9.動き出す歯車
後日、イリアはこの時の日記を以下のように書き記している。
『
でも、剣を片手に魔物へ突進する久須男様の姿を見て、私の
早く私で久須男様のその全てを染めたい、そんな気持ちを新たにする思い出深い一日でした』
(『神眼』……、弱点は喉元か!!!)
神速で動きながらボスであるゴブリンオークの弱点を見抜いた久須男。すぐにその周りを移動しながら攻撃を開始する。
ザンザン!!!
「ギャアアア!!!!!」
巨体で動きの遅いゴブリンオーク。
あまり速い久須男の動きに全くついてこれずよたよたと困惑しながら動き回る。
「ケロン!!!」
「ワン!!」
久須男の意図を汲み取ったケロンがゴブリンオークの真下に行き、そこから一気に真上へと跳躍する。
ガン!!!
「ギャア!!」
鋼鉄の毛の塊となったケロンに、下から顎にアッパーを食らった形となったゴブリンオーク。その反動で首が上へと上がる。
「今だ!!!」
その隙を狙って久須男が一気に喉元へ移動し、剣を突き立てる。
ザン!!!
「ギャアアアアア!!!!!」
喉元が弱点のゴブリンオークは見事その一撃で倒れ、煙となって消えた。
「ケロン、よくやった!!」
「クウ~ン!!!」
主人に褒められたケロンが甘えた声で久須男にすり寄る。ケロンを少し撫でた後、久須男は後方にいた由美子の元へと駆け寄る。
「大丈夫、仲村さん!?」
由美子は久須男と共にやって来たイリアに抱きかかえられ、ゆっくりと息をしている。久須男はアイテムボックスからポーションを取り出すと直ぐに彼女に飲ませた。それを見ていたイリアが無表情で言う。
「この方が仲村さん、なんですね?」
「ああ、そうだ。無事でよかった」
「綺麗な方ですね」
「は? おい、イリア。何言ってるんだ?」
「綺麗な方ですね!!」
「イ、イリア……?」
明らかに怒っている。不機嫌さが顔から出ている。
「久須男様はこのような綺麗な女の子を助けられて、さぞ満足なんでしょう」
「な、なに言ってるんだよ……」
お世話になったクラスメートを助けただけでなぜここまで不機嫌になるのか、久須男にはいまいち理解できない。
カランカラン……
そんなふたりにゴブリンオークが倒れた辺りから何かが落ちる音が聞こえた。
「あ、石板じゃん」
すっかり忘れていたがこのダンジョンのボスであるゴブリンオークを討伐したので、『大いなる試練』に挑戦できる。
「クウ~ン、クウ~ン……」
ケロンが気を利かせて床に落ちていた石板を咥えて持ってきてくれた。
「お、ありがと。ケロン!」
久須男がケロンの頭を撫でて喜ぶ。
【汝、以下の数式を解せよ】
(また算数かよ……)
【3×2=?】
眠ってしまった由美子を介抱していたイリアがその石板に浮かび上がった数式を見て青ざめる。
(じょ、乗算ですって!? あんなのどうやって解くって言うのかしら!? ま、まさか、こんな難解な数式も久須男様は暗算で……、っ!!)
しかしイリアは初めて数式の前で額に手をやり首を左右に振る久須男の姿を見た。
(や、やはりさすがの久須男様でもこんな問題を解くのは不可能……)
「6」
「え? ええええええっ!?」
なんでこんな人を馬鹿にするような問題ばかり出るんだよ、と久須男は首を振ってため息をついていた。
バリン!!
そして割れる石版。同時に久須男の脳裏に新たなスキルが記される。
【スキル『全属性魔法』】
久須男がイリアに尋ねる。
「なあ、イリア。お前の世界って魔法ってあるのか?」
「え? あ、ありますけど。魔法を使うには高度なスキルとエレメントが必要で……、えっ、まさか魔法系のスキルとか?」
驚くイリアに久須男が答える。
「よく分からないけど、全属性魔法っての」
「ゼン属性? 聞いたことないですね……、まさか新属性の魔法とか!?」
「いや、ゼン属性じゃなくて、全属性。すべての属性って意味だと思うけど」
「は? 全、属性……!?」
イリアが固まる。
しばらく目をぱちぱちと瞬いてから再度尋ねる。
「あの、久須男様? もう一度お聞きしますけど、全属性なんですね?」
「ああ、全属性」
「ふうっ、もう何を聞いても驚くことはないと思っていましたが、まさかそんな出鱈目なスキルがあるとは……」
「なあ、イリア。ちゃんと説明してくれよ」
「はい、久須男様。魔法を使うにはその属性ごとのスキルが必要になります。『火属性』とか『風属性』とか」
「なるほど」
久須男が頷く。
「その上で各属性のエレメントを入手します。まあこれもスキルと同じですね。火のエレメントとか風のエレメント。それでこのふたつが揃って初めてその属性の魔法が使えるんです」
「結構面倒なんだな」
「はい。それゆえ魔法を使えること自体が既に一定のステータスになります。だから久須男様の場合は……」
「エレメントを手に入れれば多分すべての魔法が使えると」
「はい。もうチートですね……」
「分かった、じゃあこれからはエレメントってやつも一緒に探そう」
「はい、そうですね。さて、そろそろ戻る時間です。久須男様」
「仲村さんも戻れるのか?」
「はい、このダンジョンでは彼女も異物。消滅と共に元居た場所に戻ります」
「そうか、それは良かった……」
そう話しているうちに久須男達は真っ白な光に包まれて一瞬、意識を失った。
「ふう、仲村さんの家の門か」
ダンジョンから戻った久須男達は、入り口のあった門付近に戻されていた。イリアが座ったまま眠ってしまった由美子を見て言う。
「とりあえずこの子を家に帰さなきゃいけませんね」
「そうだな。ハイポーション飲ませたから死ぬことはもうないと思うけど、何も食べていないから衰弱しているよな。後は家の人に任せよう」
「はい!」
久須男とイリアは眠ったままの由美子を玄関の前まで運びゆっくりと下す。
「さあ、俺達もとっとと帰るぞ!!」
「はい!!」
「ワン!!」
久須男が玄関のインターフォンを押すと同時にその場を走って立ち去る。
そして衰弱した由美子はドアを開けた母親によって無事保護された。
「あら、可愛いワンちゃんね~!!」
家に帰った久須男。一緒に連れて来たケロンを見て母親が笑って言う。
「あ、あのさ、さっき道で拾ったんだ。うちで飼ってもいいかな……」
母親が冗談っぽく言う。
「女の子の次はワンちゃんなの? 一体次は何を拾ってくるのかしらね~」
「いや、そんなんじゃないって……」
まさか異世界の魔物などとは言えない。母親がケロンの三つに分かれた尻尾を見て言う。
「あら、尻尾が三つもあるわ。珍しいわね~、イヌのコスプレかしら? お父さんに相談してみるけど、ちゃんと散歩とエサやりは忘れないでね」
「あ、ああ……」
まだ幼体だが上級魔物に散歩とエサやりとは……
「可愛いわね~」
それでも久須男の母親に尻尾を振って懐くケロンを見て久須男はまあ何とかなるのかなと思った。
数日経って仲村由美子は学校に登校するようになった。
「おはよう、仲村さん!!」
ずっと心配していた久須男はようやく登校してきた由美子を見てほっとした。ダンジョンから救助した際は痩せ細っていたが、今は以前の彼女ぐらいにまで戻っている。
ただ後で知ったのだが、彼女はあまりに衝撃的な出来事と恐怖や極限の状態により、記憶の一部は破損してしまっていた。でもこれだけはしっかり覚えていた。
「あの、藤堂君。あなたが私を助けてくれたんだよね……?」
暗闇で見た久須男の笑顔。
恐怖で真っ暗だった自分の心に、それは明るい光りを差し込んでくれた。
「うん……」
久須男は笑顔でそれに応えた。由美子は久須男の手を取って涙を流して言う。
「ありがとう。本当にありがとう……」
心の籠った言葉だった。
何となくただ生きて来た久須男にとって、由美子の心からの感謝は心の中へ心地良く響いた。
「いいって。いつも俺が助けられているんだし。あ、でもこの件は内緒にしておいてね」
「うん、分かった」
久須男としてはフュージョンして特別な能力を得たことをあまり知られたくない。ましてやダンジョンの話など今は皆を混乱させるだけだ。頭の良い由美子もそれを察してくれたのか、何も聞かずに頷いてくれた。
そしてこの出来事が、久須男のダンジョン攻略に拍車をかけることとなる。
ピンポーン
『はーい?』
その夜、由美子の家のインターフォンが静かに押された。対応に出た母親に訪れたオールバックの鋭い眼光の男が静かに話す。
『夜分すみません。内閣府ダンジョン攻略室室長の真田と申します』
『え? あ、はい! 今開けます!!』
ダンジョンに迷い込み、そのほぼすべての者が行方知らずになるこの世界。
『ダン攻室』の真田の元に民間でダンジョン生還者が現れたとの連絡が入ったのが昨日のこと。すぐにアポを取り、由美子の家へ訪れた。玄関に現れた母親に真田が言う。
「仲村由美子さんに少しお話を伺いたいです」
真田と由美子の接触。
これによりこの先、久須男が内閣府攻略組最高峰の称号を得るようになるのだが、それはまだもう少しだけ先の話である。
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