26.救助完了。そして新たな依頼??

 藍の星五。

 藍ダンジョンの中では最高難易度を誇るこのダンジョンだが、今の久須男くすおにとってはもはや散歩レベルでクリアできる程度のものであった。無事に深雪の幼なじみの加奈を救助し、マリアを含めて彼女らに剣術指南ができたのもその余裕のお陰である。


 訓練を終え、久須男達が加奈やイリアの待つ部屋まで戻って来た。



「あ、おかえりなさいませ。久須男様」


 イリアが立ち上がって頭を下げる。


「よお、イリア。加奈の具合はどうだ?」


 それを聞いた加奈も立ち上がって答える。



「お陰様でもう大丈夫です。ジャムもほとんど怪我が治りました」


 水魔法の治療用ブルージェルに包まれているシェパードのジャム。怪我もだいぶ治って来ているようだ。イリアが尋ねる。



「訓練はどうでしたか?」


「ああ、まずまずかな」


 しかしそれに反比例するかのような深雪とマリアの表情。久須男の指導レベルが高すぎてほとんどついてくことができなかった。久須男が言う。



「それでね。ちょうどいいんだがを今日の訓練の仕上げにしようと思っている。深雪、マリア。ふたりで倒してこい」



「え!?」


 そんなふたりが顔を上げると、通路の奥から巨大な影が迫って来る。深雪が震えながら言う。



「あ、あれは……??」


 久須男が答える。



「キンググリズリー。恐らくここのボスだ。あれを倒して今日の仕上げとする」


 普通の熊の数倍はあるかのような巨躯。銀と黒の体毛の巨大熊の魔物。もちろんそんな魔物これまで倒したことがない。



「うそでしょ……」


 深雪とマリアは迫り来る強大な敵に睨まれ、まるで金縛りにあったかのように身動きが取れなくなってしまう。久須男が言う。




「強い相手に対してはアルミラージの催眠攻撃で眠らせ、キンググリズリーの強力な一撃で倒す。理想的な組み合わせだ」


 もし加奈を守っていたジャムが、圧倒的な強さでアルミラージを蹴散らしていたらあのキンググリズリーが現れていただろう。大怪我を負っていたジャム。アルミラージ達は間もなく仕留められると踏んでいたに違いない。

 久須男の救出がもう半日遅かったらどうなっていたか分からなかった。



「く、久須男さん。あ、あんなの、無理ですよ……」


 巨大な熊の魔物を前に深雪が体を震わせて言う。同じく足の震えが止まらないマリアが深雪に言う。


「み、深雪! 弱音を吐くんじゃない!! 久須男様がついているのだ、何とかなる。さあ、戦うぞ!!」


 マリアは先程久須男に貰った薄緑色に光るミスリルソードを構え、キンググリズリーに対峙する。深雪も諦めたのか杖を手にして呪文を唱え始める。後ろに立つ久須男が言う。



「頑張れ、ふたりとも!!」


「はいっ!!」


 深雪とマリアの共闘が始まる。




(そういうことだったのね、深雪……)


 それを治療中のジャムの近くで見ていた幼馴染の加奈が思う。久須男と一緒に現れた時から感じていた違和感。それが今、彼女があの恐ろしい魔物に向かっていく姿を見てようやく理解できた。



(頑張れ、深雪!)


 加奈もふたりの戦いをじっと見つめる。




「ゴガアアガアアア!!!!」


 巨躯のキンググリズリー。その鋭い爪や牙が武器で、深雪やマリアなど直撃したら一撃で死に至る。突進して来たキンググリズリーの鋭い爪がマリアを襲う。



(怖い怖い怖い怖い!!! で、でも!!!)


 これまでで間違いなく最強の相手。後方にいる深雪がその悍ましい姿に恐怖する。ただここで自分が逃げれば前衛のマリアが死ぬ。大丈夫、行ける。そう思った深雪が覚えたばかりの魔法を発動する。



「水魔法、水壁っ!!!!」


 杖を横に振る深雪。同時に現れる薄い水の壁。



 ボフッ!


 キンググリズリーの鋭い爪が水壁を貫き一瞬止まる。動きが取れなくなり焦る敵の背後に素早く回り込んだマリアが、久須男から貰ったミスリルソードで斬りかかる。



「はあっ!!!!」


「グゴオオオオオオ!!!!」


 ヒット。数太刀切り込んだが、急所には当たらず一旦マリアが引く。



(ダメだ。やっぱり急所が見えない!!!)


 巨大な相手にはやたらめたら斬りかかろうが倒せない。急所を突くか、圧倒的な力で潰すしかない。苦戦するふたりを前に、イリアがキンググリズリーを凝視する。



(急所は、多分右脇腹……)


 イリアも選別系スキル『慧眼』の持ち主。久須男の『神眼』には全く及ばないが、それでも戦闘で役に立つことは間違いない。イリアが深雪の傍に行き耳打ちする。



「多分右脇腹。あそこが急所よ」


「え?」


 突然のアドバイス。驚くイリア。久須男は黙ってこちらを見ている。



「水魔法、水壁!!!」


 同じく水の魔法障壁。先程より厚みがあり、攻撃して爪が刺さったキンググリズリーが再び動けなくなる。



「はあっ!!」


 そしてそれに合わせてマリアが再び斬りかかる。


 ザンザン!!!


「グゴオオオオオオアアア!!!!」


 しかし急所にヒットせず。そこへ深雪が立て続けに魔法を放つ。



「水魔法、ウォーターボム!!!」



 野球のボールぐらいの水球。それを手にして攻撃を受け苦しむキンググリズリーへと走り込む。



「これで消えてえええ!!!」


 ドン、ドオオオオン!!!



 深雪が投げた水球がキンググリズリーの脇腹に当たり爆発。



「ガゴオウウオオオオオオ!!!!!」


 これまでとは違う叫び声を上げるキンググリズリー。しかしまだ倒れない。マリアが剣を持ち突撃する。



「ここか!!!!」


 ズン!!!!



「グゴオオオ……」


 弱点なのか。マリアに脇腹を一突きされたキンググリズリーがそのまま大きな音を立ててその場に倒れる。



「やった、やったよ! マリア!!!」


 倒れた敵を見て抱き合うふたり。強敵を倒した喜び。しかしすぐに久須男の大きな声が洞窟に響いた。



「ふたりとも、まだっ!!!!」



「え?」


 勝利を喜んでいたふたりが振り返ると、大怪我を負いながらも立ち上がり鋭い爪を振り上げているキンググリズリーの姿が目に入った。



「うそ……」


 てっきり仕留めたと思ったふたり。過去にない強敵を倒し勝利に酔っていたふたりだが、まだ敵は戦意を失っていなかった。



(だめ、逃げられない……)


 マリアは振り上げられた強大な爪を見てもう逃げられないと思った。




 シュン!!



(え?)


 そんな彼女らの頭上を、一瞬何かが通り過ぎた。速過ぎて見えない。ただその瞬間キンググリズリーの動きが止まり、地面に倒れ煙となって消えた。



「ウォーターショット……」


 同じ水魔法が使える深雪だけがそれを感じ取っていた。




「惜しかった! あと一歩だったね」


 ふたりが振り向くと笑顔でこちらに歩いて来る久須男の姿が見える。

 急所を攻撃したふたりだが、確実に消え去るまで攻撃をやめてはならない。そんな当たり前のことを、キンググリズリーと言う強敵に対峙したことでふたりからすっかり抜け落ちてしまっていた。



「攻撃は凄く良かったよ。あと最後の攻撃が……」


 そう話し始める久須男に、深雪は目に涙を溜めて走り寄る。



「久須男さーん!!! うわあああ!!!!」


 そして久須男に抱き着く深雪。ボスを倒せたことと、救われたことで一気に気持ちが崩壊してしまった。



「ちょ、ちょっと、深雪!?」



(震えている……)


 驚く久須男だったが、抱き着かれた深雪の体が小刻みに震えているのが分かる。これまで最下級の紫ばかりに潜っていた深雪達。久須男を除くF組最高記録である藍の星五の強さは想像以上だったようだ。



「く、久須男様っ!! それは浮気です!!」


 深雪に抱き着かれた久須男にイリアが近付いて来て言う。


「い、いや、俺はだな……」



「く、久須男様、私にも熱い抱擁を……、マリアも頑張りました……」


 ボスを倒せば抱きしめて貰えると思ったマリアが深雪の後ろに立ち、順番を待ち始める。イリアが怒って言う。



「順番じゃないです!! なに並んでいるですか!!」


「マーゼルの姫よ。横入りはするな。ちゃんと並べ」


「だ、だから何を言っているのよ、あなたは!!」


 ひとり大きな声を出して怒るイリアに深雪から離れた久須男が言う。



「おいおい、だからそんなじゃないって。……ん?」


 そんな話をしている久須男の元に、ボスを倒して入手出来る石板を咥えたケロンがやって来る。久須男がケロンの頭を撫でながら言う。



「お前は本当に気が効くやつだな。ありがとう」


 ボスを倒し、石板を処理することでダンジョンから脱出できる。久須男はケロンから渡された石板を両手でバリンと割って



「え!?」


 それを見た深雪とマリアが信じられない顔をして言う。



「あ、あの久須男さん。今、クリアーボーナスの石板を割っちゃいました……??」


「ん? ああ割ったぞ。要らないんで」


 ふたりからすれば一体どんな試練が起き、どんなお宝が貰えるか分からない石板。それを試練を受ける前に割って捨てるとは……



「あっ」


 そして皆の体が白い光に包まれて行く。意識が一瞬途切れた。





「ううっ、久須男様……」


 目を開けたイリアが久須男の名前を呼ぶ。


「お疲れ、イリア」


 そんなイリアに久須男が笑顔で手を差し伸べる。



「戻って来た、戻って来たよ!! うわあああ!!!」


 暗く死臭漂うダンジョンから数日ぶりに帰って来れた加奈が、深雪に抱き着きながら涙を流す。



「良かった、良かったね、加奈……」


 深雪もそれに涙を流して応える。そして加奈は自分に寄って来た愛犬ジャムを抱きしめて言う。



「ありがとう、ジャム。あなたが居てくれなきゃ、私無理だったよ」


 加奈が何度ももジャムの頭や体を撫で感謝を伝える。


「クウ~ン、クウ~ン……」


 ジャムはそれに全身で喜びを現わす。




「加奈!? 加奈なの!!!!」


 中庭から大きな声が聞こえた母親が走りやって来る。


「お母さん!!!!」


 ふたりは思いきり抱き締め合い涙を流す。それを見ていた久須男がイリアに言う。



「さ、帰ろっか」


「はい!」


 役目を終えた久須男が帰ろうとすると、加奈の母親が呼び止める。



「あ、あの、警察の方、お待ちください!!!」


 一瞬自分が呼ばれたと気付かなかった久須男が足を止める。



「あ、あれ? 俺のことか!?」


「そうですよ、久須男様」


 イリアの言葉で警察へも籍を置いていたことを思い出す久須男。加奈の母親が言う。



「ありがとうございました!! 本当に感謝してもしきれません」


「いえ、大丈夫ですから。では……」


 立ち去ろうとする久須男に母親が言う。



「お礼は、謝礼は後でお支払いしますから!!」


 久須男はタブレットのリストに加奈の救助に係る報奨金が記載されていたことを思い出す。金額は未定。依頼者に任せるという意味だ。久須男が首を振って答える。



「謝礼は要りません。ただもしどうしてもって言うなら、ジャムに美味しいものでも買ってあげてください。そしてたくさん褒めてやってください。彼がヒーローです」


 久須男とイリアはそう言って軽く会釈して加奈の家を立ち去る。意味が分からず唖然とする母親に加奈が言う。



「あのね、お母さん。ジャムがね……」


 加奈はジャムの頭を撫でながら彼の活躍を母親に話し出した。





「凄い人でしたね、久須男さん……」


 加奈の家を出た深雪がマリアに言う。


「当たり前だ。何せあの英雄クス王様の生まれ変わり。我々下々の者が会話するだけでも畏れ多いこと」



(抱き着こうとしてたくせに……)


 深雪は真面目に話す赤髪の剣士の横顔を見てクスッと笑う。



「また指導して貰いたいね」


「ああ、是非。できれば寝食を共にしたいと思うぐらいだ」



(か、会話するだけでも畏れ多い筈なのに、いきなり寝食を共にするの!?)


 深雪が真剣なマリアに苦笑する。



「また、お願いしようね」


「ああ、そうだな」


 ふたりは非常に収穫の多かった初めての久須男の剣術指南に満足して帰路についた。






 トゥルルルルル……


 その日の夜、家に帰った久須男のスマホに真田から着信があった。


「あ、はい。藤堂です」


「あ、久須男君? 悪いね、夜分に」


「いえ、大丈夫です。何かありましたか?」


 遅い時間の電話。久須男は少し嫌な予感がする。真田が言う。



「久須男君にちょっと頼みたいことがあってね」


「頼みたいこと?」


 一緒に居たイリアも久須男の顔を見つめる。



「ああ、ダンジョン攻略動画の配信をお願いしたいんだ」


 スマホを持ちながら久須男は、しばらくその言葉の意味が理解できなかった。

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