36.銀色の強化種

 青の星三ダンジョンで綾とチェルの訓練をしていた久須男くすお

 そこに同じ攻略班を名乗る権崎ごんざき三兄弟が現れた。訓練と言う名のもとに綾達と戦うことになったが、当の本人達はそのような意識は毛頭ない。


「に、兄ちゃん。本当にあの子達をやっちゃうの……?」


 不安そうな三男の三郎が長男の太郎に尋ねる。


「当たり前だ。いずれにせよこのような姿を見られたら俺達もタダじゃ済まない。消されるのが嫌なら全力で潰せ!!」


 長男の気迫にそれまでいまいちやる気のなかった二男の次郎もため息をついて言う。



「仕方ないですね。魔物以外に危害を加えるのは美徳に反するのですが」


 そう言って三兄弟が綾達に向って構える。




「チェル、本気で行きな。弱くないよ、あいつら」


 一方、それに対する綾達も真剣な顔で対峙していた。


「で、でも、あの人達は人間。当たり所が悪ければ……」



「甘い。あいつらを見て見ろ。何が目的か知らないけど、全力で潰しに来ている。手を抜いたらこっちがやられるよ」


「う、うん。分かったよ……」


 そう言って構えるより先に、三兄弟の三郎が魔法を唱える。




「風魔法、ウィンドリバー!!!」


 それと同時に綾達の足元にまるで川のような風が波打ち始める。風が足に絡まり一瞬身動きが鈍る。



「やらせない!! 『快足』っ!!!」


 綾が地面を大きく蹴り壁に跳躍。壁で再度両足で思いきり真横に跳躍し、一気に三兄弟へ迫る。



「水魔法、ウォーターショット!!!」


 それに対し三兄弟は次郎が水魔法で対抗。迫り来る綾に数発の水の塊を飛ばす。



「くっ!!」


 足を止め、立ち止まった綾が放たれた水弾をひとつずつ薙刀で落として行く。それと同時に三兄弟から強い魔力を感じ、綾が声を上げる。



「な、何あれ!?」


 綾が目をやると長男太郎が両手を上げ、巨大な火球を発現させている。



「これでも食らえええ!!!!」


 同時に放たれる灼熱の火球。チェルが叫ぶ。



「土魔法、土壁っ!!!」



 ゴゴゴゴゴゴッ……


 詠唱と同時に綾の前に築かれる分厚い土の壁。先程の練習の時より更に分厚くなっている。



 ゴオオン……、ゴゴゴゴゴゴッ……


 火と土魔法がぶつかる低い音。綾もチェルの所まで一旦後退する。



 ド、ドオオオオオン!!!!


 破壊される土壁。土の壁が砕けながら巨大な火球を消滅させて行く。

 一瞬だけ安堵した綾とチェル。しかし次の瞬間そのふたりが目を疑った。



「ぼ、僕は知らないからね!!! 風魔法、ウィンドランス!!!!」



 実は三兄弟で一番魔力が高い三郎。彼が戦いの中、興奮状態で渾身の魔法を放った。



 シュン、シュシュン!!!!


 躊躇いのない風の攻撃魔法。鋭利で細長い円錐状に形成された風の槍が、高速で綾達に飛ばされてくる。



(ダメ!! 避けきれない!!!!)


 ふたりの足元には最初のウィンドリバーの残りがあり、足が思うように動かない。チェルも土壁を出したばかりで発動が間に合わない。そんなことを考えるよりも先に風の槍が目の前に迫って来ていた。



「きゃああ!!!」


 ダンジョン内に響くチェルの叫び声。綾もチェルを抱きしめ目を閉じる。




「……え?」



 何の変化も起きない状況に、綾が恐る恐る目を開ける。



「と、藤堂……」


 一瞬最悪の事態を覚悟したチェルと綾。ふたりが目を開けるとその前に久須男が立っていた。



「おい、あんたら。今のは練習にしてはやり過ぎだぞ」


 少しむっとした顔でそう言う久須男を見て、三郎が青い顔をして言う。



「ぼ、僕の渾身の風魔法が……、き、消えた!?」


 確実にふたりを捉えたと思った。

 しかしほんの一瞬の間にあの男が現れたと思ったら、渾身の風魔法がまるでコーヒーの湯気のように音も立てずに消えてしまった。綾が言う。



「あ、ありがとう。藤堂……」


 久須男が少し怒って答える。


「いや、いいんだよ。でもちょっと練習にしては強すぎる。危ないよな」


「あ、うん……」


 どうも未だ彼だけが感覚が違うような気がして、急に肩の力が抜ける綾とチェル。



「何だよ、お前!! 邪魔するな!!!」


 三兄弟の太郎が久須男に向かって怒鳴る。


「しかし、今のはどうやったんでしょうか。三郎の風槍がまるで消えたような……」


 冷静に戦況を見ていた次郎が首を傾げる。久須男が答える。



「練習で怪我したらいかんだろ!! ちょっとは考えて、……えっ!? お、おい!! ちょっと待て。そこをすぐに離れろ!!!」


 三兄弟に向かって話していた久須男の口調が突然変わる。太郎が答える。



「ああ!? お前急に何言ってるんだ!!?? 俺達に恐れをなして……」


 そこまで言った時に、突然背後にの気配を感じる。



「ウグゴゴオオオオオ……」



「に、兄ちゃん!! 後ろに大きな魔物が!!!!」


 三兄弟の後方にいつの間にか巨大な魔物が迫っていた。太郎が振り向て言う。




「なんだ。ちょっと大きめのオークじゃねえか。ぶっ殺しちまえ」


 現れたのはオーク。

 しかしこれまでの人間サイズのオークとは違い、軽くその倍はあるような巨躯。しかも緑色の体とは違い全身が銀色に輝き眼差しが鋭い。



【ロイヤルオーク:強化種】



 久須男の『神眼』が発動。これまでに対戦したことのない魔物だ。


(ロイヤルオーク!? 嫌な予感がする……)



「イリア、チェル、綾。後ろに下がってろ!!!」


 久須男の声にイリアがすぐに反応する。



「あ、はい!!」


 イリアがすぐにふたりの元へ行き、手を取って後方へと下がる。綾が尋ねる。



「ど、どうしたっていうの?」


「あの魔物。少しまずいかもしれません」


 イリアは久須男の目が真剣なのを見てすぐにそれを察した。




「侵入者、コロス……」



「!!」


 久須男ははっきりとロイヤルオークがそう話すのを聞いた。



(会話ができるのは橙ダンジョン以上の魔物。なぜこんな青ダンジョンに!? いや、それよりもあいつ、相当強い!!!)



 太郎がロイヤルオークの前に立って指を差して大声で言う。


「ああ!? てめえ、喋れるのか!? けっ、何だか知らねえがのクセに生意気言ってんじゃねえよおお!! ぶっ殺すぞ!!!」


 そう叫ぶ太郎の左右に弟が並ぶ。ロイヤルオークが見下ろして言う。



「下賤なセイブツよ。養分となれ」


 そうつぶやくロイヤルオークに三兄弟が魔法を唱え始める。



「お、おい!! やめろ!!!!」


 久須男が叫ぶも三兄弟の魔法が放たれた。



「火魔法、ファイヤーボール!!!」

「水魔法、ウォーターショット!!!」

「風魔法、ウィンドランス!!!」


 対象となる敵を囲い、逃げ場を無くした上で放つ三属性魔法。異なる属性がぶつかり合い誘発を招く三兄弟の魔法攻撃は、藍のボスなどにも非常に有効な攻撃であった。



 ドン、ドドオオオオン!!!!


 魔法が重なり合い小爆発を起こす。巻き上がる土煙。動かないロイヤルオーク。太郎が勝利を確信する。



「がはははっ!! くたばったぜ、デカ物が!!」


 いつも通りの戦果を挙げ余裕の笑みを浮かべた三兄弟にイリア達を守っていた久須男が叫ぶ。



「下がれ、お前ら!!!!」



「ああ!? てめえ、なに言って……」


 不満そうな顔をして久須男の方を振り返った太郎が突如壁へと吹き飛ばされる。



 ドン!!!



「ぎゃあああ!!!!」


 壁に叩きつけられぐったりする太郎。腕がおかしな方へと曲がっている。驚いた残りのふたりが叫ぶ。



「兄ちゃん!!」

「兄さん!? くっ、水魔法、水壁っ!!!」


 咄嗟に危機を察知した次郎がすぐに水の壁を張る。



 ドフ!!!!


「ぐわあああああ!!!!」


 しかしその水の壁に銀色の拳が叩きつけられ、いとも簡単にその後ろにいた次郎を同じく壁へと吹き飛ばす。ぐったりする次郎を見て三郎が震えながら言う。



「お、お前……、どうして……」


 そこには全くダメージを受けていないロイヤルオークが首を左右に振りながら立っていた。圧倒的な圧。それは彼らの中で一番魔力が強い三郎にははっきりと感じられた。

 恐怖で半狂乱した三郎が出鱈目に魔法を繰り出す。




「う、うわあああ!! 風魔法、ウィンドショットォ!!!!」


 興奮状態に陥った三郎の風魔法。それは通常放つものよりもずっと強力な魔力を帯びていた。



 シュンシュン、シユウ……


 しかしそんな強力な風魔法が、ロイヤルオークの体に当たるとすぐにそよ風のようになって消えて行く。




【攻撃魔法:無効】


 イリア達を守っていた久須男の『神眼』がロイヤルオークの分析を伝える。


(強靭な肉体に魔法攻撃無効。知能も有した恐らく……)


 久須男はアイテムボックスから白銀の剣を取り出す。一方、魔法攻撃にもびくともしない敵を前に三郎は腰が抜けその場に座り込んで涙を流して懇願した。



「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。ボクは悪くないんだ、兄ちゃんに無理やり……」


 そこからは声が震えて言葉にならない。ロイヤルオークがこぶしを振り上げて言う。



「消えろ。下等生物ヨ……」


「ひ、ひぃ!?」




 ガン!!!!



「なぬ!?」


 三郎に向けて振り下ろされた銀色の拳。それを久須男が同じく白銀の剣で受け止める。久須男が三郎に言う。



「下がれ!! 仲間の所へ行け!!!」


「あ、ああ……」


 久須男に言われ、三郎が這うようにして壁際で倒れている兄達の元へと向かう。久須男がロイヤルオークに言う。



「お前、何者だ? なぜにいる?」


 久須男の剣によって流血した拳を見ながらロイヤルオークが答える。


「同じ質問をスル。お前はダレダ?」



「俺は藤堂久須男。ダンジョンを攻略する者」


 ロイヤルオークが驚きながら頷いて答える。



「そうか、オマエがか。噂は聞いている」


(魔物にまで誤解されているとかマジどうなってるんだよ……?)


 久須男が内心苦笑しながら尋ねる。



「それでなぜお前のような奴がここにいるんだ?」


 ロイヤルオークが頷いて答える。



「オマエはここで消す。だから教えてやろう。我々は楽園を目指す」



「楽園!? 一体何の話だ、それは??」


 ロイヤルオークは不気味な笑みを浮かべながら指をに差す。



(上? 楽園?? 一体何を言っている……)


「オシャベリはここまでだ。楽しかったぞ、クス王」



 久須男はこれ以上何を聞いても無駄だと理解した。


「分かった。その名前は多分人違いだと思うが、お前は野放しにはできない存在。ここで消す!!!」


 久須男が剣を構え、その目がこれまでにない程真剣になった。

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