第五章「仲間」
38.想定外の配信
『俺達は攻略班M-8所属の
イリアが秘かに撮影していた権崎三兄弟とのやり取り。それをダンジョン攻略後に彼女が配信したことで一気にバズった。
【権崎三兄弟って、あの権崎??】
【最近見なかったけど、どうしたん??】
【不正ってなに?】
【天誅とか言ってて草】
【え、藤堂さんとやり合うの??】
突然上げられた久須男の新しい動画。新たな攻略動画だと思った皆は、その予想外の内容に驚く。
『に、兄ちゃん。本当にあの子達をやっちゃうの……?』
『当たり前だ。いずれにせよこのような姿を見られたら俺達もタダじゃ済まない。消されるのが嫌なら全力で潰せ!!』
『仕方ないですね。魔物以外に危害を加えるのは美徳に反するのですが』
【あれ? 訓練??】
【いや違うだろ。消されるとかマジ焦ってんじゃん】
【綾ちゃんカワイイ】
【ワイはチェルちゃん推し】
【F組、みんな可愛くてマジ裏山】
【チェルちゃんと合体したい。ハァハァ……】
【それで権崎、何やってんの?】
【暴走?】
【綾ちゃんガンバレ!!】
【可愛いは正義】
【これって訓練なの?】
久須男の提案で綾達と戦うことになった権崎三兄弟。本気の戦闘を前に視聴者も否が応でも盛り上がる。
『おい、あんたら。今のは練習にしてはやり過ぎだぞ』
【これが訓練とか草】
【いや、訓練じゃないぞ。こんなの】
【マジでやり合ってる!!】
【まずいじゃん!!】
【通報案件】
【通報した】
【綾ちゃんピンチ!!】
【三郎、うざっ】
【え?】
【は?】
【藤堂さん、なんか手で魔法かき消したぞ】
【どうなってるん?】
【藤堂さん怒ってる】
【って言うか、未だ練習だと思ってるの?】
【ひとり勘違いwww】
その後ロイヤルオークが現れ久須男との対決となると、更にコメント欄が慌ただしくなる。
【何あれ??】
【ヤバくね?】
【デカいし、マジ無理あんなの……】
【あ、権崎三兄弟】
【死んだ?】
【乙~】
【デカいオーク、強すぎwww】
【藤堂さん、キターーーーーーッ!!!】
【目が真剣】
【一騎打ち?】
【え?】
【魔物喋ってない?】
【魔物って喋るの??】
【始まった】
【何これ……】
【これヤバいよマジで】
【レベル高すぎて草】
【これがF組最強?】
【あ、イッヌ】
【勝った?】
【すご】
【藤堂さん、乙】
動画は最後ケロンと共にロイヤルオークを討伐するところで終わる。皆が久須男の戦いを称賛する中、この男だけは眉間に皺を寄せて見つめていた。
「権崎三兄弟、厳しい処分をせねばならないな」
ダンジョン攻略室の室長真田は動画を見終わった後、煙草に火をつけながらひとりつぶやいた。隊員同士の争いを禁じた規則違反。しかも今回は命の危険すらあった事例。責任者として見過ごすわけにはいかないものである。
「ふうーっ」
肺に目いっぱい入れた煙草の煙を吐き出す真田。
(あと、久須男君が魔物と交わした会話内容も気になる……)
遠くてはっきり聞こえなかったが久須男がロイヤルオークと何かやり取りしていたことは確認できた。
「明日、朝一で来て貰おうかな」
真田は吸い終わった煙草を灰皿に入れた。
「失礼します、F組藤堂久須男です」
真田に呼び出された久須男が一礼して室長真田の部屋に入る。
「あ、お前らも来てたんか?」
久須男とイリアが部屋に入ると、既にそこには金色の髪のふたり、綾とチェルが先にやって来てソファーに座っていた。チェルが答える。
「う、うん。真田さんに呼ばれて……」
「当事者よ。呼ばれて当然でしょ?」
いつも通りにぶっきらぼうの綾。だがそんな彼女の態度がこれまでのものとは少し違うことに久須男以外の皆が気付いた。真田がソファーを指差して言う。
「とりあえずふたりともかけて」
「あ、はい」
綾達と向き合うように座る久須男とイリア。
「アイスコーヒーでいい?」
「はい」
「砂糖は?」
「甘いのお願いしまーす!」
そう笑顔で答えるイリアに続き久須男も言う。
「あ、俺も甘いので」
「了解」
真田がインスタントのアイスコーヒーを準備し始めると前に座った綾が言った。
「あ、甘いの好きなんだ」
「うん」
「チェルも甘いの飲んでるよ」
綾の隣に座ったチェルも半分ほど減ったアイスコーヒーのグラスを持ち上げて見せる。イリアが言う。
「こちらの世界のコーヒーって美味しいわよね」
イリアに話し掛けられて驚くチェルがちょっと目線を下に落とし答える。
「う、うん……、そうだね……」
マーゼル王国では敵という立場のふたり。その縛りがなければ本当は仲良くできたのかも知れない。
「どうぞ」
アイスコーヒーを持って真田がやって来る。
「ありがとうございます」
久須男がお礼を言う。真田がソファーに座りながら話を始めた。
「さて、みんなに集まって貰ったのは昨日の件だ」
真田はオールバックの髪に手をやり真剣な顔で話し始める。
「攻略班M-8の権崎三兄弟の件、重要な規律違反として処理することとする」
「規律違反?」
久須男が首を傾げながら聞き返す。
「ああ。隊員同士の争いを禁じた規律に違反する」
「争い? あれは訓練ですよ」
真面目に答える久須男を皆が驚いた顔で見つめる。真田が苦笑して言う。
「訓練? どう見てもあれは真剣な戦闘だったよ」
「ま、まあ、たしかにあの三兄弟は危ない攻撃をしていましたけど、あれは俺がそのふたりを鍛える為にお願いした訓練です。ちゃんと俺が見ていましたから!」
静まる一同。
(本気で言っているの……?)
(久須男さん、何かずれている……)
(ボケじゃないよな?)
(愛しています、久須男様っ!)
「えー、コホン……」
真田が空気を変えようと軽く咳をして話し始める。
「分かった。久須男君がそう言うのならば警告で済ませよう。ただ彼女らを危険な目に遭わせたのは事実。そこはしっかりと三名には反省して貰う」
「分かりました。その通りだと思います」
実際三郎の放った風魔法は、久須男が止めなければ大怪我していただろう。その点については久須男も反省しなければならない。真田が言う。
「今後は隊員同士の訓練は慎重に慎重を重ねること。いいね?」
「了解です!」
久須男とその他の隊員達もそれに頷く。
「では本題だ」
真田の顔が真剣になる。
「久須男君。昨日、あの魔物とどんな話をした?」
鋭い眼光が久須男に向けられる。想定内の質問。久須男が落ち着いて答える。
「はい。昨日の魔物、ロイヤルオークとの会話で『我々は楽園を目指す』と言っていました」
「楽園?」
意外な言葉に真田が驚く。
「更に上を指差していました」
「上を指差す……」
真田が腕を組み考え込む。綾が言う。
「楽園なんてのがあるのかな」
「あるんだろうな。目指す、だから未だ到達していないことになるけど」
「それが魔物達の目的だろうか。何かダンジョンにも関わっているのかも知れない」
久須男がイリアに尋ねる。
「イリア、何かマーゼルでそのような話は聞いたことないか?」
イリアが首を振って答える。
「う~ん、知らないです。そもそも会話ができる魔物自体初めてですから」
「そうか」
イリアの発言にチェルも首を縦に振る。真田が言う。
「何か新たなダンジョンなのかもしれないな」
「新たなダンジョン?」
皆が真田の顔を見つめる。
「分からないが彼らにとって都合のよい、または必要とされているものがあるダンジョン。例えば赤以上のダンジョンとか」
「赤以上のダンジョン……」
最高難易度の赤ダンジョン。
久須男ですらその下の橙ダンジョンの攻略が限界の今、もし仮に赤を越えるダンジョンがあるとすれば一体どの程度なのか想像もつかない。真田が言う。
「分かった。色々ありがとう。今日は参考になる話が聞けて良かった」
「真田さ~ん、まだ『魔力付与』は続けるんですか?」
話し終わり際、イリアが手を上げて真田に尋ねる。対魔物用武器として『魔力付与』を続けていたイリア。真田に依頼されて以来ほぼ毎日続けている。
「ああ、大変だろうが是非お願いしたい」
オールバックの頭をイリアに向かって下げる真田。それを聞いた久須男が思い出したかのように言う。
「あー、そう言えば真田さん!! イリアの編入とかしたんですよね!!」
「ん? ああ、彼女の強い希望で……」
イリアが隣に座った久須男の腕にしがみ付き甘えた声で言う。
「え~、いいじゃないですか、久須男様ぁ。イリア、ずっと家で寂しかったんですよぉ~」
今日もこの後高校へ行くのでセーラー服姿のイリア。目の前でいちゃつくふたりを見て綾が無表情で言う。
「はい、じゃあ、話終わったならもう行くよ。じゃあ」
そう言って立ち上がる綾をチェルが追いかける。結局このまま高校に到着するまでずっとイリアは久須男のしがみ付いたままであった。
「クッソ怒られたな……」
その日の夕方、真田に呼び出しを受けた権崎三兄弟の長男太郎が『ダン攻室』がある庁舎ビルから出て言った。腕には昨日負傷した包帯が巻かれ痛々しい。
時刻は夕暮れ。青い空を淡いオレンジがゆっくり染め始めていた。
「まあ、あれを撮られていたとは思いもしませんでしたけどね」
同じく昨日の戦闘で全身アザだらけの次郎が苦笑しながら言う。
「で、でも本当に助かって良かったよね……」
三男の三郎がふたりの顔色を見るようにして言う。太郎が答える。
「ああ、本当にその通り。あんなイレギュラー種が現れるなんて本当に運が悪かった」
「藤堂さんに助けられましたね」
次郎の言葉に太郎が頷いて答える。
「まったく酷い勘違いをしていたぜ。藤堂さんの強さを疑っていた。穴があったら入りたいってのはこのことだな」
権崎三兄弟は久須男の強さに感服し、絶対服従を決めていた。自らが犯した愚行、助けられた恩。代償は大きいが、ダンジョンの恐ろしさを教えて貰った貴重な機会であった。
そんな三兄弟がしばらくぶらっと街を歩き、そろそろ帰宅しようと地下鉄の駅へ向かおうとした時その異変は起こった。
ガン、ガガガガガン!!!!
突然辺り一面に響く何かを破壊するような鈍い音。その音に合わせて地面が揺れる。三郎が驚いた顔で言う。
「な、なに? なになに!?」
周りの人達の突然の音と地響きに驚き立ちすくむ。
ドン、バリーーン!!!!!
そして大きな音と共に突然空中が割られ、中から何か大きな物が姿を現わした。
「グオオオオオオオオン!!! ゴゴゴゴゴッ!!!!!」
それは数メートルもあるような大きなゴリラのような生き物。
銀色の毛に包まれ全身筋肉のような巨躯。太い腕に、大きく出た牙が普通の生物ではないことを物語っている。
「きゃああああ!!!!」
「な、なんだあれ!?」
周りにいた人達は突然現れた謎の生き物に驚き逃げ惑う。ゴリラの生き物はビルの壁を叩きながら大声で叫ぶ。
「デタ、デタ出たデた!!! ココがついにィ!!! ウゴオオオオオ!!!!!」
最後はドラミングをしながら空に向かって雄叫びを上げる。
「に、兄ちゃん。あれって……」
皆が逃げて行く中、その様子を少し離れた場所で見ていた三兄弟。三郎が震えながら太郎の顔を見つめる。
「ああ、あれは魔物だ。間違いねえ……」
選別系のスキルが無くても全身の震えがそれを証明している。次郎が言う。
「兄さん」
「ああ、分かってる!!」
動揺する三郎の尻を叩き、三兄弟がゴリラの魔物へ向かって走り出した。
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