33.ミヨちゃんさんの恩返し

「ねえ、兄ちゃん。それ本気で言ってるの?」


 権崎ごんざき三兄弟の三男、権崎三郎が兄の太郎に言った。



「当たり前だろ! あんなインチキ配信されて俺達真面目にやっているやつが損をするなんて有り得ねえ!!」


 太郎は憤慨していた。

 先の久須男くすおの配信以降、権崎三兄弟を始めとする配信者の登録者数はぐっと減り、そのすべてが久須男のチャンネルへと流れていった。

 政府内で行っている配信なので登録者数が増えても所得が増える訳でもないが、藍の星五をクリアした太郎には現実離れした久須男の映像を信じることができなかった。二男の次郎が尋ねる。



「そんなに怒ることかい? 真田さんも認めている動画。彼は本物、張り合う必要などないじゃないか」


「うるさい!! 俺達三兄弟が最強なんだ!! 誰にも負けない。この次は青に挑戦するぞ!!」


「あ、青!? 兄ちゃん、それ本当なの!?」


 驚く三郎に太郎が答える。



「ああ、本当だ。俺達なら行ける。ただ、その前にきっちりに理解させてやらなきゃならんがな」


 太郎がひとり不気味な顔で笑って言った。






 久須男の妹こずえが入院する大病院。見上げるような建物に次から次へと人が出入りしている。病院というよりはひとつの大きなホテルのような建物に久須男とイリアが入っていく。



「こずえちゃん、良かったですね」


「ああ、なんかこう、イリアに感謝している」


 自分の気持ちを押してくれた彼女に久須男は心から感謝していた。イリアが照れながら答える。



「いえいえ、感謝なんて必要ないですよ! それよりここにちょっと名前を書いてくれればいいんです!」


 そう言って懐から『婚姻届』を取り出しにっこり笑う。


「いや、無理だって。って言うか、お前戸籍ないだろ?」


「コセキ?」


 首をひねるイリア。そんなふたりが背後から辺りに響く声で名前を呼ばれる。




「あー、久須男さんだ!!」



「ん?」


 久須男とイリアが声の聞こえた方に振り向く。

 黒い長髪に真っ白なブラウス。スリットの入ったスカートを着た美女が笑顔でこちらにやって来る。久須男が言う。



「あー、ええっと、確か……」


 女性が久須男の前に来て笑顔で言う。



「ミヨちゃんさんですよ!」


「あー、そうだそうだ。ミヨちゃんさん!!」


 彼女は以前、行方不明になった祖父の救助を依頼した女性。ネットで依頼され無事に救助したことを思い出す。美代が言う。



「ずーっと探していたんですよ!! お礼がしたくて!!」


「ああ、そうだったんだ。ごめんごめん」


 真田に協力するようになってから掲示板での依頼は止めてしまった久須男。書き込みを覗くことも無くなっていた。イリアが不満そうな顔で言う。



「それでご用件は終わりですか? なければ私達は忙しいのでこれで……」


 そう言って立ち去ろうとするイリアに美代が言う。


「おふたりはどうしたのですか? 病院に??」


「ああ、ちょっとここにうちの妹が入院してて、そのお見舞い。ミヨちゃんさんは?」


 それを聞いた美代が驚いて言う。



「え!? ここに久須男さんの妹さんが入院ですって!!??」


 驚く久須男。美代が尋ねる。



「何のご病気で?? ちゃんと治療はできてるの??」


 雰囲気が変わり聞き続ける美代。久須男が戸惑いながら答える。


「い、いや、なんて言うか、ちょっと難しい病気で手術とかまだできないんだ……」



「任せてください」



 美代が胸を叩いて久須男に言う。


「は? どういう意味??」


 戸惑う久須男に美代が言う。



「ここ、の病院なんです。ちょっと待ってて。あ、おじいちゃーん!!!」



「は? はあ!?」


 驚く久須男とイリア。そんな彼らの前に美代に呼ばれてやってきた白衣を着た老人がやって来る。美代が言う。



「おじちゃん、見つけたよ。久須男さん!!」


 おじいちゃんと呼ばれた老人が久須男を見て目を赤くして言う。



「あ、あんたは久須男さん!! ああ、ようやく、ようやく見つけることができた……」


 目を押さえ感極まって涙を流す老人。周りについていた同じく白衣を着た付き人が驚き老人に手を貸す。久須男が言う。



「あ!! もしかして!?」


 久須男はようやく思い出した。老人は涙を拭きそれに答える。



「ええ、あの時ダンジョンであなたに助けて頂いた者です」


 特殊なダンジョン。睡眠で眠らせて養分を吸い取るダンジョン。久須男があの時のことを思い出す。老人が言う。



「ずっとお探ししていたのだけど中々見つけられず、お礼もできなくて申し訳ございませんでした」


 頭を下げる老人。周りの人達がその光景を見て驚く。美代が言う。



「おじいちゃん、それよ!! 実はね、久須男さんの妹さんがうちに入院していて、手術待ちなんですって!!」


 それを聞いた美代の祖父が驚き尋ねる。


「なんと!!! お名前は??」


「えーっと……」



「藤堂こずえです」


 久須男が代わりに答える。美代の祖父が付き添いの者に言う。



「おい、その子は確か国から連絡のあった子じゃないか……??」


「はっ、この方です」


 周りの付き人がある書類を取り出し美代の祖父に渡す。



「ああ、やはりこの子か」


 頷く彼に久須男が尋ねる。



「知ってるんですか、こずえのことを!!??」


「ああ、ちょっと前に国から優先的に手術をしてくれって頼まれていたが、まあ、そのなんだ、断っちゃっててな……」



(あっ)


 久須男は真田との会話を思い出した。

 確か腕の立つ医者がいるが公務員嫌いで言うことを聞いてくれないと。久須男が尋ねる。



「じゃあ、もしかして北条先生って……」


 美代の祖父が頷いて答える。



「そう、私だ。そして私が妹さんの病気の第一人者で、息子の正弘が二番手。久須男さん、妹さんの手術、この私に任せて欲しい」



「本当、本当にいいですか……」


 目を赤くして聞き返す久須男に美代が答える。


「いいっていいって!! おじいちゃん、ずっと久須男さんに恩返しがしたくて毎日のように言っていたんだから!!」


「北条家の人間は受けた恩は必ず返す。いや、良かった」


 そう言って笑顔で話す美代の祖父を久須男は涙目で見つめる。久須男が言う。



「ありがとうございます。本当にありがとうございます……」


 美代の祖父が答える。


「いいってことよ。助けられたのはこの私。感謝してもしきれないとはこのことですぞ。おい、明日からの海外出張は中止だ。オペを行う。正弘にも伝えておけ」


 それを聞いた周りの付き人が顔を青くして答える。



「いや、しかし、理事長。明日はとても大切な会議が……」


「バカタレ!! ここで恩を返せねば北条家の名が折れる!! お前らはワシに死ねというのか!!」


「い、いえ、そのようなことは決して……、かしこまりました」


 しゅんとする付き人を見て久須男が美代に尋ねる。



「美代さん、あの……」


「ミヨちゃんさんです」



「あ、ミヨちゃんさん。本当に良かったんですか……??」


 美代が笑顔で答える。



「もちろんですわ。私も大賛成。ようやくあの時のお礼ができそうで嬉しい限りですの!!」


 そう言って笑う美代の後ろから祖父が言う。



「手術は明後日でいいかな? それから手術費用、入院費用は不要でいいから」



「は!? いや、それは幾らなんでも……」


 驚く久須男に美代の祖父が笑って言う。



「いいや、もう決めたんだ。そのように手配しておくよ。じゃあ、ワシは準備があるからここで失礼するよ。美代、後は頼むぞ!!」


「はい、おじいちゃん!!」


 美代の祖父はそう言って笑いながら去って行った。久須男が美代に頭を下げて感謝する。



「ありがとう、ミヨちゃんさん。本当に感謝します」


 美代が首を振ってそれに答える。



「いいえ、何度も言うけど助けられたのは私達の方。おじいちゃんが居なくなってたら大変なことになってたんだから!! だから気にしないで!!」


「はい、良かったです……」


 久須男はそれでも何度も感謝を述べ、こずえの見舞いに向かう。

 帰宅後手術のことを両親に説明し、明後日こずえの手術が行われ無事成功した。





 こずえの手術が成功したその夜、藤堂家ではイリアやケロンも一緒にささやかな食事会が開かれた。手術の成功、そしてイリアの晩酌もありいつもよりたくさんお酒を飲んだ久須男の父。母親に睨まれながら楽しい時間を過ごす。

 食事を終え、部屋に帰った久須男がイリアに言う。



「ありがとな、イリア。色々あったけどお前がこちらに来てくれてからいいことがたくさん起きている」


 イリアが嬉しそうに答える。


「はい。イリアとひとつになればこの先もっといいことが起きますよ~!!」


 久須男が照れながら答える。



「そう言うのはまだ考えてないけど、マーゼルへは一緒に行こう。約束する」


 それを聞いたイリアの目が輝く。



「それはお約束ですね! ちゃんとイリアをマーゼルに連れて行ってくれるんですね!!」


「ああ、いつかは。一緒に行こう」


「嬉しいです!!!」


 イリアが久須男に抱き着く。よく分からないがケロンも興奮して一緒に飛び回る。



(そう、それが俺が決めたこと……)


 ダンジョンの出現は確かに大きな問題だ。

 ただイリアはそれを克服する力をくれたし、こうやっていつも傍にいて力になってくれる。学校やこずえのこと、他にもダンジョンで苦しんでいる人達を助けることができている。



(この恩を返さなきゃならない)


 そう考えるようになったのはここ最近だ。いつしかイリアは久須男にとってかけがえのない存在となっていた。



「久須男様、イリアは嬉しいです」


「うん。俺もイリアに会えて嬉しいよ」


 そう言われたイリアの顔が真っ赤に染まる。



「いつもいつも、ずーっと久須男様の傍に居たいです……」


「ああ、ありがとな。ちょっと照れるけどそう思ってくれてると素直に嬉しい」


 久須男がその言葉通り照れながら答える。イリアが笑顔で言う。



「明日も楽しみですね!」


「明日? あ、ああ、そうだな」


 久須男は良くその意味が分からなかったが、イリアの笑顔を見ているとそんなことはどうでも良くなっていた。






 翌朝、学校に向かう久須男をイリアが笑顔で見送る。


「行ってくるな、イリア。ケロン!」


「はい、お気を付けて。久須男様!!」


「ワン!!」


 いつもの見送り。ただ毎朝久須男と離れることで泣きそうな顔になっているイリアが、なぜか今朝に限り機嫌がいい。久須男は少し違和感を覚えながらも学校に向かう。そしてその笑顔の理由がすぐに分かった。



「えー、突然だが、今日からこのクラスで一緒に勉強する転校生を紹介する」


 朝のホームルーム。担任が少し緊張した面持ちで皆に言う。突然の転校生発表にクラスが騒がしくなる。



(転校生? 珍しい……)


 担任が言う。



「じゃあ、入って」



「はーい!!」


(え?)


 その声を聞いて久須男は固まった。

 そして入って来たその栗色の髪をしたロリ美少女を見て心臓が止まりそうになる。その女の子は横にしたピースサインを目に当てて言う。



「藤堂イリアでーす!! 久須男様のお嫁さんなの。みんなよろしくね!!」


 久須男は席に座りながら頭を抱えた。

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