22.初顔合わせ

「なあ、イリア……」


「はい。久須男くすお様」


 久須男がダンジョン攻略室へ向かう電車の中で、外の景色を見ながら隣に座るイリアに尋ねる。



「ダンジョンってなんで生まれたんだろうな……」


「なんでって、どうしてって意味ですか?」


「ああ」


 イリアは難しい顔をして答える。



「うーん、それはちょっと分からないですね。生まれた時にはもう身近にあったし、言ってみれば池とか雲とかと同じような存在なので……」


「こちらの世界じゃここ数年って話だぞ」


「そうですね。どうして生まれたのかは、私にも分かりません……」


「そうだな……」


 ダンジョンと共生してきたマーゼル族の人達。長い歴史で育まれて来たダンジョンに関する知識は相当なもの。

 だが久須男の世界で生まれた事には何か理由があるのだろうか。久須男は車窓に流れる雲を見つめながらぼんやりと考えた。






「もう一度聞く。深川・マリア組以外は藤堂久須男くすおからの指導は受けないということだな」


 久須男達が向かっている高層ビルにあるダンジョン攻略室。そこに集まった『攻略組』であるF組の皆に向かって室長の真田が厳しい表情で尋ねた。

 紺色で耳が隠れるほどのやや長めのミディアムの髪。知性的な眼鏡をはめたレスターが答える。



「ミスター真田。先日も申しましたが、我々は反マーゼル同盟の一員。あのマーゼル姫と共闘など本来はあり得ないこと。それでも貴殿の頼みということでこうして集まって来ている。申し訳ないがその辺りを汲んで頂きたい」


 オールバックの真田。鋭い眼光をレスターに向けて言う。


「それは分かっている。ただ現実多くのダンジョンが発生しており、我々F組ですら未だ藍までしか攻略できていない。前にも言ったが久須男君は既に黄色まで攻略している。できれば力を合わせ共闘して……」



「そんなの自己申告だろ?? そいつが嘘ついているかもしれねえじゃねえか!!!」


 レスターの融合フュージョン相手の仙石せんごく譲二じょうじが不満そうな顔で言う。

 現F組最高記録である藍の星二。その記録保持者で自分こそが最強だと自負する譲二にとって、そのような高難易度のダンジョンを攻略したと言う久須男の存在は不愉快でしかなかった。



「どうでもいいじゃん、そんなこと。嫌だって言ってるならやらなきゃいいだけの話~」


 部屋の壁にもたれ、ガムを噛みながら一ノいちのせあやが言う。金色の髪が美しい女子高生。愛用の薙刀は壁にもたれるように置かれている。綾と同じ金色の髪でボブカットの少女、チェルも続けて言う。



「そ、そうよ。無理やりはどうかと思うの。やっぱりマーゼル王族の蛮行は皆怒っている訳だし……」



 それを聞いた赤髪のマリアが首を左右に振って言う。


「お前達は本当に何も分かっていない。久須男様はな……」



コンコン……


 そこまで話した時、ドアをノックする音が室内に響く。それに気付いた真田が声を出す。


「来たようだ。さ、入って」



 ガチャ


 ダンジョン攻略室に入る久須男とイリア。

 反マーゼルの人間レスターとチェルは、その栗色の髪でロリータドレスを着た姫をギッと睨む。イリアはそんな強い視線を感じながら無表情で部屋に入る。



「お~、こりゃまた随分可愛らしい姫様じゃねえか~」


 マーゼルとはあまり関係のない譲二が部屋に入って来たイリアを見て嬉しそうな声を上げる。綾は黙って新しいF組のふたりを見つめる。真田が言う。



「改めて紹介する。我がF組に参加してくれることになった久須男君とイリアさんだ。よろしく」


 真田の紹介で皆の前に立ち久須男が頭を下げて言う。



「藤堂久須男です。みんなどうぞよろしく」


「イリアよ。よろしく……」


 イリアは相変わらず無表情のまま。自己紹介を聞いた譲二が馬鹿にしたような笑みを浮かべて久須男に言う。



「あぁ!? お前、『クズ男』って言うんか!? こりゃいい!! クズそうな顔してるからクズ男か!! ひゃはははっ!!!」



「失礼な!!!」

「控えろっ!!!」


 譲二に向かってふたりの女の子が怒鳴りつける。

 ひとりはイリア。そしてもうひとりは深雪の相棒のマリアである。イリアが信じられない表情で言う。



「なんて失礼な人でしょうか。今すぐその言葉を取り消し、ここに謝罪しなさい!!」


 同じくマリアも譲二に向かって言う。


「愚かで生きる価値もない蛮族よ。貴様と同じ空気を吸うのですら反吐が出る。本来なら死罪だぞ。その意味、理解しておるのか!!」



 それを聞いた久須男が慌ててふたりを止める。


「ま、まあ、ふたりとも……、俺は気にしてないから」


 クズ男って名前は彼が子供の頃から呼ばれてきた名前。今更青筋立てて怒るほどではない。イリアが言う。



「ダメです、久須男様!!! いいですか、久須男様は……」



「はい、そこまで。向こうの揉め事をこちらに持ち込んではならないという約束だ」


 ずっと黙って見ていた真田が皆に言う。納得できないマリアが一歩前に出て言う。



「ならぬ。これだけは言わせてくれ。ここにおられるのはマーゼルの基礎を作った英雄であり初代国王、クス王様の生まれ変わりだぞ!!」



「え、クス王様の……!?」


 意外な言葉に驚くチェル。マリアが言う。


「ああ、久須男様の強さ、そしてその名前。間違いなくクス王様の生まれ変わり。そうは思わぬか?」



「思わねえっ!! なんだ、それ!? バカじゃねえのか!!!」



 先程から苛つきながら会話を聞いていた譲二が皆に向かって大声で言う。



「こいつなんだろ? 虚偽申告して黄色のダンジョンをクリアしたってのは!? そんなふざけたことがあるかよ!! こんなクズで弱そうなガキが、どうやってこの俺より上のダンジョンを攻略できるってんだ!? ああ!?」


 譲二は目の前に現れた自分より小さな高校生が格上だということに納得がいかない。真田が言う。



「確かに黄色ダンジョン攻略の証拠はない。ただそんな嘘をついて彼に何のメリットがある? それにそれはいずれ……」



「一緒に行けば分るよ」



 マリアが無表情で言う。


「はあ!?」


 譲二が今にも飛び掛かりそうな勢いでマリアを睨みつける。



「一緒に行けば分かると言ったんだ。久須男様の強さ、お前など腰を抜かすほどだぞ」


 実際マリアでも久須男の戦いを見て腰を抜かすほど驚いた。百聞は一見に如かず、見れば分かる。譲二が笑って言う。



「けっ! 誰が一緒に行くか!! どうせ魔物が怖いって泣きわめくガキの面倒を見なきゃならねえからな!!」


「譲二、いい加減にしないか。彼を責める理由はない」


 冷静なレスターが眼鏡を光らせながら興奮した譲二をなだめる。完全に半分に分かれたF組。真田もある程度予想してはいたが、それよりもずっと向こう側の事情は根深いのだと思い知らされた。真田が言う。



「分かった。もう分かったからこれ以上揉めないで欲しい。とりあえず久須男君には深川さん達と一緒に行って貰う。他のメンバーはこれまで通り自由に潜ってくれ」


「わ、分かったよ……」


 チェルが小さな声で答える。真田が言う。



「ああ、そうだ。皆に渡す物がある」


 そう言って真田は持ってきた鞄の中から黒い手帳のようなものを皆に配る。



「それは警察の身分証明書だ。リストにある場所へいきなり行って『人探しを手伝う』と言っても怪しまれるだろう。だから皆には警察にも籍を置いて貰う」



「マジか!?」


 特別国家公務員でありながら警察の身分も得られる。少し前までただの工事業者だった譲二はその変貌に驚きを隠せない。真田が言う。



「警視庁公安部の特殊対策課だ。新設の課だぞ。まあ、名前だけだがな」


 それでも渡された警察の身分証明書にはその肩書と皆の名前が印字してある。これがあれば『ダン攻室』から渡されたリストの場所に行っても怪しまれずに済む。ちなみにリストは配布された小型端末タブレットでしか閲覧できず、常に新しいダンジョンやクリア情報などが更新される。



「ねえ、真田さ~ん。もう帰ってもいい?? 飽きてきたんだけどぉ」


 壁際に立っていた綾が金色の髪をいじりながら真田に言う。


「今日は顔合わせ、それに身分証の配布。用件は以上だ」


 それを聞いた綾がチェルに言う。



「だって。さ、行こっか。チェル」


「あ、はい……」


 綾は壁に立てかけてあった薙刀を背負うとチェルと一緒に部屋を出て行く。



「綾ちゃーん、またな!!」


 背後から譲二がデレっとした顔で手を振る。



「ふん!」


 綾は前を向いたままつまらなそうな顔でそれに応える。



「我々も行きますよ、譲二」


 沈着な表情でレスターが譲二に言う。



「ああ、分かった。行くか」


 去り行くレスターと譲二。だが冷静なレスターでさえ、最後までイリアと目を合わせることはなかった。





「最後まで無礼な奴らだ!!」


 部屋に残ったマリアが出て行った連中を思い出し怒りを露にする。イリアもそれに同調して言う。


「本当にそうだわ。それだけはあなたと意見が合うわね」


 そう言われたマリアがイリアを睨みつけて言う。



「勘違いするな、マーゼルの姫よ。私が忠誠を誓うのはクス王の生まれ変わりの久須男様だけだ。お前と馴れ合うつもりはない」


「マ、マリア……」


 客観的に物事を見るマリアがイリアに堂々と言う。空気を読めない彼女を心配して深雪が声をかける。



「仲良くしましょ、マリア。これから一緒に行動しなきゃならないんだし……」


「分かっている。久須男様に求められるならばこの身はいつでも差し出す覚悟はできている。昼でも夜でも」


 それを聞いたイリアが怒って言う。



「な、何ってるのよ!! この淫乱女が!!!」


「い、淫乱っ!? 姫とは言えなんと失礼な!!!」


 突然大声でケンカを始めるイリアとマリア。久須男が間に入ってふたりに言う。



「はいはい、もうふたりともケンカは止めろ。向こうの揉め事をこっちに持ち込んじゃいけないって約束だろ」


「「はい、久須男様……」」


 ふたりとも久須男に言われしゅんとする。



(向こうの揉めごと? 今のはどちらかと言えば久須男さんのことで言い合いをしていたような気がするんだけど……)


 争いに関係のない深雪が冷静に思う。




「それで久須男君達はこれからどうするのかね?」


 少し静かになった部屋で真田が尋ねる。


「とりあえず深雪達を鍛えなきゃいけないので、どこか救助を兼ねてダンジョンに潜ろうと思います」


「そうか。じゃあ、また結果を楽しみにしてるよ」


 真田はそう言って肩手を上げて部屋を出て行く。




「あの……」


 真田が出て行ってすぐ深雪が小さな声で久須男に言う。


「どうかした、深雪?」


 真剣な表情で深雪が久須男に言う。



「このリスト、ここにある三井みつい加奈かなって子、実は私の幼馴染みで……、この間マリアと行ったんだけどダンジョンの入り口が見つからなくって、久須男さん……、一緒に行ってくれますか?」


 久須男が深雪に尋ねる。



「不明になって何日?」


「四日です……」


 悲痛な表情を浮かべる深雪。四日と言えば生存が危ぶまれる日数。



「分かった。今から行こう」


 それを聞いた深雪の顔が笑みとなる。



「あ、ありがとうございます。久須男さん」


「久須男様、感謝申します!!!」


 マリアも先日一緒にダンジョンを探しに出掛けて見つからなかった悔しさを思い出す。



「さあ、出発だ!!」


「はい!!」


 久須男が初めて指導者として臨むダンジョン。

 そして深雪とマリアはこのあと久須男の本当の実力を目の当たりにし、その強さに心酔することとなる。

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