29.橙、攻略。
内閣府直属のダンジョン攻略室。
幾つもの班に分かれて活動するこの攻略班は、日々未知のダンジョンの攻略と解明に皆が尽力している。
戦績ではフュージョン能力を有するF組が圧倒的な結果を残しているが、一般班の中でも魔法を取得し攻略の実績を上げ始めている者も出始めている。
攻略班M-8に所属する
「ふたりとも聞いてくれ」
攻略班K-8の控室にいた三兄弟の長男、
「何ですか、兄さん」
「兄ちゃん、どうしたの?」
弟の権崎
「来週、この藍の星五を攻略しようと思ってる」
「え!!」
藍の星五。これまでの最高記録は久須男を除けばF組の譲二が残した藍の星二。成功すればそれを一般攻略班が上回ることとなる。
「だ、大丈夫かな……」
弱気な三郎が不安そうな表情で言う。長男太郎が答える。
「大丈夫だって!! 俺達三人でかかればそのくらいどうってことねえぜ!!」
権崎三兄弟。
一般班にあって抜群の知名度と戦績を誇る彼らの武器は、ずばり魔法であった。
偶然入ったダンジョンで魔法とエレメントを複数取得。太郎が炎、次郎が水、そして三郎が風魔法を習得すると、あっと言う間に一般攻略班の頂点へ上り詰める。
配信を始めた『ゴンチャンネル』は公開と同時に支持を集め、今や姑息な戦いばかりしている譲二のそれを上回る人気となっていた。
次郎がタブレットの戦歴一覧を見ながら言う。
「しかしこのF組、藤堂久須男の戦績は桁が違いますね」
ダンジョン攻略回数、攻略レベル、救助者数とどれをとっても他者に圧倒的な差をつけている久須男。
攻略は自己申告制でタブレットに自分で更新していくので攻略の真偽は分からないが、今や隊員達の中で久須男を『神』と崇める人達もいる。太郎が言う。
「きっとフェイクか、それとも政府のサクラかなんかだろ? 高校生のガキが!! いつか化けの皮をはがしてやるぜ!!」
三男の三郎が言う。
「な、仲良くみんなでやった方がいいじゃないの……?」
太郎が机を叩いて拒否する。
「馬鹿言ってんじゃねえ!! あんなガキに報奨金をすべて持って行かれたらたまったもんじゃねえ!!」
ちなみに久須男はダンジョン攻略で得た報奨金は全て政府が極秘に設立した『ダンジョン支援基金』に寄付している。
ダンジョンで家族を失った人達を支援する基金だが、人の命をお金で計りたくないとの久須男の思いから全て寄付している。次郎が尋ねる。
「兄さん、それで本当に藍の星五に挑戦するんですね?」
「ああ、俺達ならできる。頑張ろうぜ!!」
そう言って三兄弟は強く手を握り勝利を誓う。
そしてその数日後、権崎三兄弟による『藍の星五』攻略の情報がアップされ、一般隊員を始めとしたダン攻室すべての人達を驚かせた。
「……お前、今何をした?」
「な、なぜ!? 目を閉じて、意識もない筈なのに……」
久須男は仰向けになったまま目を数回ぱちぱちさせると、首を左右に振りながらゆっくりと起き上がる。後ずさりしながら驚くクイーンサキュバスが尋ねる。
「どうして?? どうして私の術にかかって起きていられるの!?」
久須男は出血してる太もも辺りを指差して言う。
「意識を失う前に小さな氷魔法でグサッとやっておいたよ。めっちゃ痛かったけどこのお陰で耐えられた……」
「なぜ……」
驚くクイーンサキュバスに久須男が答える。
「まあ、ちょっと前に勇敢な犬に会ってな。そいつが教えてくれたんだ」
久須男はそう説明すると水魔法で太ももの治療を開始する。そして少し離れた場所に座っているイリアの元へ歩み寄り、ハンカチを差し出して言う。
「大丈夫か? これで血を拭きな」
「あ、ありがとうございます……、久須男様……」
イリアは無事に目を覚ました久須男を見て涙を流して安堵する。久須男が立ち上がって言う。
「さて、始めようか。うちの相棒を殴ってくれたお礼をしなきゃな」
クイーンサキュバスが青い顔をしながら言う。
「待って、待ってよ。話し合いましょ、ねえ……」
床につきそうな長く黒い髪。スリットの入った色っぽい服を久須男に見せながら懇願する。久須男が言う。
「話し合い? どちらにしろお前を倒さなきゃ俺達はここから出られない。観念しろ」
「くっ……」
クイーンサキュバスはまともな直接攻撃の手段を持っていなかった。
各種異常状態を擁するこのダンジョンで侵入者が彼女の元までたどり着くことなど皆無である。そもそも橙ダンジョンに昇格してからは、侵入者を狩る必要もなくなっている。
「くそっ!!」
クイーンサキュバスは敵わないと判断し、背を向けて奥の部屋へと逃げ始める。
「雷魔法、
バリバリ、バリ……
久須男は右手を軽く横に振り、部屋全体にぐるっと円状の雷の壁を造り出す。突如目の前に現れた雷の壁に驚き立ち止まるクイーンサキュバス。
「逃がさない」
(『神眼』っ!!)
久須男はクイーンサキュバスを神眼で解析。
(ひ、左胸か……)
弱点は彼女の半分ほど服からはみ出た胸の頂。じっと自分の胸を凝視する久須男に気付いたクイーンサキュバスがここぞとばかりに言う。
「な、なに? これが欲しいのかな~??」
そう言って肩手で胸を持ち上げて久須男に尋ねる。久須男が首を振ってそれを否定する。
「ち、違うっ!! 違うっ!!!」
最強の攻略者である久須男も、中身は普通の男子高校生。男を魅了する色っぽいサキュバスに誘惑されると、平常心でいることはなかなか難しい。久須男が指を突き付けて言う。
「悪いけど、これで消えて貰う。雷魔法、ライトニング」
バリ、バリリ……
「きゃっ!!」
久須男の指から発生した弱い放電。それが空気を伝って一直線にクイーンサキュバスの左胸に直撃する。ゆっくりと崩れるように倒れるクイーンサキュバス。床に伏せながら久須男に言う。
「ああ、もう。痺れちゃったわ、あなたに……」
そう言ってゆっくりと煙となって消え去って行った。
(何だよ、それ……)
思わず苦笑する久須男。
「久須男様っ!!」
クイーンサキュバスを倒しふうっと息を吐いていた久須男にイリアが駆け寄る。
「ああ、イリア。大丈夫……!?」
彼女を心配した久須男だが、駆け寄って来たイリアは頬をぷっと膨らまし機嫌が悪そうである。
「あの、イリア? どうかした……」
「夢の中で何を見ていたんですか?」
「へ?」
イリアが久須男の顔に近付いて再度尋ねる。
「あの淫乱女と夢の中で何をしていたんですか!!」
驚き後ずさりする久須男が答える。
「いや、何も……」
意識朦朧としてはいたが完全に堕とされていなかった久須男はクイーンサキュバスの寝取りは経験していない。ただ、目の前のたわわに顔を埋めたのはぼんやりと覚えている。久須男の視線に気づいたイリアが胸を押さえて言う。
「こ、これは覚えているんですか!?」
「え、いや、その……」
再びむっとしたイリアが尋ねる。
「それから最後、一体ふたりで何をごちゃごちゃ喋っていたんですか??」
「え? ごちゃごちゃ??」
あまり覚えていない久須男。イリアが言う。
「そうです! なんか胸を持ち上げて久須男様に見せていましたよね??」
「あ、ああ、それは……」
仕方ないとはいえ、この状況でクイーンサキュバスの胸をガン見していたとは言えない。
カランカランカラン……
その時ふたりの耳に石板が床に落ちる音が響く。
「あ、イリア。『大いなる試練』だぞ! 行こう!!」
そう言ってイリアから逃げるように駆け出す久須男。
「あ、ちょっと待ってください! 久須男様っ!!」
イリアはそれを怒りながら追いかけた。
「譲二、タブレットは見たか? 久須男君達が橙ダンジョンをクリアしたそうだ」
ダンジョンに向かう前、街中で食事をしていた譲二とレスター。新たに更新された攻略者の戦歴を見ながらレスターが言った。譲二がむっとした顔のまま答える。
「見たさ。どうせ虚偽の自己申請だろ?」
明らかに不満そうな態度。レスターが言う。
「まあ虚偽申請は勿論可能だが、そうなるとこの地図上から消えた『橙の星一』ダンジョンの説明がつかない。紫や藍が消えることは稀にあるが、橙が消えることなど前例がない」
譲二は飲んでいた水のグラスをドンとテーブルに置いて言う。
「そもそもそこに橙があったなんて誰も分からねえだろ!? それもあいつの虚偽申請に違いねえ!!」
高レベルダンジョンである橙や赤などは、選別スキルを持っていたとしても下位互換では見えない場合が多い。実際、綾が持つ『選眼』では、黄色ぐらいまでしか見えない。レスターが尋ねる。
「それから譲二、今日の配信はどうします?」
レスターは紺色の長髪をかき上げながらパスタをひとくち口に運ぶ。明かりに反射して光る眼鏡に手をやりながら譲二を見つめる。
「けっ! もうどうでもいいぜ、あんなもの!!」
譲二は明らかに人気の落ちて来た配信に苛ついていた。一般班で力を付けて来た連中がどんどん人気を得て行くのに比例して、姑息な譲二の動画はどんどん人が離れて行った。
「くそっ!! 面白くねえ……」
レスターはそう言って無理やり食事を口に掻き入れる譲二を見て不安になる。
(邪の、邪のオーラのようなものが出始めている……)
譲二に一抹の不安を感じたレスター。彼の不安はこの先現実のものとなる。
「お疲れ様でした、久須男様っ!!」
橙のダンジョンを攻略した久須男とイリア。その夜に自宅でささやかな祝勝会を開いた。
「久須男様、本当に凄かったです!! あの橙ダンジョンを攻略するなんて!!」
「いやー、やっぱり大変だったよ」
久須男は久し振りに苦戦した今朝のダンジョンを思い出し頭を掻く。
「いえ、素晴らしいです!! マーゼル王国ですら黄色が最高なのに、もうそれを越えてしまうとは。本当にもう驚きでしかありません!!」
イリアはにこにこしながら久須男を見つめる。
「イリアのお陰だよ。一緒に居てくれたから……」
そう言いながら目の前に座るイリアの大きなたわわが目に入る。その視線に気づいたイリアが久須男に言う。
「久須男様、イリアのお胸はお気に召しましたか?」
「え!? い、いや、俺はそんな……」
微かに思い出すあの胸の谷間に顔を埋めた記憶。魅力的なイリアの誘惑に一階の男子高校生の久須男がたじたじとなる。
「あ、ああ、それより明日の撮影、しっかり頼むぞ……」
急に話を変える久須男。あと少しで久須男を落とせそうだったイリアがむっとして答える。
「はい、できています! これですよね?」
そう言ってテーブルに置かれた小型カメラを手に取って見せる。久須男が頷いて答える。
「ああ、それ。よろしく頼むよ、イリア」
「はい!」
明日はいよいよ初のライブでのダンジョン配信。紫ダンジョンという最下級レベルなので大きな心配はしていなかったふたりだが、やはりそこは当然一筋縄ではいかないこととなる。
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