35.追跡者
(青の星三、やはり圧が違う……)
自己記録を越える青の星三ダンジョン。
入った瞬間に綾とチェルの体をこれまでに感じたことのない邪の圧が襲う。ひとつ階級が下の藍のダンジョンとは全く異なる世界。綾は手にした
(汗が止まらないとか、マジ笑える……)
緊張からか全身から噴き出す汗。隣を歩くチェルも同様のようだ。薄暗い洞窟内。目が少し慣れてきたところで久須男がふたりに言った。
「さて、じゃあここらでまず練習と行こうか」
その声に不思議と安心する綾とチェル。張りつめていた緊張が少しだけ緩む。
「武器はその薙刀?」
「そうよ」
「魔力付与は?」
「してあるに決まってんじゃん」
F組の武器は優先的に『魔力付与』がされている。主力故の優遇だ。久須男が聞く。
「選別スキルは?」
「『選眼』があるわ」
「いいねえ。じゃあ魔物の急所は分かる?」
「急所……」
残念ながら久須男の『神眼』の下位互換である彼女のスキルでは、魔物の急所をはっきり見つけることは難しい。
「場数を踏もうか。それでスキルレベルが上がれば見えてくるかもしれない。じゃあ、まずは手合わせと行こう」
久須男はそう言うとアイテムボックスから小型のナイフを取り出す。そのあまりに小さく貧弱なナイフを見て綾が驚き、そして怒りを表しながら尋ねる。
「なんなのそれ?」
「俺の武器」
「バカにしてる?」
「いいや」
険悪な雰囲気になりそうなふたりを見てチェルが心配する。
(い、いくら何でもあれで綾の相手は無理だよ……)
綾は手にした薙刀に集中し久須男に対峙する。
名家一ノ瀬家の令嬢である綾。家の慣わしで茶道や華道、様々な習い事をさせられたがそのほぼすべてを拒否。その中で唯一彼女がのめり込んだのが薙刀。すぐに頭角を現し若いながらも段を取得。既に薙刀界のホープとして期待されている。
(女だからってバカにしてるの? 魔法は得意のようだけど、実戦ではそうはいかないわよ!!!)
まるで果物ナイフのような粗末な武器。いやもはや武器とも呼べないナイフで自慢の薙刀に相対する目の前の高校生に綾の怒りが増して行く。
「はあっ!!」
下段に構えていた綾が一気に久須男に迫る。まるで反応しない久須男。綾の薙刀が素早く久須男に打ち込まれる。
(もらった!!!)
一介の女子高生である綾が、フュージョンをしたとは言え多くの魔物と戦ってこられたのはこの天賦の才能のお陰。薙刀を持った彼女は美しく、そして強かった。
カン!!
「え?」
下から振り上げられた薙刀が、久須男が手にした小さなナイフに止められる。
(な、なに? どうして!?)
まったく手に力が入らない。薙刀が動かない。綾は金色の長い髪を揺らしながら跳躍するように後退する。手には物凄い量の汗。首を振って自分に言い聞かす。
(偶然。偶然よ、あんなの!!!)
綾は再度気合を入れ久須男に突入する。
カンカンカンカンカン!!!!!
綾が繰り出す薙刀の雨が、すべて久須男のナイフによって左右に払われる。一見すると防戦一方の久須男。だが引きつった綾の顔に対し、彼の表情は余裕すら感じられる。
「はあはあはあ……」
再び退いた綾が肩で息をしながら思う。
(な、なんなの!? まるで硬い岩に斬りかかっているみたい……)
初めての経験だった。
どれだけ斬りかかってもまるで相手は無反応のような感覚。まるで硬い岩を相手にしているよう。少しずつ綾は久須男と言う男を理解し始めていた。
「じゃあ、行くよ」
そう言って久須男が初めてナイフを自分の顔の前に持って来る。
(え!?)
一瞬。
綾がほんの一瞬に感じた瞬間、彼の持っていたナイフが自分の顔の前に突きつけられていた。
「あ、あぁ……」
力が抜け、その場に座り込む綾。武道を嗜む者だからこそ理解した。
――クッソ強い
圧倒的な力の差。絶対的な強者。虎の前に怯えるウサギのように綾は負けを認めた。
「速度アップのスキルは持ってる?」
久須男の問いに、ようやく立ち上がった綾が答える。
「え、ええ、『快足』を……」
「選別スキルに速度アップのスキルが重なればかなりやれるよ。スキルのレベルアップをどんどんしてみて。戦いの中でも急所の特定や速く移動することを強く意識して戦ってみようか」
「なあ、あなたも持ってるの? そのスキル」
「ああ、もちろん。後で見せるよ」
(え? 後で見せる!?)
後で見せる、つまり今の手合わせじゃスキルは使わなかったということなのか。遥かに強い相手に呆然とする綾ににっこり頷いてから、久須男は端で見ていたチェルに声を掛ける。
「チェルは土魔法だっけ?」
「あ、は、はい……」
名前を呼ばれたチェルがもぞもぞと一歩前に出て答える。綾と同じ金色の髪。ボブカットに幼児体形のチェルは年齢不詳だがF組の中でも特に幼く見える。
「何が使える?」
「えっとぉ、最近土壁を覚えました!」
「そうか、それはいい。じゃあ使ってみて」
「はい!」
チェルは手を前に差し出して魔法を唱える。
「土魔法、土壁っ!!」
ゴゴゴゴッ……
詠唱と同時に薄く、横数メートルほどの土の壁が地面より現れる。
「もっと魔力絞り出せる? 流し込む感じで」
「流し込む、ですか……?」
首を傾げるチェルの手を久須男がいきなり握り締める。むっとした顔になったイリアが見つめる中、久須男が言う。
「もう一度やってみて」
「はい。土魔法、土壁っ!!!」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴオオオオオ!!!!
「きゃあ!!」
チェルは繋いだ手を通じて久須男から膨大の魔力が送られてくるのを感じた。それはまるで大型バイクのアクセルをフルスロットルしたような手に負えないような暴走。それが目の前に出現した分厚い土の壁にどんどん流れていく。
「ふわぁ……」
チェルが眩暈を起こしてふらつく。
強すぎる魔力が体内を通過したため一時的に眩暈を起こしたのだ。倒れそうになったチェルに手を貸し久須男が言う。
「ほら、見てごらん。こんな感じ」
「うわぁ……」
目の前には先程自分が作ったものとはまるで違う分厚く、頑丈な土の壁が築かれている。
「そこそこの攻撃、魔法なら耐えられるかな。感覚はつかめた?」
「あ、はい!!」
何気なく放っていた魔法。ただ今初めて集中し、流れを感じ放出する。その動作が線となってチェルの中で繋がった。久須男が言う。
「よーし、じゃあ早速実践と行こうか」
「実践?」
チェルと綾がふたり同時に聞く。
「ああ、間もなくそこの角から魔物がやって来る。多分、オークかな?」
「え?」
その言葉と同時に現れる魔物オーク。
筋肉隆々で、人間の大人ほどの大きさの魔物。豚に似た顔つきで手には大きなこん棒を持っている。生殖本能が強く、異種族であろうが女と見れば次々と交配する。
ゴブリンと違うのは前者が凌辱を楽しむのに対し、オークは純粋に本能的な種の保存によるところが大きい。
「ウゴウゴウゴオオオ……」
若い女性である綾とチェルを見たオークが興奮しながら迫って来る。
「オ、オーク……、最低な魔物よね……」
その悍ましい姿を見たチェルがひとりつぶやく。綾が尋ねる。
「なに? 最低って?」
「女の子を捕まえてね、すぐに子供を作るの。き、気をつけようね、綾……」
「うがっ、キモッ。真っ先に討伐ね」
そう言って手にしていた薙刀を構える。チェルが言う。
「行くよ、綾!!」
「いつでも!!」
その声と同時にチェルが魔法を詠唱。
「土魔法、土壁っ!!!」
ゴゴゴゴゴゴォ……
先程よりは分厚い壁が走り来るオークの前に築かれる。目の前にできた壁に驚くオークだが、女性に向かって一直線に走る彼らはそれを全力で破壊し始める。
ドンドン、ガン、ガン、ガーーーン!!!!
手にしたこん棒を何度も振りまわし壁を破壊するオーク。そして壁を破壊すると雄叫びを上げる。
「ウゴオオオオオオ!!!!!」
(もらった!!!)
土壁の中から現れたオーク。
土埃が舞う中を、高速で綾が接近し得意の薙刀でそれぞれ一突きにする。
ズン!! ズンッ!!!
「ウゴオオオオ!!!!」
久須男が頷く。
オークはそのまま倒れると煙となって消えて行った。
「お見事!!」
久須男が手を叩きながらふたりに近付く。
チェルの土壁で防御しながら相手を油断させ、隙ができたところを高速移動で一気に接近し急所を突いて仕留める。綾とチェルの見事な連係プレーだ。久須男が笑顔でふたりに言う。
「なかなか良かったよ、今の攻撃。土壁の出来も良かったし、的確に敵の急所を突いていた。ふたりとも飲み込みが早い」
「そ、そんなことないですぅ……」
褒められ照れるチェル。綾も無言だが喜びが顔に出ている。久須男が言う。
「じゃあ、次の訓練だけど……」
そう言うと後ろを向いて少し大きな声で言った。
「おーい、そこの三人。いい加減出て来なよ」
「え?」
久須男が声を掛けた通路の奥の方を見る綾達。その闇の中から攻略班の制服を着た男三人が現れる。
「なーんだ、気付いてたのか」
その闇の中から現れる男三人組。ガタイのいい男に、ひょろっとやせ型の男。そして小太りの三人組だ。久須男が尋ねる。
「攻略班の人達ですか?」
「ああ、そうだ。お前を攻略しに来た」
赤いシャツを着たガタイのいい男が久須男を見て答える。
「に、兄ちゃん……」
黄緑色のシャツを着た小太りの男が不安そうに兄を見つめる。久須男が綾とチェルに言う。
「綾、チェル。次の練習相手は彼らだ。貴重な魔法の使い手。頑張ってな」
「はあ? あなた、何を言って……」
驚く綾達とは別に、赤シャツの男が不気味な笑みを浮かべて久須男に言う。
「お前は見てるだけってことだな?」
「そのつもり」
「ふっ、まあいい。どちらにしろこれを見られた以上、こいつらも潰すことになるんだからな」
そう言って今度は綾とチェルを睨みつける男。チェルが言う。
「あ、あなた達はどうしてここへ? 何が目的なんですか?」
赤シャツの男が答える。
「俺達は攻略班M-8所属の
攻撃態勢に入った権崎三兄弟を前に、綾は手にした薙刀をぎゅっと強く握りしめた。
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