21.特別待遇!?

 内閣府ダンジョン攻略室の室長真田は、緊張した面持ちで間もなくやって来る人物を待った。

 場所はとある高級料亭。貸し切りで静まり返ったその部屋は、政治家や大手企業の役員などが密談にも使う場所である。



「ふう……」


 真田がテーブルに置かれた熱い茶をひとくち口にして息を吐く。

 大きな和室の部屋には著名な書道家が書いた掛け軸、値も付けられなさそうな見事な壺、そして障子の向こうからは庭園にあるししおどしの音が風情に響く。



「こちらでございます」


 そんな緊張する真田の耳に、ドアの向こうから来客を案内する声が聞こえる。



 スーッ


 障子のドアが開かれ、現れた白髪の老人に向かって立ち上がった真田が大きく頭を下げる。



「ご無沙汰しております、総理!!」


 内閣総理大臣。この国のトップに君臨する政治家。この料亭を信頼しているのか、SPも付けずにひとりで現れる。



「しばらくだね、真田君。まあ、座って」


「はい!」


 総理の言葉に真田が大きな声で返事をし着席する。

 そしてすぐに運ばれてくる懐石料理。見事な品に目を奪われつつ、人払いが終わってから真田が言う。



「お忙しい中、誠にありがとうございます」


 ダンジョン攻略室は内閣府総理直属の機関。つまり真田の直属の上司は総理大臣となる。総理が頷いて答える。



「いやいや。それで、大切な話とは何だね?」


 真田が頷き神妙な顔で言う。


「はい、実は奇妙なことが起きまして」


「奇妙なこと?」


「ええ、通常ダンジョンはその中へ潜り最奥にいるボスを討伐すると消滅します。今のところこれ以外の消滅方法は確認されていないのですが、実はある場所を中心にいつしか周りのダンジョンが消えてしまったのです」


「ダンジョンが消えた?」


 不可解な言葉に総理が首を傾げる。


「ええ。理由は分かりません。ただ我々『攻略組』以外にあのダンジョンを攻略できる者がいるとは考えにくいのも事実です」


「確か自衛隊の武器でもあまり役に立たなかったそうだね」


「はい。異世界からやって来た者と融合フュージョンすることで、ダンジョン攻略者として大きな戦力となります」


「消えた理由は分からぬか。よい、引き続き調査をしてくれ」


「かしこまりました」


 そう頭を下げる真田に総理が尋ねる。


「ちなみにだが、その異世界人にもっとたくさんフュージョンさせることはできないのか?」



 お茶を口にした総理に真田が答える。


「はい、それはできません。フュージョンと言うのは彼らでも一回しかできないそうで、何名も作り上げることは不可能なんです」


「そうだったか。じゃあもっと異世界人を探すしかないな」


「はっ。現在F組に所属する異世界人は三名。そして先日ようやく四人目の異世界人を発見しました」


「ほお、それは素晴らしい。それでフュージョンした者はいるのか?」



 真田が頷いて答える。


「はい。高校生ですが既にF組への協力をつけております。そして彼が恐らく最強の攻略者でございます」


「高校生が? 最強??」


「ええ。ダンジョンのランク付けが虹の色だと言うのは以前ご報告しましたが、うちのこれまでの最高が藍だったんです」


「うむ」


 そこまでは聞いている。総理が真田に注目して話を聞く。


「総理、彼は一体どのくらいまで攻略したと思いますか?」



 総理は頭に虹の色を思い出し、そして答える。


「緑ぐらいなのか?」


「いえ。彼は単独で黄色まで攻略しております」



「ほお……」


 総理の顔が驚きの表情と変わる。


「なぜそんなに強いんだ? 他のやつらと何が違う?」


「定かではございませんが、聞いた話では彼は向こうの世界の英雄の生まれ変わりだとか」



「英雄の生まれ変わり……」


 想像以上の話に総理が黙り込む。真田が言う。



「ええ。これからその彼に他の隊員の強化をお願いしております。我が国に蔓延るダンジョン。ひとつでも多く駆逐しなければなりません」


「うむ。国民の危機となる障害は可能な限り摘み取る。さすが真田君だ」


 総理は笑顔で真田に言う。


「勿体ないお言葉」


 謙遜する真田に総理が命じる。



「引き続きダンジョン攻略は君に一任する。何かあれば私に報告するように」


「はっ!」


「そしてその最強の攻略者と言う高校生、彼が生活しやすいようにしっかりと面倒を頼むぞ。なにせ国の宝だからな」


「無論、そのつもりです」


 真田も真剣な顔でそれに応える。



「では頂こうとするか。せっかくの料理が冷めてしまう」


 真田と総理はテーブルに置かれた懐石料理を満足そうに食べ始めた。






「こ、校長!! 彼です、彼が藤堂とうどう久須男くすおです!!!」


 深雪とマリアの剣術指南依頼を受けた久須男。マリアの怪我が完治するまではとりあえずこれまで通りソロでダンジョンに潜っている。ただ違うのは真田から渡されたとあるリスト。それを思うと少しだけ憂鬱になる。



「と、藤堂君。おはよう!」


 考え事をしながら歩いていた久須男に声が掛けられる。顔を上げるとそこには校長と教頭が立ってにこにこしている。


「あ、校長先生。おはようございます」


 久須男が簡単に挨拶をする。普段話したこともない相手。久須男が少し戸惑う。



「と、藤堂君。何か学校生活で困ったことはないかね??」


「困ったこと……?」


 突然の質問に久須男が首を傾げる。少し前までこの名前で苛められていたが、由美子や中澤が味方に付いてくれて今では楽しい学校生活が送れている。

 ただダンジョン攻略と授業の両立は難しい。何も言わない久須男に、校長が察したのか先にそれを言う。



「ああ、もし国の仕事で学校を抜けることは一向にかまわないから。きちんと単位も付けるし卒業も何も問題なし!」


「あ、ああ、そうですか。ありがとうございます……」


 予想外の言葉に戸惑う久須男。校長が続ける。



「だ、だからね、藤堂君。もし国の人達に学校について聞かれたら、その、まあいいように言っておいて欲しいんだ」


「あ、はい。分かりました」


 真田か他の政府の人間か知らないが、学校に接触したのだなと久須男は思った。とは言え学校を気にせずダンジョン攻略を行えるのは助かる。



「あ、でもテストとかは……」


「テスト? ああ、そんなもん全て百点でいい。な、教頭」


「む、無論でございます」


 無茶苦茶だなと久須男が苦笑する。



「ありがとうございます。これで仕事に集中できます!」


「ああ、頑張って」


 最後はなぜか校長としっかり握手をしてその場を離れた。





「藤堂君ーーーーっ」


 校長と別れて校舎に入った久須男に後ろから声が掛かる。



「あ、仲村さん!」


 仲村由美子、同じクラスで以前ダンジョンに迷い込んで助けた女の子だ。長い黒髪に凛とした眼鏡。いつもの由美子の姿を見て久須男はなぜかほっとする。由美子がちょっと驚いた顔で久須男に言う。



「ねえ、ねえ、さっき校長先生と何か話してたでしょ? どうしたの??」


「え、見てたの??」



「ああ、見てたぞ。久須男!!」


 そこへ後ろから同じくクラスメートの中澤がやって来て声を掛ける。



「ああ、おはよう。中澤君」


「よお、久須男」


 由美子が再び久須男に尋ねる。



「それで何かあったの??」


 久須男が少し考えてから小声で答える。



「うーん、多分ダンジョンのことで政府から学校に連絡が入ったみたい」


「政府から連絡が?」


 驚く由美子に久須男が言う。



「うん、仕事がある時は授業は来なくていいんだって。それでテストも卒業も保証するって言ってた」


「マジか。すげえなあ、お前」


「うーん、学校のこと気にせずにダンジョンに行けるのは助かるんだけど……」


「どうかしたんか?」


 口籠る久須男に中澤が尋ねる。



「うん、政府から指示されたリストってのがあるだけどこれがね……」


 困った顔をする久須男に今度は由美子が尋ねる。


「リストがどうかしたの?」


「うん、ダンジョンに消えたと思われる人が書いてあるんだけど、その横に救助できた際の特別ボーナスの金額が書かれているんだ……」


「特別ボーナス? まあ、いいじゃねえか、久須男だって命張ってやってるわけだし」


 死と隣り合わせのダンジョン。その恐ろしさを知ったふたりだからそれにも納得する。


「うん。だけど凄く有名な人、政治家とかの名前もあってその人達だとびっくりするほど高額になるんだ」


「なるほど……」


 要はお金で救助の優先順を上げて欲しいとのことだ。久須男が言う。



「うちの室長もそう言った人から助けて欲しいと思っているようだけど、俺はあまりそう言う気持ちにはなれなくて」


「と言うと?」


 中澤の問いに久須男が答える。



「だってお金があるかないかに関わらず、命の価値って同じはず。だったら俺は不明期間が長い人から救助したい」


「その選択は藤堂君に一任されているの?」


 不安そうな顔で由美子が尋ねる。



「ああ、どれを選ぶかは俺の自由」


「だったらいいじゃない。藤堂君の好きなようにやればいいと思うよ。その考え、私も賛成するわ」


 笑顔で話す由美子。それを見て久須男も笑顔になって頷く。


「そうだよね。やっぱりそうだよね。良かった、話を聞いて貰えて」


 中澤が久須男の肩に手を回して言う。



「俺達はお前の友人。大したことはできないが、相談ぐらいだったいつでも乗るぜ!!」


「ああ、ありがとう!!」


 久須男はいつしか学校が自分にとってかけがえのない場所になっていることに気付いた。






「ただいまー」


 授業を終え家に帰って来た久須男をイリアが迎える。


「おかえりなさい、久須男様。……くんくんくん」


「うわっ、何やってるんだよ!? イリア!!」


 イリアは帰って来た久須男の体に顔を近づけ匂いを嗅ぐ。



「……仲村由美子の匂いがする」


「はあ!?」


 イリアは胸元が大きく出たロリータドレスを着て、栗色の髪をかき上げちょっとむっとした顔で言う。



「浮気はダメです。久須男様」


「いや、俺は別に浮気とか……」


 首を振って否定する久須男。イリアがやって来たケロンに命じる。



「ケロン、久須男様から仲村由美子の匂いがするかどうかちゃんと確かめて」


「クウ~ン……」


 主の意思に反したことを命じられ困るケロン。



「だからケロンは犬じゃないって!! 何もしていないってば!!」


「本当ですか?」


「本当」


 イリアはうるうるとした目で久須男を見つめる。



「分かりましたわ。愛する久須男様のお言葉、信用しましょう」



(やれやれ……)


 久須男はとりあえず怒りの矛を下ろしてくれたイリアにほっとする。



「それで今日はお出掛けでしょうか?」


 久須男が頷いて答える。



「ああ、マリアの怪我が治ったそうだからこれから『ダン攻室』へ行く」


「そうですか」


「そこで待っているらしい」


「真田さんですか?」



「ああ、それから他のF組のメンバーも」


 それはF組に所属する全員が初めて顔を合わせるということ。同時にイリアを追ってやって来た反マーゼル同盟の連中との顔合わせも意味する。



「大丈夫。俺がいるから」


「はい!」


 不安だったイリア。

 だけど久須男のその顔を見てそんな不安は一瞬で吹き飛んでしまった。

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