたのは時の総理大臣。真田の直属の上司となる。真田が深々と頭を下げてそれに答える。



「ご無沙汰しております、総理」


「まあ、腰掛けて」


「はい」


 緊張する真田。その鋭い眼差しがいつも以上に厳しくなる。

 二重の防音防弾ガラスの向こうには、風に揺られてなびく木々の葉が見える。部屋には季節の花が用いられた気品ある生け花が美しい。そんな風情ある景色にも気付かないほど緊張した真田に総理が尋ねる。



「あの魔物、どういうことかね?」


 シルバーバックの件。想定していた質問。真田が汗をかきながら答える。



「ダンジョンから出た魔物の強化種でございます」


「ダンジョンから出たね……、なぜそのような事が起きたんだ?」


 その問いには誰も答えられない。真田が首を振って言う。



「それは分かりません。現在調査中です」


「そうか」


 総理はテーブルに置かれたお茶をひとくち口に含む。静かだが張りつめた空気。次の言葉を待つ真田に総理が言う。



「何とか誤魔化してはいるようだが、国民は馬鹿じゃない。ワイドショーやネットでも大騒ぎになっている。どう思う?」


 真田が頷いて答える。


「はい、今最も恐れているのは第二の魔物が現れることです。何度も同じようなことが起きれば隠し通すのは難しいかと思います」


「国民に知らせろと言うのかね、ダンジョンの存在を?」


 真田が神妙な面持ちで答える。



「ええ。本意ではございませんが、このまま隠して被害を大きくするよりその危険性を公表し国民皆でそれに対処する方が良いかと……」


 総理の顔が真剣になる。



「真田君、その役を私にやれと?」


「もちろん時期はございますが……」



「その意味、君は分かっているのかね?」


 鋭い総理の視線。魔界と呼ばれるような政界の波にもまれ、その頂点にまで上り詰めた男の強い圧。自衛隊上がりの真田ですらその圧の前にはただの男になってしまう。



「重々承知です」


 このような非常事態を告げれば国が大混乱に陥るのは明白。その責任は政府、そして目の前の総理大臣に向けられる。いわば政治家生命を賭けた一大告知。国の存亡に関わるような舵取りを迫られる。だが真田が胸を張って続ける。



「その為の準備は着々と進んでおります」


「ほお、と言うと?」


 興味を持った総理が真田を見つめて尋ねる。



「はい。まずはダンジョン攻略班のF組。最高難易度に属する橙を攻略した久須男君を始めとし、彼に指導を受けた他の隊員達も次々とダンジョンを攻略しております。彼が加わってくれたことで全体のレベルアップができています」


「この間話していた高校生だね?」


「ええ。更に彼とフュージョンをしたマーゼル人が『魔力付与』を行え、魔物に効く武器を多く生産できるようになりました。これも大きな進歩です。その他にも一般班の中で魔法を使える者が出始めるなど、更なる強化が見込まれます」



「うむ、実に頼もしい。さすがは真田君だ。いずれ告知はしなければならないと思うが、そのタイミングは私が決めよう。それまでにしっかりと皆が安心できるような体制作りを頼むぞ」



「はっ!」


 真田がオールバックの頭を深く下げそれに応える。



「真田君、そのとても強いと言う高校生だが……」


 頭を上げた真田に総理が笑って言う。



「いつか私に会わせてくれないか」


「かしこまりました。いつでもお声がけください」


 国の最高責任者と攻略組最強の高校生。この後ふたりは対面することになるのだが、それは真田ですら予想もできなかった形で会うこととなる。






(空気が美味しい。太陽がまぶしい。ここが、ようやくたどり着いたここが……)


なんだね」


 ダンジョンから出現したひとりの少女。真っ白な浴衣を着た長い銀髪の女の子。肌は雪のように白く、目は凍るように青い。

 彼女は魔物だった。言葉を話す上級魔物。『雪女』と言う種族に分類され本来強い魔物ではなかったが、変異種として生まれた彼女は強力な魔力、そして高度な知能を備えていた。



(ダンジョンでない以上人間を養分とする必要はもうなし。ここで暮らして行くのならばこの世界に慣れなければならない……)



 本来魔物として持つ本能『人間を襲う』とか『皆の為に楽園を目指す』と言った感情はほとんど無かった。高い理性がそれを抑え込み、未知なる世界への憧れが彼女を行動させた。

 暗い路地裏から歩き出た彼女が周りを見渡す。



「綺麗な服……」


 街を歩く女性は皆可愛らしい見たこともない服を着ていた。全身真っ白な浴衣を着た人など誰もいない。



(あんな可愛い服が着たい……)


 彼女はそのまま通りに向かって歩き出し、皆がその白装束のような異様な格好に驚き注目する中一軒の洋服店に入る。



「いらっしゃいませ……、(え?)」


 対応に当たった店員が彼女の姿を見て驚く。何かのコスプレか、夜見たらまるで幽霊のような姿に一瞬戸惑う。



「服が欲しい……」


 そう告げる彼女に店員が色々な服を提案。銀色の髪に粉雪のような白い肌。同じ女性でも見惚れてしまうほど美しい。



「これがいいわ。ありがとう、一緒に選んでくれて……」


「ええ、どういたしまして。ではお買い上げはあちらで」


 彼女は薄い青色のワンピースを選んだ。曇りでも日差しが強く感じた彼女は、同じ青色のベレー帽も一緒に選択。女性用の草履を履いていた足にも同系色のパンプスを選んだ。



「じゃあ……」


 新しい服を着たまま店の外へ出ようとする彼女に店員が驚いて言う。



「あ、あの、お客様。お会計を……」


「会計? なにそれ?」


 その言葉を聞いた店員の顔が引きつる。



「お金をお支払いください」


 彼女が小さな声で言う。



「お金……、それが必要なの……?」


「お金がないのならば服はお売りできません。お返しください!」


 その声を聞いた少女の顔が怒りに染まる。



「残念、せっかくいい人だと思ったのに……」



「え?」


 少女はそう冷たく言うと自分に対して敵意を持つ女性店員を一瞬で凍らせた。



「さようなら……」


 そう言って少女は無表情で店を出る。




(お金と言うものが必要なのか。知らなかった。どうすれば貰えるのかな……)


 少女は歩きながらお金について考える。



「お金、お金、お金……、聞いてみよう……」


 少女は道を歩く中年のサラリーマンに近寄り尋ねる。



「ねえ……」


「ん?」


 中年男は突然声をかけて来たワンピースの少女を見てその可愛さに驚く。少女が言う。



「お金ください」


「は? お金が欲しいって、君……」


 中年男が少女の体をジロジロと見つめる。銀色の美しい髪。氷のように白く透き通った肌。胸は小さく幼児体形だがそんなこと関係ない。中年男がデレっとした顔つきになって言う。


「こんな昼間っから最近の子は凄いねえ~、君、名前は?」



「トーコ」



「トーコちゃん? 可愛い名前だねえ~、いいよ。おじさんがお金をあげよう。さ、こっちおいで」


 そう言ってトーコの腕を掴み路地裏へと歩き出す。



(冷たっ!!)


 想像以上の冷たい腕に驚きながらも、中年男の頭の中はこの先の楽しみで埋め尽くされている。ホテルに近付きながら中年男がトーコの腰に手を回して言う。



「トーコちゃん、体が冷え切ってるねえ~、おじさんが温めてあげよう」



 パン!!!


 トーコは腰に回した中年男の手を強く叩く。驚いた男が血相を変えて言う。


「な、なにするんだよ!! 痛いじゃないか!!」


「私に触れないで」


 その言葉に中年男の顔色が変わる。



「はあ?? なに言ってるの? これから楽しいことするんでしょ?? さ、早く行くぞ!!」


 そう言ってトーコの手を掴み無理やり歩き出そうとする中年男。



 パン!!!


 再び叩かれる男の手。振り返った男にトーコが言う。



「早くお金ちょうだい」


 その言葉にさすがの中年男もキレる。



「お前、ふざけんなよ!! 何もしてねえくせに何言って……」


 トーコに激昂しながら男はいつの間にかに凍らされていた。氷漬けになった男を見てトーコが溜息をつく。



「お金って、簡単に貰えないのか……」


 凍らされた男をそのままにトーコがその場を立ち去る。

 二件の冷凍事件。この怪奇事件がダンジョン攻略室に通報され、久須男へと繋がっていくことになる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る