11.ダンジョン攻略者、そして……

「ワンワンワン、ワン!!!」


「あ、ケロン!?」


 ケロンが学校にやって来たその日の夕方、授業を終え校門を出た久須男くすおにケロンが飛びついて来た。



「クウ~ン!!」


 久須男に飛びつき顔を舐め始めるケロン。彼もそんなケロンの頭を撫でながら言う。


「なんだ、お前帰ってなかったのか?」


 頭も良いケロンは、久須男の授業が終わるまでずっと校門の隅でじっと待っていたのだ。久須男がケロンの体を撫でながら言う。



「じゃあ、帰るか。大人しくついて来いよ」


「ワン!」


 ケロンは尻尾を振ってそれに応える。




 学校の帰り道、ケロンとふたりで歩く久須男。ケロンは久須男の少し前を歩き、何か危険がないか逐次警戒している。


「あー、そこの君」


 そんな久須男に前からやって来た自転車に乗った警官が声をかける。


「はい?」


 警官は久須男とケロンを見て言う。



「犬の散歩はちゃんとリードをしなきゃダメだよ。誰かに噛みついたら大変だからね」


「あ、ああ、ごめんなさい」


 頭に手をやり謝る久須男。それを見たケロンが唸り声を上げ始める。



「グルルルルル……」


 久須男を注意した警官を敵だと認識したのだろうか。すぐに久須男が言う。


「ケロン、静かに!」


「クウ~ン……」


 叱られしゅんとなるケロン。警官には次はちゃんとリードを付けて歩くことを約束し、再び歩き出す。



「ケロン、いちいちあんなことで怒っちゃだめだぞ」


「ワン」


 ケロンは歩きながら尻尾を振ってそれに応える。




「あ、あれ……」


 そんな久須男の目にクラスメートの苛めっ子の姿が映る。

 意外と学校から近い場所に家があるのか、門を開け家に入ろうとしている。そして気付いた。



(いけない!! あれはダンジョン!!!!)


 クラスメートが開けたドア。

 それは『神眼』に反応したダンジョンへの入り口であった。



「ケロン!!」


「ワン!!」



(『神速』っ!!!)


 ケロンに合図を送り、久須男はどのドアが閉じられる前に高速で移動。何とかケロンと共に体をねじ込んだ。



(確かこのダンジョンは藍の二星。いきなりこれまでより上のクラスに来ちゃった……)


 これまでは最下級の紫ダンジョンばかり潜っていた。そろそろ次のクラスの藍色へと思っていたのだが、思いがけぬ形で来ることになった。




「な、なんだよ、ここ……?」


 一方、先に入って来ていたクラスメートはその異常さに気付いて絶句していた。

 家だと思った場所が、見たこともない暗い洞窟になっている。じめっとした空気、鼻につく異臭、心が潰されそうな圧迫感。どれも自分が暮らす世界には感じられない異常なものである。



「中澤君……」


 呆然とするクラスメートに久須男が声をかける。中澤が振り向いて言う。



「お、お前、クズ男!? ど、どうなってるんだよ、これ!!!」


 中澤は久須男を苛めるリーダー格の男。今日の昼、ケロンに撃退された仲間を見て激昂した人物である。久須男が落ち着いて言う。



「ここはダンジョン。異空間だよ」



「ダ、ダンジョン!? 何言ってるんだよ! 分かるように話せよ!!」


 そう言って久須男の肩を持ち揺さぶる中澤。



「グルルルルル!!!!」


 それを見て唸り声をあげるケロン。久須男は中澤の手をはねのけて言う。



「これから見ること起こることは誰にも言わないでいて欲しい。それができるなら


 その言葉を聞いた中澤の顔が一瞬で真っ赤に染まり、ダンジョンの壁をドンと叩いて声を荒げる。



「はああ!? 何勘違いしてんだよ、クソ雑魚が!! クズ男のおめえがなに偉そうなこと言ってんだよ!!!!」



 久須男が溜息をついて答える。


「ここは死と隣り合わせの場所。俺は幾つもここを攻略して来た。だけどこのクラスは初めて。黙って付いて来るなら君を助ける」


 中澤の怒りが頂点に達する。



「な、何をおおおお、このクズ野郎が……」



 瞬間、久須男の脳裏に反応が示される。



【ドラゴンバード ×2】



(魔物!? ドラゴンバードだって!!??)


 聞いたことのない魔物。今回急なダンジョンだったのでイリアが居ないことがやや心細い。



「中澤君、下がって……」


「ふざけんな、てめええ!!!!」


 中澤が怒りに任せて久須男を殴ろうと右手を上げる。



「ガウガウガウガウ!!!!」


 ケロンが通路の奥の方に向かって大声で吠え始める。その時だった。



 ジュン!!!



「ぎゃあああ!!!」


「しまった!!」


 中澤の勝手な行動に気を取られた久須男とケロンに一瞬の隙ができる。

 ドラゴンバードは高速で移動し、右手を上げた中澤の拳に鋭く尖ったくちばしを突き刺した。



「痛てえ、痛てえ、何だよぉ!? これ!!」


 自分の拳に突き刺さる鳥のような異形の生物。震えながら座り込む中澤を見て久須男が叫ぶ。



「ケロン、前のを頼む!!!!」


「ワン!!!」


 久須男の命を受け、陰に潜んでいるもう一体に向かってケロンが駆け出す。久須男もすぐにアイテムボックスからミスリルソードを取り出し、中澤の右手に突き刺さっているドラゴンバードを斬りにかかる。



 シュン!!!


 ブウウウウウン!!!!


 しかしドラゴンバードはくちばしを抜くと直ぐに後方へと飛び去る。



(これまでとは違う!! さすがクラスアップしたダンジョン!! ならば……)


 久須男は強い魔物に驚きつつも、冷静に飛び去って行ったドラゴンバードの方に手を向けて言う。



「水魔法、ウォーターライフル!!!!」



 ズキュン!!!



「グギャア!!!」


 久須男の上げた右手の指から水の弾丸が形成され、光速でドラゴンバードへと放たれる。攻撃に気付いたドラゴンバードだったが、その時には既に久須男の魔法が体を貫通し、そして煙となって消滅した。



「ワンワンワン!!!」


 同時に戻って来るケロン。

 無事にもう一体も討伐できたようだ。




「中澤君!」


「うぐぐぐぐっ……」


 右手を押さえ、地面に倒れている中澤。大量の血が流れ出ており真っ青な顔をしている。久須男はすぐにアイテムボックスからハイポーションを取り出し中澤に飲ませ、残りを穴の開いた手に振りかけた。



「うがああああ!!!!」


 激痛が中澤を襲う。

 久須男が静かに声をかける。



「とりあえずこれで大丈夫。もう痛みはないだろ?」



「え?」


 中澤がその手を見ると手の怪我からの流血がきれいに止まっている。久須男は黙って包帯を取り出し巻き始める。



「これは……」


「応急手当だ。傷は残るかも知れないけど、手を失うよりはましだろ?」


「……あ、ああ」


 中澤はまだ今の状況が頭で整理できていなかった。



 突然の転移。

 暗いダンジョン。

 見たこともない魔物。

 そしてクズ男と馬鹿にしていたクラスメートの強さ。



「なあ、おい、ここって、その本当にダンジョンって場所なのか……」


 恐る恐る尋ねる中澤に久須男が頷く。


「俺、下手したら死んでたのか?」


 久須男がもう一度頷く。



「うわぁ、うわあああああ!!!!!」


 突然頭を押さえ大声を上げる中澤。

 無理もない。一般人が突然このような場所に放り込まれたら狂わない方がおかしい。ただ、今大声をあげるのは良くない。下手に魔物を呼び寄せてしまうだけだ。



「中澤君、静かに」


「……」


 この様な状況でも恐ろしいほど落ち着いている久須男に中澤はある意味安堵する。暗く静かになった周りを見ながら中澤が小さな声で尋ねる。



「お、お前について行けば助かるんだな……?」


「多分」


「多分って何だよ! 多分じゃダメだろ!!」



「静かに。さっきも言ったけどここは死が隣り合わせの場所。何が起こるか分からないし、それに……」


「それに、何だよ?」


 久須男は足元にやってきたケロンの頭を撫でながら言う。



「もうひとりのパートナーがいない。ま、でもこいつが居てくれて助かったよ」


 そう言って再度頭を撫でると、ケロンは尻尾を振って喜ぶ。



「な、なあ、もしかしてその犬って……」


 中澤が震えた声で尋ねる。


「ああ、こいつは魔物。地獄の門番って言われるケロべロスだ」



「地獄の門番、ケロべロス……」


 その恐ろしい名前を聞いて中澤が唖然とする。そんな恐ろしい魔物だったのか。小さな、ちょっと気の強い犬だと思っていたが物凄い勘違いだった。



「じゃ、じゃあ、さっき俺の仲間が蹴飛ばそうとして……」


「ああ、ケロンは遊んでやったぐらいの感覚かな。もしちょっとでも本気出していたら、もう足は無かったと思うよ」


「……」


 ケロンが久須男を守ろうとした時の覇気。尋常じゃないとは思ったが、まさかそれ程だったとは想像もできなかった。中澤が頭を下げて言う。



「分かった、。お前について行く。よろしく頼む……」


 苛めっ子のリーダーが、苛めていた人間に頭を下げる。そのいびつで歪んだ関係が終わった瞬間だった。



「分かった。じゃあ、これ着て」


 久須男はそう言ってアイテムボックスの中から青白い胸当てを取り出して渡す。


「これは?」


「青竜の鱗の胸当て。軽いけどかなりの防御力を持ってる。この辺りの魔物なら多分大丈夫」


「あ、ありがとう……」


 中澤はそれを受け取り恐る恐る装着する。



「魔物が出たらすぐに言うから、極力壁際など安全な場所へ避難して」


「分かった。なあ、久須男……」


 再びダンジョン攻略の準備をし始めた久須男に中澤が尋ねる。



「なに?」


「お前、一体何者なんだ……?」


 久須男が剣を装備し、笑顔で答える。



「ダンジョン攻略者、それから……」


 中澤が黙って久須男の顔を見る。



「君の友達だよ」


 中澤はこの目の前の男に、自分の命を預けてもいいんだってその時思った。

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