17.新たなフィールド

 イリアが久須男くすおと出会って半年ほど。

 最初はダンジョンと言う未知の世界に対しておどおどしていた久須男だが、この頃になるとそれはもう見違えるほど頼りになる男へと変貌していた。この頃のイリアの日記を見てもそれがはっきりと分かる。



『久須男様の成長が激しすぎて毎日驚かされています。

 マーゼル王国の姫として国内の様々な攻略者の話は聞いておりますが、久須男様ほどの人物は見たことがありません。さすが私の久須男様。アイテムは伝説級の装備から値のつけられないような薬まで私の知らない物も多く、彼の鑑定スキルがなければ使用用途の分からない物すらありました。

 そのスキルももう笑ってしまうほど超レアスキルで溢れてます。各種異常無効を取得すると、異常無効スキルに進化するなんてどの文献にも書いていません。既に生きながら伝説となりつつありますね。

 間もなく未知のダンジョンである橙と赤に挑戦するつもりです。でも久須男様なら問題ないでしょう。微力ながら私もいるし、ケロンも随分強くなりました。

 あ、そうそう、明日私の占いで久須男様の運命を変える人が現れます。男ですよね? 絶対男のはずです。女だったら刺し違えても私が仕留めます。久須男様は私だけのものですから』





「初めまして。内閣府ダンジョン攻略室の室長真田と申します」


 久須男の家の居間に通された真田は、オールバックの頭を深く下げて挨拶をした。


「藤堂久須男です。初めまして」


 以前の久須男からは想像もできない程堂々とした態度でそれに応える。



「イリアです」


「ワンワン!!」


 久須男の希望で同席したイリスとケロンも真田に挨拶をする。イリアは来客が男であることにほっとしていた。真田がそれににこっと応えてから久須男に言う。



「正直にお答えください。久須男さんはフュージョンしたダンジョン攻略者ですね?」



「……」


 分かっていた。

 政府の人間が自分を尋ねて来るのはもう分かっていた。

 家の周りにあるダンジョンを攻略しながら、神隠しに遭った人からのSOSで溢れる掲示板で行方不明者の捜索に協力した。混乱を心配しダンジョンということは伏せながら多くの人を救助した久須男だが、噂はネット上で広がり掲示板に書き込まれる依頼も日に日に多くなっていた。

 いずれ大きな話になるんだろうなと思っていた矢先の真田の訪問であった。



「はい、そうです」


 真田が鋭い目つきとなる。



「半年前に仲村由美子さんをダンジョンから救ったのは、あなたですね?」


「はい」


 久須男は想像以上にダンジョンやその他の情報を握られているのだと思った。真田はスマホを取り出し、ある掲示板を表示させながら久須男に尋ねる。



「この掲示板で神隠しされた人を救助しているのも、あなたですね?」



「……はい。すごく良く調べてますね」


 驚く久須男に真田が答える。



「政府機関ですから。ダンジョン対策は国の施政でも最も優先される事項です。要は国も本腰なんですよ」


 真田は懐から煙草を取り出すと火をつける前に尋ねる。



「いいですか、一本?」


「ええ」


 そう答える久須男の隣でイリアが嫌な顔をして言う。



「えー、イリア、あれ嫌だ。臭いもん!!」



(イリア……)


 真田は表情を変えずにその言葉を飲み込む。久須男が言う。



「あ、やっぱり禁煙でお願いします。彼女が嫌がっているので」


 真田は煙草を懐に戻すと頭を下げて言う。



「分かりました。煙草は控えましょう。時にそちらの方は、マーゼル王国の姫様でしょうか?」



「!?」


 正体を当てられたイリアが驚く。久須男が言う。




「まあ、隠しても仕方ないので言いますけど、その通りです」


 イリアが驚いた顔で尋ねる。



「どうして知ってるんですか!!??」


 こちらの世界に来てから誰ともマーゼルの人間とは接触していない。どうやって知られたのか分からない。久須男が言う。



「そっちにもいるんでしょ? マーゼルの人間が」


「あっ」


 イリアは思い出した。自分がこちらに来た際に追って来た反マーゼル同盟の人間達を。真田が笑って答える。



「ええ、ご明察で。政府に少しだけマーゼルの人間が居て、協力して貰っています」


「……」


 イリアの顔が険しくなる。

 自分を追って来たのは反マーゼルを掲げ国に対してクーデターを起こした者達。今、国王である自分の父もどうなっているか分からない。真田が尋ねる。



「話は変わりますが、久須男さんはどのクラスのダンジョンまで攻略されているんですか?」


「クラス?」


「ええ、ご存知でしょ? ダンジョン色」


 マーゼルの人間が政府にいるなら適当なことは言えない。



「黄色。黄の星五までは攻略済みです」



「え?」


 それまで余裕だった真田の顔色が一瞬で変わる。真田がもう一度聞き直す。



「ごめんなさい、久須男さん。もう一度聞くけど、黄の星五まで攻略したのですか?」


「ええ」


 あっけらかんと言い放つ久須男。真田はポーカーフェイスを保ちながら考える。




(ば、馬鹿な。黄の星五だって!? そんな上級クラスをこの高校生が攻略したというのか? いや、そもそも鑑定スキルは持っているのか? どうやって黄の星五なんて見分けがつくのだ??)


 真田のF(フュージョン)組でもようやくフュージョンされたひとりが低レベルの鑑定スキルを得たばかり。それにより約6割の確率でダンジョン色と星の数を判定できるようになったのだが、その精度には不満が多い。

 ちなみにF組での最高戦績は藍の星二。それでもずいぶん苦労してボスを攻略したのだが、久須男の話が本当ならばその実力は雲泥の差である。



「ふうー」


 真田が自分を落ち着かせるように言う。



「今政府はこのダンジョンと言う未知の存在の究明と対処に奔走している。マーゼルの人達が来てくれたお陰でその謎が解かれつつあるが、どうしても攻略と言う意味ではほとんど進歩がない。そこでだ」


 真田が久須男の顔を見て言う。



「君にもF組に参加して貰いたい」



「……」


 久須男も少なからずそれは考えていた。

 ネットの掲示板でダンジョン攻略を続けてはいたが個人でできることはあまりにも少ない。どこかの機関に所属して効率的に困った人を助けた方がいいのではと思ったことも多々ある。ただ今の話を聞いて心配なこともある。



「そちらにいるマーゼルの人達ですけど、多分イリアの敵だと思います。彼女の命を狙って追って来た人達。彼らと組むことは難しいように思います」


 久須男はイリアの不安そうな顔を見ながら言った。真田が答える。



「それはご心配なく」


「それはどういう意味で?」



「確かに彼らはそこにおられるマーゼルの姫君を追ってこちらの世界にやって来た。ただ我々も彼らと手を組む際にひとつ約束をしたんだ」


「約束?」


 真田が言う。



「ええ、マーゼルの揉めごとをこちらの世界に持ち込まない。帰る方法は一緒に探す。それが約束できるのならば協力すると」


 反マーゼルの者達とてきちんとした遠征軍を編成してやって来た訳ではない。姫を追って偶然数名がこちらにやって来ただけだ。彼らも渋々その条件を飲んでこの世界でダンジョン攻略を行っている。考え込む久須男に真田が言う。



「F組に入ってくれるのならば、久須男君を特別国家公務員として迎えよう。無論退職はいつでも自由だし、ダンジョン攻略が目的なら君の自由にやって貰って構わない。ちなみに給与はこのくらい出す」


 そう言って真田はスマホを取りだし、計算機にその金額を打ち込む。



「え!?」


 それを見た久須男が固まる。



(物凄い金額……)


 金額にして月三桁。とても高校生が貰えるレベルじゃない。驚く久須男に真田が言う。



「君が本当に黄色のダンジョンを攻略していると言うのならばこれでも安いぐらいだ。それぐらいの価値がある」


 そう話す真田だが、久須男は全く別のことを考えていた。



(これだけ貰えればこずえの手術費用も十分賄える……)


 早く学校を出て働きたかった久須男。その理由は重い病気を抱える妹の為である。



(イリア……)


 久須男は隣に座るイリアの顔を見つめた。

 政府には協力してもいい。その方が効率的だし妹も救える。ただイリアのことを考えると簡単には首を縦には振れない。



「久須男様」


 そんな彼の手をイリアがぎゅっと握りしめて言った。



「私は久須男様のご決断ならどんな物でも受け入れます。久須男様の御心のままに」


 そう言ってにっこり笑うイリア。


「で、でも……」


 協力するのは自分を追って来た言わば敵。心配する久須男にイリアが顔を近づけて言う。



「何があっても久須男様が守ってくれるんですよね、ね?」


「あ、ああ。もちろん!」


 久須男とイリアが見つめ合って頷く。




「真田さん」


 久須男が真田に向かって真剣な顔で言う。


「F組に参加します。協力しましょう」



「ありがとう。久須男君」


 真田は手を差し出し、久須男もそれを握って応える。久須男を迎え入れることができて安心したのか、真田が初めて表情を崩して言う。



「いや、ここに来る前に断られたらどうしうかと思ってね。随分心配したんだよ」


「そうでしたか……」


 マーゼルの事情を考えればそれも当然のこと。そう安心する真田のスマホが不意に鳴った。



「ちょっと失礼。……私だ。ああ、ああ、そうか。分かった」


 話ながら表情が硬くなっていく真田。どうやらあまりいい話ではないようだ。スマホを切った真田が久須男に言う。



「久須男君」


「はい?」



「いきなりで済まないが、早速仕事だ」


「仕事?」


 驚く久須男に真田が言う。



「うちのF組のひとり、深川深雪とマリア・サイレーンがクラス違いのダンジョンへ潜ってしまった。最初の鑑定では紫。ただ戻りが遅いので再鑑定した結果、青だと分かった。今の彼女達では攻略不可能なレベル。久須男君、君の最初の仕事は……」


 真田が真剣な顔で言う。



「ふたりの救助。並びに青の星四ダンジョンの攻略とする」


 久須男の新たなフィールド。

『攻略組最強』の称号を得ることとなる彼の最初の仕事が始まる。

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