第三章「ダンジョン攻略指導者」

18.色違いのダンジョン

 首都に聳え立つ天を貫くかのような高層ビル。その見晴らしの良いフロアに内閣府ダンジョン攻略室、通常『ダン攻室』が設置されている。


 室長の真田行實ゆきざねをトップに『攻略組』と呼ばれるダンジョン専門の攻略班があり、全国から集められた選りすぐりの戦闘のプロが在籍している。

 そんな『攻略班』の中でも際立って特殊なのがフュージョン組と呼ばれるF組。この世界の武器ではなかなかダメージを与えられない魔物に対し、F組はマーゼル王国からやって来た異世界人とこの世界の適合者がフュージョンして結成された特殊班。現在、藍の星二までのダンジョンを攻略している。




譲二じょうじ、聞きましたか? ミスター真田が新たなフュージョン適合者との接触に向かったとのこと」


 紺色の長髪で眼鏡をかけた男が言う。譲二と呼ばれた筋肉隆々でスキンヘッドの巨漢が、高層ビルの窓から見える景色を見下ろしながら答える。



「それってお前らが捜している姫様って奴のことか、レスター?」


「分からないですね。ただその確率は非常に大きいと思われます」


 タンクトップを着た譲二が太い腕を組みながら尋ねる。



「そいつもフュージョン済みってことなんだな?」


「恐らく」


「一度お会いしてみたいものだな。その極悪非道って言うさん達に」


 譲二が不気味に笑う。眼鏡に手をやりレスターが冷静に言う。



「この世界で姫とのトラブルはご法度です。我々の立場が危うくなる」


 こちらの世界ではほとんど力を持たない反マーゼル同盟。今、問題を起こし真田達からの協力を失えば路頭に迷うことになりかねない。譲二が笑って言う。



「なにビビってんだよ。あんな政府のイヌ、この俺がぶっ飛ばしてやるぜ」


「それはご遠慮願いたい」


「大丈夫だって。全国から集められた精鋭ですら、元道路工事業の俺に誰も勝てねえんだぜ? ダンジョンだって藍の星二、この俺が最高記録保持者だぞ! フュージョン最高だぜ!! がはははっ!!!」


 政府の適合実験でレスターとフュージョンした譲二。元々巨躯で力も強かった彼は、フュージョンで得た身体強化であっと言う間に攻略組のトップへと上り詰めた。




「静かにしてくれる? 騒々しい……」


 そこへ現れた長い金髪の女子高生。背中に薙刀を背負い高校の制服を着ている。真っ白な肌にきりっとした目のクール系の美少女である。それに気付いた譲二がデレッとした顔になって言う。



「おうおう、これはあやちゃんじゃねえか。いつも可愛いな。それにええっと……」


 譲二は綾の後ろで隠れるようにして譲二達を見ている同じく金色のボブカットの少女を見て考え込む。



「チェルよ。いい加減覚えたら?」


 腕を組み譲二を見下すような口調で綾が言う。


「おう、そうそう。チェルちゃん。おじさん、中々名前が覚えられなくてよお、がはははっ!!」


 ダン攻室に譲二の下品な笑い声が響く。椅子に座っていたレスターが眼鏡を光らせながら尋ねる。



「それで何か御用でしたか、チェルさん?」


 綾の後ろに隠れていたチェルがおどおどしながら前に出て来て言う。



「あ、あの、真田さんから今度新しいフュージョンの人と会うから、来たら仲良くしてって頼まれて……」


「ああ、知ってるぞ。さっきレスターから聞いた」


 チェルの話に譲二が頷いて言う。チェルが不安そうに答える。



「そ、そうだんだ。あ、あとね……」


 チェルの顔を見たレスターの眼鏡が光る。



「あ、あと、ダンジョンに行った深雪ちゃんとマリアちゃんが戻れなくなっちゃったの」


 譲二が腕を組み笑いながら言う。



「何だって!? 確か紫だろ!? 何やってんだよ、情けねえ」


 窓際に行き同じく腕を組んだ綾が金色の髪をいじりながら譲二に言う。



「あー、それね。紫じゃなかったんだよ。もう一度鑑定したら青の星四だった」


「は? 青の星四……」


 それを聞いた譲二とレスターの顔色が変わる。

 青のダンジョンと言えばマーゼル王国ですらきちんとした隊を組んで攻略するレベル。それへたったふたりで潜ったとなると命の危険が危ぶまれる。綾がぶっきらぼうに言う。



「ちょっと間違えちゃったのよ~、仕方ないでしょ。『選眼せんがん』ってスキル、全然当たらないし」


 綾が持っている鑑定スキル『選眼』。久須男くすおが持つ『神眼』の遥か下の互換スキルで、鑑定率が6割程度と低くあまり実用的ではない。譲二が言う。



「どうするんだよ、俺達で攻略に行くんか?」


 チェルが首を振って答える。



「ううん、それは今のところ考えていないって。み、みんなが全滅しちゃうかもしれないし……」


 ここに居る四人で潜ったとしても救助できる可能性はかなり低い。青のひとつ下のクラスである藍ですら、辛うじて攻略できた現在のF組。マーゼル王国でさえ国として対処していたダンジョン。今このメンバーで高難易度のダンジョン攻略は不可能である。譲二が言う。



「弱ぇ奴は死ぬんだよ。当然の道理。だからお前らもしっかりと鍛えておくんだな」


 譲二の言葉を皆下を向いて黙って聞いた。






 一方の深雪とマリアはそのダンジョンに入った瞬間、空気の異変を感じていた。


「ねえ、マリア。このダンジョンって本当に紫なの……?」


 最下級である紫。このレベルなら深雪とマリアでも辛うじて攻略できるようになっていた。ただその紫のダンジョンとは空気、そして侵入者を潰しにかかる圧が違う。マリアが言う。



「綾の鑑定がまた外れたのかしら。多分紫じゃないと思う。本当に使えないスキルね……」


 マリアも直感していた。ここが紫なんかじゃないってことを。深雪が明るく言う。



「で、でも私達って緑のダンジョンから生還したんでしょ? 青ぐらいなら……」


「あれは帰り玉を使ったから。緊急脱出用のね。もうないわよ、それ」


 深雪はマリアから緑のダンジョンから脱出した際の話を聞いていた。マーゼル王国で皆が護身用に持つ帰り玉。国から支給されるお守りのようなものだが、この世界では精製方法がない。




「ちょっと待って、深雪。この気配は……」


 突然マリアの目が鋭くなり、静かに腰に付けた剣に手をかける。深雪も同じく不穏な気配を感じ、薄暗い通路の奥をじっと見つめる。



「あれは……、リザードマン……!?」


 マリアが小声で言った。

 距離があり薄暗くてはっきり見えないが、緑色のトカゲのような体に筋肉質の二足歩行の魔物。剣を握り周りをきょろきょろ見まわしている。マリアはゆっくりと剣を抜き深雪の前に立つと、音を立てないように息を殺す。



「マ、マリア。あの魔物がいるダンジョンってクラスは……??」


 額に汗を流しながらマリアが小声で答える。



「青以上。最悪だわ……、深雪、静かに逃げるわよ」


 マリアは深雪の前に立ちリザードマンから見えないように死角へと移動する。深雪は前に立つマリアがから強い熱気を感じる。見つかったら命の危険すらある魔物。ふたりはそのまま小走りでその場から立ち去った。




「どうしよう、マリア……」


 リザードマンから逃れたふたり。深雪が青い顔をしてマリアに言う。


「どうしようもないわ。隠された出口を探すだけ。いい? ボスなんて絶対勝てないから、生きたかったら死ぬ気で出口を探すこと!」


「う、うん……」


 マリアの強い口調。それはまるで自分に言い聞かせるような口調であった。



「ちょっと待って!! 何か来る!!!」


 そんな話をしていたふたりの視界に、通路の奥から再び何かが近付いて来るのが見えた。再び剣を抜いて構えるマリア。深雪はそのマリアの後ろの隠れるようにしてじっとその何かを見つめる。



(おかしい……、魔物の気配とは別のものがある……??)


 魔物の気配はするが全く別の何かも一緒に近付いて来る。赤い髪に流れる汗。マリアは目の前で起きていることへの理解が全く追い付かない。そしてそんな困惑を打ち破るかのように、緊張感のない声が響いた。



「あー、いたいた! 多分あいつらだろう!!」



「え?」


 それは全く予想外のものであった。



「人? え、イヌ……!?」


 高校生ぐらいの男女、そして白く小型の犬を連れている。マリアが深雪の前に立って言う。



「あれはケルベロス!? な、なぜ上級魔物がここに!! 深雪、に、逃げるわよ!!!!」


 見たこともないない魔物。マーゼル国立図書館の文献で絵だけは見て知っている程度。その恐るべき魔物がなぜか人らしき者と一緒に近付いて来る。震えながら逃げようとするふたりに声が掛る。



「逃げなくっても大丈夫。お前、深川深雪にマリアだろ? 助けに来た」


 震えていたふたりの頭が混乱する。助けに来た? 自分達を知っている目の前の男は一体何者なのだろうか?



「あー、俺もF組だから。さっき入ったんだ」



「え、さっき入った? F組に!?」


 F組に入るということはそれはフュージョンを行った者という意味。マリアが尋ねる。



「お前もフュージョン済みってことか?」


「そうだよ。俺、久須男って言うんだ。よろしく。そしてこっちが……」



 久須男がそう言って隣にいるイリアを紹介しようとした時、マリアの顔が鬼のような表情となる。



「お、おまえは、マーゼルの姫、イリアか!!!!」


 抜刀した剣をイリアに向けるマリア。驚いた深雪が尋ねる。



「え、じゃあマリアがずっと探していた極悪非道の姫って、彼女なの!?」


 マリアが頷いて答える。



「ああ、そうだ。あの栗色の髪、頭のティアラ、そしてロリータドレス。間違いない、マーゼル王国の民を蹂躙した悪の王族、マーゼル一族だ!!!」



「あ、悪の王族……??」


 思いもよらなかった言葉に久須男が唖然とする。だがそれ以上にイリアが大きな声で尋ねる。



「ちょ、ちょっと待ってよ! なにその悪の王族って!? 民を蹂躙したって、一体何を言ってるの!!!」


 本当に心当たりがないイリアが悲痛な顔で言う。マリアが剣を向けて叫ぶ。



「とぼけるな!! 貴様ら王族が辺境で行って来た蛮行、我々は絶対に忘れない!!! ゴーン様が居なければ私達は一体どうなっていた事か……」



「ゴーン? ゴーン兄様がどうしたっていうの!?」


 イリアが尋ね返す。マリアが再び叫ぶ。



「ふざけるな!! 貴様は、貴様だけは許せぬっ!!!」


 救助に来たと言うのに予期せぬ展開に久須男が前に立って言う。



「ちょっと待てって! ここでのお間らの争いは禁止なんだろ? 落ち着けって!!」


「ふん! 知ったことか!! この誰も来ないダンジョンなら皆殺しにしても分かるまい!!」


 興奮気味のマリアと一緒に深雪も叫ぶ。



「あなた達がマリアの大切なものを奪った人達なんですね!! 許しませんわ。マリア、私も手伝うから!!!」


「ああ、有り難い。奴らを血祭りに……、あっ!!!」


 剣を振り上げようとしたマリアの目に、通路の奥に現れた数体のリザードマンの姿が映る。大声のやり取りに気付いて集まって来たようだ。



「深雪、一旦撤退する!! リザードマンの群れだ!!!」


「ああ、分かったわ!! あいつら、魔物のエサになればいいわ!!!」


 そう言って深雪とマリアは久須男達を置いて逃げて行く。



「あ、おい、待てって!!!」


 逃げられてしまったふたりを見て久須男が落胆の表情を浮かべる。



「ウギュギャアアアア!!!!」


 そんな久須男達に背後からリザードマン達が襲い掛かって来た。



「ケロン」


 久須男は魔物に背を向けたまま近くにいたケロンに命令を出す。



「ワン!!!」


 ケロンはふっと姿を消すと近付いて来たリザードマン達を鋭い牙と爪で次々と消し去って行く。そしてあっという間に敵を殲滅させ久須男の元へと戻って来て甘えるように体を擦り付ける。


「ご苦労さん」


 頭を撫でられたケロンが嬉しそうに尻尾を振る。




「逃げちゃいましたね、久須男様」


「ああ。それよりやっぱイリア達との関係が重要か……」


 マーゼル王族に対する憎悪。それは久須男の想像以上のものであった。イリアが言う。



「久須男様、私達はあのような蛮行を行ったことはありません。お父様も含め、皆国の為に必死に汗を流していました……」


 久須男が悲しそう顔をするイリアの頭を撫でながら言う。


「分かってる。こんなにいい子がそんなことをするはずない。俺はイリアを信じてる」


「く、久須男様ぁ……」


 涙目になったイリアが久須男に抱き着く。



「わっ、イ、イリア!?」


 久須男が感じるイリアのたわわ。こんな時に不謹慎だと思いながらも、だらしない顔は戻せなかった。





「み、深雪。もういいわ……」


 久須男達から走って逃げた深雪とマリア。走り終え、追って来ないことを確認してから言う。


「きっと今頃はリザードマン達のエサになっているわ。そう思うと少しは胸がすっきりする」


「そうね。あの男の人は可愛そうだけど、極悪姫に加担する以上仕方ないわね」


 ふたりは顔を見て頷く。



「さて、それじゃあ出口を探しましょう!」


「ええ、そうね!!」


 深雪とマリアが歩き出す。

 しかし後日、この日のこの行為をふたりは心から恥じ、そして後悔することとなる。

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