24.レッスン開始!!
三井加奈には幾つもの幸運が重なった。
朝、部活に行く前だった彼女はお昼の弁当の他におやつのバナナ、そして大き目の水筒を鞄に入れていた。また飼い犬のジャムにエサをやろうとしてドックフードの袋を持ったままダンジョンに迷い込み、更に彼女を身を挺して守るその大型犬のシェパードも一緒に付いて来てくれた。
そして最も運が良かったこと。それは彼女の友達がF組の深雪であり、その深雪を通して
「ジャム、ジャム……」
ジャムのお陰でほとんど怪我もなく過ごせた加奈は、久須男の作った治療用のブルージェルの中で嬉しそうな顔をするジャムの頭を何度も撫でた。
ダンジョンの恐怖の中、必死に自分を守るジャムと一緒に、空腹と戦いながら一緒にドックフードも口にした。魔物に襲われどんどん弱って行くジャムを思い出し加奈の目から涙がこぼれる。
「はい、おかゆです。どうぞ」
そんな加奈にイリアが作りたてのおかゆを手渡す。
「ありがとうございます……」
深雪はしっかりと説明してくれないが、この『警察の人』と言う人達はとにかく不思議な人達であった。
良く分からないこの青いジェル、空中から次々と出て来る物資、尻尾が三つに分かれた犬。ダンジョンと言う異空間に戸惑っていた加奈にとって、久須男達の登場は更に頭を混乱させた。深雪が言う。
「加奈、ちょっとは落ち着いた?」
「うん、ありがとう。深雪」
深雪はそれに頷いて答える。
「良かった。あとね、私達ちょっとここから離れるから、加奈は休んでいて」
「え? ど、どこへいくの?」
「大丈夫。少ししたら戻って来るから」
そう言って深雪は久須男と赤い髪をした剣士のような女性と共に歩いて行く。久須男は自分の下でお座りをしているケロンの頭を撫で言う。
「ケロン、彼女達を頼むぞ」
「ワン!!」
ケロンはそう言って尻尾を振ると、治療している加奈とイリアの元へと走って行く。久須男が手を振ってイリアに言う。
「ちょっと行ってくるから。頼んだぞ!」
「はい! 久須男様!! お気をつけて!!」
イリアもそれに手を振って返す。久須男はマリアと深雪と共にダンジョンの通路へと消えて行く。加奈がイリアに尋ねる。
「あの、深雪達は一体どこに……」
イリアは隣にやって来たケロンを撫でながら答える。
「訓練よ」
そう微笑むイリアの言葉の意味が加奈には理解できなかった。
「じゃあ、彼女も無事救助できたんで、回復するまでの間ふたりの訓練を始めようか」
「はっ!! 光栄でございます!!」
久須男の言葉に最敬礼して答えるマリア。マーゼル王国の者にとってクス王の生まれ変わりに指導して貰えることはこの上ない喜び。深雪が尋ねる。
「久須男さん、まずは何からですか……?」
久須男が頷いて答える。
「深雪は水魔法だっけ?」
「はい」
「
「す、いへき……??」
意味が分からない深雪。マリアが説明しようとすると、久須男が先に言った。
「まあ見てて」
久須男はそう言って右手を前に差し出すと小さくつぶやく。
「水魔法、水壁」
ゴゴゴゴゴッ……
「うわぁ、凄い!!」
同時に床から湧き上がる水の壁。うっすらと向こう側も透けて見える。久須男が言う。
「マリア、ちょっと斬りかかって見て」
「はっ!」
そう答えると同時にマリアが抜刀し、水の壁に斬りかかる。
ボフッ
「うわ、凄い!!」
マリアの剣はまるで水に埋め込まれるかのようにその水壁で止まる。久須男が言う。
「水の壁。水系の攻撃以外は基本吸収する壁。水の防御魔法の基本と言っていいかな。そして水の攻撃の基礎がこれ」
そう言って再び右手を前に魔法を唱える。
「水魔法、ウォーターボム」
そう言って右手の上に水球を発生させる。それを掴んでお手玉のようにポンポンと手の上で遊ばせ言う。
「これをそのまま投げつけてもいいし、慣れればこんな感じで……」
そう言って久須男が右手を前に勢いよく突き出すと、その水球が同じ方向に向かって勢いよく飛び出す。
ドン、ドドドドドオオオオン!!!
水球はまるで小型爆弾のようになってぶつかったダンジョンの壁で爆発する。
「凄い……」
驚く深雪に久須男が言う。
「これが水魔法の攻守の基本。やって見て」
「いや、できないです!!」
深雪は今更ながら自分が水魔法の基礎以下しかできないことに気付く。久須男が言う。
「できない? エレメントが足りないのかな? じゃあ、これをあげるよ……」
久須男はそう言ってアイテムボックスから巨大な水のエレメントを取り出す。
「ええっ!? な、なにその大きなエレメント!!!!」
これにはマリアも驚いた。エレメントはマーゼル王国でも店先に並んでいたりと幾つも見てきたが、それは大きくてもせいぜいボール球ぐらい。しかし久須男が出したエレメントはゆうに人の頭を越える大きさである。
「こ、こんなのどこで拾ったんですか……」
驚く深雪に久須男が尋ねる。
「うーん、忘れたかな。もう俺には必要ないみたいだから」
もう一体何を言っているのか理解できないふたり。深雪は渡された薄く青色に光る水のエレメントを手にしてぐっと力を入れる。エレメントは使用者が自ら砕くことでその力を得ることができる。
「うーん……」
顔を真っ赤にして必死にエレメントを砕こうとする深雪だが、一向に砕ける気配がない。エレメントは自分の能力より大き過ぎるものはどれだけやっても砕くことができない。それを見たマリアが言う。
「深雪、その大きさはあなたにはまだ無理よ。残念だけど……」
「そうか、じゃあ、もうちょっと小さいのが確かあったような……」
久須男は再びアイテムボックスに手をやると、今度はボール球ほどのエレメントを取り出す。
「あったあった。これならいいだろう」
「あ、ありがとうございます!!」
深雪はもう信じられないことばかりで頭がおかしくなりそうになっていた。
エレメント自体ドロップすることは稀。深雪が偶然ドロップして手に入れたエレメントも小指の爪ほどの小ささ。ボール球ほどのエレメント。彼女にとってはこれほど大きなものを簡単にあげてしまう久須男にもう理解が追いつかなかった。
「うーん……」
しかしこれも簡単には割れない。エレメントに苦闘する深雪をそのままに、次はマリアに言う。
「さて、マリア。まずその剣を見せてくれる?」
「あ、はい!!」
マリアは久須男の名前を呼ばれ一瞬どきっとしながら腰につけた剣を手渡す。
「鋼鉄の剣、悪くはないけど随分刃こぼれが酷いな……」
ダンジョン未経験の深雪の盾となり幾つもの魔物を斬って来た剣。もはやその刀身は限界を迎えていた。久須男がアイテムボックスを開きひと振りの剣を取り出してマリアに渡す。
「マリアにはこれをあげるよ」
「えっ!?」
それは真っ白に輝く見たこともない剣。気品に溢れ、その鋭い刃は触れただけでも何でも斬ってしまいそうである。
「白銀の剣。中々の切れ味だよ」
「あ、ありがとうございます。……ううっ!!」
剣を手渡した瞬間、マリアはその白銀の剣を持ったまま床に落とす。
「く、久須男様!! この剣は、残念ですけど私にはまだ……」
マリアの基礎能力が剣に合っていない。つまり剣を持つにはまだ未熟と言う意味である。久須男が言う。
「あ、そうだったんだ。ごめんごめん。じゃあ代わりにこれをあげるよ」
そう言って今度は青白く光る剣を取り出す。マリアが言う。
「そ、それはミスリルソード!!!」
この辺りの剣ならマリアも知っている。上級冒険者が使っていた剣。下級剣士であった自分には手の届かない品である。
「いいのですか、久須男様。こんな凄いものを……」
ミスリルソードを手にしながらマリアが震えた声で言う。剣士なら一度は憧れる逸品。それをこんな簡単に人にあげるとは。久須男が答える。
「いいよ、いっぱいあるから」
「あはははっ……」
マリアはもう笑うしかなかった。ある意味話が全く噛み合わない。そんな久須男がゆっくりと後ろを振り向く。
「ちょうどいいのが来た。あれで試そうか」
久須男は通路の奥にやって来た魔物に気付き、アイテムボックスからひとつのナイフを取り出す。
「久須男様、それは一体どんなナイフで?」
きっと高名なナイフに違いない。
「これ? いやただの果物ナイフだよ。時々イリアが果物をむいてくれているやつ。便利だよ」
「えっ……」
やはり何を言っているのか分からないし、やはり話が噛み合わない。久須男が言う。
「アルミラージか。あいつは睡眠の霧を出す奴だな。なるほど、だから藍の星四か。ふたりは睡眠耐性はある?」
「な、ないです!!」
睡眠攻撃と聞きたじろぐふたり。異常状態攻撃は相手が弱くても一気に形勢逆転される可能性がある攻撃。特に気をつけなければならない。久須男が思い出す。
(ああ、だからジャムの前足が噛み痕だらけだったんだな……)
ジャムの前足だけが異様に何かの噛み痕で一杯になっていたのを不思議に思っていた久須男。それはジャム自身眠らないように自分の足を噛んで耐えていた証だった。
(本当にすげえ犬だ。頭が下がるよ……)
久須男は改めてジャムの勇気に敬意を払いながら、アイテムボックスからマスクをふたつ取り出す。
「はい。睡眠耐性のあるマスク。これを付ければ大丈夫」
それを受け取るマリアと深雪。深雪が尋ねる。
「久須男さんは要らないのですか?」
「俺? ああ、大丈夫。睡眠無効だから」
「ああ、そうなんですね。安心しました!!」
そう言って深雪は再びエレメントと格闘し始める。ただマスクをつけながらそれを聞いていたマリアは愕然とした。
(す、睡眠無効ですって!!! それは異常状態無効スキルを持っているということですか……!?)
多分自分より少し年下であろうこの若い男の子が、一体どれだけの強さを持っているのかもはやマリアには計り知れなかった。久須男が尋ねる。
「マリア、敵の弱点は見抜けるか?」
魔物の弱点。
それは魔物と戦う上で必須の攻撃方法であり、そして鑑定系スキルがないと中々できない攻撃。マリアが首を振って答える。
「いいえ、スキルがありませんので……」
スキルがない場合、偶然弱点にヒットするか、絶命するまで何度も攻撃をしなければならない。久須男がこちらに向かって来るアルミラージを見つめながら言う。
「とにかく魔物をじっと見つめろ。じっと見て見て見て、見続ければ赤いバツが見えて来る」
そう言い残すと久須男はすっとその場から消えて、瞬時にアルミラージの背後に回り込む。ウサギより少し大きな体。催眠ガスを出し、頭から生えた一本の角で相手を仕留める難敵。
久須男は素早くアルミラージの尻尾の付け根にナイフを突き立てる。
グサッ!
「キュウウウウ!!!」
アルミラージは可愛らしい声を上げて煙となって消えて行く。久須男がマリアの方に歩きながら尋ねる。
「こんな感じ。どうかな?」
「え、え、ええ……」
話は分かる。剣術学校でも習ったことがある。ただ、
(できない!! そんな簡単にできないです!!!!)
久須男の話すそのすべてが難易度が高すぎた。弱点なんて見えたことないし、あんな一瞬で敵の背後に回り込むことも不可能。
そんなことを話していると背後から深雪の泣きそうな声が響いた。
「久須男さ~ん、これも割れないです~ぅ……」
ボール球ぐらいのエレメントを持った深雪が泣きそうな顔でそうつぶやく。
マリアはそんな深雪を見て、久須男の前ではダメダメペアになってしまう自分達が面白くなってひとり小さく笑った。
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