3.初ダンジョン攻略!!

 久須男くすおとイリアが出会いダンジョンへ入る少し前のこと。政府内閣府直下に置かれたダンジョン攻略室、通称『ダン攻室』でひとりの男がタバコを咥えながら窓の外を眺めていた。


「ふうー、さて、どうなることか……」


 高層ビルから見下ろす景色はそこに居るだけでまるで天下を取ったような気分になる。ただこの男、真田さなだ行實ゆきざねの心はそれに反して穏やかではなかった。



 コンコン……



「入れ」


 ガチャ


 真田の部屋にひとりの政務官が入り報告を行う。



「攻略組D-3班がダンジョンに遭遇、攻略を開始した模様です!!」


「分かった。ご苦労、下がって良し」


「はっ!!」


 政務官は敬礼し部屋を退室する。

 黒髪のオールバックで眼光鋭い真田。元自衛官の出身で居るだけ周りの者に圧力をかけるほど迫力のある男。その真田ですら恐れていた。



「……無事を祈る」


 数年前から全国で確認され始めた『ダンジョン』と名付けられた謎の異空間。

 政府は極秘で調査、攻略を行ってきたが、行方不明者を出すだけで一向に成果が上がらなかった。そこで文官ではなく自衛官出身の真田に白羽の矢が立った訳だが、その任務は想像以上に困難なものであった。





「うわー、マジであるんだ、ダンジョンなんて!」


 攻略D-3班に配属された三人組は、初めて入るダンジョンに興奮しながら周りを見回した。リーダーらしき人物が言う。


「気を抜くな。ここからがスタートだ。ボスを倒して無事に帰る。いいな!」


 陸上自衛隊の最新装備に身を固めた三名。マシンガンで撃たれても耐えられるジャケットや、巨大なクマですら一撃で吹き飛ばすショットガンなど対人装備を遥かに超えたもの。



「なに楽勝っすよ! これだけの装備がありゃ、虎でもライオンでも魔物でも何でも来いって感じっす!!」


 多額の報酬が得られる今回のミッション。ダンジョンが発見できただけでも大きくそれに前進していた隊員達の間に気の緩みが生じる。ひとりの隊員が何かに気付く。



「リーダー! 何か出ましたぜ!!」


「なに?」


 その声で全員が洞窟の先の方に視線をやる。赤外線スコープでも何の反応もない魔物。薄暗闇の中、肉眼でようやくその姿を捉える。



「ゼリー? 青いゼリーの魔物か……?」


 それはいずれ久須男が初めて倒すことになるブルースライム。その可愛らしい容姿に一行から失笑が起こる。


「え? これが魔物? なんか正直期待外れ。リーダー、撃ちますよ?」


「許可する、細心の注意を払え」


「了解〜!」


 隊員はそう返事をするとブルースライムに向かってマシンガンを連射した。



 ダダダダダダダダタッ!!!


「ヒャッハー!! 楽勝だぜえええ!!!」


 爆音を立てて撃ち込まれる弾丸の嵐。しかしすぐにその異変に気付く。



「ま、待て!! 止めろ!!」


「え、うそだ!? マジか……」


 ブルースライムに撃ち込まれた弾丸はすべてその体を貫通し、洞窟の地面に落ちている。



「効いて、ないのか……?」


 その言葉と同時に得も言われぬ恐怖を感じた瞬間、ブルースライムが体を凹ませジャンプし隊員の顔に張り付く。



「うがああ!! ぐごふぐぐぐっ……」


 顔を取り込まれパニックになる隊員。


「はがせ! はがせ!!」


 すぐに他の隊員が持っていたナイフでスライムを切り裂こうとするが、ナイフ自体が突き刺ささるだけで何の効き目もない。そうこうしている内に隊員が窒息してその場に倒れ込む。



「嫌だ、イヤだ、やめろおおおお!!!」


 混乱した別の隊員が持っていたマシンガンを出鱈目に撃ち始める。


「やめろ!! やめるんだああ!!!」


 リーダーは大きな声で叫ぶも、それが最後の肉声となった。

 攻略部隊のD-3班は、結局帰還することなくこのまま行方を絶った。






「あ、そうだ、ひとつ忘れていました」


 薄暗いダンジョンを歩きながらイリアが言う。


「なに? まだなんかあるのか?」


 ミスリルソードを手に周りをキョロキョロ見ながら歩く久須男が尋ねる。



「はい、ボスを倒すと実はお宝が手に入るんです!」


「お宝? それはいいな……」


 ダンジョンらしいなと久須男が思う。しかしイリアがちょっと難しい顔をして言う。



「はい、でもお宝を得るには、その前に大いなる試練を越えなきゃならないんです」


「お、大いなる試練? ボスを倒すだけじゃダメなのか?」


 残念そうな顔をする久須男にイリアが答える。


「はい……、我々マーゼル族も何度もボスは倒せたのですがその試練が困難で、お宝を得ることは本当に稀なんです」


「そうか、ダンジョンってのは大変だな……」


 イリアが笑顔になって言う。



「ええ、でもダンジョンで得られる資源で潤って来た我々にはとても大切な存在なんです。それにきっと久須男様なら大丈夫だと思います!!」


「な、何を根拠に……」


 イリアが笑顔で言う。


「だってマーゼル族最高のこの私とフュージョンしたんですよ?」


「そ、そうだけど」


「久須男様はもうお気付きになっていると思いますが、フュージョンした事で基礎運動能力が格段に上がっているはずです! もうこの世界の人が相手ならほぼ負けませんよ!!」


 確かに。初めて遭った魔物ですら落ち着いて対処すれば余裕を持って倒すことが出来た。


「更にですね〜、その超レアスキル『神眼』、古代文献にしか記載のないスキルで私も発現した人を見るのは初めてなんです」


「そ、そうなのか……?」


「ええ、『神眼』のお陰で集中すれば色々なものが見えるはずです」



(確かに……、魔物の弱点らしきものも見えたしな。じゃあ、イリアの弱点も見えるのか……?)



 じーーーっ


 久須男は黙ってイリアをじっと見つめる。視線に気付いたイリアが顔を赤らめて言う。



「あ、あの、久須男様? ま、まさか『神眼』で私の服の中を!?」


「え!? いや、違う違う!! そんなのは見えないよ!!」


 慌てて否定する久須男。しかしそれを面白がってかイリアが小悪魔的な表情を浮かべて言う。



「あの、でも久須男様がどうしてもって言われるのなら、ちょっとだけならいいかな……」


(ええ!? いや、そりゃ見たいけど、見たいけど、何の反応もしないじゃんか!! 『神眼』、仕事しろっ!!)


 じっとイリアを見つめるが何の反応も起きない。しかし久須男の脳に別の反応が起きた。



「イリア……、ここは?」


 いつの間にか少し大きな部屋に来たふたり。薄暗くて周りがはっきり見えないが、久須男の頭には確実にいるの存在を感じ取っていた。


「久須男様、ここは恐らく……」



「ああ、ボス部屋だな」



「ギャガアアアアアアア!!!」


 同時に部屋中に響き渡る魔物の奇声。久須男がイリアの前に立ち剣を抜き言う。



「下がってな、イリア」


「あ、はい!」


 イリアは頷き壁際へと小走りで向かう。



【レッドスライム(大)】


 姿を現わした赤いスライム。解析ではレッドスライムとのことだが、先のブルースライムよりも格段に大きい。



(雰囲気が違うな、さすがボスってとこか……)


 久須男はじっとレッドスライムを凝視する。



(スキル『神眼』!!)


 同時にスライムの体の中心に現れる赤いバツの印。恐らくあれが弱点だろう。



(体の中心部か。届くか、この剣で?)


 間合いを取っていたスライムが急に接近する。



「速い!!」


 その見た目よりもずっと速い動き。だが久須男はそれを余裕を持ってかわす。そして流れるような剣さばきで赤いバツ印に向かって剣を突き刺す。



 グサッ!!!



「ギャガアアア!!」


(くっ! やはり剣が届かないか!! ならば!!!)



 大きな体のレッドスライム。弱点の中心部には普通の剣では届かない。久須男は左右にステップを切りながらスライムに近付くと剣を反り上げるように何度も振る。



「これでどうだあああ!!! はあ!!!」


 スライムの体を剣で削り、薄くなった個所から一気に剣を突き刺す。



グサッ!!



「ギュギャ!?」


 急所を突かれたレッドスライムは小さな声を上げるとそのまま煙になって消えて行った。



「凄い、凄いです!! 本当凄いです、久須男様!!!!」


 見事ボス討伐を行った久須男にイリアが駆け付け抱き着く。



「お、おい!? ちょっと!!!」


 ロリロリのイリアだが、抱き着かれて初めて分かるその大きな胸。異臭を放つダンジョンにあって彼女の甘い香りだけが安らぎなのは間違いない。



「え? これは……」


 久須男は倒したレッドスライムの体から、何やら石板のようなものがドロップしたのに気付いた。イリアが言う。



「久須男様、これが大いなる試練です!!!」


「え、これが……?」


 久須男がそれを手にすると一瞬白く光り、そして石板に何やら文字が浮かび上がった。



【汝、以下の数式を解を示せ】



「え? 数式?」


 そして浮かび上がる試練と言う名の数式。



【12+5=?】



「は?」


 隣で見ていたイリアが両手を顔に当て真っ青な顔で叫ぶ。



「な、なんて難解な数式!! 二桁の加算とは!! ああ、やはり試練突破は夢のまた夢……」



「え、17だろ? 普通に」


 その言葉と同時に石板が白く光り、そして音を立てて半分に割れた。イリアが久須男を信じられない表情で見つめる。



「うそ、うそうそうそ!? あんな難関な算式をあ、暗算で……」


「いや、馬鹿にしてるのか? お前……」



【スキル『神速』を取得】



「え? おい、何か『神速』ってのを取得したみたいだぞ?」


 脳裏に浮かんだその言葉を久須男がイリアに告げる。それを聞いて驚くイリア。



「し、『神速』ですって!? 『神速』!? ま、またしても超レアスキル……、凄すぎるわ……」



「あっ!」


 そんな話をしているとふたりの体が白く包まれほんの一瞬だけ意識が飛ぶ。





「ん、あれ……?」


「あ、お疲れ様でした。久須男様」


 久須男が気が付くとそこは自宅の前。ダンジョンに連れていかれた自宅ドアの前であった。



「戻って来たのか?」


「はい。見事ダンジョン攻略でございます!!」


「そうか……」


 予想よりも簡単ではあった。

 ただ命のやり取りがあったことは間違いない。死と背中合わせの緊張感ある場所だった。イリアが言う。



「これでダンジョンは消滅しました。さすが久須男様です」



「そうなんだ。まあ、あんな物騒なもんが人の家の前にあっても困るしな」


「そうですね」


 ふたりがそんな会話をしているとその声を聞きつけたのか、自宅のドアが開かれ母親が現れた。



「わっ、か、母さん!?」


 驚く久須男。こんなロリータファッションの異世界人と一緒に居るところを見られてなんと説明すれば分からない。ただ同時に思い出す。



(あ、そう言えば、こいつの姿って他の人には見えなかったような……)



「久須男、どちらさんなの? この子?」



(はあああ!? 見えてるじゃん、見えてるじゃん!!!!)


 母親に言われたイリアが笑顔で答える。



「初めまして、お母様。私は久須男さんとしたイリアと申します!」


 唖然とする母親を見て、久須男はかなり取り返しのつかない事態となってしまったと心から思った。

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