39.イレギュラー

「久須男様ぁ、久須男様ぁ、久須男様ぁ~」


 午前中真田のところへ寄った久須男とイリア。午後から高校に向かい、退屈な授業を終えふたりが下校する。授業は全く分からなくても久須男とずっと一緒に居られることを喜ぶイリア。最近特に機嫌がいい。



「な、なあ、イリア。あんまりくっつくとみんな見てるぞ……」


 傍から見れば交際している初々しい高校生。まさか誰も『世界でも屈指のダンジョン攻略者』に『異世界の姫』だとは思わない。イリアが顔を近づけて言う。



「見せつけているんですぅ!! みんなに!!」


 そう言って自慢のたわわを腕に押し付けるイリア。攻略組最高峰の久須男でも、このイリアの攻撃にはひとたまりもない。そんな無敵の攻撃を妨害する電子音が久須男の鞄から鳴った。



 ピピピピピピッ……



「あ、電話」


 そう言って腕を振りほどき鞄を開ける久須男。イリアがちょっとむっとした顔でいると久須男の顔が真剣になった。



「真田さんだ……、何だろう……?」


 普段はSNSなどでやり取りする真田と久須男。電話をかけてくることは緊急を要する場合に限られる。



「はい、藤堂です……」


 緊張した久須男の声。話を聞くうちに黙り込む久須男。



「……本当ですか? 場所は?」


 ただ事ではない、隣にいたイリアがその顔を見て理解する。電話を終えた久須男がイリアに言う。



「魔物がダンジョンから出て暴れていて、対応した攻略班がやられたらしい……」



 ダンジョンと共に生きて来たマーゼル王国。

 その国の姫ですらそんな荒唐無稽な話を最初は信じることができなかった。






「グオオオオオオオオン!!! ゴゴゴゴゴッ!!!!!」


 巨大な銀色のゴリラの魔物。空間を打ち壊してダンジョンから現れたその魔物は、怯えて逃げ惑う人々をよそにビルの壁を破壊しながら暴れていた。

 すぐに鳴り響くサイレン。近くにいた警官が駆け付けるが予想外の事態に呆然と立ち尽くす。



「逃げて逃げて、みんな、逃げろおおお!!!」


 偶然同じ場所に居合わせた権崎ごんざき三兄弟の長男太郎が、パニックになった人達に叫びながら突撃する。



「火魔法、ファイヤーボール!!!!」


 真っ先にゴリラの魔物と対峙した太郎が、片腕で火魔法をゴリラに向かって放つ。



 ゴオオオオオ、ボフッ……


「な!? 何だと!?」


 放たれた火球。ゴリラの魔物はかわすことなくそれを体に受けたが、そのまま太郎の目の前で弱々しい音を立てて消滅した。次郎が続けて魔法を放つ。



「水魔法、ウォーターショット!!!!」


 同じく放たれる水の弾丸。しかしこれも火球同様ゴリラの体に当たって消えて行く。全く魔法攻撃が効かない相手を見て三男の三郎が震えながら言う。



「に、兄ちゃん。あいつ、強過ぎるよ……」


 太郎が首を振って言う。


「まだだ!! まだ行ける!!!!」




「加勢するぜ!! 権崎っ!!!!」


 その間にも付近にいてタブレットで知らせを受けた別の班の者達が、武器を持ってゴリラの魔物に向っていく。皆手にはイリアが『魔力付与』した武器を持つ歴とした攻略班。しかし相手が悪かった。



 ドン、ドドドン!!!!


「ぐわあああああ!!!!!!」


 魔物に効くとされる『魔力付与』の武器。

 しかし選抜された攻略班の隊員達が束になってかかっても、その銀色の毛を持つゴリラの魔物に傷ひとつ付けられなく殴り飛ばされて行く。太郎が震える三郎に大声で言う。



「気合入れろ!! あいつをぶっ倒して、汚名返上だ!!!!!」


 太郎に怒鳴られた三郎が怯えながら答える。



「わ、分かったよぉ、兄ちゃん……」


 そして三兄弟が拡散し、一斉に魔法を詠唱し始める。



「火魔法、ファイヤーボール!!!」

「水魔法、ウォーターショット!!!」

「風魔法、ウィンドランス!!!」


 対象となる敵を囲い、逃げ場を無くした上で放つ三兄弟の攻撃魔法。異なる属性がぶつかり合い誘発を招くこの魔法攻撃は、これまでボスなどを討伐して来たお馴染みの必殺攻撃である。



 ドオオオオオン!!!!!



 舞い上がる白煙。手応えのある攻撃。だが額に汗を流しながら戦況を見ていた三兄弟の顔が引きつる。



「ウゴオオオオオ!!! ジャマする奴はぶっ殺す!!!!!」


 三兄弟は昨日のロイヤルオーク同様、自分達の攻撃が全く通用しない相手を前にただただ呆然と立ち尽くした。






 真田からの連絡を受けすぐにタクシーに乗った久須男とイリア。

 高校生カップルに一瞬驚く運転手だが、ふたりの切羽詰まった様子を見てただ事ではないと判断し急ぎ現場へ向かう。走り出す車。しばらく無言だった久須男がイリアに尋ねる。



「こういうことって向こうでもあるのか?」


 イリアが首を振って答える。


「いいえ、ありません。私も動揺しています……」


 久須男同様イリアの表情も真剣である。



「古文書とか仮説とかでもいいんだけど」


「全くありません」


 ダンジョンがダンジョンを食らうという仮説はマーゼルでもあった。実際証明はできないが、それで説明がつく事象も多い。ただ魔物がダンジョンから飛び出してくるなどと言う事態は全くの想定外だ。

 久須男は身震いした。魔物の存在が公になる。いやそれ以前に一般の人達にこの現世で怪我人が出る。



(急いでくれ、早く……)


 久須男は渋滞にはまったタクシーを見て心から早い到着を祈った。






「深雪、立って!! 立たなきゃすべてが終わるよ!!!」


「うっ、うごっ……、うん……」


 渾身の攻撃を行った権崎三兄弟が倒れ、そのすぐ後に駆け付けた深雪とマリア。同時刻にやって来た綾とチェルは既にゴリラの魔物によって立ち上がれないほどの重傷を負っている。



「シルバーバックって、一体何なんだ!? これほどの強さとは……」


 綾が倒れる前、彼女の『選眼』で判明した魔物の名前。全解析は不可能だったが、目の前で暴れる敵の名前は確認できた。シルバーバックがマリアに言う。



「ラクエンを邪魔する侵入者はコロス!!!! ウゴオオオオ!!!!!!」


 ドラミングをして周りを威嚇するシルバーバック。

 対するマリアの細身の剣は既に折れ、強力な拳の前に相棒の深雪も立ち上がれないほどのダメージを受けている。

 肩でゼイゼイと息をするマリアに向かってシルバーバックがゆっくりと歩みを進める。そんな敵の後ろで何かが素早く動いた。



(『快足』っ!!!!)


 強烈な拳を受け血を吐いて倒れていた綾。全身の激痛を押しやり、得意の薙刀を持ってその魔物に向かって突撃する。



「はあっ!!!!」


 一気にシルバーバックの間合いまで駆け寄り、綾が薙刀で攻撃する。



 ガン!! バキン!!!!!



(え!?)


 しかし無情にも彼女の薙刀は振り向いたシルバーバックの分厚い手で受け止められ、そのまままるでおもちゃのようにへし折られてしまった。



 ドン!!!!


「きゃああああ!!!!!」


 唖然とする綾をシルバーバックの強烈な拳が再び襲う。防御する間もなく拳の直撃を受けた綾が悲鳴を上げ空に舞う。



「み、水魔法、ウォーターショット!!!!」


 綾にとどめを刺しに歩き出したシルバーバックの背中に、倒れたままの深雪の水魔法が打ち込まれる。



 ドンドンドン……、ドフ……


 しかしこちらも無残に、まるで水鉄砲のようにその強靭な体に当たって消えて行く。シルバーバックがドラミングをしながら大声で叫ぶ。



「ウゴオオオオ!!! ジャマする者どもめ!!! 皆殺しだアアアアア!!!!!」



 倒れた権崎三兄弟に綾とチェル、攻撃が全く効かず呆然とするマリアと深雪は、その恐るべき魔物の雄叫びを聞いて絶望に陥った。

 ダンジョンではない場所。いつもの平和な場所。この安心できる場所で感じる恐ろしい絶望感。周りに響くサイレンの音が無情に耳の中へと入って来る。





「これ以上は無理です、お客さん!!!」


 シルバーバックが暴れる近くまで来た久須男とイリア。魔物から逃げる車と警察の交通規制でもはやタクシーではこれ以上動けない。



「ありがとうございます。ここで降ります!!」


 久須男は財布から札を渡すとそのまま車外に出て走り出す。それを見つけた警備中の警察が両手を広げて止めに入る。



「あー、ダメダメ!! 危ないから、子供は帰って!!!!」


 久須男がポケットから身分証を取り出し見せる。



「え? 警視庁公安部、特殊対策課……、す、すみません!!!!」


 警官は久須男に向かって深々と頭を下げる。そしてただただ遠くから見守るしかできない警察の間を通り抜け、その魔物の姿を初めて捉えた。





 地面に倒れたチェルが思う。


(あ、あんなの勝てないよ……)



 薙刀を折られ戦意喪失した綾が思う。


(クソっ、震えて体が動かない……)



 全ての魔力を使い果たした深雪が涙を浮かべて思う。


(こ、このままじゃ、殺される……)



 剣を折られた赤髪の剣士マリアが激痛に意識を失いそうになりながら思う。


(未熟な己を恥じよ、不甲斐なき自分を詫びよ。ただその上で願っても良いと言うのならば……)



「久須男さん……」

「藤堂……」

「久須男さん」

「クス王様……」



 皆の思いがひとつになる。




 ――お願い、助けて。



 振り上げられた銀色の拳。それと同時にそのが響いた。




「水魔法、ウォーターライフル!!!!」



 ズキュン!!!



「ウゴオオオオオオオアアア!!!!!」


 シルバーバックの右腕から血しぶきが上がる。



「大丈夫か、みんな!!!」



 それは待ち望んだF組最強の攻略者・藤堂久須男の姿であった。



「久須男さん……」


 倒れていた皆の顔に笑顔が戻る。久須男がイリアに言う。



「イリア、すぐにハイポーションをみんなに!!!」


「はい!」


 イリアが倒れた仲間の元へ駆け寄りハイポーションを飲ませて行く。マリアがイリアに言う。



「すまない、マーゼルの姫よ……」


「いいわ。久須男様のご命令だから」


 少し落ち着いた皆がシルバーバックに対峙する久須男を見つめる。




(『神眼』……)


【シルバーバック:変異種】



(シルバーバックの変異種……、初めての魔物なのに変異種とは……)


 久須男は昨日に続き現れた強敵に武者震いする。シルバーバックは右手から流れる血を舐めながら久須男に向かって言う。



「ラクエンの邪魔する者。コロス……」


「上等だ。相手をしてやる!!」


 ダンジョンから現れた魔物。

 イレギュラーな存在に久須男が剣を構える。

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