6.ふたつ目のダンジョン
何が起きたのかは分からない。ただ彼女の不可解な不登校を考えるに、ダンジョンに迷い込んでしまった可能性は大きい。
午前中の空いた電車内。シートに座ったふたりが黙って車窓の景色を眺める。
「なあ、イリア」
「はい、久須男様」
久須男は先程から『神眼』を使い窓から見えるダンジョンの入り口をいくつも観察していた。久須男が尋ねる。
「ダンジョンの入り口の上にいろんな色の星がついているんだけど、あれは何の意味があるのか?」
イリアが頷いて答える。
「はい、色はそのダンジョンのクラスを示しています」
「クラス?」
「初級から紫、藍、青、緑、黄、橙、赤と色が変わるごとにクラスが上がって行きます。単純に難易度と考えてもらって結構です。赤い星のダンジョンは最難関ってことですね」
「なるほど、難易度か」
「はい、ただダンジョンを生業として来た我々でも橙と赤のふたつは未知の領域です。見つけることすらままならないんです。まさかもう見たとか?」
「えっ? 多分見たような気が……」
「ほ、本当ですか!? さすが久須男様……」
驚くイリアに久須男が尋ねる。
「それよりもその配色って、まるで虹じゃん」
久須男はそれが雨の後に空に架かる虹の色と同じだと思った。
「あ、こちらの世界にも虹はあるんですね! 仰る通りでダンジョンの難易度は虹の色に起因しているようです。あと星の数もあるんですが、これも数が多いほどボスの強さが上がったりします。最高で星五まで確認されています」
「と言うことは昨日入ったダンジョンが、ええっと紫の星一だったから、ああ、一番簡単なダンジョンだって訳か」
「その通りです。でも初めてであれほど完璧に攻略される方はほとんどいません。さすがでしたよ!」
「そうか……」
昨日は上手くいったとは言え、まだまだ始めたばかりの駆け出し。無理はしたくないが、仲村が入ってしまったダンジョンが高難易度だったらどうしようと一瞬不安になる。
「あとそれから武器一式は持ってきました」
イリアはそう言うとカバンに入れてあったポーションや昨日拾った皮の胸当て、そして背中に背負っていたミスリルソードを指差してにこっと笑う。
「あ、ありがとう。助かる」
ロリータドレスを着たイリア。コスプレ道具だと思われたのか、無事に電車内にも持ち込めている。ただ本物の剣だと知られれば銃刀法違反で没収は間違いないだろうと苦笑した。
そうこうしている内に最寄りの駅に到着した。ふたりは駆け足で駅を出て仲村の家へと向かう。
「この辺りだな……、あ、あれか!」
スマホのマップで探しながら辿り着いた仲村の家。なかなか大きな家だが表札にも名前が出ているので間違いない。久須男がインターフォンを押す。
ピンポーン!!
すぐに仲村の母親らしき人物が応答する。
『はい?』
『あ、あの、由美子さんのクラスメートの藤堂と言いますが……』
『何か?』
あからさまに迷惑そうな口調。久須男が続ける。
『先生に頼まれていたノートを持って来たんですが』
『……そう。ちょっと待ってて』
そう言ってインターフォンは切られ、しばらくすると玄関のドアが開かれた。久須男がイリアに言う。
「お前はちょっと隠れてろ」
「え、はい!」
制服姿の自分ならいいが、さすがにこの時間ロリータドレスを着たイリアはまずい。久須男は鞄から自分のノートを取り出し出てきた化粧の濃い母親に手渡す。
「これ、その、休んでいる分のものです……」
「あら、そうなの。ありがとう。由美子に渡しておくわ。じゃあ」
そう言ってドアを閉めようとする母親に久須男が尋ねる。
「あ、あの! 仲村さんは、その大丈夫なんですか……?」
大丈夫、と言う言葉に反応した母親が少し不快そうな顔で答える。
「大丈夫? ええ、大丈夫ですよ。あなたには関係のないこと。じゃあ」
そう言って冷たくドアが閉められる。
確信した。今の態度で彼女が普通じゃない状態にあると言うことを。
(『神眼』!!)
久須男が間を置かずスキルを発動。
(庭にひとつ、家の外の塀にひとつ、そしてここ……)
「イリア」
「はい!」
門の外で待機させておいたイリアに声を掛ける。久須男の隣にやって来たイリアに小さな声で言う。
「この玄関にダンジョンの入り口がある。紫の星三。昨日よりは難しいダンジョン。これから潜る。一緒に行くか?」
「無論です! イリアは常に久須男様と共にあります!!」
「分かった。じゃあ行くぞ!!」
そう言って久須男は目の前にあるドアを開けて足を踏み入れた。
むわっと湿度の高い空間。昨日よりはやや明るいダンジョン内。それでも見にまとわりつく形容のしようがない嫌悪感は昨日と同じだ。
「イリア、ミスリルソードを」
「はい!」
イリアは背中の背負っていたミスリルソードを久須男に手渡す。
「俺から離れるなよ」
「はい! イリアはずっと久須男様と一緒です!」
じとじとしたダンジョンを歩きながら久須男が尋ねる。
「そう言えばダンジョンに入り込んだ人が生きられる時間ってどのくらいなんだ?」
イリアが少し考えてから答える。
「はい、長くても一週間。食料などの準備があればもう少しは大丈夫かと。ただ魔物に襲われればそれで終わりになります」
「そうか……」
仲村が学校を休んで既に数日。ダンジョンに迷い込んだと言う確証はないが、もしそうだとしたら一刻も早い救助が必要だ。
「……イリア、下がって」
「え? あ、はい!」
久須男は通路の先にいる何かに気付いて剣を構える。
【レッドスライム(小)】
(赤いスライムか。昨日はボスだったが(小)となっているんで、それより弱いってことか? まあいい)
「はあっ!!」
シュン!!
「え?」
一瞬だった。
剣を持った久須男が姿を消すと、一瞬でスライムの後ろに現れ剣を突き立てている。スライムは何もすることなくそのまま消滅した。イリアが驚愕する。
(ま、全く見えなかったわ。スピードだけなら既に近衛騎士団をも凌駕するレベル。凄い成長です、久須男様!!)
イリアの見立て通り、久須男は昨日得たスキル『神速』を発動させていた。自分のスピードが格段に上がるスキルだが、基礎能力に比例するので所持者が強くなればなるほどスピードも爆発的に上がる。
「急ぐぞ、イリア!」
「あ、はい!」
その後も久須男は神速で移動しながら魔物を次々撃破。神譲りのスピードと弱点が最初から見る神の目を持った久須男に、このダンジョンでまともに戦える魔物はいなかった。
「階段?」
「あ、これこそ本来のダンジョンですね」
「そうだな」
地下一階に降り、更に魔物を討伐していく久須男。だがすべての部屋を確認し、『神眼』を使って捜索を行なったが人の気配は感じられなかった。
「くそ、このダンジョンじゃなかったのか!?」
そう悔しがる久須男とイリアの前に、その魔物が現れた。
「久須男様っ!!」
「ああ、分かってる」
これまでの雑魚魔物とは一線を画す強い圧力。いつの間にか広い空間であるボス部屋へ辿り着いてしまっていた。
「こいつがボスか」
それは子犬ほどの小さな魔物。
青白い体に尻尾が三つに分かれている鋭い牙を持った魔物。
【ケルベロス(幼体)】
地獄の門番と称される高レベルの魔物。ただ幼体とあるのでまだ子供のようだ。イリアがその姿を見て愕然とする。
「く、久須男様!? あれってまさかケルベロスじゃあ……、まずいです!! まだ小さいとはいえ、あれは地獄の門番!! とてもまだ敵うレベルじゃ……」
「イリア」
「あ、はい……」
「下がってろ」
「はい……」
イリアはそう言ってにこっと笑う久須男を見て心をぎゅっと掴まれるような衝撃を覚えた。壁際へ移動したイリアが両手を合わせて祈る。
(どうかご無事で、久須男様……)
まだふたつ目のダンジョン。
だが剣を構えて魔物と対峙する久須男の背中は、すでに上級冒険者の風格すら備えていた。
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