第四章「F組最強の男」

28.未開拓ダンジョン

 メタル色に輝く大型のアルミラージ。

 初めて潜った未知である橙色のダンジョン。うっすらオレンジに光るダンジョン内で、最初に遭遇した魔物にパートナーのイリアとケロンが一撃で眠らされてしまった。



(くそっ、ケロンまでが一撃とは……)


 各種異常攻撃に耐性があるはずのケロンが簡単にダウンさせられる。ふたりが倒れている以上、早めに勝負をつけたい。。



(『神眼』っ!!!)


 久須男は少し離れた場所からメタルアルミラージの弱点を見定める。



「角、角か……」


 真っすぐ額から伸びた大きな角。そこを叩けば勝てるはず。久須男が手を前に叫ぶ。




「土魔法、ストーンラッシュ!!!!」


 同時に空中に現れる石の群れ。それが一斉にアルミラージの角へめがけて飛ぶ。



 カンカンカンカン!!!


 放たれた石の群が全て角や体に当たり甲高い音を立てて床に落ちて行く。その弾かれ方を見て久須男が思う。



(魔法無効!? 魔力が通じてない……!!)


 咄嗟に魔法が効かないことを見抜いた久須男。突進してくるメタルアルミラージを前に、剣を取り再び魔法を唱える。



「土魔法、土壁っ!!!」


 ドドドドドッ……



 詠唱と同時に現れる土壁。そこへ勢いよく角を突き刺し動けなくなったアルミラージに、久須男は手にした王者の大剣で斬りかかる。



「はあっ!!!」



 ザン!!!


 カランカラン……


 弱点を半分に切られたメタルアルミラージ。小さな鳴き声を上げながら煙となって消えて行った。




「ふう……」


 息をついた久須男がアイテムボックスから万能薬を取り出し、床で眠っているイリアとケロンに飲ませる。



「う、う~ん……」

「クウ~ン……」


 目を覚ましたふたり。久須男は一旦ケロンをアイテムボックスに帰し、イリアには持っている全ての異常状態無効のマスクを手渡す。



「イリア」


「はい」


 久須男が真面目な顔で言う。



「やっぱ本気で行かなきゃ、ここではやられる」


「はい……」


 イリアは久須男の本気に触れ、気持ちを新たにして歩き出した。






【メドゥーサ:石化攻撃あり】


 その後しばらくして現れたのは頭がヘビだらけの魔物、メドゥーサであった。

 通路の奥の方に蠢く魔物。まだ姿ははっきり見えないが久須男の『神眼』が警告を発している。



「イリア、石化防止マスクを!!」


「はい!!」


 イリアはすぐに手持ちの中から石化を防ぐマスクを装着。これで問題ない筈だった。しかし久須男は自分の目を疑った。



「えっ?」


 マスクをしたはずのイリア。しかし彼女の視線が久須男の背後に向けられた瞬間、その可愛らしい姿は無機質な石へと変貌した。久須男が石となったイリアの肩を持ち名を叫ぶ。



「イリア、イリア!! そんな馬鹿な!!!!」


 石化攻撃には間違いなく耐えるはずの対石化用上級マスク。これを付けていれば石化することはないはず。混乱する久須男に背後から声が掛けられる。



「こんな場所に人間とは驚きだね。あなたも石になってくたばりなさい……」



(ま、魔物が喋っている!? こんなの初めてだ……)


 背を向けたままの久須男。異常状態無効のスキルはあるものの、目の前のイリアを見るとやはりメドゥーサを直視できない。背後に感じる恐怖。久須男が言う。



「俺、異常状態無効のスキル持ってるけど、石になるのかな?」


「……知らないわ。どうでもいいこと」


 こちらの言葉にも全く動揺しない。間違いなく高い知性を持ったケロンと同じ上級魔物。そして耳に聞こえる抜刀音。久須男はすぐに背後に向けて魔法を唱える。



「水魔法、水壁っ!!!」


 ゴゴゴゴゴゴゴッ……



 張られる分厚い水の壁。水以外の物は強い力がなければ通さない壁。自信をもって張った水の壁だったが、その不自然な音が久須男を驚かせた。



 パリン!! ガガガ、ゴゴゴゴッ……



(まさか、水を石化して……、破壊した!?)


 背を向けている久須男。一体背後で何が起きているかはっきりと分からない。メドゥーサが言う。



「あなた、相当強いわね。びっくりしたわ。いい養分になりそう……」


 声から察するに既にお互いの攻撃範囲内に入っている。これ以上の迷いは死に直結する。久須男は目を閉じ集中して『神眼』を発動させる。



(……見える、見える。赤いバツ印が)


 目を閉じた久須男の瞼に、はっきりと赤いバツ印が浮かび上がる。久須男が剣を抜き、『神速』で目を閉じたまま一瞬でメドゥーサに駆け寄る。


「はあっ!!」


 グサッ!!



「ギャアアアアアア!!!!!」


 真っすぐ赤いバツ印に向けて剣を突き刺す久須男。目を開けると体の心臓部を剣で刺されたメドゥーサが絶叫している。



(キモ過ぎる……)


 青白い顔のメドゥーサ。頭には多数の蛇。とてもこの世のものとは思えない。胸を刺されてぐったりしたメドゥーサが煙となって消えて行く。



「ふうっ……」


 消えたメドゥーサを見て安心する久須男。同時に聞こえる石の割れる音。



 パリン!!


 見ると石にされたイリアが元の姿に戻っている。



「く、久須男様~!!!」


 イリアが久須男に駆け寄り抱き着く。



「怖かったです、怖かったですー!!!」


 イリアでも見たことのない異世界の魔物。対策していても効かない異常攻撃。これまでの常識が通用しない新たなダンジョンに、イリアはすっかり怯えてしまっていた。



「大丈夫。大丈夫だから」


 イリアを抱きしめ優しく体を撫でる久須男。不謹慎なのだが、小刻みに震える彼女を可愛いと思ってしまう。目を赤くしたイリアが顔を上げて言う。



「ありがとうございます、久須男様。イリアを守ってくれて……」


 この状況で甘い声で言われて何も感じない男はいない。久須男がイリアの栗色の髪を撫でながら答える。



「お礼は言い。お前は俺の、俺の……」


 そこまで口にした久須男が口籠る。そんな久須男の頬を指で引っ張りながらイリアが言う。



「俺の……、何ですか? そこ、とーっても重要ですよ!!!」


「あ、いや、その、なんだ……」


 久須男も勢いで口にしたが、何を言いたかったのかはっきり分からない。久須男に抱き着いたまま迫るイリアに戸惑っていると、奥にある部屋から女の声が響いた。




「あ~ら、私のダンジョンにやって来て随分いちゃついてくれるわね~」


「え?」


 ふたりはすぐに離れて声のする方へ視線をやる。すると奥の部屋からカツカツとハイヒールが床に当たる音が響く。




【クイーンサキュバス:魅了攻撃あり】



「クイーンサキュバス、だそうだ。魅了攻撃に気を付けろ……」


 剣を構えた久須男がイリアに伝える。


「分かりました、久須男様」


 イリアは言葉を話す魔物に驚きつつ、ポケットの中にある魅了無効のマスクをつける。



「あらあら、これはこれは可愛い坊やだこと」


 姿を現わしたクイーンサキュバスは、真っ黒で床まで付きそうな長髪に、レースクイーン顔負けの大胆なスリットが入った黒の衣装。高いハイヒールを履き、背中には可愛らしい翼と小さな尻尾が生えている。



「なに、この甘い匂い……」


 登場と同時にふたりの鼻につく甘い香水のような香り。魅了対策をしていなければ既に操られていただろう相手。クイーンサキュバスが首を傾げながら久須男に言う。



「あれ~、おかしいなあ~、いつもならもうとっくに私の玩具になっているはずなのに~」


 クイーンサキュバスは可愛らしい仕草で困った顔をする。



(こ、この女、天性の男たらしだわ。さすがサキュバス……)


 イリアは同じ女性でありながら魅力あふれるクイーンサキュバスを見て思った。久須男が答える。



「異常対策はしてある。お前、ここのボスだな?」


 そう言われたサキュバスが顔を赤くして答える。



「え~、やだ、分かっちゃった!!?? やだ、もお~!!」


 異常対策があるとはいえ、声を聞いているだけで何やら麻痺しそうな感覚を覚える。サキュバスが尋ねる。



「こんな所まで来るなんて、お兄さ~ん、とってもお強いのね」


 久須男が剣を構えて答える。



「知らないが、とりあえずお前を叩き斬る!!!」


 それを聞いたサキュバスが顔を両手に当てて言う。



「やだ~、お兄さん怖~い!! でも私も忙しっくって~」


「忙しい? 誰も来ないダンジョンで何が忙しいって言うんだ??」


 不思議に思った久須男がクイーンサキュバスに尋ねる。



「えー、どうしよう、とって~も大切なことだからあんまり教えたくないけど、けど……」


「……」


 無言の久須男。クイーンサキュバスが言う。



「けどぉ、お兄さんが名前を教えてくれたらいいよ~!!」


「名前? いいだろう。だがその前にお前が先だ。忙しいって何のことだ?」



(何か変……)


 イリアはふたりの会話を聞きながら妙な違和感を覚えていた。

 だがこの時すでにクイーンサキュバスの魅了攻撃に冒されていたイリアは、冷静な判断などできなくなっていた。クイーンサキュバスが言う。



「お食事よ、お食事……」


「食事? 何をだ……?」


 クイーンサキュバスが笑って言う。



よ」



「え?」


 呆然とする久須男。そしていつしか鈍ってきた久須男の頭に彼女の言葉が入り込む。



「あなたの名前は、な~に??」



「俺は久須男、藤堂久須男……」


 その瞬間、久須男がドンと音を立てて床に倒れる。




「え? 久須男様!? 久須男様っ!!」


 ぼうっとしていたイリアが倒れた久須男を見て目を覚ます。同時にクイーンサキュバスが笑いながら言う。



「あーはははははっ!! 掛ったわね、精神凋落マインドフォール!!」



精神凋落マインドフォール……!?」


 聞いたことのない言葉にイリアが呆然とする。



「そうよ、これは異常状態じゃないの。精神を堕とす私のスキル。この香りと名前を告げることで発動するのよ~」


 イリアは先程から部屋に漂っている甘い香りの意味にようやく気付いた。イリアは倒れた久須男の体を何度も揺すって起こそうとする。



「起きて、起きて下さい、久須男様!!!」


 しかし目を閉じてまるで死んでしまったかのように反応がない。クイーンサキュバスが小悪魔のような顔で言う。



「起きないわよ~、あなたこの坊やの彼女なのかな~?? 悪いけど、その子はもう私がんだから~」



「え?」


 必死に久須男を呼び掛けていたイリアが顔を上げる。クイーンサキュバスが言う。



「彼の頭の中でね。今、私と彼がすっ~ごいことになってるだからぁ」


 大人びたクイーンサキュバスの頬が赤く染まる。しかしそれ以上にイリアの顔が真っ赤に燃えるように赤くなり、大声で言い返す。



「はあ!? ふざけないでよ!!! 私の久須男様が、お前みたいな淫乱ババアに堕とされる訳ないだろ!!!!!」


「え? な、何この子……」


 突然キャラが変わったイリアを見てクイーンサキュバスが戸惑う。イリアが横になっている久須男の頭を持ち上げて言う。



「久須男様。起きてください、久須男様。あなたの将来のお嫁さんが起こしてあげますからね」


 そう言うとイリアは自慢の大きな胸のたわわに、目を閉じたままの久須男の頭を埋める。



「久須男様……、あん……」


 温かく硬い久須男の髪。イリアが優しく撫でるごとにドクンドクンと全身の脈が鼓動する。クイーンサキュバスが笑いながらイリアに言う。



「起きないわよ。坊やは今、快楽の海に溺れているんだから。さあ、その心地良い天国で、この私と快楽の口づけをしましょうね〜、私が全部あげる……」


 そう言いながらクイーンサキュバスは艶めかしい唇を舌で舐めながら歩み寄って来る。イリアは久須男が彼女と口づけをすることで養分を吸われるのだと瞬時に理解した。それが彼女の攻撃。

 イリアはすぐにぎゅっと強く久須男を胸に抱きしめ言う。



「させない!! 私の久須男様を!!!」



「黙りなさい!! この雌ザルが!!!!」


 バン!!!!



「きゃああ!!!」


 久須男を抱いていたイリアがクイーンサキュバスに張り倒されて吹き飛ぶ。



「うっ、ううっ……、久須男様……」


 倒れて口から血を流すイリアが久須男の名前を呼ぶ。クイーンサキュバスが久須男の前に立ち、妖艶な唇を舌で舐め回しながら言う。



「さあ、一緒に昇天しましょうね~」




「……お前、今何をした?」



(!!??)


 横になり目を閉じたままの久須男から微かに発せられた声。



(な、なに今の!? こいつは精神が堕ちていて会話などできないはず!!??)


 そう自分に言い聞かすクイーンサキュバス。

 しかし倒れたままの久須男を見ながら、なぜか全身の震えが一向に収まらなかった。

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