12.謎のダンジョン攻略者?

 ダンジョンで久須男くすおに助けられてから数日後、仲村由美子の元へ政府の人間である真田が訪れた。

 内閣府直属の『ダンジョン攻略室』室長だと言う男。久須男にダンジョンのことは口止めされていたが、既に家族には政府からの通知が入っており今回の真田の訪問も言ってみれば予想していたものだ。母親が言う。



「どうぞお入りください」


 由美子の家を訪れた真田が会釈して家に上がる。


「ご家族も色々心配されているかと思いますが、お嬢様さんとふたりきりで話がしたいです。よろしいでしょうか」


「はい、結構です」


 それが国の、国家機密であることは母親も理解していた。真田を居間へ案内した母親はすぐに娘の由美子を呼びに行く。



「政府の方が来たわ。正直に話しなさい」


「はい……」


 ダンジョンのことは素直に話そうと思う。自分が経験したことが活かされる。ただ、



(藤堂君のことは言えない……)


 彼から口止めされている。理由は知らないが命の恩人に頼まれた約束は破れない。




「初めまして。内閣府ダンジョン攻略室、室長の真田です」


 居間に入った由美子を待っていたのはオールバックで鋭い目つきの男であった。圧が凄く、これまで由美子が接して来たどの人間にも分類できない人物。只者ではないとすぐに分かった。由美子が差し出された名刺を見ながら言う。



「仲村由美子です。よろしくお願いします」


 だが由美子も負けてはいない。黒髪をかき上げ、眼鏡の奥にある彼女の目は凛として真田を見つめる。真田が尋ねる。



「単刀直入に聞きます。ダンジョンから生還されたのですね?」


「はい」


 間を置かず由美子が答える。つまらぬ嘘は無理。既にそう判断している。


「詳しい話を聞かせてくれませんか。ダンジョンのこと、脱出のこと」


 由美子が頷いて話始める。



「家の、家のドアを開けたらダンジョンにいました。暗くて怖くて。それだけでも怖かったんですが、そこにもっと恐ろしいものがいました」


 無言で聞く真田。



「魔物です。見たこともない異形の生き物で、それはゴブリンと言う凶悪な魔物でした」


 真田の眉が少しだけ動く。



「とにかく魔物に追いかけられ服を破かれ……」


 そこまで話した時、由美子は自分の声が震えていることに気付いた。思い出される恐怖。久須男に助けて貰ったとは言え、あの悪夢が簡単に消えることはない。



「大丈夫ですか?」


「あ、はい。すみません。えっと、それである部屋に逃げ込んだんです。良く分からないのですが、その場所には魔物が全く来る気配がしませんでした」


「恐らくSAですね」


「SA?」


 そう尋ねる由美子に真田が笑顔で答える。



「ああ、すみません。セーフティエリアの略です。我々も研究途中ですが、ダンジョンの中にはそのような安全な場所があるようです」


「そうでしたか。それで……」


「運が良かったですね」


 由美子はそれに頷いてから話を続ける。



「私は怪我をしていましたので、その部屋から動かずじっとしていました。二、三日だったと思います」


「大変でしたね……」


「はい」


 真田の顔が真剣になる。



「それでどうやって生還したんですか?」


「……」


 初めて由美子が無言になる。



「ごめんなさい。その辺りの記憶が曖昧で……、気付いたらお母さんに助けられていました……」


 真田が小さく頷いて言う。



「そうでしたか。分かりました。また何か思い出したら教えて下さい」


 真田は笑顔でテーブルの上に置かれた名刺を指差す。



「はい、ごめんなさい」


「いえ、大変貴重なお話でした。あ、あとダンジョンの件は決して口外しないようお願いします」


「はい」


 真田はそう言うと笑顔で頭を下げ家を出た。





「何か隠してるな……」


 ひとり車を運転しながら真田がつぶやく。


(SAに居たからと言って怪我をして魔物に追われていた少女が、何もせず無事に生還できることは考えにくい)


 懐から煙草を取り出し火をつける。



(出口か? いや違う協力者だな)


 真田が先程の会話を思い出す。



(我々ですら情報が少ないダンジョンで、彼女は魔物のことを『ゴブリン』と言った。知るはずのない情報。だとすれば何者かが彼女を助けたと考えるのが普通だろう)


「ふうーっ」


 窓を開け、煙草の煙を吐き出す。



(何者だ? 怪我をした少女を抱えてダンジョンを攻略できる者。相当な手練れのはず。一体誰だ?)


 真田はもう少し仲村由美子の身辺を調べなきゃならないと思った。






(すげえ、すげえ、一体何なんだ、あいつ……)


 ダンジョンに入り込んだ中澤は、目の前で次々と魔物を討ち取って行く久須男を見て唖然とした。



「はっ、はあっ!!」


 手にした剣で現れた魔物を突き刺し、退いては身震いするほどの攻撃魔法を放ち敵を殲滅していく。動きも速すぎて目で追えない。唯一相棒のケロンだけがその動きに合わせて戦っているだけだ。



「土魔法、アースリバウンド!!!!」


 久須男が差し出した右手、魔法詠唱と同時に揺れる地面。



「ギュギャギャ!?」


 現れた魔物達が驚き戸惑う間に、『神速』で敵を殲滅。逃げ出した魔物はケロンがその鋭い爪と牙で次々と討ち取って行く。



(俺は……、こんな奴を、苛めていたのか……)


 名前が久須男だからクズ男。

 そんなつまらない理由で彼を苛め馬鹿にしてきた自分が、今こうしてその彼に助けられている。



(もう、笑うしかねえな……)


 未知の異形の襲来。それでもそれに臆することなく剣を振るうクラスメートを見て、恐怖を感じるべきどころかそんなことも忘れてしまう。




「ケロン……」


 そんなダンジョン無双していた久須男が立ち止まる。

 立ち止まった部屋、少し広めの部屋に一面花が咲いている。



(花なんて初めてだ。藍色の花……)




 背は低いが幾つもの藍色の花びらを付けた美しい花。ただどうしてもいやな予感がする。久須男がすぐに『神眼』で花を確認。



【コロシ草:毒】



「え? 毒!?」


 美しい花。ただその危険に気付いた久須男が中澤に言おうとした時、再度『神眼』が動く。



【マンドラゴラ ×2】



(マンドラゴラ!? やはりここはボス部屋!!)


 久須男がすぐにケロンに叫ぶ。



「ケロン、中澤を連れて下がれ!!!」


「ワン!!!」


 命令を受けたケロンが後ろに下がろうとしていた中澤に向かって走る。



「うっ!? うぐぐぐっ……」


 そんな中澤が喉を押さえて苦しみ始める。



(これは……? 毒!?)


 久須男が気付くと既に部屋中に毒が充満している。彼らが入って来たと同時に毒花が反応したようだ。



「ケロン、急げっ!!!」


 命じられたケロンが完全に地面に倒れた中澤の服を咥えて部屋の外へと駆け出す。



「キシャヤアアアアア!!!!」


 その間にもマンドラゴラが奇声を上げて突入してくる。



(うっ、さすがに苦しいな……、一気に終わらせる!!!!)


 久須男は右手を上にあげ魔法を唱える。



「火魔法、ファイヤーストーム!!!!」



 ゴオオオオオオ!!!


 久須男の詠唱と同時に竜巻のような火柱が数本現れ、部屋の中を焼き尽くして行く。


(全部、燃えてくれ……)



 毒を吸い、眩暈がし始めた久須男が片膝をつきながら更に魔力を上げる。



「キシャヤアアアアア!!!!!!」


 最後マンドラゴラが奇声をあげ、そして部屋にあった毒花共々すべて焼き尽くした。



「ううっ、さすがに毒はきついな……」


 状態異常の罠。さすがにダンジョンクラスが上がっただけのことがある。



 カランカラン……


「石板か……」


 久須男がゆっくり立ち上がり、床に落ちた石板を拾う。



【汝、以下の数式を解せよ】


(また算数……)



【12×10=?】



「……120」


 パリン!!


 見事『大いなる試練』を乗り越えた久須男の頭に新たなスキルが記される。



【スキル『毒無効』】



「……毒無効? もうちょっと早く欲しかったな」



「ワンワン!!!」


 気が付くと気絶した中澤を咥えたケロンがやって来る。久須男がケロンの頭を撫でて言う。



「帰るぞ、ケロン」


「ワン!」


 一行は真っ白い光に包まれた。






「ここは……、中澤君の家の前? 良かった……」


 ダンジョンボスを倒し、無事に帰って来た久須男達。


「クウ~ン……」


 座り込む久須男にケロンがやって来て心配して顔を舐める。毒にやられた中澤は横になったまま動かず、久須男も眩暈が激しい。



「久須男様あああ!!!」


 そんな朦朧とする意識の中、遠くから誰かが呼ぶ声がした。



「ワンワンワン!!!」


 ケロンが嬉しそうに尻尾を振る。



「ああ、イリアか……」


「イリアかじゃないですよ!! 私を置いてダンジョン入ったんですか!?」


「ごめん……」


 心配そうな顔で久須男を見つめるイリア。そして直ぐに異常に気付く。



「どうしたんですか? 何があって……」


「毒にやられた……」


 イリアが驚き言う。



「毒……、毒にやられたんですね……」


 意識が朦朧としてきた久須男が小さく頷く。


「久須男様、アイテムボックスからすぐに『万能薬』を取り出してください!!」



「ば、万能薬……? 分かった……」


 久須男はアイテム管理はほとんどイリアに任せていたので、そんなアイテムがあったのかとぼんやり考える。



「早く、早くしてください、久須男様!!」


「あ、ああ……」


 久須男がゆっくり上げた腕の先にアイテムボックスの空間が開く。



「失礼します!!」


 すぐにイリアがその中に手を入れ万能薬を幾つか取り出す。



「はい、飲んでください!! それからあなたも!!」


 イリアはすぐに久須男に薬を飲ませ、隣で倒れている中澤の口の中にもそれを押し込む。



「う、うーん……」


 ようやく意識がはっきりして来た久須男が声を出す。


「大丈夫ですか、久須男様? もう動けるはずです。さ、帰りましょうか」


「あ、ああ、ありがとう。イリア」



 久須男は横になったままの中澤を見て彼の家のインターフォンを押す。


「じゃあ、帰ろうか!」


「はい!」

「ワン!!」


 家に向かいながらイリアが言う。



「久須男様、もう私を置いてダンジョンに行かないでくださいね。すごく心配しました」


「あ、ああ、分かった」


 昼寝していたのは誰だよ、と一瞬突っ込みを入れたくなった久須男。イリアが更に尋ねる。



「久須男様、ひとつお聞きしてもいいですか?」


「なに?」



「どうして久須男様は毒無効のスキルがあるのに、毒にかかっていたんですか?」


「え? あ、そう言えばそうだ」


 確かに途中から無効になったのに気付かずに『毒だ!』と思い込みで苦しんでいたのだろうか?



「って言うか毒無効って何ですか? 普通、毒耐性とかですけど……」


「そ、そうなの……?」


「そうですよ!! 異常状態の無効系スキルって超レアで、はあ……、もう久須男様については何も驚かないですけどね……」


「あはははっ……」


 それを聞いて苦笑いする久須男。



「それよりイリア。お前、ケロンのエサやり忘れて寝てたんだろ?」


「げっ!?」


「ダメじゃないか。ケロンが腹空かせて学校までやって来たんだぞ!」


「あ、あはははっ、ご、ごめんね! ケロン……」



 ガブッ!!


「きゃ!?」


 そう言って謝るイリアの足をするケロン。



「も、もう、びっくりしたじゃない!! ケロンってば!!!」


「ワンワン!!!」


 そう言ってケロンを追いかけるイリアを久須男は笑って見つめた。

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