14.ミヨちゃんさんの依頼
「マ、マリア、怪我は大丈夫……??」
黒髪のボブカットの少女
「ええ、なんとか。それにしてもここ、本当にヤバいとこね……」
「ううっ、マ、マリア~」
内閣府ダンジョン攻略室に所属する攻略組。その特殊チームである通称『F組』。フュージョンされた者が加わることで通常組より幾分成果が出ているが、未だ最下級のボス攻略以外なされていない。深雪やマリアも日々ダンジョンに潜っているが敗北の毎日が続いている。
深雪が泣きそうな声で言う。
「マ、マリア、早く出口探そうよ……」
「分かってる。私もずっと探している」
ダンジョン潜入後すぐに出遭った魔物スケルトン。マリアは考えたくもなかったがアンデッドが出現するダンジョンクラスは緑以上。とても自分や駆け出しの深雪に攻略できるレベルではない。
(一刻も早く脱出しないと、全滅する……)
先程もたった一体のスケルトンに敗北し大怪我を負った。何せ通常の武器ではダメージを与えることができず、更に深雪の水魔法では致命傷にも至らない。
「ご、ごめんね、マリア。私が火魔法だったらよかったのに……」
絶望の中思わず口にした『水魔法では役に立たない!』と言う言葉。気弱な深雪はそれをずっと気にしていた。マリアが軽く頭を下げて言う。
「いや深雪。謝るのはこちらだ。通常このレベルのダンジョンは隊を組み、お互いを補完しながら攻略する。ひとりで火とか水とか剣とか全部できるような奴はいないからな」
「うん……」
深雪も分かっている。フュージョンした人間が先に立ってダンジョンを攻略しなければならないことと。母親の為にもダンジョンを攻略しなければならないことを。でも、
(怖い怖い怖い怖い……)
毎回ダンジョンに潜る度に死臭を感じ、体が委縮する深雪。一介の女子高生の彼女にはこのような陰湿なダンジョンは最も行きたくない場所であった。
「深雪っ!!!」
そんな彼女にマリアの大きな声が響く。
「なになになに!?」
慌ててマリアを見ると彼女はダンジョンの向こうに剣を構えて立っている。
(震えてる!?)
剣士マリアが震えている。
「スケルナイトよ……」
スケルナイト。それはスケルトンの上位種族で剣と盾、そして少しだが知能を持った強敵。スケルトンですら敵わないふたりにこの魔物の登場は、戦えば『死』を意味するものであった。マリアが小声で言う。
「……逃げるわよ。絶対勝てない」
「う、うん……」
もう深雪は恐怖で涙すら出ない。マリアが言う。
「私がこの剣をあいつらに投げつける。それと同時に深雪はありったけの水魔法を撃ちこんで。その隙に全力で逃げる」
「わ、分かったわ……」
できるだろうか。いや、やらなければ死ぬ。マリアの目は見たこともない程真剣である。
「行くわよ、はあ!!」
マリアは先の戦いで折れてしまった剣を歩み寄るスケルナイト投げつける。同時に深雪が短い木杖をかざし魔法を放つ。
「水魔法、ウォーターショット!!!」
マリアの投げた剣に一瞬気を取られたスケルナイトが、前方から放たれた水の塊の直撃を受ける。
「ウゴゴゴゴッ!?」
「今よ、逃げて!!!」
マリアの声で全力で逃げ始めるふたり。
(怖い怖い怖い怖い!!!!)
真っ青になりながら全力で走る深雪。そんな彼女の耳に鈍い音が響く。
ドン!!
「ぎゃっ!!」
(え?)
深雪が隣を走っていたマリアを見ると、その背中に数本の矢が突き刺さっている。スケルナイトは剣だけでなく弓や槍をも使う魔族。ほとんど効果のなかった深雪の水魔法に怯むことなく弓矢を放って来た。
「ぐはっ!!」
マリアが口から血を吐きその場に倒れ込む。
「マリア、マリア!!!」
スケルトンの腹部への攻撃、そして背中に刺さった矢。このまま放置しておけば確実に死に至る。
「どうしよう、どうしよう!?」
深雪は倒れたマリアを抱えて隣にあった部屋へと逃げ込む。
「マリア、マリア、しっかりして!!!」
深雪は懐にあったポーションを取り出し彼女の怪我と口に流し込む。
「ゴホッ、ゴホッ……」
「マリア、死なないで……」
マリアの脱落はイコールパーティの全滅となる。
「ウゴゴゴゴッ……」
近付くスケルナイトの声。圧倒的な強い邪気を放ちながら死の気配が近付いて来る。
(殺される、殺される、もうだめ、殺される……)
深雪は涙をボロボロ流しながら動かないマリアを抱きしめた。
(このままじゃ殺られる……、何とかしなくては……)
意識朦朧とするマリア。しかしそんな彼女の目にある物が映る。
「これは……、帰り玉!!!」
それはマリアの母親が彼女にくれたブレスレット。攻撃か転倒した際にひびが入ってしまったのだが、その中に白く輝く玉が入っている。
(これで帰られる!!!!)
マリアは首から掛けたネックレスに付いた自分の帰り玉を手に握る。そしてブレスレットからこぼれ落ちた帰り玉を深雪に渡す。
「深雪、これを手で思いきり潰して……」
「マリア? マリア、これはなに……?」
「いいから、早く……」
ふたりの少女が同時にその白い玉を手にし力を入れる。同時に緊張が限界に達し意識を失った。
日曜日の朝、久須男とイリア、そしてケロン達は隣町のカフェへやって来た。
オープンテラスの風が心地良いカフェ。休日の朝とあってなかなかの賑わいだ。イリアが尋ねる。
「久須男様、ここですか? その待ち合わせの人がいるところって?」
「ああ、MIYOって人なんだけど、麦わら帽子を被っていて……、あ、あの人かな?」
久須男が指さす先には、テラスの端で大きな麦わら帽子を被った女性がひとり座っている。二十歳前半の色白の女性。白のブラウスに、大胆な切り込みの入った茶色のスリットスカート。黒い長髪が風に揺れている。その女性を見たイリアが言う。
「綺麗な人ですね」
「あ、ああ、そうだな……」
「久須男様はあんなに綺麗な方だと知っていてお会いになるんですか?」
イリアがむっとした表情で言う。
「い、いや、知らないよ! ネットの掲示板だし。名前がMIYOってことしか知らないって!!」
「本当ですか? 偶然にしては出来過ぎています」
「どんな偶然だよ。とにかく行くぞ」
久須男は不満そうなイリアを連れて彼女の元へと向かう。
「あ、あの、MIYOさん、でしょうか……?」
恐る恐る声を掛ける久須男。ただでさえ女性は得意じゃないのに、年上、そしてかなりの美人。声を掛けられた女性が顔を上げて笑顔になって言う。
「あ、クスさんですか? やだー、本当に来てくれたんですね!!!」
「はい、お待たせしました」
そう言って彼女と同じテーブルに腰かける。座った久須男達を見てMIYOが言う。
「デマだったらどうしようかと思っていましたが良かったです。あの、私、美代って言います。『ミヨちゃんさん』って呼んでください」
「は?」
とてもお淑やかな女性。白のブラウスからはうっすら下着が透けて見え、スリットの入ったスカートからは覗く太腿は周りの男性の視線をひとり集める。とても大人で色っぽい女性。そんな彼女だからこそ驚いた。久須男が言う。
「あ、あの、俺は久須男って言います。彼女はイリア。こいつはケロンです」
すかさずイリアが身を乗り出して言う。
「イリアです。久須男様と生涯を共にする者です。以後、お見知りおきを」
「ワン!」
それに美代が笑顔で答える。
「まあ、可愛らしいお嬢さんで。妹さんでしょうか~?」
(はあ!?)
むっとした顔になったイリアが大きな声で言う。
「違います!! 久須男様とは今後婚儀を控え、子供の数は……、ふがふがふがっ!?」
ひとり興奮するイリアの口を塞ぐ久須男。
「いや、ごめんなさい。妹じゃないんだけど、大事なパートナーです。それで早速ですがお話を」
美代は麦わら帽子をとり、真剣な顔で話し始める。
「はい、祖父が、おじいちゃんが朝出勤しようと家を出たんだけど、そのまま行方不明になったんです。入院しているおばあちゃんはそれを聞いて凄く落ち込んでご飯も食べられなくなってしまって……」
そこで美代がハンカチで流れ出た涙を拭く。久須男が尋ねる。
「それはいつの話ですか?」
「三日前です。警察には行方不明届を出したのですが、捜索などはして貰えなくて……」
「三日前……、急いだほうがいいな。美代さん……」
「ミヨちゃんさんです」
一瞬引きつった顔になった久須男が言い直す。
「ミ、ミヨちゃんさん、すぐにその消えた場所へ連れて言って貰えませんか」
「あ、はい! 家はすぐ近くなので、じゃあ行きましょう!!」
そう言うと一行はカフェを出て美代の家へと向かう。
「デカい家だな……」
美代の家はカフェから歩いて数分の所にあった。和式の立派な門がある純日本家屋の家。中庭には手入れされた庭園や木が茂っている。久須男は門の前に立ち『神眼』を発動させる。
(これだな……)
「イリア、この門に間違いないな。藍の星五。これまでで一番のレベルだ」
イリアが尋ねる。
「行きますか?」
「もちろん」
久須男が笑顔で答える。
「ミヨちゃんさん、これからお爺さんの救出に向かいます。どのくらい時間が掛かるか分かりませんが、全力を尽くして探してきます!」
「あ、ありがとうございます!!」
久須男がケロンの頭を撫でて尋ねる。
「準備は良いか?」
「ワン!!」
ケロンが嬉しそうに尻尾を振って答える。
「行くぞ、イリア」
「はい!」
久須男はイリアに向かって頷いてから美代に言う。
「少しだけ向こうを向いていてくれませんか」
「え? 向こう? わ、分かりました」
美代は少し首を傾げながら久須男に背負向ける。
「……」
しばらくの静寂。美代が背を向けたまま尋ねる。
「あ、あの、もうそちらを向いてもいいですか?」
静寂。我慢しきれなくなった美代が振り向くと、そこには誰も居なくなっていた。
「え!? い、いなくなった!!??」
美代はまるで煙のように消えてしまった久須男達に頭が混乱し、しばらくそのままぼうっとそこに立ち尽くした。
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