第二章「新たなフィールド」
10.深雪とマリア
「ね、ねえ、マリア。本当にここ、紫のダンジョンなの……?」
黒髪のボブカットの少女は薄暗いダンジョンを歩きながら、前にいる赤髪の女剣士に尋ねた。
「ええ、多分。それほど強い邪気は感じられないから大丈夫だと思う」
「本当に、本当?」
「いえ、だからそれは私には分かりませんって。取りあえず最初の魔物に遭遇するまでは」
「ううっ……」
黒髪の少女、
(でもお母さんのためにも頑張らなくっちゃ……)
深雪はダンジョン攻略と言うとても困難な任務を思い気合を入れる。
内閣府直属のダンジョン攻略室。
ここは数年前から確認されるようになった未知の存在であるダンジョンの解明と攻略を目的に作られた組織である。
隊員は各自衛隊や警察、民間警備隊から選りすぐられた戦闘や解析のプロが集められて構成されたが、残念ながら正確な場所も特定できず、ダンジョン発見の報告があっても誰も戻らないという八方塞がりの状態であった。
お手上げ状態だった『ダン攻室』に変化が現れたのは、『フュージョン』という特殊能力を持つ異世界人の出現であった。
たった三名、三名の異世界人によってダンジョンのことが伝えられ、政府も彼らと協力してダンジョン攻略を始めることとなる。
異世界人達の要求は、この世界逃げ込んだ『イリア』という姫の身柄拘束。
ただ政府は彼らにこの世界での争いを禁じた。代わりに彼らの世界へ戻るダンジョンの捜索に協力することで合意。異世界人達も急にいなくなったイリアを追って、十分な準備をすることなくこの世界に来てしまったため不利な条件も受けざるを得なかった。
そして『ダン攻室』の協力の下、彼らと融合可能な人材が選ばれ、無事にフュージョンが行われた。
そのひとりが異世界人マリアとフュージョンした女子高生、深川深雪である。
「深雪、周りに集中して。いつ魔物が襲ってくるか分からないから」
「う、うん……、分かってる……」
マリアは細身の剣を構えゆっくりとダンジョンを歩く。
フュージョンしていないマリアには、魔力付与された剣が唯一の武器。あくまでフォローという立場で、攻撃の主体は深雪となる。
「深雪!! 来たわよ!!!」
そんな震える深雪にマリアが声をかける。
(怖い、怖い怖い怖い!!!!)
『神眼』の様なスキルを持たない深雪にとって、暗闇から突然沸きだす魔物は恐怖以外何物でもなかった。マリアが洞窟の先にうごめく物体に剣を向ける。
「あれは……、ブラックスライム!? 良かった、辛うじて紫だ」
下級魔物であるスライムが出るということは、このダンジョンは紫のダンジョン。初級ダンジョンである。マリアが後ろで震える美雪に言う。
「深雪、準備はいい? いつも通り私が攻撃して隙を作るから、その後お願い!!」
「え、ええ、分かったわ……」
深雪は手にした木製の短い杖を握りしめ、前方に現れた黒いゼリー状の異物を見つめる。
(怖いし、気持ち悪いし、ああ、もういや……)
少し前まで一般の女子高生だった深雪にとってこのダンジョン、魔物が次々に現れる未知の異空間に頭は混乱し掛かっていた。
それでも母子家庭で貧しかった彼女。『ダン攻室』からエリート待遇が受けられる国家公務員になれると聞き、すぐに参加を希望。攻略組特殊班であるF(フュージョン)組へと配属された。
「行くわよ!! はあっ!!!!」
マリアが剣を構えてブラックスライムへと斬りかかる。
シャンシャンシャン!!!
素早いマリアの攻撃。
ただしダメージは受けるものの、倒せる気配はない。
「今よ!! 深雪っ!!!」
「え? あ、はい!!!」
深雪は杖を前にかざし大声で叫ぶ。
「ウ、ウォーターショット!!!!!」
深雪がフュージョンで得たボーナススキル、それは『水属性魔法』。最初のダンジョンで偶然手にした小さな水のエレメントの欠片と合わせ、彼女は水魔法の使い手となった。
ドフドフドフ!!!
空中に現れた水の塊が勢いよくブラックスライムへと放たれる。
「ギュガアア!!!」
大きなダメージを与えられたが致命傷には至らない。マリアが思う。
(威力はあるが急所を突けていない!!)
解析系スキル、久須男の『神眼』を頂点とする急所などを見つけるスキルがない以上、敵の体力を削りながら戦う以外方法はない。
「はあ!!!!」
マリアが水魔法で怯んだブラックスライムへ次々と剣で突きを放つ。
(急所に当たれえええ!!!!)
シュンシュンシュン!!!!
とても非効率な戦法。だが今の現状を考えると致し方がない。
「ギャアアアアア!!!」
やがて偶然、マリアの剣がブラックスライムの急所へと突き刺さる。魔物は叫び声を上げながら煙となって消えて行った。
「マリア、大丈夫!?」
慌てて駆けてくる深雪にマリアが笑顔で答える。
「大丈夫だ。さあ、探索を続けるぞ」
「ええ……」
マリアは分かっていた、まだ圧倒的に実力が足りないことを。
その後ボスに遭遇するも敗北。魔物から逃げながら数日間出口を探して彷徨い、這う這うの体でダンジョンから脱出した。
「ふわ~あ、眠い……」
仲村由美子をダンジョンから救ってから数日、
昼食を食べ、眠い午後の授業をぼんやり聞いていると、高校の校庭に見慣れたあるものが入って来て目が覚めた。
(え!? あれってケロンじゃん!!!)
テイムして主従関係を結んだケルベロスのケロン。学校に行っている間は家で大人しくしていろと命じておいたのに、なぜか久須男の学校に来て周りをきょろきょろ見ている。
(イリアのやつ、何やってるんだ!!)
その頃イリアはいつもの昼寝中で、そんなことは知らない。
ケロンはクンクンと匂いを嗅ぐと、校舎にいた久須男を見つけワンワンと尻尾を振って吠え始める。
(あ、あのバカ!! 尻尾が三つもある犬がこの世界にいるか!!)
久須男は時計とにらめっこをして授業が終わるのを待ち、チャイムと同時に校庭へと駆け出す。
「ワンワンワン!!!」
自分に会いに来てくれたと思ったケロンが尻尾を振り喜びを現わす。
「ケロン! ダメじゃないか、学校に来ちゃ!!」
「クウ~ン……」
突然怒られたケロンが下を向いてしゅんとする。その時後ろから声が抱える。
「えー、なにそれ? 可愛い!! 藤堂君の犬のなの?」
(え?)
久須男が振り返ると数名の女子が来て興味深そうにケロンを見ている。
「いや、これは犬と言うか……」
そんな久須男を無視して女子数名がケロンを抱きかかえて頭を撫で始めた。
「やだ~、可愛い!! 毛なんかモッフモフだよ!!」
「ほんと~、尻尾振ってるし、可愛い~!!」
女子に撫でられ愛想を振りまくケロンを見て久須男が溜息をつく。
(ケルベロスって地獄の門番なんだろ? 完全に犬扱いじゃん……)
そんな様子を久須男が苦笑しながら見ていると、背後から別の声が掛った。
「おい、クズ男っ!! てめえ、何やってんだよ!?」
それは同級生の苛めっ子達。教室を走って抜け出し、あろうことか女子と仲良くやっている久須男を見て既に怒り心頭である。
「じゃ、じゃあね……」
空気を察したのか、女子達がケロンを地面に下ろして立ち去っていく。苛めっ子が久須男に近付きながら言う。
「クズのクズ男がなに調子こいてんだよおおお!!!」
「グルルルルルゥ……」
そう怒鳴りつける苛めっ子達に、ケロンがまるで仁王立ちのように久須男の前に立って唸り声をあげる。小さな犬が威嚇するに気付いた苛めっ子達が笑って言う。
「ああ? 何だこのイヌ!? ぶっ殺されてえのか、ああ!!??」
先程の女子とは違い、主である久須男に対して攻撃的な感情を放つ苛めっ子達に対し、ケロンは犬の仮面を外し魔物の片りんを露わにする。
「グルルルルル……」
「な、なんだよ、このイヌ……!?」
静かに唸るケロン。
だが発せられる覇気は既に上級魔物であるケルベロスのもの。苛めっ子達は感じたことのないような恐怖に体が動かなくなる。久須男が言う。
「ケロン、そのくらいにしておけ」
魔物であるケロンが本気で一般人に襲い掛かったら、ほぼ瞬殺してしまうだろう。幼体とは言え上級魔物。怪我をさせる訳にはいかない。
「クウ~ン……」
主の声の制止の声を聞き、一瞬ケロンの覇気が止まる。
「このクソイヌがああああ!!!!」
その隙をついて、苛めっ子のひとりがケロンを蹴り飛ばそうと近付いて来る。
「ガアアアアアウ!!!!」
「止めろ、バカ!!!!」
久須男の制止にもかかわらず、攻撃を受けると感じたケロンがすっと姿を消す。
「ぎゃあああああ!!!!」
同時に響く苛めっ子の大きな声。
見ると彼の足にケロンが噛みついている。久須男が言う。
「ケロン、戻れっ!!!」
「ワン!!」
久須男の声を聞き、ケロンが主の元へと帰って来る。
「うわ、わ、な、なんだよ、一体……」
甘噛み。久須男の制止を聞き、本気ではない甘噛みで足を噛んだケロン。
それでも十分痛いだろうし、上級魔物の覇気を受け苛めっ子は腰を抜かして座り込んでいる。更に失禁。これ以上ない醜態を皆に晒していた。久須男が言う。
「もう俺に構わないでくれ。マジで死ぬぞ」
そう言うと尻尾を振っているケロンを抱き上げ、校門の方へと歩いて行く。
「くっそ……、なんだ、あのイヌ……、許さねえぞ、クズ男の分際で!!!」
リーダー格の苛めっ子が歩き去る久須男の背中を見て小さくつぶやいた。
「ケロン、勝手に学校へ来ちゃダメだろ?」
「クウ~ン……」
校門にやって来た久須男。ケロンに改めて注意する。
「お前みたいな尻尾が三つもある犬なんて、この世界にはいないんだから」
「ウウ~ン……」
ケロンが反省した表情を見せる。だがあることを久須男に伝えると、久須男が哀れんだ顔で言う。
「え、まだご飯貰ってなかったのか? イリアは? え? 寝てるって!?」
昼寝中のイリア。すっかりケロンのご飯をやり忘れていたようだ。久須男が苦笑して言う。
「仕方ないな。まだ購買やってたはずだから、なんか買って来てやる。ここで待ってろ」
「ワン!!」
ケロンはそう吠えると久須男に飛び乗って顔を舐め始める。
「ば、馬鹿、やめろって! くすぐったい!!」
ケロンは叱られはしたものの、こうして主人と会えたことを心から喜んだ。
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