20.久須男、指導者となる!?

「あん、久須男くすお様ぁ、待って下さ~い!!」


 深雪とマリアを救出してからすぐ、久須男はイリアを連れて妹のこずえが入院する病院を訪れた。イリアが現れてから半年以上、忙しくてまったくお見舞いに来られていなかった。

 病院に到着したイリアがその大きな病棟を見上げて言う。



「すごく大きくて立派な建物ですね」


「ああ、ずっと入院している。父さんと母さんの負担も相当なもんだよ」


 父と母にはすべて話をした。

 異世界のこと、ダンジョンのこと、そしてイリアのこと。

 政府から真田がやって来たことである程度の覚悟をしていた両親は、黙って久須男の話を聞いた。命に関わる危ない仕事に最初は難しい顔をしていた両親だったが、こずえの入院費が十分払えること、そして久須男の固い決意を前に最終的には了承してくれた。



(俺がどんどんダンジョンを攻略して母さん達の手助けをする。こずえも助ける!!)


 久須男の目的ははっきりしていた。そして隣にいるイリアを見て思う。



(いつか彼女の国にも行かなきゃな……)


 いつかマーゼル王国への行き方を探し彼女を連れて帰る。途方もない目的だが久須男の決意は固かった。




「こずえ~!」


 病院の高層階、眺めの良い部屋に久須男の妹のこずえは入院していた。


「お兄ちゃん!!」


 スマホで連絡をしてはあったが、やはり大好きな兄のお見舞いにこずえが満面の笑みを浮かべる。艶のある黒髪はおさげに纏められ、普段しない化粧も薄くされている。その目的はひとつ。



「は、初めまして。イリアです」


 緊張した面持ちのイリアがこずえに頭を下げる。兄が連れてくる初めての女性。こずえはずっとこの面会を楽しみに待っていた。

 一方のイリアもクス王の生まれ変わりである久須男の妹に粗相があってはならないと気を引き締める。イリアを見たこずえが驚いた声を上げる。



「うわ~、お兄ちゃんの、めっちゃ綺麗な人じゃん!!!」



「え? 彼女……!?」


 それを聞いたイリアが喜びを爆発させる。



「まあ、彼女ですって!? 嬉しいわ!! 将来は妻になるんですけどね!!」


「おい、イリア!! 勝手なこと言うなよ!!」


 そう注意する久須男を見てこずえが笑って言う。



「でも嬉しいな。あのお兄ちゃんが女の人を連れて来るなんてね」


「う、うるさいって。訳ありなんだよ、こいつは」


「訳? なになに??」


 ベッドに座ったままのこずえが興味深そうに尋ねる。久須男が病室にあった椅子に座り、真面目な顔で話し始める。



「あのな、こずえ。驚かないで聞いてくれ……」


 両親同様、久須男はこずえにも包み隠さず話をした。

 最初は笑顔で聞いていたこずえも、最後には話の深刻さに黙って頷くだけとなった。一通り説明を聞いた後、こずえがイリアに尋ねる。



「じゃあ、イリアさんも本当にこの世界の人じゃないんだ」


「はい、マーゼル王国の姫ですよ」



「お姫様……、すごい! ねえ、お兄ちゃん、私もそこに行ってみたい!!」


「は? こずえ、何を言って……」


 こずえが目を輝かせて言う。



「だってお城のお姫様なんでしょ!? 女の子なら誰でも憧れるもんだよ!! 行きたい、行きたい、行きたいよ!!」


「ば、馬鹿言うなよ。そもそも……」


 そう言いかけた久須男より先にイリアが答える。



「いいわ。こずえちゃんも一緒に行こ」


「え!! いいんですか!?」


「もちろん。久須男様の妹ですもん。ね、いいでしょ、久須男様??」


 話を振られた久須男がため息をついて答える。



「はあ、まずは向こうへの行き方を探さなきゃな。それからこずえ、お前の病気も治さなきゃならないぞ!」


「うん、分かってる。お兄ちゃんが頑張ってくれるんだもん、私も絶対頑張る!!」


 こずえは危険な仕事を引き受けてくれた久須男に感謝しつつ、絶対に病気に負けないと改めて心に誓う。久須男があることを思い出してこずえに言う。



「あ、そうだ。こずえ」


「なに?」


「お前確か犬を飼いたいって昔言ってたよな?」


「うん、そうだよ。まさか犬を飼ったの!?」


 少し期待したこずえが久須男に尋ねる。



「あ、いや、そう言う訳じゃないんだが、イヌっぽいのならいるからと思って」


「イヌっぽいの!?」


 意味が分からないこずえ。久須男は病室に発現させたアイテムボックスから、幼体のケルベロスであるケロンを取り出す。



「クウ~ン……」



「え、ええ!? なに、なになになに、これ!!??」


 突然のことに驚くこずえ。しかしそれ以上に久須男に抱かれた尻尾の三本ある可愛らしい生き物を見て声を上げる。



「やだ~!! 可愛いっ!! ほんとに可愛い!!!!」


 喜ぶこずえに久須男がケロンを手渡す。



「クウ~ン……」


 もちろんケロンの体毛は最上級のモフモフバージョン。主である久須男と同じ香りのするこずえに対して無防備に甘え始める。



「可愛い、可愛い可愛いっ!! モフモフで、やだー!!! 気持ちいい~!!!」


 こずえはケロンに顔を埋めてそのフカフカな毛を堪能する。



(上級魔物、地獄の門番ケルベロスなんだけどね……、一応……)


 イリアは幼体とは言えあのケロべロスをまるで飼い犬のように扱う藤堂兄弟に思わず苦笑した。






「目覚めた? マリア……」


「うっ、うーん……」


 マリアは深雪の声を聞きゆっくりと目を開ける。



「ここはどこ?」


「病院。三日間ずっと眠っていたのよ、あなた」


「み、三日も!?」


 驚くマリア。そして同時に思い出されるダンジョンの記憶。



「わ、私は確か……、ああ、深雪。無事だったんだな!! 良かった……」


 安堵の表情を浮かべるマリアに深雪が言う。


「覚えてる? 助けて貰ったの、久須男さん達に」



「……ああ」


 忘れろと言われても忘れられない。

 あの衝撃的な戦い。深雪とふたり絶望する中、あの男はまるで赤子をひねるかのように凶悪な魔物を倒していった。夢、そうまるで夢のような光景であった。深雪が言う。



「真田さんからね、新しい指令が出たの」


「新しい指令? まだ動けないのにどうやって……」


 むっとするマリアに深雪が言う。



「もちろん体が回復してからでいいわ。それでその指令の内容ってのがね」


 いつもと違う口調に気付いたマリアが深雪を見つめる。



「久須男さん達から戦闘訓練を受けろってこと。つまり従事するって意味ね」



「は? 今、なんて言った!?」


 突然の言葉にマリアが驚いて尋ね返す。深雪が言う。



「つまり私達F組の強化をもっとするって意味。私達って一般の攻略組より多少腕は立つかもしれないけど、それでもまだ藍で苦戦しているのが現状。知ってる? 久須男さん達がどのクラスで戦ってるか?」


「いや……、青、いや、緑とか……」


 深雪が首を振って答える。



「ううん。黄色だって。黄色の星四。信じられる?」


「き、黄色だって!? ば、馬鹿な……、黄色にソロで潜っているって言うのか!!」


「そうよ」


 マーゼルの人間だから分かるそのすごさ。マリアがしばらく唖然とする。



「真田さんの目的は私達F組の強化。恐らくこの世界でトップを走る久須男さんから指導を受けて欲しいってことだと思うよ」


「分かる。その意図は私でも分かる。ただ……」


 反マーゼル同盟に参加していたマリア。それを思えば敵であるイリアに与する久須男と繋がることはやはり感情的に納得できない。深雪が言う。



「マリアの気持ちも分かるよ。でも、私思ったんだ」


「なにを?」


「うん、あの久須男さんって人とってもいい人だし、それにマーゼルのお姫様、彼女もきっと悪い人じゃないと思うんだ」


「な、何を根拠に!!!」


 マリアが赤い髪同様、顔を赤くして言う。深雪が答える。


「根拠なんてないよ。ただそう感じたの。それに真田さん達と約束でしょ? ここでは向こうの揉め事は持ち込まないって」


「し、しかしだな……」


 やはり納得できないマリアがひとり難しい顔をする。



「とにかく一度ちゃんと話してみて。もうすぐから」


「え? 来る……!?」


 深雪の言葉を口にしたと同時に、病室のドアがノックされる。



 コンコン!!


「おーい、深雪。いるか??」


「あ、はい!!」


 それに応えるように深雪が立ち上がってドアへと駆けて行く。



「お、おい、まさか来たのか!? ここへ!!??」


 深雪はマリアの方を見てにこっと笑ってからドアを開ける。



「よお、悪いな遅くなって」


「いえ、ちょうどいいタイミングでした。今、目覚めたんです」


 そう言って深雪が久須男達を部屋へと招き入れる。



(マーゼルの姫、イリア……)


 マリアは久須男と一緒に現れた敵であるイリアを睨みつける。久須男がマリアに言う。



「そうか、それは良かった!」


「……」


 喜ぶ久須男とは対照的に無言のマリア。久須男が尋ねる。



「話は聞いてるな、真田さんから?」


「何の話だ?」


「これから行動を共にするって話だ」


「今、聞いたばかりだ」


 久須男が頷いて言う。



「俺もひとりでも多く強いダンジョン攻略者が欲しいと思ってる」


「……」


「ふたりが望むなら俺はきちんと指導する。後はお前だけだ」


 マリアが深雪に尋ねる。



「私だけって、深雪。お前は受けるのか?」


「うん、私はそのつもりだよ」


「……」


 眠っている間に何があったか知らないが、深雪はもう久須男達に従事することを受け入れたようだ。マリアが尋ねる。



「なぜ私達なんだ? ほかのF組の連中は?」



「みんな断ったんだって」


「……そうか」


 憎きマーゼル王族と行動を共にし教えを乞うなど、考えただけでも反吐が出る。マリアが言う。


「その気持ちは分かる。私だってに……」



「口を慎みなさい、無礼ですぞ!!!」



 そこまでマリアが話した時、イリアが大きな声でマリアに言う。


「無礼? ふん!! 一体何を言って……」


「あなたはここに居る久須男様の名前を聞いて何も感じないのですか?」


 意外な問いかけにマリアが一瞬考える。



「なに? 久須男、クスオ、クスオ……、えっ!? ま、まさか、クス王様……!?」


 マリアの顔が青ざめる。イリアが言う。



「そう、ようやく気付きましたか。私のことはどのように言っても構いません。ただここにおられる久須男様はあの英雄クス王の生まれ変わり。彼に対する侮辱は絶対に許されません!!」


「クス王……、確かに、伝説の英雄クス王様ならあの強さも納得できる……」


 マーゼル国民にとって国の礎を築いた初代クス王は、今なお大きな支持を集め崇拝の対象とされている。姫の為でなく、国を救うクス王の為とあれば自分の様な雑兵の思いなどどうでもいい。

 マリアは横になっていたベッドから床に降り、片膝をついて頭を下げて言う。



「大変失礼しました。クス王様。これまでの非礼、何卒お許しください」


「お、おい……」


 久須男も全くの予想外の展開に戸惑う。マリアが言う。



「願わくば、この私も王と共に出陣し、武芸の指導を賜りたく思います!! 無礼は重々承知の上!! 何ぞとお頼み申し上げます!!!」


「い、いや、だから俺は最初からそのつもりで……」



 戸惑う久須男が隣で苦笑するイリアに小声で言う。


「お、おい! 俺はそのクス王ってのとは関係ないって言ったろ!!」


「そんなことございません。クス王様っ」


 イリアはそう言って笑いを堪える。それを見ていた深雪がマリアに言う。



「良かったね、マリア。じゃあこれから久須男さんから指導を受けるんだね!!」


「ああ、深雪。マーゼルに生きる者としてこれほどの幸せはないぞ!!」


 マリアが涙を流して喜ぶ。うんうんと頷きながら深雪がマリアに言う。



「ねえ、マリア。その前に久須男さんにちゃんとしなければならないことがあるでしょ?」


「しなければならないこと……、あ、ああ、分かってる!!」


 そう言うとマリアは真っ赤な髪同様に顔を赤らめて久須男に言う。



「こ、今宵のは、この不祥マリアにお申し付け頂きたい。よ、よろしくお願い致します!!」



「は?」

「へ?」


「はあああ!?」


 マリア以外の全員が驚いて彼女を見つめる。深雪が顔を赤くして言う。



「な、なに言ってるの、マリア!! 違うでしょ! お礼よ、お礼!!! 助けて貰ってまだお礼言ってないでしょ!!!」


「ん、お礼? ああ、そうであった。ではそのお礼も今宵の夜伽の際にサービスで……」



「な、なに言ってるのよ!! マリア、しっかりしてよ!!!」



(夜伽、夜伽、夜伽……)


 目の前の赤髪の美女との夜伽を想像し目の焦点が合わなくなる久須男。同時に感じる背後の殺気。



「久須男様……、浮気は許しませんよ!!」


 久須男は背後で嫉妬の炎をメラメラと燃やすイリアを見て、一瞬でそのいかがわしい妄想も一緒に焼け消えた。

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