13.学校の居場所 

「おはよう、藤堂君!」


「あ、お、おはよ……」


 翌日、学校の教室へ入った久須男くすおにクラスメートの仲村由美子が声をかけた。

 ボロボロで汚れていたダンジョンの時とは変わり、綺麗で艶のある黒髪、眼鏡を掛け優しさの中にも凛とした強さを持つ由美子。

 以前から苛められている久須男を助けてくれていたがダンジョンの件以来、何かにつけて話し掛けて来る。



「藤堂君、今日一緒にお昼食べようか?」


「え? お昼!?」


 女の子とお昼を食べるなんて経験のないこと。戸惑う久須男に由美子が言う。


「ちょっとお話があるんだ」


「え、あ、ああ……」



 そんな戸惑う久須男に背後から大きな声が掛る。


「おい、クズ男!!! なにデレデレしてんだ!!!! キメェんだよ!!!」


 振り向くとそこにはクラスの苛めっ子数名が立っている。先日、ケロンに足を噛まれた男子高生が久須男の前に来て大声で言う。



「調子こいてんじゃねえよぉ!!!!!」



「やめなさ……」


 傍にいた由美子がそれに負けないぐらい大きな声で言い返そうとした時、更にそれよりも大きな声が教室に響いた。



「やめろ、ボケぇ!!!!」


 その太く低い声に教室中の皆がそちらを見つめる。



「中澤君……」


 久須男がその人物を見て名前を口にする。昨日ダンジョンに入ったところを久須男に救われた中澤。その彼が苛めっ子達の前まで来て睨みつけて言う。



「久須男を馬鹿にする奴は俺が許さねえ!!」



「は? な、なに言ってんだよ、ザワ?」


 これまで中心になって久須男を苛めて来た中澤の言葉に、他の男子高生達が呆然とする。ひとりが中澤に言う。



「だってよぉ、こいつ、だぜ? 分かってんの、ザワ?」


 そう言ってバカにした目で久須男見てから中澤の方を振り向く。



 ギュッ!!!


「いてて、な、何するんだよ!!」


 中澤はそう言った男子高生の襟首を掴み、顔を近づけて言う。



「二度とその名前を口にするな。落とすぞ、テメエ」


 首を絞められた男子高生は、中澤が冗談でやっている訳ではないことにようやく気付いた。

 何が起こったのか知らない。だけどいじめの中心人物だった中澤が、完全にその場所から降りたことを理解した。男子高生が手を払って言う。



「わ、分かったよ。何があったか知らないけど、もう言わねえから……」


 そう言って他の苛めっ子達ともにその場を去って行く。




「中澤君、ありがとう」


 久須男はひとり苛めっ子達を睨みつける中澤にお礼を言う。中澤が振り返って笑って言う。



「何言ってんだ、なんだろ? それに……」


 少し神妙な顔つきで言う。


「こんなんになったのは俺も原因。その償いはきちんとするぜ……」


 そう話す中澤に、久須男の隣にいた由美子が言う。



「中澤君、あなたもんだね?」



「え、ってことは、仲村、お前も……」


 由美子は頷いて言う。



「藤堂君に助けて貰ったの」


「ふっ、同じって訳か……」


 由美子が言う。



「ねえ、今日のお昼三人で食べない?」


「お昼? いいねえ、乗った!」


 意気投合する由美子と中澤。



「じゃあ、お昼にまた誘うね!」


「ああ!」


 そう言って席に戻って行くふたり。



(喜んで、いいんだよね?)


 つまらなかった学校が、ほんの少しだけ変わり始めていた。






「ただいまー」


 授業を終え家に帰った久須男をイリアとケロンが迎える。


「お帰りなさいませ!!」

「ワンワン!!」


 イリアは深く頭を下げ、ケロンは久須男に飛びついて顔を舐める。



「わわっ、よせって!! 分かったから!!」


 久須男もケロンの頭を撫でて可愛がる。




「久須男、ちょっといいかしら?」


 そこへ母親が神妙な顔つきで言う。


「なに?」


「ちょっと来なさい」


「あ、ああ……」


 あんまりいい話じゃないだろうなと思いつつ、イリアとケロンを自室へ行かせ母親の後に続く。



「お茶、飲む?」


「いいよ、それより何の話?」


 ダイニングにやって来た母親がコップに注いだお茶をひと口飲んでから尋ねる。



「イリアちゃんだけど、いつまでうちにいるのかしら?」


「え、どうして?」


 母親が真剣な顔で言う。



「どうしてじゃないでしょ? どんな家庭の事情かは知らないけど、年頃の女の子がいつまでも家出していていい訳ないでしょ?」


「あ、ああ、そうだね……」


 言われてみれば当然の話。家出としている以上、相手の両親が心配するのも当然だろう。母親が尋ねる。



「それとも何か訳ありなのかい?」


「……」


 訳ありだ。大訳ありである。



(でも言えない。今はまだ言う時じゃない)



「母さん」


「なに?」



「ごめん。だけどイリアのことは心配しないで。そんなんじゃないから」


「そうなの? あなたがしっかりしてあげてね」


「ああ、ありがとう」


 久須男はそう言って小さく頭を下げると、二階にある自室へと駆けあがった。






「おーい、いるかー?」


 部屋に入った久須男がイリアとケロンに声を掛ける。


「はーい、いますよー!」


 ベッドの上で横になっていたイリアが手を上げて応える。床で伏せていたケロンも頭を上げて尻尾を振る。久須男がケロンを撫でながら言う。



「本当にこの毛ってモフモフだよな~、鋼鉄みたいに硬くなるし、かと思えばこんなに柔らかくなるなんてな」


「クウ~ン……」


 ケロンが甘えた声を出す。


「でもこの間女子達に触られていた時はもっとフカフカだったような気がするけど……」


「ワン!」


 ケロンが満面の笑みで吠えて答える。イリアが言う。



「それで何かお話があったんですか?」


「ああ、いや、大したことはないんだけど、ふたりに今後の方針について話して置こうかと思ってね」


「今後の方針?」


 首を傾げるイリアに久須男が言う。



「うん、とりあえずイリアが望んだ通りにどんどんダンジョンに行くよ。どうも俺にはダンジョン攻略のスキルがあるみたいだし、仲村さんや中澤君みたいに困っている人を助けるのは……、まあなんて言うか、とても気分がいい」


「そうですね。久須男様には物凄い才能が有ります。王族の私とフュージョンしたからか知りませんが、強運にも恵まれています。このままダンジョン攻略することに大賛成です!」


「ありがとう。ケロンもいいか?」


「ワン!!」


 主従関係を結んだケロン。主人の命は絶対だし、主を守る為なら命を捨てる覚悟はできている。その意味を理解した久須男がケロンの頭を撫でて言う。



「ありがとう。お前は本当に可愛いやつだ」


「クウ~ン……」


 再び甘い声を出すケロン。



「それでだ。とりあえず明日からこの街で手当たり次第ダンジョンに潜る。最初の目標は紫に藍。余裕ができて来ればその上の青も目指したい」


「いいと思います。どんどん行きましょう!!」


 久須男が頷いて言う。



「それから別ルートでもダンジョン攻略を行う」


「別ルート?」


「ああ、ネットの掲示板で調べていたんだけど、『神隠し』に遭っている人がそれなりの数いることが分かったんだ」


「ネットの掲示板?」


 イリアが首を傾げる。


「ああ、ネットと言うのはコンピューターとかで世界の皆と繋がるツールのこと。そこで色んな場所や人が突如行方不明になった話をしているんだ」


「ネット……、便利なものがあるんですね。それでその人に会って人探しをすると言うのですね?」


「ああ、せっかくダンジョン攻略をするのならば同時に人助けもしたい。いいと思うか?」


 イリアは頷いて言答える。



「素晴らしいことだと思います。私の世界ではその役割を王都救助隊が行っていました。ダンジョンに紛れ込んだ一般人を救助する役割です」


「なるほど。この世界でもいずれそう言った組織が必要になるかもしれんな……」


「ええ、この世界にもダンジョンが現れた以上必要になると思います」



「でも、その王都救助隊って結構忙しかったんじゃないか?」


「どうしてです?」


「いや、だってこれだけあちこちで人がダンジョンに迷い込むと救助も大変だろ」


「あー……」


 イリアが少し苦笑いする。



「なに? どうしたの?」


 イリアはちょっと舌を出しながら、首に掛けていたネックレスに手をかける。



「あの、久須男様。実はマーゼル王国ではこういうものがありまして……」


 そう言って胸の谷間からネックスに繋がれた白い小さな球を取り出す。イリアの胸の谷間に目を奪われた久須男が一瞬ぼうっとする。



「あのですね、これはですね……、久須男様? 聞いていますか?」


 胸の谷間を見せながら首を傾げるイリア。栗色の髪がはらりと揺れるのを見て久須男が返事をする。



「あ、ああ、ちゃんと見てるぞ」


(??)


 イリアは変だと思いつつ説明を始める。



「実は我々の国民はすべてこの『帰り玉』と呼ばれる玉を携帯しています」


「帰り玉?」


 久須男はイリアが手にした白い玉を見て尋ねる。



「はい、不意にダンジョンに入った時でも、この玉を強く手で潰すと一瞬出入り口に戻れるって言う道具です」


「え! そんな便利なものがあるの!?」


「はい、ただこれを作れるのが国でも一部の人間。特別なスキルが必要で、その管理は国が行っていました」


「なるほど。だから神隠しみたいな混乱は起こらないんだな」


「はい、ただ時々『帰り玉』が無効のダンジョンや、高難易度ダンジョンなんかでは使えないようで、その場合には救助隊が出動します」


 少し考えた久須男が尋ねる。



「イリアはその帰り玉ってのは作れないのか?」


「はい、申し訳ございません。『魔力付与』でしたら可能ですが……」


「分かった。それだけでも十分有益な情報だ。ありがとう」


「い、いえ。大したことは……」


 そう言いながらイリアが顔を赤くして照れる。久須男は机に置かれたパソコンに向かい、ふたりに言う。



「さ、じゃあ、明日だけど、この人に会ってみようと思う」


 そう言って指差されたパソコンのモニターに書かれた書き込み。



【おじいちゃんが三日前から行方不明になって帰って来ません。誰か助けて下さい!】



 隣の市、久須男の家からも十分行ける距離。


「最近は闇雲にこの辺りのダンジョンを攻略して来たけど、明日からはこういった人助けも同時に行っていきたい。協力頼む」


「イリアはいつでも久須男様と共にあります!」


「ワンワン!!」


 イリア、そしてケロンも尻尾を振ってそれに応える。

 これより久須男のダンジョン攻略速度が加速度に上がって行く。同時にその能力も飛躍的に上がることとなる。

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