40.異変の予兆

 日も落ち薄暗くなる中、再び現れた言葉を話す魔物。

 本来なら少しでも会話をしてダンジョンのことを聞き出すべきなのだが、何せ場所が悪い。



「な、何だよ、あれ!!!」

「どうなってるの、こんなの嘘でしょ……」


 ここはダンジョンではない外の世界。

 皆が平和に暮らし笑顔溢れる場所。ここに恐怖でしかない魔物は似つかわしくない。攻略班の皆が倒れ警察が周りをぐるっと囲む中、久須男は未知の魔物にひとり対峙する。



「楽園のジャマをする奴は許サンぞオオオオ!!!!」


 シルバーバックが雄叫びを上げながら太い銀色の拳を久須男に振り下ろす。



 ドオオオオオオン!!!!


『神速』でかわす久須男。

 叩きつけられた道路にまるで陥没したかのように大穴が開く。周りから上がる恐怖の声。これ以上奴に好き勝手させる訳には行かない。



(一気にカタをつける!!!!!)


 久須男は左手を前に先日習得したばかりの魔法を唱える。



くろ魔法、グラビティプレス!!!!」



(黒魔法!? 聞いたことがない……)


 久須男の戦う様子を見ていたマーゼル出身のマリアとチェルが思う。



 ドン!! ググググググッ……


 久須男が魔法を唱えた瞬間、シルバーバックが何か上から万力のようなもので押さえつけられるように地面へと倒れて行く。



「グゴオオオオオオ!!! ナンだ、コレは!!??」


 突然全身にかかる強い重力。体を潰されそうになりながらもがくシルバーバックの目に、久須男が突撃する姿が映る。



(『神眼』っ、急所は……頭っ!!!!)


 突撃しながら動揺したシルバーバックの急所を判別。白銀の剣を持った久須男が一気に間を詰める。




「閃光弾、準備。撃てっ!!!」


 久須男がシルバーバックの急所を突くと同時に起こる砲撃音。

 魔物の絶叫が響く中、辺りが真っ白な強い光に包まれる。まぶしさに目を閉じる観衆。だが目を開けた皆の前に、先ほどまで暴れていたゴリラのバケモノの姿はもう消えていた。





「任務ご苦労さん」


 魔物の出現に現場へ駆けつけた真田。次々と倒れて行く攻略班の部下達をじっと見つめながら最後久須男がとどめを刺す瞬間に、機動隊による閃光弾発射を命じた。

 シルバーバックを討伐し、家まで送って行く車の中で久須男達に尋ねる。



「あれは一体何だったんだ?」


 久須男とイリアが首を振って答える。



「魔物の名前はシルバーバック。変異種のようです。ただなぜこの世界に出て来たのかは不明です……」


「イリアさんも分からない?」


「はい……」


 ダンジョンと共生してきたマーゼル族。その国の姫イリアであっても、この世界で起こるイレギュラーについては全く理解できなかった。

 久須男と会ってから想像を超える出来事ばかり起こっている。今やイリアとてダンジョンを知る者から『探求する側』に変わっていた。



「みんなは大丈夫でしょうか?」


 久須男が魔物に倒れた仲間を案じ尋ねる。


「ああ、すぐに病院へ運ばせた。君達のアイテムのお陰で随分回復していたそうだ。ダンジョンの道具とは凄いものだね」


 運転しながらそう話す真田を見て少しだけ久須男が安堵する。真田が尋ねる。



「これからも出て来ると思うかい?」


「分かりません。でも可能性は十分にあると思います」


 久須男が神妙な顔つきで答える。今回は偶然久須男を始めとした攻略班の近くで出現してくれた。これがもっと遠方、もしくは数体同時に発生したら手に負えない。真田が言う。



「あのクラスの魔物がまた出てきたら大変だな……」


 力のある攻略班が総出でかかっても攻略できなかった魔物。会話をする以上強力な魔物であるのは間違いない。久須男が来なかったらと思うとゾッとする。真田が大きく息を吐いてから言う。



「引き続き皆への剣術指南、そしてダンジョン攻略動画の配信を頼むよ」


「え、やっぱりまだやるんですか!?」


 驚く久須男に真田が答える。



「無論だ。隊員達の底上げは急務。いつまでも久須男君だけに負担をかける訳にはいかないからな」


 真田の中では早く皆がもっと強くなってくれることを切に望んでいた。魔物の存在が公になる危険がある上、ダンジョンの不穏な動きも注意しなければならない。真田が言う。



「あの魔物の件については政府で収拾を図る。久須男君ももし誰かに聞かれても適当に誤魔化しておいて欲しい」


「分かりました」


 閃光弾を撃ったのはその為だったのかと久須男が理解する。まだダンジョンや魔物の存在を明かす時ではない。真田の語気から久須男はそれを感じた。



「それから久須男君」


「はい」


 前を向いたまま真田が話す。



「最近、仙石さんの動きが全くないんだ。何か知らないか?」


「仙石さん……?」


 久須男はそれが仙石譲二のことだと少し間を置いて気付いた。確かに最近ダンジョン攻略動画も上げていないし、同じF組でありながら接触も会話もない。



「ダンジョン攻略は各自のペースに任せているが、ここ最近彼らだけどこも攻略していないんだ」


「そうですか……」


 久須男にとって他の隊員のことを考える余裕はなかった。新たなダンジョン、上位魔物、イレギュラーへの対応などやることが多過ぎる。



「もし何か気になることがあればまた教えて欲しい」


「はい、分かりました」


 久須男はそう軽く返事をして目を閉じる。

 そしてこれまでのダンジョンとは違った何かが動き始めていることを直感的に感じた。






「譲二、また飲んでいるのですか?」


 街中にある高級マンション。

 ただの工事業者から特別国家公務員になった仙石譲二は、手にした大金によりその生活が一変していた。



「うるせえ、俺の勝手だろ」


 高級マンションの窓から街が一望でき、周りで暮らす人達はいわゆるセレブと呼ばれる人達。部屋の中は高級家具でまとめられ、少し前までは名前も知らなかった様な酒がテーブルの上に所狭しと並べられている。



「くそっ、つまらねえ……」


 そう言って手にしたグラスの酒を一気に喉に流し込む譲二。トレードマークだったスキンヘッドの手入れもせず、うっすらと毛が生えてきている。

 部屋にやって来ていた相棒のレスターが溜息交じりに言う。



「譲二、無理とは言いませんが、ダンジョンへ行く気になれば声をかけてください。それじゃあ」


 レスターは長髪を揺らしながら部屋を出て行く。ただ彼は思ってもいなかった。これが譲二と交わすの会話となることを。




「けっ、うるせんだよ! 誰が行くか、あんな場所……」


 譲二は孤独だった。

 少し前、久須男がF組にやってくる前まで彼は攻略班の頂点にいた。当時の最高記録も彼が打ち立てたもの。それがいつの間にか久須男という桁外れの攻略者が現れ、見下していた他のメンバーも彼に指導を受けると直ぐに自分を抜いていった。



「ああ、面白くねえ!!!」


 譲二は再びグラスになみなみと酒を注ぐとそれを一気に胃に流し込む。もはや酒の味など分からなかった。一瞬でもこの不愉快な気分を晴らしてくれるものなら何でもよかった。



「またメールかよ……」


 そんな譲二のタブレットに一通のメールが届く。差出人は真田。酔った指でその中身を確認するといつも通りダンジョン攻略を促す内容のものであった。

 ただこれまでと違う点は『これ以上任務を放棄するのならば攻略班としての資格を剥奪する』と記載されていたことだ。



「ふざけやがって……」


 攻略班の資格を失う。それは棚ぼた式に手に入れたこの特別公務員という立場を失うことになる。金や地位、名誉。贅沢な暮らしも全て無くなる。

 心が荒れ、ダンジョン攻略などどうでも良かった譲二だが、さすがにそれだけは避けなければならなかった。




「仕方ねえ、行くか……」


 譲二が久し振りに立ち上がりタブレットで見つけた近所の下級ダンジョンへ向かう。ポーズだけで良かった。ダンジョンに潜っていると。

 ただ結果的にこれが譲二にとって攻略班として潜る最後のダンジョンとなった。






 とある街外れのビルの谷間。

 薄暗い狭い路地裏に、その異変は起きていた。



 バリ、バリリリ……、ドン……


 空間が割れる音。小さな破壊音の後、その割れ目からひとりの少女が落ちて来た。




「ここは……?」


 銀色の長い髪。

 真っ白な浴衣を着た少女。粉雪のような白い肌は暗い路地裏で異様な輝きを放つ。



「おい、あれ見ろよ。女が倒れてるぜ!」


 そこへガラの悪そうなチンピラふたり組が現れる。ふたりがその真っ白な少女に近付き声をかける。



「ねえ、お嬢ちゃん。どうしたの~?」

「こんなところで寝ないで俺達と楽しいことしようぜ~??」


 そう言ってチンピラのひとりが倒れている少女の腕を掴む。



「だれ……?」


 顔を上げた少女。

 その目は青く、まるで氷のよう。


「こんなところで寝てると風邪引くぜ。俺達と一緒に……」



「ここはどこ?」


 突然の質問に男達が笑って答える。



「どこでもいいじゃねえか! さあ、行くぞ。きゃはははっ!!」



「…………ぅ」



 腕を強く掴まれた少女が何やら小声で言う。口の動きに気付いたチンピラが言う。


「あぁ!? お前何か言った……、え!?」


 男は自分の連れが青白く凍っているのに気付いた。少女を握る手が冷たい。全身が凍るほどの悪寒を覚えた男が逃げ出そうとするも、足が動かないことに気付く。



「な、なんだよ。これ!?」


 見ると足が地面に張り付くように凍っている。震える男が懇願するように言う。



「やめて、やめてくれ。お願い……、ぁ……」


 ふたりのチンピラを凍らせた少女が、ゆっくりと立ち上がりひとり空を見上げて言う。




「これが空……、綺麗……、ついに来られたのね……」


 どんよりと曇った暗い空。

 それでも少女にとって初めて見る大きな空は、とても美しく神々しく見えた。

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