15.異質ダンジョン

 ミヨちゃんさんからの依頼を受け、彼女の祖父を探しにダンジョンへやって来た久須男くすお達。クラスは藍の星五。これまでで最高の難易度のダンジョンに緊張していた久須男は入ってすぐにその異変を感じた。



「……あれ? 魔物の気配がない?」


 薄暗く湿った空気が漂うダンジョン。生を否定するような圧迫するような雰囲気は変わらずだが、その主たる要因となる魔物の気配がない。その他にはツタだろうか、暗い壁や床に多く這うように生えた植物らしきものが見られる。



「……」


(まさか……、でもちょっと様子見が必要かな……)


 ひとり黙って周りを見るイリアが思う。



「さて、時間もない。行くぞ」


 久須男の声にふたりが答える。


「はい!」

「ワン!!」


 久須男達一行は薄暗いダンジョンを歩き始めた。






「なあ……」


 しばらく歩いてから久須男がイリアに尋ねる。



「やっぱり何かおかしいぞ、このダンジョン……」


「久須男様?」


「『神眼』で魔物の気配はどこか遠くに感じているのだが、一向に姿というか、何の変化もない。それよりいつもならもう魔物が襲って来ているはずなのに、その様子もない。逆に不安になるぐらいだ」


 それまで黙って聞いていたイリアが話始める。



「久須男様、以前ダンジョンは意思を持っていると話したのを覚えていますか?」


「意思? ああ、覚えている」


 ダンジョンは自らの意思を持って動いており、中に迷い込んで来る人を養分として成長する。



「ダンジョンには洞窟内で魔物を棲まわせて人を狩るタイプの他に、ダンジョン自体が侵入者をじわじわと殺して行くタイプなんかもあります」


「侵入者をじわじわ殺す?」


 あまり嬉しくない表現に久須男の顔が少し歪む。



「はい、例えばダンジョン内に様々なガス、例えば催眠ガスなんかを発生させて、させて……、侵入者を眠らせて……、ふわ~ぁ……、動けなくして養分うぉ……」


 そう話しながらふらつき床に座り込むイリア。



「イ、イリア、大丈夫か!? ……これは催眠ガス!!」


 久須男はまさにその催眠ガスが辺り一面充満しているのに気付く。薄く、感じにくいが長い時間吸っていると間違いなく神経中枢をやられる。久須男はすぐにアイテムボックスから異常耐性のあるマスクを取り出し自分とイリアにつける。



「イリア!! 起きろ!!」


「く、久須男様ぁ、何だか眠くなってきて……」


 そう座り込んで話すイリアの足に、ダンジョンの床にあったツタが伸びて来て接触する。



「まさか、このツタ……」


 久須男の想像は正しかった。

 伸びてきたツタがイリアの足にまとわりつき、何かを吸い始めようとする。



「ツタが、このダンジョンにあるツタが侵入者の養分を吸い取る魔物ということか……」


 迷い込んだ侵入者を力づくではなく催眠ガスによって眠らせ、その間に養分を吸い取る。時間は掛かるが洞窟内で戦闘を好まないダンジョンがあるのならばそのような戦略も納得できる。



「くそっ!!!」


 久須男はイリアの足に近付くツタをちぎっては投げ、ちぎっては投げる。そして眠気で動けないイリアを背負い、魔法を唱えた。



「火魔法、ファイヤーストーム!!!」


 壁や床に茂ったツタを一気に焼き尽くす高温の魔法。久須男は目の前でめらめらと燃え上がるツタを見ながら思う。



(一瞬で殺される魔物がいるダンジョンよりましかもしれないが、一般の人が入り込んだら逃げることもできず間違いなくやられる……、じいさんの救出、急がねば!!!)



「クウ~ン……」


 そんな久須男にケロンが顔を上げて声を出す。



「あ、そう言えばお前はどうってことないのか?」


『神眼』でケロンを見た久須男が頷いて言う。



「スキル『異常耐性70%』保有か。さすが上級魔物だな。幼体でこんなすげえの持っているとは」


 全ての異常状態に大きな耐性を持つケロン。薄い睡眠ガスならほぼ効かない。久須男が言う。



「俺もこのマスクじゃ完璧には防げない。ケロン、急ぐぞ!!」


「ワン!!」


 久須男は眠りまなこのイリアを背負ってツタの覆い茂った洞窟を走り出す。





「う、ううん……」


 背中に背負っていたイリアが声を出す。その声をきっかけに自分の意識が背中へと集まった久須男がふと思う。



(イリアはダンジョンにまでロリドレスを着て来るんだよな。意外と胸元見えてるし、って言うかイリアの胸、やっぱり大きいぞ!? うがっ! 背中にどんどん当たる!!??)


 足早に歩く度に揺れるイリア。そのたわわに実ったイリアの胸の果実が、背負う久須男の背中に押し付けられるように当たる。



「あぁん、久須男様ぁ……」


 イリアが背負われた久須男の耳元で甘い声で名前を口にする。



「はっ!? い、いや、違う!! 俺は別にそう言うことを考えていた訳じゃない!! 別に俺はだな……」



「久須男様ぁ、私、もうそろそろ歩けそうです。目も少し覚めて来ました……」


 催眠効果が薄れて来たイリスが耳元で話す。よこしまな考えを見透かされたと思った久須男が答える。



「あ、ああ、そうか。それは良かった。ここは催眠を使うダンジョンみたいだな……」


「はい、マスクのお陰で睡眠はもう大丈夫です。でももし久須男様がこのまま負ぶってくださるなら、イリアは更に幸せを感じられそうです……」



(え? そ、それならこのままイリアのちゃんが俺の背中に当たり、俺も幸せに……、って、あっ、あれ!!!)


 そんな妄想をしていた久須男の目に少し大きな部屋で倒れる老人の姿が目に入る。



「イリア、あれってまさか!!??」


 倒れた老人を指差す久須男。イリアもその先の部屋にいる倒れた老人に気付き目をやる。



「……ちっ」



「ん? 今、なんか舌打ちしたか?」


 耳元で聞こえた舌打ちのような音。イリアがすぐに答える。



「違います、気のせいでしょう! それより早く老人を!!」


「ああ、分かった!!」


 イリアは自ら久須男の背から降り、一緒に老人の元へと駆け付ける。




「大丈夫ですか!!!」


 倒れていた男性の老人。手足はしっかりと長袖長ズボンで覆い、帽子、そして顔の周辺もしっかりとハンカチで肌を覆っている。唯一、首元辺りで露出している個所にびっしりとツタが貼り付き、倒れた老人から養分を吸っている。



「イリア、ツタを取るぞ!!」


「はい!!」


 久須男とイリアはすぐに老人についているツタを手で取っていく。首回りについていたツタを取り除き、すぐに老人にポーションと万能薬を飲ませる。



(ひとりで頑張っていたんだな……)


 老人の周りには空になった弁当箱、そして必死に毟り取ったツタが枯れて大量に落ちている。出勤するところだったそうだが、弁当を食べながらずっとひとりこの不気味なツタと戦っていたようだ。



「大丈夫ですか!!」


 久須男が何度も声をかける。酷く衰弱しているがまだ体は温かく命は無事の様子。自衛のために肌の露出を極力減らしたことが存命に繋がったようだ。



「うっ、ううっ……」


 老人がようやく目を覚まし、呻き声を上げる。久須男が声を上げる。



「大丈夫ですか? あなたは、あの、あの……」


 そこまで言ってから久須男はあることに気付きイリアに尋ねる。



「なあ、イリア。この人の名前って聞いたっけ?」


「え? おじいさんってだけしか……」


 ふたりは探している老人の名前を聞いていないことに気付いた。目を覚ました老人が声を出す。



「うっ、ううっ!? うわああ!! ツルが、ツルが来る!!!!!」


 目覚めたばかりで錯乱状態の老人が大声を出す。久須男が落ち着かせるように言う。



「大丈夫です、大丈夫です!! 俺達、その、ミヨちゃんさんに頼まれてあなたを……」


「ミヨちゃんさん……!?」


 少し落ち着きを取り戻した老人が尋ね返す。



「あー、その、ミヨって言う女性にあなたの捜索を頼まれて……」


 それを聞いた老人の顔がやっと安堵の表情となる。



「ああ、美代か!! 美代の知り合いの方なんだな……?」


「え、ええ、まあ。それより早くここを脱出しましょう!!」


 老人が怯えた顔となって言う。



「で、出られるのか!? ここから出られるというのか!!??」


 信じられないような表情で久須男に尋ねる老人。久須男がイリアに尋ねる。



「なあ、イリア。こうやってボスらしき奴がいないダンジョンってどう攻略するんだ?」


「いるわよ、あそこ!」


 イリアは通路の反対側の部屋の中にある大きな老木を指差す。それを見た久須男が言う。



「あれか!! なるほど!!!」



【眠り古木(下級)】



 同時に反応する『神眼』。久須男が言う。



「じゃあ、あいつを魔法で焼いてやれば……、えっ!?」


 そう言った瞬間に突然、久須男達の部屋が大きな音を立てて揺れ始める。



 ガガ、ゴゴゴゴゴゴゴォ……



「な、なんだ!? 一体何が!?」


「久須男様、この部屋から脱出しましょう!! 崩れますっ!!!!」



「マジか!!!」


 天井や壁を見ると揺れに合わせて既にその一部が崩れ始めている。



「逃げろおおお!!!」

「きゃああ!!!」



 久須男は倒れている老人を背中に背負うと、全力で部屋を出て通路へと逃げる。



 ドン!! ガラガラ、ドドオオオン!!!!



 それと同時に完全に崩れ落ちる天井や壁。隣にいるイリアも青い顔をしてそれを見つめる。間一髪その崩壊の危機から逃れることができたが危ないところであった。久須男が尋ねる。


「な、何が起きたんだ!? なぜダンジョンが突然崩れるんだ!!??」


 イリアが冷静に答える。



「恐らく侵入者の捕獲に失敗したと判断したダンジョンが、自ら部屋を破壊して私達の抹殺に動いたんです。早くこの木を倒してここを出ましょう!!」



 そう言って目の前の部屋にある老木を指差す。


「分かった!!!」


 古い木。幹が乾燥し何本もの亀裂が入った今にも枯れそうな老木。

 ただその下部、根に当たる部分が長く細く伸び、ダンジョン中へと張り巡らされている。この老木と繋がった根に触れることで、侵入者がどこにいるのかがすぐに伝わる仕組みのようだ。久須男が右手を前に老木へと向ける。



「あ、あの、あなた方は一体……??」


 ようやく頭が冴えて来た老人が恐る恐る久須男に尋ねる。久須男が老木に向き合ったまま答える。



「あなたを助けに来たダンジョン攻略者です!!」



「ダンジョン攻略者……」


 老人が震える体で久須男を見上げる。



「火の魔法、ファイヤーボール!!!」



 そして放たれる無数の火球



 ボフボフボフッ!!


 火魔法を受け燃え上がる老木。しかし見た目とは違い生命力が強い老木が徐々に火を鎮火させていく。よく見ると樹皮から水のようなものを出している。



「火力が足らないのか!?」


 中途半端な魔法や攻撃では永遠にこの古木は駆除できない。徐々に侵入者を殺す恐ろしいダンジョン。


「ならば……、イリア、皆を後ろに!!!」


「はい!!」


 久須男の言葉と同時にイリアが老人に肩を貸し、ケロンと一緒に後方へと下がる。久須男が叫ぶ。



「これで消えろおおお!! えん魔法まほう、ファイヤーヴァースト!!!!」



 ゴオオオオオオオオォ!!!!!



 久須男の手から放たれる赤と白の炎。炎の上位魔法であるえんの業火が老木を焼き尽くす。



(美しい……)


 暗く陰湿なダンジョンにあってその輝かしい光を放つ炎魔法は、老人の心に不思議と安らぎと安心を与えた。

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