7.テイム

 藤堂とうどう久須男くすおがクラスメートの仲村由美子救出の為に潜ったふたつ目のダンジョン。その最深部で彼を待っていたのは、上級魔物として恐れられているケルベロスであった。

 剣を構える久須男に向かってケルベロスが唸り声をあげる。



「グルルルゥ……、ガウッ!!!!」


 そしてケルベロスは一度姿勢を低くすると、勢いよく久須男に向かって飛び掛かって来た。



「はあっ!!」


 久須男がそれをしっかりと見定めかわし、剣で一太刀加える。



 ガン!!


「くっ!」


 固い。ケルベロスは全身に覆われた銀色の体毛を鋼のように硬化させ防御している。幼体でこの強さ。成長すればどれだけ強くなるのか分からない。




(『神眼』……)


 久須男は意識を集中させ弱点を探る。



(くそっ、なかなか見つからない……)


 神スキルを持つ久須男だがまだ経験が浅く敵の魔物のレベルも高かいこともあり、これまでのように簡単に弱点を見つけられない。



 シュンシュン!!


 その間にもケルベロスは素早く動いて揺さぶり、鋭い爪と牙で容赦なく襲ってくる。久須男は『神速』で何とかそれをかわしながら好機を探るが隙が無い。



(あ、あった!!)


 そしてようやく見つけたケルベロスの弱点。

 それは意外にも三つに分かれた尻尾の付け根であった。



「行くぞ!!」


 弱点を見つけた久須男の動きが一段階速くなる。ケルベロスの爪や牙を紙一重でかわし、そして渾身の力を込めて尾に剣を打ち込む。



「はあああっ!!」



 ガン!!!



「キャイーン!!!!!!」


 弱点を打たれたケルベロスがこれまでにないような鳴き声を上げる。




「くそっ! 斬れなかったか!!!」


 それでも鋼の剛毛に覆われたケルベロスの体。一太刀で切り落とすことなど到底できない。久須男が剣を構え言う。



「ならば斬れるまで何度も叩く!!!!」




「キャウ~ン……」



「……え?」


 そう叫んだ久須男を前になぜかケルベロスは床に寝転び、腹を見せながら尾を振る。意味の分からない行動に久須男が呆然としていると、それを見ていたイリアが言う。



「もしかして、を望んでいるじゃ……」



「テイム? なにそれ??」


 剣を構えたまま久須男が後方にいるイリアに尋ねる。



「ええっと、要は手懐けるってことです! 下僕にして主従関係を作るんですけど、ケルベロスなんて上級魔物が、そんなこと……」


 テイマーと呼ばれる魔物使いは存在するが通常は下級、上級テイマーでも中級魔物を操ることしかできないとされている。幼体とは言えケルベロスを手懐けるなど普通は不可能。イリアが言う。



「ケルベロスのお腹をさすってあげてください! それで契約完了です」


「え、あ、ああ……」


 久須男は剣を持ったまま腹を見せながら尻尾を振るケルベロスの元へ行き腰を下ろす。



「あ、柔らかい……」


 あれほど硬かったケルベロスの体毛はいつの間にかそれこそ犬のように柔らかくなっている。久須男はそのまま優しく仰向けになったそのお腹を撫でる。



「クウ~ン……」


 ケルベロスは甘えた声を出しさらに大きく尻尾を振って喜びを現わす。



【ケルベロスのテイムに成功しました】



 同時に脳内に響く声。

 ケルベロスはすっと起き上がり、まるで忠誠を誓うかのようにお座りして久須男とじっと見つめる。



「す、凄いです!! あのケルベロスを、本当にテイムしちゃったんですか!?」


 後ろから小走りでやって来たイリアが驚きの声を上げる。



「ああ、そうみたいだな……」


 よく分からない久須男だったが、テイム出来たことは間違いない。軽く頭を撫でるとケルベロスはまた嬉しそうに甘えるように鳴く。



「クウ~ン……」


 そして今度はケルベロスがどこから持ってきたのか、石板のようなものを咥えて渡そうとしている。



「あ、これ、大いなる試練ってやつか?」


「そ、そうです! って言うか、ボスってテイム出来るんですね……、知らなかった……」


 ダンジョンや魔物に関してははるかに知識を持つイリアだが、久須男のやることはいつもそれを越えてしまっている。文献で見たとか、言い伝えとかそんなレベルだ。




【汝、以下の数式を解せよ】



「あ、また数式らしいぞ」


 そして石板に現れる数式。



【23-11=?】


 それを見たイリアが悲鳴を上げる。



「に、二桁同士の減算ですって!? そ、そんな無茶な……、いくらなんでもこんな難しい数式、久須男様でも……」



「12だろ?」



 バリン!!


 久須男の言葉と同時に割れる石板。イリアが驚いた表情で言う。



「あ、あんな難解な数式、暗算で、一瞬なんて……、凄すぎる……」


「いや、お前の国の教育レベルをどうにかした方がいいと思うぞ……」



【スキル『アイテムボックス・無限』を取得しました】



 そして脳内に見える説明を読み上げる。


「へえ~、アイテムボックスってスキルを取得したんだって」


「アイテムボックス? ああ、それは異空間に取得したアイテムを保管できる便利なスキルです。ああ、ようやく普通のスキル取得ですね。ちょっと安心しました。で、保管数は幾つですか?」


 出鱈目スキルじゃなかったことに安堵するイリア。いつも自分の想像の上を行く久須男に心配していたのだが、今回は普通のスキルのようで安心した。



「保管数?」


 尋ねられた久須男が首をかしげる。


「はい、アイテムボックスの後ろに数字がありませんか? 5とか10とか?」


「ないな……」



「え? そんなはずは……」


 アイテムボックスは中級スキルでそれ自体なかなか珍しいスキルだが、取得すると保管できる数が表示される。初心者で平均5、上級者で30ほどになる。



「いや、本当にないって。ただ後ろに『無限』って書いてある」



「は? 無限……??」


 イリアの頭が混乱する。

 アイテムボックスの保管数に『無限』など聞いたことがない。震える声で久須男に尋ねる。



「それってまさか、アイテムを無限に保管できるってことでしょうか……?」


「分からないけど、多分そうじゃない? いや、でも良かったよ。ずっとイリアに荷物係みたいに持たせてたんで、ちょっと気が引けてたんだ」


「いえ、今話すべきことはそこじゃなくて……」


 そのスキルの凄さが分からない久須男があっけらかんと言う。しかしすぐに表情を引き締めて言う。



「それよりここじゃなかった。仲村さんを早く見つけなきゃ!!」


「あ、はい!!」


 そうイリアが答えると、皆の体が白く光った。






「あ、戻って来た……、って、わっ!!!」


 気が付くと再び仲村家のドアの前にいる。

 ダンジョン攻略を終えたのでドアにあるダンジョンは消えているが、代わりに先ほどテイムしたケルベロスがこちらを向いて座っている。



「あ、こいつも付いて来たんか。ど、どうする!?」


「そうですね、とりあえず名前を付けてあげなきゃならないです」


「名前? うーん、そうだな、じゃあケルベロスなんで『ケロン』! どうだ?」


「いいじゃないですか! 可愛いです!」


 久須男はケルベロスの頭を撫でながら言う。



「お前の名前はケロンだ! よろしくな!!」


「クウ~ン!!」


 ケロンは再び尻尾を振りながら甘えた声を出す。




「さて、じゃあ、仲村さんは一体どこに……、あっ、あれって!?」


 ケロンを撫でながら周りを見ていた久須男があることに気付く。


「どうしたんですか?」



「いや、ほらそこ。門のところ、あそこにもダンジョンがあった……」


 玄関を入る前の門。そこにもダンジョンがある。先ほどは角度が悪かったのか気付かなかった。



「きっとあそこだ! ケロン、お前も行くか?」


「ワン!!」


(ワンって、犬かよ……)


 尻尾を振りながら久須男に忠誠を誓うケロンが立ち上がり共に歩き出す。



「難易度は……、紫の星五。これまでで一番難しいな。イリア、行けるか?」


「はい!!」


 イリアも頷いて答える。



「じゃあ、仲村さん救出に向けて出発!!!」


「はい!」

「ワン!!」


 久須男とイリア、そしてケロンが新たなダンジョンへと向かう。

 そしてこのダンジョン攻略によって、久須男の今後の行動方針がはっきりと定まることとなる。

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