16.運命を変える訪問者

(美しい……)


 美代の祖父は目の前で燃え上がる赤と白の炎魔法の業火を見て心から思った。触れれば一瞬で焼け死ぬ業火なのに、なぜか温かく心癒される。



久須男くすお様ぁ……」


 老人とケロンと一緒に後ろで見ていたイリアが再び眠そうな声で言う。



 ゴゴッゴゴゴゴゴォ……


 やがて炎で焼き尽くされた老木が灰となって崩れる。同時に各部屋に張り巡らされた根も灰色に変わっていった。久須男が言う。



「やった……、何とか倒して……、ふわ~ぁ……」


 老木を焼き払った久須男が大きな欠伸をする。異常耐性があるマスクをしているが完全ではない為、長くダンジョンに潜っていた彼にも睡魔が襲い掛かる。



(いかん、これが催眠ガスの効果か……、めっちゃ眠くなってきた……)



 カランカラン……


 そんな久須男の耳に、老木が燃え尽きた辺りから石板が落ちる音が聞こえる。同じ様に眠くなって来たイリアが言う。



「久須男様~、石板が……」



「クウ~ン……」


 気付くとケロンが石板を咥えて久須男のところへやって来てお座りをしている。


「おお、なんて利口ななんだ……、ケロン……」


 睡魔で頭がしっかり働かなくなった久須男がケロンを撫でながら『イヌ呼ばわり』する。そして石板に文字が浮かぶ。




【汝、以下の問いを解せ】



(ん? これは……!?)


 久須男はいつもと違う石板の文字を見て一瞬驚く。



【よしお君がリンゴを6つ持っていました。そこへリカちゃんがリンゴを3つ持ってきました。全部でいくつになったでしょう?】


 隣にやって来てその石板を見たイリアが真っ青な顔で震えながら言う。



「ま、まさかの文章題!? こんな高度な問題、うちの王立学術研究所の数学者が集まっても数年かかるレベルで……」



「9個だろ」


 パキン!!


 久須男の回答と同時に割れる石板。



「え!? 久須男様、そんな……、こんな難解な問題を、秒で解くなんて……」


「いや、だからこっちじゃこれ小学生レベルだって。ふわ~ぁ……」



【スキル『睡眠無効』を手に入れました】



「睡眠無効だって。って言うか、そう言うのはもうちょっと早く欲しいってば」


「睡眠無効?? またしても異常無効スキルですか!! 凄いです、久須男様!! ふわ~ぁ……」


 イリアもつられて欠伸する。睡眠耐性を手に入れ目が覚めた久須男が言う。



「さあ、帰ろうぜ!!」


「ふわ~い……」

「ワン!!」


 そして皆の視界が真っ白になる。






(あ、大きな和式の門……、無事に帰って来たんだ……)


 目を開けるとそこには美代の家の立派な門があった。無事にダンジョンを攻略し戻って来たらしい。



「うっ、ううーん……」


 隣には衰弱し再び睡魔に襲われている美代の祖父、そしてイリアがその上で完全に眠ってしまっている。


「おい、イリア! 起きろ!! 帰るぞ!!」


 久須男に呼ばれるが意識朦朧とするイリア。そこへ話し声を聞きつけた美代が駆け足でやって来る。



「おじいちゃん!!!」


 そして地面で倒れている祖父を見つけて大声で名前を呼ぶ。



「おじいちゃん、おじいちゃん!! 良かった……」


 美代は祖父が眠っているだけだと分かり安堵の表情を浮かべ涙を流す。久須男が言う。



「とても衰弱しています。しっかりと休養させてください」


「あ、はい! あの、本当にありがとうございました!!!」



 美代が立ち上がり深々とお礼を言う。


「いえ、大したことは。じゃあ、これで……」


 そう言って立ち去ろうとする久須男に美代が尋ねる。



「あの、おじいちゃんは、祖父は一体どこにいたんですか……?」


 久須男がちょっと考えてから答える。



「ごめんなさい、美代さんには……」


「ミヨちゃんさんです」



「あ、ああ。ミヨちゃんさんにはまだお話しする事ができないんです。ごめんなさい……」


 美代が頷いて言う。



「分かりました。今はお聞きしません。でもお礼だけはさせてください!!」


「いえ、俺もある意味自分の為にやっていることだから。本当に大丈夫ですから」


 美代が首を振って言う。



「いいえ、そうはいきません。北条家の者が恩を受けて何もお返ししないとは。ちょっと待っていてください。おじいちゃんを部屋に運んだらすぐにお礼を!!」


 そう言うと美代はすぐに家の中へと走っていく。

 久須男はしっかりと眠っている美代の祖父を確認してからイリアに言う。



「イリアー、起きろ~!! 帰るぞ!!」


 久須男は地面に横たわるイリアのミニスカートから出た太腿、そしてたわわな胸の果実を見て生唾を飲む。



(し、仕方ないよな? イリアは眠っているし、俺がまた負ぶって帰らなきゃな。そう、早く負ぶってやらなきゃな!!)



「な? ケロン」


「ワン!」


 ケロンも嬉しそうにそれに吠えて答える。



「さて……、よいしょっと」


 再びイリアを背負う久須男。同時に背中に感じるイリアのたわわ。万能薬がアイテムボックスにあるがそんな野暮なことは今は考えない。



「さ、帰ろうか」


「ワン!!」


 ケロンはイリアを背負って歩く久須男の後に尻尾を振りながらついて歩いた。





「ママー、こっちこっち!!」


 そのすぐ後に美代と一緒にやって来た彼女の母親が現れる。



「お、お義父様!!!」


 母親は倒れている義父に手をやり声を上げる。ぐっすりと眠ったまま動かない義父を見ながら一緒に来た家の者に命じる。



「すぐに運んで下さい!! 正弘さんは私が呼ぶから!!」


「はっ!!」


 黒服を着た男数名が横になって眠っている美代の祖父を慎重に家の中へと運ぶ。



「美代。それでお義父様を助けてくれた人と言うのは?」


 母親が美代に尋ねるが、その美代は周りをきょろきょろとみて困った顔をしている。



「それが……、居ないの。ここに居てってお願いしておいたのに……」


「居ない? まあ、どうしてなのです……!?」


 美代が首を振って答える。



「分からないわ、ママ。ちょっと探してくるから!!」


「きっと見つけなさいよ! 北条家の名が折れますから!!!」


「分かってるわ!!」


 美代はそう言い残すと門を出て走っていく。母親はすぐに家の中に運ばれて義父の元へと駆け出した。






「お、起きたか? イリア」


 イリアは目を覚ますと、見慣れた久須男の部屋だと気付いた。



「久須男様、私……」


 目覚めて多少頭がぼんやりするイリアに久須男が言う。


「再び睡眠ガスで眠っちゃったみたいだな。まあ、あのマスクも完璧じゃないからな」


 そう笑って言う久須男にイリアが頷く。



「そうですね、でもありがとうございます。ここまで久須男様が運んでくれたんですか?」


「え、ああ、そうだよ」


 そう答える久須男にイリアが赤を赤くして言う。



「布団に寝かせたのも久須男様なんですか……?」


「え? あ、ああ、そうだけど……」


 なぜが心臓がどきどきする久須男。否が応でもイリアの胸の谷間が目に入る。イリアが小声で言う。



「エッチなことはしなかったんですか……?」



「え? な、なに? 今なんて……?」


 はっきりと聞こえなかった久須男が聞き返す。布団をぎゅっと抱きしめながらイリアが言う。



「なーんでもないです~!!」



(か、可愛い……)


 久須男は負ぶってきた時に背中に感じたイリアのたわわを思い出し下を見る。イリアが尋ねる。



「久須男様」


「なに?」



「この調子でどんどんダンジョンを攻略しましょう! 久須男様なら最強の攻略者になれるはずです!! 何せクス王の生まれ変わりですから!!」


「いや、だからそれは違うと思うぞ」


 イリアが首を振って言う。



「いいんです、違っても」


「え?」


 イリアが立ち上がり久須男の手を握って言う。



「例えクス王の生まれ変わりじゃなくてもいいんです。久須男様がイリアと一緒に居てくれればそれで幸せなんです」



「イリア……」


 苛められ引き籠り寸前だった自分。

 そんな自分をこの異国の少女は無条件に受け入れてくれる。必要と言ってくれ、頼りにされ、一緒に居れば幸せだと言う。



「ありがとう、イリア……」


 久須男自身、知らぬ間にイリアなしの生活にはもう戻れないのだと心の中で気付いていた。



 ダンジョンに潜るのは正直に言うと怖い。

 入った瞬間に重く心を潰しに来る暗闇は何度潜っても慣れない。

 それでも何度も潜って魔物と戦えるのは間違いなくイリアのお陰だろう。彼女と一緒に居るのが楽しい。ダンジョンを攻略して彼女の喜ぶ姿が見たい。そしていつか彼女の世界にも行きたい。様々な思いがダンジョンと言う恐怖を打ち負かして行く。




「イリア、また明日ダンジョンへ潜る。付いて来てくれ」


「はい、もちろん!!」


 イリアが嬉しそうに答える。



「ワン!!」


「お!?」


 いつの間にか部屋にやって来たケロンもお座りして一緒に行くぞとばかりに吠える。



「ああ、もちろんお前も一緒だ!」


 そう言って久須男がケロンの頭を撫でる。


「ワンワン!!」


 嬉しそうに吠えるケロン。



「じゃあ、三人で頑張ろうな!!」


 それに頷くイリアとケロン。

 そしてここから飛躍的に久須男のダンジョン攻略のスピードが上がっていく。マーゼル王家のフュージョンで得た幸運と『神眼』ともとに爆発的にレベルを上げて行く久須男。その成長ぶりは王国で多くの攻略者を見て来たイリアにとっても驚愕でしかなかった。



(久須男様の成長は底を知らない……)


 イリアは久須男の強さを目の当たりにし、自分の世界へ戻る日もきっと近いのだと思った。





 ――そして半年が経った



(『神眼』っ!!)



【キングオーガ(強化種)】



 燃えるような真っ赤な巨漢。全身に付けられた金属製の鎧。自分の身長より大きな大刀。普通の攻略者ならその姿を見ただけで震えあがる上級魔物に、久須男は余裕をもって対峙する。



(弱点は……、そこっ!!!)


 スキルアップした『神眼』により、このクラスの魔物でも一瞬でその弱点を見抜く。鎧と鎧の隙間。久須男がアイテムボックスから一振りの長いレイピアを取り出す。



「特殊硬化魔法が付与された白銀のレイピア。これで仕留める!!!!」


 その声と同時に『神速』にて一瞬で間を詰める。



「グゴオッ!?」



 ズン!!!


 キングオーガは驚く間もなく一瞬で弱点を突かれ倒れる。



 ドオオン!!!


 そして煙となって消えるキングオーガ。

 後ろで見ていたイリアとケロンが久須男の元へ走り寄って来る。



「凄いです、久須男様!! あのキングオーガを、それも強化種をまるで苦もせずに倒すとは!! もう最高です!!!」


 そう言って久須男に抱き着くイリア。


「ワンワン!!」


 ケロンも久須男に飛びつき顔を舐め始める。



「ありがとう、ふたりとも。一緒に居てくれたからここまで来れた。本当にありがとう!!」


「黄の星五もこれほど楽に攻略できるなら、後は未知の橙や赤も行けるかもです!!」


 久須男も頷いて答える。



「ああ、いずれは行かなきゃいけないと思っていたし。そろそろ挑戦かな」


「はい! ぜひ行きましょう!!」


 久須男達は無事にボスを倒し、そして帰還する。






 その夜、そんな久須男達に運命を変えるひとりの男が尋ねて来た。


「あ、はい、はい……、分かりました……」


 玄関で対応に出た両親が神妙な顔つきで返事をする。特に父親の方は真っ青になり頭が混乱し掛かっている。やがて二階にいた久須男を母親が呼びに来た。



「く、久須男……」


「なに? 母さん?」


 イリアはマンガを、ケロンは大人しく伏せて寛いでいる。母親が言う。



「な、内閣府の、ダ、ダンジョン攻略室ってとこの……」


 久須男の顔が真剣になる。



「室長の真田さんって人があなたに会いたいって……」


 久須男は自分でも驚くほど落ち着きながら、ついに来たのかと心の中で思った。

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