25.ダンジョン動画配信(譲二Ver.)

 久須男くすおが真田に誘われて攻略組に入るもっと前の話。

 当時、藍の星二ダンジョンを攻略した仙石せんごく譲二じょうじは、室長の真田からとある依頼を受けていた。



『ダンジョン攻略動画を作って欲しい』


 それはフュージョン能力を持たない一般攻略班に対する教育の一環。どのようにダンジョンに対し、どのように攻略をするのか。そのノウハウを皆に伝えて欲しいとの依頼であった。



「真田さん、任せときな。この俺に!!」


 譲二はふたつ返事でこれを承諾。すぐに小型カメラをレスターに持たせ、ダンジョン内で撮影を開始した。




「ふう、やっと編集が終わった。さて、これから上げるぜ!!」


 譲二は慣れない動画の編集作業に苦戦し、結局要領を得たレスターにそのほぼすべてを任せこれを完成。真田に一報を入れてから攻略組が持つ小型端末タブレットで視聴できる配信を開始した。





「お、F組の譲二さんの配信が始まるってよ!!」

「マジか? 待ち望んでいたぜ!!」


 事前に室長真田から攻略組全員に告知がされていたダンジョン攻略動画の配信。他の班よりも成果を上げているF組のノウハウが知れるとあって、隊員達の間でその配信がずっと待たれていた。

 攻略組やその裏方の事務員まで含めると数千人が視聴するダンジョン攻略動画。ついにその配信が始まる。






『あー、映ってる? 映ってるんだね? あ、俺、F組の仙石譲二っす。よろしく!!』


 なんとも軽い始まり。

 ただ彼がいる場所を見てダンジョンに行ったことがない人間はその異様さを感じる。薄暗いダンジョン。ごつごつした岩肌に周りが見えない圧迫感。その場に居なくても、その映像だけで十分恐ろしい場所だと伝わって来る。

 すぐに視聴した人からコメントが書き込まれる。



【うわ、ダンジョンやばっ!!】

【マジでこんな所なんだ。とても普通の人には行けないよな】


 忌憚なき意見が知りたいとの意図で、コメントには名前が表示されない。誹謗中傷などはアカウントより書き込んだ人物を特定するが、それ以外は基本匿名となる。譲二が周りに手を向けながら言う。



『はい、みなさん。ここがダンジョンです。暗いですね、怖いですね、でも大丈夫!!』


【これがF組最強の譲二って人?】

【スキンヘッドにすげえ筋肉。脳筋??】

【普通に強そうで笑えるwww】



 譲二が腰につけた剣を抜き皆カメラに見せる。



『この譲二さんが、みーんなやっつけてやるからな。がはははっ!!!』


 下品な笑い声が各タブレットから響く。あまりの音量に端末のスピーカーが音割れする程だ。譲二が剣を持ったままダンジョン内を歩き始める。



『おい、レスター。行くぞ、しっかりついて来いよ』


 譲二はカメラに向かって不要なことも遠慮せずに言う。そしてすぐに撮影者のレスターが通路の奥にいる小さな魔物を捉える。



【お、あれってまさか、魔物!?】

【キターーーーーー!!! 初魔物!!!】


 通路に奥に目を光らせてこちらを睨む小型の魔物。猫型のその魔物はゆっくりと譲二達の方へと近付いて来る。譲二がカメラに向かって尋ねる。



『おい、レスター。あれ、なんて魔物だっけ?』

『ワーキャットです』


【なんか普通にこっちに聞かれている気がしてて草】

【いやでも魔物って本当にいるんだな】

【猫みたい? ちょっと可愛いかも】


 攻略者以外初めて見る魔物の姿。皆の関心は譲二がどうやって魔物を倒すかに集中する。譲二がカメラに向かって説明する。



『えー、あの魔物はワーキャットと言う魔物で、とても足が速いやつだ。遭ったら気をつけような』



【説明、テキトー過ぎw】

【いや逆になシンプルで分かりやすい】


 そんな書き込みがされる中、映像の譲二は剣を構えてワーキャットに対峙する。そして再びカメラに向かって命令する。



『おい、レスター。いつものやつ頼む』


『それはできないですよ、譲二』


『な、なんでだよ!!』


『私は今カメラで撮影しています。同時に魔法なんて無理な話です』



 それを聞いた書き込みが盛り上がる。


【なんか断られてるwww】

【って言うか普通に魔法とか言ってるぞ。さすがF組】

【映像悪くて見えないけど、譲二さんの顔ヤバくね?】


 暗いダンジョン内。高感度カメラで撮られた映像はやや白黒っぽく見える。引きつった顔の譲二がカメラに向かって怒鳴りつける。



『な、なに言ってるんだよ!! ふざけてんのか!? 使えね奴だ、お前は!!!』


 そう言ってカメラに向かってを立てる譲二。


『譲二、それは幾らなんでも失礼で……』


『うるせえ!! もういい、俺がやっつける!!!』


 そう言って剣を持ちひとりワーキャットに突撃する譲二。



【なんか揉めてるじゃん!】

【譲二、性格悪すぎ】

【仲間に中指立てるとか草も生えんわ】

【お、ひとりで向かったぞ!!】

【ガンバレ、譲二!!】



 しかしそんな譲二の気迫とは別に、映し出された映像は全く違うものになっていた。



『うおおおお!!!!』


 ブオン!!!


 突撃した譲二の剣がくうを斬る。素早いワーキャットは遅い譲二の攻撃をいとも簡単にかわし、鋭い爪を立てて譲二に襲い掛かる。



『フギャアアアア!!!』


 シュン!!!


『ぎゃああ!!!』


 ワーキャットの右爪が譲二の肩を切り裂く。一気に戦意喪失した譲二が、泣きそうな顔でカメラの方へと走って来る。



『譲二、大丈夫ですか!!!』


『も、もういい、カメラはいいからすぐに魔法を頼むっ!! 撤退だっ!!!』


『分かりました。氷魔法、ホワイトフリーズ!!!!』


 そこからカメラの映像が上下左右に激しく揺れる。レスターが撮影を止め、迫り来る魔物の対処に集中した為だ。



【なんか、ヤバくね……?】

【緊張感、パねえ〜】

【マジで怪我しててちょっと引くわ】

【譲二、昇天??】

【画面揺れすぎ、気持ち悪い……】



 心配するコメントも集まる中、一旦画面が真っ暗となる。

 そしてしばらくすると再び画面の中央に譲二が現れた。右肩には痛々しい包帯が巻かれているが、それ以外は大丈夫な様子。譲二がカメラに向かって言う。



『さあ、皆さんお待たせしました! 私は、大丈夫です!! 譲二ですから!!!』


 醜態を晒したばかりなのになぜか自信満々な譲二。無事に逃げ切った安心感が彼を笑顔にする。

 譲二のフュージョンボーナスは『快足』。早く動けることができるスキルだが、彼はそれをほとんど逃亡に使っていた。


 ただ運が良いことにペアを組むレスターの魔法が強力であった。『氷魔法』、それがレスターの魔法であり、多くの魔物を凍らせ動けなくできる。そして動けなくなったところを譲二が力任せに剣で叩きつける。これがふたりの戦闘スタイル。藍の星二のボスもそうやって攻略して来た。



【譲二、復活www】

【待ってたよー】

【早く魔物倒せって】


 そしてどうでもいい言い訳じみたことをカメラの前でひとり話していた譲二は、話を終える再び剣をもってダンジョンを歩き出す。そして再度、ワーキャットに遭遇。譲二がカメラに向かって言う。



『レスター、いいか!!』


『了解』


 そしてすぐに映像が床に近付き、ダンジョンを横向きに映し出す。



【え? 何これ??】

【カメラ、床に置いたのか??】

【全部横になって草】

【お、ふたりがかりで倒すみたいだぞ!!】


 レスターは譲二に言われ、カメラを床において撮影することとなった。

 横向きで撮影される魔物の戦闘。画面の半分は床が映っているが、その向こうで譲二達が戦っている。



『氷魔法、ホワイトフリーズ』


 レスターの先手必勝。魔物をいきなり凍らせ動きを止める。


『うおおおおおっ!!!!』


 そこへ剣を持った譲二が動けなくなった魔物を剣でめった刺しにする。そして暫くすると弱点にヒットしたのか魔物が煙となって消えた。

 譲二がゼイゼイ息を吐きながら、床に置いてある小型カメラを手にして言う。



『こ、こうやって魔物の弱点をつけば簡単に倒せるぞ!! 参考になったかな?? じゃあ、またな!!!』


 そう言って後からやって来たレスターにカメラを私ながら言う。



『お、終わったぞ。レスター、こいつを切るぞ。電源ボタンはどこだ?』


 そして画面がごそごそと動いた後、真っ黒となる。



【スゲエ動画、参考にはならんかったが】

【魔法使うのが前提で草】

【猫ちゃん、可愛そう……】

【いや、可愛くてもあれは魔物。譲二の怪我見たろ?】

【でもまったく参考にはならんな】

【マジそれな】



 ダンジョン攻略室の初めてのダンジョン動画。

 内容は決して褒められるものではなかったが、ダンジョンの存在は知っていても見たことのない人達にとってはある意味衝撃的な映像となった。しかし当の譲二はその動画を見て不満をレスターにぶつける。



「おい、レスター!! 何だよ、この動画は!!」


「何だよとは、一体どういう意味で?」


 紺のミディアムヘアーのレスター。冷静にその眼鏡の奥にある目が譲二を捉える。譲二が言う。



「ああ? 何で最初の敗走シーンまで入ってるんだよ!! 要らねえだろ!?」


 譲二は自分が勝った場面だけで十分だと思っていた。レスターが言う。



「いえ、譲二。それは違います」


「何がだよ!!」


「ダンジョンで起こるすべてのことを伝えなければ意味がありません」



「すべてのこと?」


 レスターが頷いて言う。



「そうです。魔物に勝つシーンは確かに爽快で楽しいでしょう。だけどこの動画はダンジョンが如何なるものか、と言うことを皆に伝える動画。辛く苦しい場面も必ず必要なんです」


「だ、だけどな……」


 理由は分かったがやはり納得がいかない譲二。レスターが立ち上がって言う。



「皆の反響は見ましたか? 凄い反響です。これが答えでしょう。私達マーゼルにはこのような撮影機器はないので、本当に羨ましい限りです」



「そ、そうだな。真田さんも悪くないって言ってくれていたしな」


 譲二がスキンヘッドの頭を撫でながら少し笑って言う。


「そうです。自信を持ちましょう」


「分かった。じゃあまた第二弾を撮ろうな!!」



 それを聞いたレスターが苦笑して答える。


「それはまたちょっと考えましょう。他の攻略班でもいいと思いますし」


 しかしそんなレスターの気持ちは通じず、譲二は第二弾の撮影に気合を入れた。





 話は戻って現在。

 ダンジョン攻略室の室長室で、久しぶりに譲二のダンジョン攻略動画を見ていた真田が煙草の煙を吐きながら言う。



「次の配信は久須男君にお願いしようかな」


 真田は新加入したF組の次期エースにその依頼をすることを決めた。

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