2.初めての戦闘
「ダンジョン? ダンジョンだって……!?」
薄暗い岩に包まれた空間。生暖かい風に嗅いだことのない異臭。立っているだけで生を否定されそうな凶悪な空気。家に帰ってきたはずなのに一体なぜこんな所にいるのか頭が錯綜する。
「初ダンジョンですね! 頑張りましょ、久須男様!!」
混乱する久須男とは対照的に、ロリータドレスを来たメンヘラ美少女のイリアだけはこれまで変わらぬ態度で接してくる。久須男が尋ねる。
「な、なあ。このダンジョンのこと知ってるのか……?」
イリアは笑顔で答える。
「知っているも何もこのダンジョンこそが我々マーゼル族の生きる場所。別名『ダンジョン族』と呼ばれるマーゼルが本領発揮する場所なんです!」
「ダンジョン族……、本領発揮……?」
久須男はイリアのことを完全なメンヘラ少女と思っていたが、どうやらその考えを改めなければならないと思った。
「出れるのか? ここからどうやったら出られるんだ!?」
額に汗を流してイリアに尋ねる久須男。既に入って来た入り口は消えている。イリアが答える。
「ダンジョン攻略。最深部まで行ってボスを倒すか、隠された出口を見つけるかです」
「最深部……、ボスだって? そんなの無理だろ……」
一体何のファンタジーの話をしているのか。夢であって欲しいと願う一方で、この肌にまとわりつく空気は決して夢ではない。
「出口だ! 出口を探そう!! イリアとか言ったな、お前出口を知ってるのか??」
久須男がイリアの肩を持って揺さぶるようにして尋ねる。
「ちょ、ちょっと久須男様、やめてください! 私も出口なんて知らないんです!!」
「え、マジかよ。じゃあ、どうすればいいんだよ……」
頭を抱えて座り込む久須男にイリアが声をかける。
「ダンジョン攻略です。出口を探すよりダンジョン攻略をしましょう!」
「攻略って何だよ!? ボスとかいるんだろ? 魔物とかいるんだろ!? 絶対死ぬじゃん……」
イリアが首を振って答える。
「大丈夫です。久須男様はフュージョンに成功しました。既にダンジョン耐性と攻略能力を有しています」
「ダンジョン攻略? だからそんなの無理だって……」
泣きそうな顔の久須男にイリアが優しく言う。
「とりあえず『神眼』をお持ちなので、そうですね、このダンジョンに入る前にドアのところに星はありませんでしたか?」
「星? そう言えばひとつあったような……」
「色は?」
「紫色」
「いいですね~、ここは初級レベル、紫の星一ダンジョンです。初めてのダンジョンにうってつけの場所ですね。ラッキ~!!」
何がラッキーなんだよ、思いつつ久須男が尋ねる。
「な、なあ、ここって魔物が本当に出るのか?」
「出ます」
「戦って負けたら、やっぱり死んだりしちゃうのか……?」
「死にます」
「どこがラッキーなんだよ!!」
怒りで顔を赤くする久須男にイリアが言う。
「ラッキーですよ。超ラッキー!! 何せマーゼル族とフュージョンしてダンジョンに来られるんですもの。これほどラッキーなことはありませんよ」
「その、フュージョンってのをせずに来ることもあるのか?」
「あります」
「そうなると、どうなるの……?」
「フュージョンしないと魔物を倒すことはかなり困難になるので、死んでダンジョンの養分になりますね」
「え、養分?」
意外な言葉に驚く久須男。イリアが説明する。
「はい。ダンジョンは意志を持ったものと考えてください。人を誘い込み、魔物や脱出不可能にさせて殺し、その養分で成長します。だから何の装備もない場合は、早くダンジョン攻略を行わなければなりません」
「え、それって、まさか今の俺達がその状態じゃ……」
イリアが笑顔で言う。
「はい、そうです!」
(マ、マジか!! このままダンジョンで朽ち果てて養分になるのか……)
「さあ、行きましょう!」
「え、行くってどこへ?」
「ダンジョン攻略」
「ボスを倒すの?」
「はい」
簡単に言うなよと久須男が苦笑する。ただ前に進まなければどちらにせよ死が待っている。久須男が小さな決意を胸に歩き出す。
「なあ、イリア」
「はい?」
「なんか武器とかないのか?」
「武器ですか……? ないですね」
「どうやって戦うんだよ」
「さあ……」
「さあって、俺、初めてなんだぜ、ダンジョン」
青い顔になって久須男が言う。
「うーん、私達は魔物と戦うことはありませんので。そもそもフュージョンしてない者がダンジョンに来ること自体あまりないので」
「え、俺ひとりで行けってのか?」
「本来は。でも私は久須男様と一緒に居たいと思いますので、こうして付いて参りました。嫌でしたか……?」
上目遣いで悲しげな表情をするイリア。それを可愛いと思ってしまった久須男が赤くなって答える。
「いや、そんなことはないけど。俺もイリアと一緒に来れて良かったと思ってる……」
「あ~ん、久須男様っ!!」
(え?)
イリアは久須男の両手を握って泣きそうな顔で言う。
「ありがとうございます! クス王の生まれ変わりの久須男様にそう言って貰えて、イリアは幸せでございます!!」
(いや、俺その王様とは全く関係ないと思うだけどな……)
「久須男様っ!!」
「はい! 今度はなに!?」
突然大きな声を出すイリア。その声から察してただ事じゃない。
「魔物です! お気をつけて!!」
「ええっ!? ま、魔物!!??」
久須男が慌ててイリアが指差す方を見つめる。
【ブルースライム】
(え、何か頭に浮かんだ……)
魔物を見た久須男の脳裏に、見たことのない文字が浮かぶ。
「く、久須男様、は、早く討伐を!!」
イリアはそう言うとドンと久須男の背中を押す。先程までの余裕のあった彼女とはまるで人が変わったかのよう。
「お、おい、押すなよ!! 危ないだろ!!」
「だってだって、きゃあ!!」
異様に怖がるイリア。そんな彼女に気を取られた久須男に隙ができる。
(え?)
ブルースライムは体を凹ませると一直線に久須男の顔目がけてジャンプした。
「うごっ!? うぐぐぐっ……」
一瞬で久須男の顔に張り付いたブルースライム。液状の為、口や鼻が塞がれて息が出来ない。
「ス、スライムは顔にくっついて呼吸ができなくなるんです! 気を付けて!!」
(ぐごごごごっ、先に言えってんだよ……!!)
久須男は顔に張り付いたスライムを必死に手ではがそうとする。しかし強固に粘着しており簡単にはがれない。しかもスライムと格闘するうちにどんどん酸素が消費され息が苦しくなって来る。
(やばいやばいやばい!! こ、このまま死ぬのか!? スライムなんかにやられて、俺は死ぬのか……、あ、あれは!?)
一瞬死を覚悟した久須男。
そんな彼の目にスライムの体の一部に赤くバツ印がついているのが見えた。
(な、なんだあれ!? とにかく、殴るっ!!!!)
バフッ!!!
「グギャ!? ギャガアアアア……」
(え?)
久須男がスライムの体の赤いバツ印を思いきり殴ると、ブルースライムは情けない叫び声を上げてそのまま溶けるように消滅してしまった。
「凄い! 凄いです、久須男様!!!」
それを見て喜ぶイリア。
「か、勝ったのか……?」
消滅した魔物。それは初めての魔物への勝利の瞬間だった。
カランカラン……
「あ、ドロップアイテムです!!」
床に何か落ちる音が聞こえた久須男は、ゼイゼイと息を吐きながらそのアイテムを見つめる。
「剣? やった!! 剣だ!!!」
【ミスリルソード +攻撃補正】
「え? それってまさかミスリルソードじゃないですか??」
薄い緑色に光る美しい剣を拾った久須男を見ながらイリアが言う。
「そうみたい。ミスリルソードって出てる」
「うそ……、それって上級探索者が扱う貴重な剣ですよ。何でスライムなんかがドロップするのかしら……、と言うか久須男様、凄いです!!!」
【ポーション ×3】
「あとポーションも落ちてる。これって怪我をした時に使えるやつでしょ?」
「はい、色々落ちましたね。さすが久須男様。でもどうやってスライムを素手で倒せたんですか? それも一撃で……?」
不思議そうな顔をするイリアに久須男が答える。
「良く分からなかったけど、スライムの体に赤いバツ印が見えたんだよ。そこを思いきり殴ったら倒せた」
「え、それって、まさかスライムの急所? それが、見えるんですか?」
「急所? そうかもしれんな、一撃だったし」
「まさかそれも『神眼』のお陰とか?」
「多分。そうとしか思えん。……イリア、下がれ!!」
「え?」
久須男は背後に殺気を感じイリアを壁際へと避難させる。
シュン!!
同時に目の前の空を斬り裂く鋭い爪。
【ワーキャット】
「猫型の魔物!! 次は……、こっちか!!」
素早い魔物であったが、なぜか久須男にはその魔物の動きが手に取るように分かる。
シュンシュンシュン!!!
ワーキャットの素早い攻撃。
だが久須男はそれを余裕をもってかわしている。
「凄い、久須男様、全部かわしている……」
壁際で戦いを見つめるイリアが驚きの表情で見つめる。
(勝てる勝てる勝てる……、そこだ!!!!)
そしてブルースライム同様、ワーキャットの横脇腹に見えた赤いバツ印に向かって手にしたミスリルソードを突き立てる。
「ギャアアアア!!!!」
攻撃を受けたワーキャットは、先ほどのスライム同様煙のようになって消えた。
「勝てた……、俺、ちゃんと戦えるじゃん……」
「凄いです、凄い凄い凄いです!!! 久須男様っ!!!」
「わわっ、イリア!?」
見事魔物を倒した久須男にイリアが抱き着いて喜びを表す。
初めての魔物のとの戦い。でもそれはこれから大きく羽ばたく久須男にとってのひとつの助走に過ぎなかった。
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