23.守られた命。

「ねえ、あや。綾はさっきのふたり、どう思ったのかな?」


 ダンジョン攻略室を出た綾とチェルのふたり。ガムを噛みながら黙って小型端末タブレットを見つめる綾にチェルが尋ねた。



「どう? どうって別に、タイプじゃないよ。チェルは好きなの? ああいうの」


 そう言われたチェルが真っ赤な顔をして答える。


「ち、違うよ! そう言う意味じゃなくて本当にダンジョン攻略したかってことなの!」


「ん? なーんだ、そっちか。別にどうでもいい、興味ないし」


 綾はガムをくちゃくちゃ噛みながらタブレットとにらめっこする。



「そ、そうだけど、これから一緒にお仕事しなきゃいけないし……」


 イリアとは相容れない。ただマーゼルに帰る為、そして少しは世話になったこの世界の為にもチェルは自分のできる限りのことはしたいと思っている。


「お仕事ぉ? いいよ、私の仕事はこれだから」


 そう言って綾は大通りの脇にある寂れた裏口を見つめる。



(『選眼』……)


 マーゼルでも非常に重要な選別スキル。

 久須男が持つ『神眼』を頂点に幾つもの互換スキルがあり、これがあるとないとではダンジョン攻略の難易度も大きく変わる。ダンジョンの発見、ランクの判定、魔物やその弱点の発見などスキルランクが高いほどできることや精度が上がる。

 ちなみに久須男ですら最高スキル『神眼』はまだ完全には使いこなしていない。



「青の、星一かな……」


 綾は『選眼』で判定した情報をタブレットに打ち込んでいく。ダンジョン攻略と同時に出現したダンジョンの情報をアップしていくのも彼女の重要な仕事だ。



「まあ、それでもあの譲二ハゲと一緒よりはマシかな」


 綾はスキンヘッドで筋肉質の巨躯である譲二を思い出して言う。チェルも頷いて言う。


「う、うん、そうだよね。チェルもあの譲二さんちょっと怖いし……、そう思うよ」


 大人しいチェルにとって我が強い譲二はどうしても相容れない相手。仲良くやりたいと思う反面、中々まとまらないF組に心を痛めていた。



「あっ」


 そんなふたりの目に、少し離れた場所にある同じく寂れた裏口のドアを開けようとする数名の男達の姿が映る。彼らの手には綾が持っているタブレットと同じもがあり、何やら神妙な顔つきで言葉を交わしながらその中へと消えて行く。



「藍の星五、正気なの? あいつら……」


 ガムを噛みながら綾がつぶやく。F組の最高でも藍の星二。恐らく攻略組の一般班だろうが、リストに記載された高額の報奨金に目がくらんだのだろう。



「綾……」


 チェルが悲しげな眼をして綾を見つめる。綾が首を振ってそれに答える。


「死ぬよ、行ったら。とても手に負えないレベル。さ、次行くよ」


「うん……」


 チェルは裏口に消えて行った男達の方をしばらく見つめていた。






「おばさん、こんにちは!!」


 深川美雪は、訪れた幼馴染みの三井みつい加奈かなの家から出て来た彼女の母親に向かって元気に挨拶をした。母親は娘がいなくなって数日、目に見えて憔悴していた。母親が言う。


「こんにちは、深雪ちゃん。今日はどうしたの?」


「はい、加奈のことが心配で。もう一度彼女がいなくなった場所を見せてもらうことはできますか?」


 母親は一瞬辛そうな顔をする。先日もそう言ってマリアと共に彼女がいなくなった中庭を随分調べていたのだ。母親が言う。



「ありがとうね、深雪ちゃん。でもこの件はもう警察に話してあってそっちに一任しているの。だから深雪ちゃんには……」



「その警察から来ました」


 それまで黙って聞いていた久須男が先程真田から貰った身分証明書を提示する。それを見た母親が嬉しそうな顔になって言う。



「あ、ああ、そうでしたか! それは気付かずに申し訳ありません。さ、どうぞ!!」


 母親は久須男に何度も頭を下げて娘がいなくなった中庭へと案内する。母親の後を歩きながら深雪が久須男に小声で言う。



「効果抜群ですね、その手帳」


「そうだね」


 そして案内された中庭。

 それほど広くはないが芝や木々が丁寧に植えられており、壁際に大きな物置が置かれている。母親の話では朝、部活に行く前に飼っていた犬にエサをやろうとして消えてしまったそうだ。母親が言う。


「あ、あの、今お茶を入れますので」


 そう言って母親が家の中へと消えて行く。深雪が尋ねる。


「どう? 分かる??」



(『神眼』……、あそこか……)


 久須男は壁際に置かれた物置を指差さして言う。



「あの物置のドアが入り口だな。藍の星五、高レベルでなくて良かった」


 それを聞いた深雪が驚いて言う。


「あ、あそこは何度も確認したし、そんなことは……」


「藍の星五……、いや、それよりどうしてそれが分かるのですか??」


 同じく驚いていたマリアが久須男に尋ねる。それにイリアが答える。



「選別スキル『神眼』、聞いたことある?」


「『神眼』……、なんだそれは??」


 マーゼル王国でも使用者がいないレアスキル。イリアも古代文献に書かれていたので知っていたレベルだ。イリアが言う。


「神の名を冠する最上級スキルよ。これからその凄さが分かるわ」


「な、なるほど。さすが久須男様だ……」


 感銘するマリアに久須男が言う。



「さ、行こうか。友達が待っている!」


「はい!!」


 深雪がそれに大きな声で答えて、一行はダンジョンへと入って行く。




「あの、お茶が入り……、あら?」


 加奈の母親がお茶を入れて戻ってきた時には既に皆の姿は消えていた。






 薄暗い通路。湿気を帯びた空気。侵入者を拒む強い圧。

 呼吸をするだけで体力を削られるような悪臭漂うダンジョンの中、久須男達が加奈の捜索を開始する。久須男がアイテムボックスを開き中に手を入れる。



「な、なにをやってるんですか!?」


 アイテムボックスを持たない深雪が、突如空間に開いた穴を見て驚いて言う。


「アイテムボックスですよ、深雪。以前、話したでしょ」


 マリアが冷静に説明する。深雪は確かにそんな話をされたことを思い出すも、初めて見るその異様な光景に目を見開いて見つめる。そして言う。



「こんなふうにたくさん物が収納できれば、本当に便利ですね!!」


 それを聞いたマリアが笑って言う。


「深雪、アイテムボックスだって無限って訳じゃないわ。初級者で5個ほど。上級者でも30個ぐらいしか入らないのよ」


「あ、そうなんだ。それでも十分便利で……」


 それを聞いたイリアが言う。



「いえ、無限です。久須男様のアイテムボックスは無限に入ります」



「は? そ、そんな馬鹿な!? 無限に入るアイテムボックスなど聞いたことが……、え!?」


 そうこうしている内に、久須男はそのアイテムボックスからケロンを取り出す。



「クウ~ン……」


 久須男に会えて甘えだすケロン。マリアが信じられない顔で言う。



「ア、アイテムボックスから魔物だと!? そんなものが入るのか!? と言うかそれよりもその魔物、やはりケロべロスじゃないのか!!??」


 立て続けに起こる信じられない光景にマリアも驚きを隠せない。久須男が言う。



「ああ、俺の大事な相棒ケロンだ。よろしくな!」


 そう言ってケロべロスの頭を撫でる久須男。マリアが尋ねる。



「まさか、テイムしたのですか……?」


「そうです」


 イリアがそれに答える。



「し、信じられない……、あの地獄の門番と恐れられる上級魔物のケロべロスを……」


 深雪がケロンの前に腰を下ろして言う。


「この間私を守ってくれたワンちゃんだ。ねえ、触ってもいい?」


「ああ、どうぞ」


 久須男がそう答えると深雪がケロンのモフモフの体を撫で始める。



「うわー、モフモフのふかふかだ! 気持ちいい!!」


 それを頷いて見た久須男が皆に言う。



「さて、ふたりの強化は後にして、まずお友達を探すぞ」


 そう言って『神眼』を発動。



「……異物反応が、ふたつ。ん? 友達は誰かと一緒に来ているのか??」


 その言葉に驚く深雪。そしてそのまさかを考える。久須男がケロンに言う。


「ケロン、場所は分かるな? 斥候を頼む!」


「ワン!!」


 そう言うとケロンは単騎通路へと走り出す。久須男が言う。



「さ、付いて来て!!!」


「はいっ!!」


 皆もそれに応えて走り出す。





「マリア、魔物が全然いないね……」


 走りながら深雪がマリアに尋ねる。マリアが首を振ってそれに答える。



「いや、居る。ただ前を走るあのケロべロスが現れると同時にすべて狩っている」


「うそ……」


 藍の星五と言えば通常の魔物ですら倒すのに苦労するレベル。それが出現と同時に討伐しているとは。マリアと深雪は黙って久須男達の後ろについて走る。




「いた!! あそこだ!!!」


 ダンジョンを走り階段を下ったりすること暫く、久須男達はようやく異物反応がある部屋へと辿り着いた。



「グルルルルゥ……」


 その薄暗い部屋。その部屋の隅に倒れるひとりの少女。その少女の前に全身から血を流し大怪我を負った犬が立ってこちらを威嚇している。それを見た深雪が口を手で押さえて言う。



「あれは、あれはジャム!! そうか、やっぱりジャムも一緒に入っちゃったんだ……」


 ジャムとは加奈が飼っているシェパード犬のこと。茶色と黒の毛並み。大怪我を負いながらも牙を剥き出しにしてこちらを睨みつけている。久須男が言う。



「そうか、あいつが加奈のことを守ってくれたんだな」


「ジャム……」


 深雪は涙が出た。

 加奈とジャムの周りには空になった弁当箱に大きな水筒。そしてドックフードの袋が置かれている。

 朝の部活に行く前にジャムにエサをやろうとした加奈はそのままダンジョンへ迷い込んでしまったようだ。そしてあるじの危機を察したジャムも一緒にこちらに飛び込んで来たのだ。



「ジャム、ジャム……、私だよ。深雪だよ……」


 涙をボロボロ流しながら深雪がゆっくりふたりに近付く。



「グルルルル、ガウガウ!!!!!」


 ダンジョンと言う極限状態。襲い掛かる未知の魔物にたった一匹で主を守ってきたジャムは、見慣れたはずの深雪ですら思い出せないほど興奮状態にあった。



「ジャム……、私だって……」


 涙を流し膝をつく深雪の横を、ゆっくりとケロンが歩く。



「ケロン……?」


 久須男も見守る中、ケロンはジャムの攻撃範囲内まで行きじっとその目を睨みつける。



「グルルルル……」


 明らかに格上の相手。ジャムはこれまでとは全く違うその相手を前に全身恐怖に包まれる。しかし主を守りたい一心で、その敵うはずのない相手に向かって飛び掛かかった。



「ガウガウガウ!!!!!」


 傷だらけのジャム。それでも最後の力を振り絞って、強大な相手に立ち向かう。



 バン!!!


「キャン!!!!」


 尻尾。ケロンは体を少しくねらせ、三つ又の尻尾で飛び掛かってきたジャムを叩き飛ばした。



「クウ~ン……」


 部屋の壁に叩きつけられたジャムにもう戦う気力はなかった。

 これまでの相手とはやはり明らかに格が違う。そんな恐ろしい相手がゆっくりと近付いて来る。

 殺される。そう思ったジャムは、その相手が突然自分の怪我を舐め始めるの気付いた。



 ペロペロペロ……


 ケロンはジャムに敬意を示しその傷を舐めた。そして後ろからやって来る自分の主に気付くとすっと身を屈める。

 久須男は倒れて動けなくなっているジャムの傍に腰を下ろすと、その傷ついた体を撫でながら言った。



「よく頑張ったな。主人を守るためにこんなにボロボロになって」


 ジャムは混乱していた。何が起こったのか分からない。ただ、撫でられて理解した。



 ――彼らは敵じゃない



「水魔法、ヒールジェル」


 久須男の手から溢れ出す水色のジェル。それが優しくジャムを包み込む。

 久須男は再度ジャムを撫でるとゆっくりと立ち上がり、横になって意識を失っている加奈の方へと歩き出す。



「加奈、加奈ぁ!!!!」


 同時に走り寄る深雪。加奈は衰弱はしているものの、かすり傷程度で大きな怪我はない。



「加奈、加奈あああ!!!!」


 深雪に抱きかかえられ、加奈が目を覚ます。



「……え、深雪? 深雪なの??」


 深雪が何度も頷いて答える。



「そうよ、助けに来たの。助けに来たんだよ! うわああああ!!!!」


 深雪は目を覚ました加奈と抱き合って涙を流す。イリアが久須男に言う。



「久須男様、今回もやっぱり特別報酬は辞退ですか?」


 久須男が頷いて言う。



「ああ、あれに勝る報酬なんてこの世にないだろうからな」


 久須男は涙を流して抱き合う深雪と加奈を頷きながら見つめた。

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