19.救助

 深雪とマリアに逃げられてしまった久須男くすお達。彼女らを探して再び歩き出した久須男がイリアに尋ねる。


「なあ、イリア。ゴーンって言うのはお前の兄なのか?」


「……はい」


 その名前を聞いた途端、イリアの表情が曇る。



「あまり話したくないとか?」


「あの、ゴーン兄様は私の兄なのですが、お父様が次期国王の継承権を私に指名したことで、お兄様はお怒りになり……、もう何年もお会いしておりませんでした……」


「なるほど。分かった、もういいよ」


「はい……」


 久須男はイリアの辛そうな顔を見てそれ以上この話をするのは良そうと思った。誰にだってある家族の辛い話。いつかイリアが話したくなった時に聞けばいい。



(お父様……)


 イリアはクーデター後、音信不通となってしまっている父のことを思い胸を痛める。




「ワン!!」


 その時、斥候を兼ねて少し前を歩いていたケロンが、通路の奥の方に何かを感じ小さく吠える。やがて奥の方から無数のリザードマンが出現。ケロンが久須男の元へと戻って来る。


「ありがと、ケロン」


 探知感覚にも優れたケロンと行動を共にすることで、久須男達は余裕をもってダンジョン攻略を行うことができた。何をやらせても一流。それこそが上級魔物たる所以である。



「グギュガアアア!!!」


 久須男達に気付いたリザードマン達が奇声を上げて迫って来る。久須男は右手を軽く上げて魔法を唱える。



ばく魔法まほう、リフレクトボム」


 久須男の手に小さな火球が現れ、ゆらゆらとリザードマン達に向かって飛んでいく。



 ボン!! ボボボボボボッ、ボン!!!!


 そしてそれが最初の一体に接触すると鈍い音を立てて爆発。飛び散った火花が更に誘発するように次々と小爆発を起こす。



「ギャアアゴアアアア!!!!!」


 リザードマン達は成す術なくあっという間に煙となって消えて行った。それを後ろで見ていたイリアが思う。



(爆の魔法なんて聞いたことがありません。もう久須男様はマーゼルの常識でも計り知れないお方となったようですね……)


 想像の更に上を行く久須男の成長。それはマーゼル出身のイリアをもってしてでも驚きでしかなかった。久須男が言う。



「とにかく早くふたりを探そう」


「はい!」

「ワン!!」


 イリアとケロンはそれに頷いて答えた。






「出口、見つからないね。マリア……」


 深雪は探せど探せど見つからないダンジョンの出口を思いため息をつく。薄暗いダンジョン。未熟な侵入者をいつでも殺すと言う圧が常に充満している。


「辛抱強く探せば必ず見つかります。諦めないで!!」


「うん……」


 深雪は少しずつ後悔していた。

 先に現れた久須男とか言うダンジョン攻略者。自分達のことを『F組』と呼ぶ以上、きっと正式なダンジョン攻略組であろう。

 もちろん極悪姫に協力することは望まないが、この絶望的な状況を考えると、ああして見殺しにするよりも一緒に脱出法を考えた方が良かったのではないかと思う。



「深雪、前……」


 そんなことを考えながら歩いていた深雪は、マリアの小さな声に気付いて前方を見つめる。



「リ、リザードマン……」


 少し前の通路に現れたリザードマンの群れ。既に数体はこちらに気付いて細長い舌を出して威嚇している。マリアが言う。



「後ろにも、数体……」


(え!?)


 そして歩いて来た通路にもいつの間にか数体リザードマンが現れている。



「は、挟まれたの!?」


 動揺する深雪にマリアが冷静に答える。



「ああ、挟撃だ。でも落ち着け、深雪。後方のリザードマンの数が少ない。ふたりで一斉攻撃を仕掛けて怯んだところを一気に駆け抜ける」


「で、でも……」


 それはリザードマンのすぐ横を走り抜けると言う意味。震える深雪にマリアが言う。



「ここで挟み撃ちにされれば間違いなく死ぬ。少しでも生存確率の高い方に賭ける」


「わ、分かったわ……」


 深雪はマリアを信じた。

 フュージョンしてほんの少し鍛えはしたものの、元々普通の女子高生。マーゼル王国で下級ながらも剣士であったマリアの状況判断はやはり頼りになる。



「水魔法の一番強いやつをぶっ放せ。怯んだ隙に私が斬りかかる。その隙に全力で駆けろ。いいな?」


「うん……」


 怖かった。でもやらねば死ぬ。深雪が小さな木の杖を持って魔法を唱える。



「水魔法、ウォーターフォール!!!」



 深雪の詠唱と共にリザードマン達の頭上に現れる水の塊。それが一気に強い勢いで頭上より降り注ぐ。剣を抜いたマリアが一気に距離を詰める。



「はあああ!!!」


 ガンガン!!!!


 深雪の魔法に一瞬怯んだリザードマン達がマリアの剣をそのまま受ける。



「今だあああ!! 走れええええ!!!!」


 マリアの掛け声と同時に深雪が全力で駆け出す。



(怖い怖い怖い怖い!!!!)


 自分の放った水魔法の余韻が残る中、無我夢中でリザードマン達の横を駆け抜ける深雪。幸い後方にいたリザードマン達はわずか数体。

 その横を無事駆け抜けたところで深雪が振り返ってマリアに言う。



「や、やったわ!! マリア、早く……、えっ!?」


 無事逃げきれそうだった深雪。

 しかし振り返った光景を見て全身の力が抜けて行った。



「マ、マリアああああ!!!!」



 一緒に駆け抜けてきているものだと思っていたマリアが、リザードマン達の前でうつ伏せに倒れている。彼らの手には大きな木の棍棒。それを振り上げてはマリアを何度も殴りつけている。



「マリアマリア、マリア!!! うわあああ、ウォーターショット!!!!」


 混乱した深雪が出鱈目に水魔法を放つ。



 シュンシュンシュン……


 しかしきちんと集中すらしなかったその魔法は、まるで子供の水鉄砲のようにリザードマンに当たり消えて行く。



 ドフッ!!!


「ぎゃああ!!!」


 その間にも横たわったマリを棍棒で殴りつけるリザードマン。



「マリア、マリア……」


 深雪は目の前で起こる恐ろしい光景に恐怖し体が動かない。声を出すだけで精一杯でもう魔法を放つ気力も失せていた。



「逃げろ……、深雪……」


 辛うじて頭だけ上げ深雪を見つめながらマリアが言う。



「いや、いや、マリア……」


 もう深雪は立っていることすらできずその場に膝をつくように崩れる。

 リザードマンの一体が深雪に気付き歩み寄って来る。マリアを殴っていたリザードマンが彼女の首を掴んで持ち上げ、もう一体が腰につけていた剣を抜き構えた。深雪が涙を流しながら言う。



「うそ、こんなのうそ。嫌だ、マリア、マリア……」


 深緑のリザードマン。近くで見れば見るほど気持ち悪く、そして恐ろしい。深雪の目の前までやって来たリザードマンが奇声を上げながら腕を振り上げる。



(死ぬんだ、私……)


 深雪は涙目でぼんやり目の前のリザードマンを見つめた。不思議と諦めがついていた。人は死ぬ時ってこんな感じなんだと思った。




(……あれ)


 不思議なことに目の前で腕を振り上げたリザードマンが、そのまま全く動かない。

 いや、動かないどころか煙となって消えて行く。



(なにこれ、夢……?)


 そしてリザードマンが消え去った後ろに、ひとりの少年の影が見えた。



(『神速』!!)


 そしてその影は一瞬でその場から消え、それと同時にマリアの首を掴んでいたリザードマン達も煙となって消えた。混乱する深雪。しかしその目にはっきりとその少年の姿が映った。



「あれは、さっきの人……」


 先程、リザードマンの群れに置いて来たF組の男。絶対死んだと思っていた男が表情ひとつ変えずに倒れたマリアの傍に立つ。




「あなたは怪我はないようですね」


「え?」


 そんな深雪に後ろから声が掛かる。振り向いた彼女がその声の主に言う。



「あ、あなたは確かマーゼルの姫の……」


「イリアです。歩けるようならば自分で歩いてください」


「あ、あの……」


 地面に座り込んだ深雪は恐怖で足が震えまともに歩けない。イリアが言う。



「仕方ないですね。肩を貸します。さあ、つかまって」


「あ、ありがとうございます……」


 深雪はイリアの肩につかまりゆっくりと歩き出す。彼女の周りにはケロンが護衛するように一緒に歩く。




「久須男様、そちらの女性はどうですか?」


 横たわったマリアの傍に腰を下ろした久須男が難しい表情となる。


「うーん……」


 唸る久須男。やって来た深雪が涙声で言う。


「マリア、マリア……、ごめんなさい……」


 マリアは全身を棍棒で殴られ、腕や足がおかしな方向へ曲がっている。意識はあるものの放って置けば死に至るのは時間の問題。イリアが尋ねる。



「治せそうですか?」


「ああ、多分問題ない」


 そう言い放った久須男の顔を見て、深雪は再び涙が溢れる。



「お願いです、助けて下さい。マリアを、マリアを……」


 もう相手が誰でも良かった。

 大切な友人であるマリアの命が助かるのならばどんなことだってする。深雪の声ににっこりと笑って応えた久須男が彼女に手を当てて小声で言う。



「水魔法、ヒールジェル」



(え? 水魔法!? ヒールジェル……??)


 同じ水魔法の使い手である深雪も全く聞いたことがない魔法。何が起こっているのか。そしてその魔法を見て深雪が呆然とする。



「な、なにこれ……」


 全身重傷を負ったマリアの体が、久須男の魔法と同時に発生した青色のジェルで包み込まれていく。そして痛みに苦しんでいたマリアの表情も、安らぎの顔へと変わり始める。久須男が言う。



「怪我が酷いんで数十分は掛かるかな。治療が終わったらボス倒して帰ろう」



(え?)


 何を言っているのか深雪には理解できなかった。

 これほどの大怪我、数十分で治せるはずはない。それに簡単に『ボスを倒して帰ろう』と言うその意味。そのすべてが深雪を混乱させた。




「ゴゴオオオオオオオオ!!!!!!」



「あっ」


 そんな一行の耳に、これまでより更に大きく邪を含んだ叫び声が響く。深雪がその声の方へ振り返ってみると、これまでの倍以上もある巨大なリザードマンがこちらに向かって歩いて来ていた。



「なに、あれ……?」


 これまでのリザードマンがまるで雑魚にすら見えるほどの圧迫感。現れただけで戦意喪失するような風貌。大剣を担ぎ、侵入者である自分達をどうやって殺そうか楽しそうに考えているようにすら見える。意識を取り戻したマリアが言う。



「逃げて、深雪、早く逃げて……」


 マリア自身も自分に何が起きているのか分からなかった。初めて経験するブルージェルの治療。それでも目の前に迫る絶望的な光景に、深雪だけでもどうしても逃げて欲しいと思った。



「リザードキング? やった、ボスだ! 探す手間が省けた」



「……」


 深雪とマリアは、そばに腰を下ろすこの男の言っている意味が分からなかった。



(ボス? ボスなんでしょ!? 絶望的じゃないの……、なのにどうしてこの男はこんなに喜んで……)


 大怪我で動けないマリア。恐怖で立つことすらままならない深雪。

 そんな最悪の状態で遭遇したダンジョンのボス。これまでのリザードマン達が可愛くすら見える相手。なのに、



(なのに、何を言っているの? この人……)


 ふたりはゆっくりと立ち上がる久須男を見つめる。そして気付いた。



(え? 武器って、あれだったの!!??)


 久須男が手にしていた武器はまるで果物ナイフぐらいの小さなもの。何をするのか知らないが、あれでリザードマンやあのボスに立ち向かうのか。久須男が言う。



「ケロン、みんなを頼むぞ」


「ワン!!」


 久須男の命を受け、ケロンが深雪達の前にまるで護衛するように立つ。深雪が思う。



(確かこのワンちゃん、ケルベロスとか言う魔物。魔物なのにどうしてこんなに安心感を感じるの……?)


 上級魔物というケルベロス。本来なら逃げるべき対象なのだが、彼が近くに居るだけで不思議と安らぎを感じる。



「ちょっと待っててな」


 久須男はそう言って皆ににっこり笑うと、姿を消した。



(え!?)


 次の瞬間、久須男はリザードキングの顔の前に姿を現わし、持っていたナイフをその額に突き刺した。



「ギュアアアガアアア!!!!」


 断末魔の叫び声と共に煙となって消えるリザードキング。弱点を見ぬいた久須男が一撃でボスを仕留める。地面に降りた久須男がゆっくりとこちらへ戻って来る。深雪とマリアが思う。



(なに、この人。物凄く……強い……)


 救助に来たと言うのは本当だった。

 そしてふたりを『助かるんだ』という希望が包み込む。深雪が薄れゆく意識の中で思う。



(ごめんなさい、本当にごめんなさい。……そして、ありがとう……)


 ふたりは白い光に包まれて眠るように意識を失った。

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