異世界の姫様にフュージョン(融合)された俺が、現代に現れた政府お手上げのダンジョンで無双する。

サイトウ純蒼

第一章「ダンジョンのある世界」

1.久須男と異国の姫イリア

 ――神隠し


 そんな時代遅れのような言葉を皆が意識するようになったのは、ここ最近のことだ。



「うわー、が来た!! 逃げろ逃げろ~!!」


 高校二年の藤堂とうどう久須男くすおは、この年になってまでこうして馬鹿にされる名前を心から恨んだ。

 もう小学校から一体どれだけ苛められ続けて来たのだろう。今この名前を付けた両親を恨む気持ちはもうないが、この先一生こうやって馬鹿にされるのかと思うと死にたくなる気分だ。



「おーい、静かに! 授業始めるぞ」


 そんな高校の教室にやって来た担任が当たり前のように授業を始めようとする。ただその前に何かを思い出したのか、やや神妙な顔つきで皆に言った。



「あー、そうそう、仲村だが今日からしばらく家の事情で休むことになった。気にしないように。じゃあ、教科書の……」


 久須男くすおは目の前が真っ暗になった。

 仲村なかむら由美子ゆみこ。毎日馬鹿にされ引き籠りになりそうだった久須男にとって、彼女は唯一味方になってくれる女の子だった。

 綺麗な黒髪に凛としたメガネ。正義感が強いのか名前で馬鹿にされる久須男のことをよく庇ってくれた。



(仲村さんが、しばらく来ない……)


 ただそれだけで久須男の心は何か真っ暗な闇包まれたような気持ちとなった。





 結局その日はいつも通りクラスメートから馬鹿にされ、庇ってくれる仲村由美子もいなかったせいで落ち込んだままひとり家へと帰ることになった。



(あれ?)


 自宅の近くにやって来た久須男は、道路でキョロキョロ周りを見ている挙動不審な女の子を見つけた。

 栗色の自然なウェーブの掛かったミディアムヘアー。白のロリータドレスを着て頭には同じく白色のティアラが載せられている。クリっとした大きな目をした可愛らしい女の子であるが、さすがに怪しい。



(目を合わせないようにやり過ごそう……)


 道の端を顔を伏せて歩く久須男。

 そんな彼に気付いた女の子が指を差して大きな声で言う。



「えっ、あなた!!」


「ひえっ!?」


 指を差された久須男が驚いて顔を上げ、その少女と目を合わせる。



(か、可愛い……)


 思わず見惚れてしまうほどの美少女。だが絡まれたら面倒だ。久須男は苦笑いして通り過ぎようとする。


「ん?」


 そんな彼の前にその栗色の美少女は両手を広げて立ち、そして腰をひねって妙な踊りを始める。



「あ、あの、なにか……」


 声をかけた久須男に、女の子が心から嬉しそうな顔をして言う。



「わ、私が見えるのですね??」


「へ? 見えるけど……」


 女の子は小さくガッツポーズを作ってひとり言う。



「やった! やっと見つかった!!! 間違いないわ!!」


 久須男は身の危険を感じ、ゆっくりとその場を離れようとする。



「ああ、待ってください!!」


 女の子は逃げようとする久須男の手をぎゅっと握りしめる。



(え? や、柔らかい手……)


 生まれ初めて握る女の子の手。こんなに温かくて柔らかいのかと小さな感動すら覚える。女の子は両手で久須男の手を握り、それを胸の前まで持ってきて赤い顔をして言う。



「やっと見つけたんです。あの、私とになってくれませんか……」



「え、ええええっ!?」


 全く意味の分からない久須男。



「いや、だって、俺、全然君のこと知らないし……」



「いいんですね? ありがとうございます。じゃあ遠慮なく、それ! 融合フュージョン……」



「わっ!?」


 一瞬、何かが白く光った。

 彼女に握られた手を中心に温かな白い光がふたりを包んだ。



「これは、なに……?」


 何が起きたのか理解できない久須男。対照的に女の子は恍惚の表情を浮かべてうっとりしている。



「ああん、これがフュージョン……、最高ですぅ。もう溶けちゃいそう……」



「いや、何を言ってるんだって!?」


 女の子は前にかかった栗色の髪をかき上げると、スカートの両端を持って小さく頭を下げて言う。



「失礼しました。私、マーゼル王国の姫のイリアと申します。フュージョンをしてくれてありがとうございました。ようやく見つけることができました。感激です!!」


 ひとり嬉しそうに言うイリアを見て久須男が思う。



(完全にメンヘラ系の子か……、可愛いんだけどこれ以上関わるのは危険かも。やっぱり逃げよう……)


「ああ、そ、そうなの? 良かったね。じゃあ、これで……」


 そう言って立ち去ろうとする久須男。イリアが再び手を握り強めの口調で言う。



「ま、待ってください! あ、あの、お名前は……」


「俺? 名前? あの、藤堂、久須男だけど……」


 思わず名乗ってしまった久須男。それを聞いたイリアが驚きの顔になる。



「えっ、クスオ? クスオ、クス王……、うそ!? ク、クス王様ですって!? あの厄災を打ち破りマーゼル王国の礎を築いた伝説の初代国王、クス王様と同じ名前!!??」


「え、な、なに言ってるの……?」


 ひとり驚き興奮するイリアを前に久須男が口を開けて言う。イリアは両手を口に当てて目を赤くして言う。



「あ、あの伝説のクス王様と同じ名前とは……、まさか生まれ変わり!? どちらにせよ、これはもう運命の出会いとしか思えません。一生、私は久須男様と共にあります!!」



(や、やばいな、この子……、マジで薬とかやってんじゃないのか……)


 久須男はイリアを可愛いとは思いつつもこれ以上絡まれるのは良くないと思い、その場を去ろうとする。そんな彼の手をイリアが掴んで言う。



「久須男様、フュージョンボーナスは何でございましたか?」


「フュージョンボーナス?」


 もう一体何の話をしているのか全く分からない久須男が首をかしげる。



「はい、フュージョン成功者には何かしらボーナススキルが付与されます。私なら見れますので、ちょっと確認しますね」


 そう言ってイリアは久須男に顔を近づける。



(ち、近いっ!! って言うか唇、触れそう!! めちゃいい香り!!!)


 そんな風に久須男が思っているとイリアが驚いた顔になって言った。



「うそ……、スキル『神眼』ですって!? 超レアスキル……、こんなのが最初からって、凄い、凄いです!! 久須男様っ!!」


 イリアが久須男の両手を持って全身で喜びを表現する。久須男は苦笑しながら思う。



(完全に自分の世界に入っちゃってるぞ……、ヤバい、早く家に帰ろう……)


 興奮するイリアとは対照的に、久須男は身の危険すら感じる彼女の言動に早めの避難を決意する。久須男がイリアの手を離し、軽く手を上げて言う。



「じゃ、じゃあな。俺家に帰るから」


「ああ、待ってください! 久須男様っ!!」


 久須男はイリアのことが可愛いなと思いつつもそれ以上の得体の知れない恐怖を感じ、くるりと踵を返し近くにある自宅へと小走りで向かう。



(あれ? うちの玄関、なんていつ付けたのかな??)


 久須男は早足で歩きながら玄関の上に着いた紫色の星に気付くものの、母親が飾ったのだろうと思い勢いよくドアを開け中に入る。


 ガチャッ



「えっ?」



 しかし玄関を開けて中に入った久須男はその場で動けなくなった。


「なに、これ……!? え、洞窟……??」


 それは見慣れた自宅の玄関じゃなく、薄暗い岩壁に囲まれた通路。肌にまとわりつく湿気の高い空気、鼻につく何かの異臭。そこはまるでどこかの洞窟のような場所であった。



「初ダンジョンですね。頑張りましょう、久須男様っ!!」


 気がつけば隣にイリアが立ち、笑顔で言う。



「初ダンジョン……? えっ、ダンジョンだって……!?」


 後に『ダンジョン攻略組』最高峰と称され、異世界でも救世主となる藤堂久須男。その初めてのダンジョン攻略が始まった。

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