32.新たな事実

 翌日、内閣府直属ダンジョン攻略室にF組の隊員が招集された。

 オールバックに鋭い眼光で集まった皆を見つめる真田。現在F組に所属する8名の隊員は以下の通り。


 藤堂久須男くすお、イリア・マーゼル

 深川美雪、マリア・サイレーン

 一ノ瀬綾、チェル・ミーガス

 仙谷譲二、レスター・ガレル



 マーゼルから人間は全てこの世界の者とフュージョンを行っている。『イリアvs他の者達』と言う構図ができているが、原則こちらの世界で向こうの揉め事はご法度だ。マリアが思う。



(久須男様、またお会いできて嬉しゅうございます……)


 深雪は久須男をずっと見つめているマリアを見て苦笑する。同じく久須男とイリアを見ていたレスターもひとり考える。



(あのふたりのことをもっと知らなければならない。特に久須男君。彼をこちらに引き入れたい)


 だが彼とペアを組む譲二は久須男を睨みつけながら全く別のことを思う。



(インチキ野郎め!! いつかその化けの皮を剥がしてやるっ!!!!)


 対照的にガムを噛みながら黙って座る綾と、その隣で静かに座るチェル。様々な思惑が飛び交うF組の面々を前に真田が話を始める。



「今日は忙しい中集まってくれてありがとう。また日々のダンジョン攻略に感謝する」


 皆の視線が話し始めた真田に向く。



「今日集まって貰ったのは昨日ダンジョンで起きたアクシデントについてだ」


 皆は昨日視聴していた久須男の配信を思い浮かべる。譲二が座りながら大声で言う。



「あれはお前らのやらせだろ!? つまらねえもん流してんじゃねえよ!!」


 真田がじっと譲二を見て言う。



「仙石さん、発言には気を付けて貰いたい。我々も本気だ。そこを勘違いしないよう願いたい」


「ちっ……」


 真田に注意され譲二は腕を組みそっぽを向いて舌打ちする。



「では昨日の件について当事者である久須男君から話をして貰おうと思う」


 真田の言葉に皆の視線が久須男に向けられる。事前に話し合ってたとは言え皆の前で話をする事に久須男が躊躇いながら立ち上がる。



「あ、あの、こんにちは。藤堂です……」


「久須男様、頑張って!!」


 静寂。隣に座るイリアの小さな声だけが久須男の耳に響く。



「きょ、今日話すことはあくまで仮設なんですが、多分真実に近いということで皆さんにお話しします」


 レスターの眼鏡が明かりを受けて光る。



「まず橙と赤の上位ダンジョンは、他の下位ダンジョンを吸収することで大きくなると思われます」



「吸収?」


 思わずレスターが口にする。



「はい。橙で遭ったボス、クイーンサキュバスとの会話で彼女の仕事が『食事』と言う表現を使っていましたし、『侵入者を狩る必要がない』とも話していました」



(魔物が話す??)


 そこに居たマーゼルの人間は常識では考えられない事実を知り驚愕する。



「えー、なに? 食事ってことはダンジョンがダンジョンを食べちゃうって訳~??」


 黙って聞いていた綾がガムを噛みながら言う。



「はい。そのような表現でもいいと思います」


 久須男がそう答えるのを聞いてマリアが思う。



(話す魔物とか色々驚きだが、『食事』については確かにマーゼルでも『ダンジョン吸収』の仮説を唱える人はいた。ただその証明ができなかった。でも……)


 久須男が言う。



「あの時はまだその意味がよく分からなかったのですが、昨日下位ダンジョンの紫を攻略中、そのボスであるスライムが突然現れた上位魔物に攻撃されました」


 それは皆も配信で見ており知るところ。久須男が続ける。



「襲われたスライムは消滅。上位魔物も何とか倒せましたが、ダンジョンに異変が起きていました」



「壁の色の変色ですね」


 レスターが落ち着いて言う。



「はい。橙ダンジョンの壁は他のものとは違い、その名の通り薄い橙色をしていました。そして昨日見たのは赤色。黒色だった壁が赤に変色し始めていました」



「つまりそれが『ダンジョンがダンジョンを食べる』ということだと?」


 真田が久須男に向かって尋ねる。



「ええ。恐らく吸収されていたのではないかと思います。無事に脱出できましたがあの後に感じた圧倒的な魔物の圧。これまでに経験のない強さでした。それにタブレット上でも攻略した紫ダンジョンが消え、その隣の赤ダンジョンの星がひとつ増えていました」


 それまで隣にあった赤の星一だったダンジョンが、今朝確認すると赤の星二になっていた。つまり成長したと言える。チェルが恐る恐る尋ねる。



「じゃ、じゃあ、久須男さんは赤ダンジョンにも踏み入れたってことになるんですか?」


「恐らく。あのドラゴンは赤ダンジョンの魔物だと思います」


 冷静に答える久須男。だがこれが事実で証明されたとなればマーゼル王国で勲章を貰えるほどの功績。既に久須男は全ての世界においてダンジョン攻略の頂点に立ちつつあった。



(面白くねえ、面白くねえ。あんなガキが俺より強いはずがねえ!!)


 譲二は少し前で立って話す年下の高校生の久須男を睨みつけて思う。人生経験も社会人経験も豊富な大人の自分がガキに負けるはずがない。譲二の中で悪意が蓄積されつつある。



「ダンジョンがダンジョンを食べるか……」


 皆の話をぼうっと聞いていた深雪が小さくつぶやく。

 苦しい家計を助ける為、偶然選ばれたフュージョン計画に参加。特別国家公務員として高額な給与は確かに家の助けになってはいるが、話が大き過ぎて時々怖く感じる。

 久須男に特訓して貰っているがまだまだ弱いままだし、どんどん遠くへ行ってしまう前に立つ男子高生を見るとため息しか出ない。




「話は以上だ。今日の件もいつもながら口外は慎んでほしい。では皆の活躍を期待している」


 真田が話をまとめると、座っていた面々が立ち上がり退室していく。そんな中、チェルと綾が久須男の前にやって来る。ガムを噛みながらそっぽを向く綾とは対照的に、チェルが顔を赤くして言う。



「あ、あの、久須男さん……」


 少し下を向いて名を呼ぶチェル。金色のボブカットが顔にかかるのを手でかき上げて久須男を見つめる。



「ん、チェルちゃん。どうかしたの?」


 それを見た瞬間イリアのセンサーが反応し、すっと久須男の隣に立つ。チェルが言う。



「あ、あの、もし時間があればなんですが、私達にも、その、指導してくれないかなって思て……」


 恥ずかしそうに言うチェルに久須男が尋ねる。



「指導? ダンジョンってこと?」


「はい!」


 チェルが顔を上げて頷き答える。実は昨日、久須男の動画配信にチェルは心酔してしまっていた。

 ダンジョンに馴染みが薄いこの世界とは違い、マーゼルは古くからダンジョンと共に生きて来た民族。その彼らが長い年月をかけても攻略できなかった橙、そして赤と言ったダンジョンに踏み込む久須男を見て、チェルはすっかり感動してしまった。

 そして今日、あまり関心のない綾を説得して久須男への指導依頼のためにやって来たのだ。



「ほら、綾もお願いして」


「ちぇ、私は別にどうでもいいんだけど」


「そんなこと言わないの!」


 ガムを噛み中々目を合わせようとしない綾。久須男がチェルに言う。



「いいよ。みんなが強くなった方が攻略が捗る。一緒に潜ろうか」


 チェルが嬉しそうな顔で言う。



「あ、ありがとうございます!! 良かったね、綾」


「べつに……」


 最後まで顔は背けたままの綾。イリアが久須男に小声で言う。



「久須男様、浮気はだめですからね!」


「いや、そんなんじゃないって……」


 頭を下げて手を振ってチェルが退室する。綾も薙刀を担ぎあくびをしながらそれについて出て行った。





「久須男君」


 そんな久須男に真田が声をかける。


「あ、真田さん」


「色々と尽力感謝する。君が居なかったらと思うとぞっとするよ」



「いえ、そんなことは……」


 真田の本心であった。久須男が来てくれてから戦力が一気に増したのはもちろん、様々な情報や解明に役立っている。真田が言う。



「久須男君の妹さん、こずえさんのことなんだが……」


「こずえですか?」


 意外な話に驚く久須男。真田が言う。



「君は以前、妹の手術費用の為に稼ぎたいと言っていたが、ならばどうしてダンジョン攻略の報奨金を断るのかな?」


「それは……」


 妹の病気のお金は必要だ。ただそれは今の高額の給与であればいずれ達成できる額。報奨金を寄付しているのは人の命をお金で計りたくないという一心からだ。真田が言う。



「君の気持ちは以前聞いたから分かっている。立派な考えだ。ただこの先ダンジョン攻略を続けて行く上で、我々は久須男君の心配事をひとつでも取り除きたいと思っている。こずえさんが早く元気になってくれた方が、君も安心して潜れるのじゃないかね?」


「はい、それは確かに……」


 こずえは心配だ。言われる通り彼女の憂いが無くなれば攻略にもっと集中できる。イリアが言う。



「久須男様、ダンジョンに関わる人の支援をするというお考え、大変立派です。でもそれならばダンジョンに関わる者として、久須男様のご杞憂を解決することにそのお金を使うことは決して間違いではないと思います」


 隣でずっと話を聞いていたイリアが真面目な顔で言う。



「イリア……」


 本当にその通りだと思う。

 自分が心配事なしでダンジョンに向き合えればさらに多くの人を救えることに繋がる。久須男はイリアの手を握って言う。



「ありがとう、イリア。確かにその通りだ。ありがとう……」


 うっすらと久須男の目に涙が浮かぶ。真田が言う。



「では久須男君が受け取るはずだった報奨金の中から手術費用を捻出する事にするね。後は先生か……」


 真田が難しい顔をする。



「先生? 手術をする先生のことですか?」


 そう聞き返す久須男に真田が渋い顔をして言う。



「ああ、その通りだ。通常国家的な損失を避けるために、この様な手術は優先して行って貰うのだが……、第一人者の北条先生って方が大の公務員嫌いでね……」


「公務員嫌い……?」


「そうだ。以前も一度優先的にとお願いしたらえらい剣幕でお叱りを受けてしまい……。それ以来『順番を待て!』と聞く耳持たないんだ」


 まあ確かにその医者の言うことも正しい。

 如何なる理由があろうが命の大切さに順位はない。久須男が笑顔で言う。



「いいです。ちゃんと順番を待ちましょう。お金の工面の見通しがついただけでも大きな進歩です。ありがとうございます」


 実は久須男自身も少なからず葛藤していた。

 多くの金額を稼ぐ今、そのお金を最も大切な妹の為に使えない。そんな葛藤を真田やイリアが取り除いてくれた。



「ありがとうございます」


 久須男は真田に深く頭を下げる。


「いや、いいんだ。感謝しているのはこっちの方だからね」


 そう言って笑う真田にイリアが小声で言う。



「真田さん、の件は順調ですか?」


 真田がイリアの顔を見て思い出したように頷く。



「ああ、無論だ。詳細はまた連絡する」


 それをイリアは満面の笑顔になって聞いた。






「なあ、イリア。帰りにちょっとこずえのところ寄ってもいいか?」


「はい、もちろんですよ。久須男様」


 久須男は今決まったばかりの話をすぐにでもこずえにしてあげたいと思い、帰りに病院へ寄ろうと駅に向かって歩き出した。

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