榛の木

 「アルダー様〰〰起きてぇ〰〰抱いてぇ〰〰〰ん」



 三日に一度、鼻につく猫撫で声で投げかけられる頭の悪すぎる文句で目を覚ます。


 増えたり減ったり入れ替わったりを経てここ三年程固定メンバーとなっている傍付きの一人、メイドのヨナは僕を起こすとき決まってそういうれをする。


 彼女は僕に性的な興味を持たない数少ない女性であり、そのゆえ競争率の高い傍付きのポジションを長らくキープしている。

 曰く「男より金」「金と結婚する」と給金が抜群にいい傍付きに居座り続けている無類の金好きで、ただ給金一点のみのために仕事の質も高い。

 朝勃ちすら萎むほどの鉄仮面で清々しいほどに僕への性的興味を否定しているその様は傍付きとしてはむしろ好感が持てる。


 そんな彼女が鼻につきすぎる媚び媚びの猫撫で声を直立不動の真顔で投げかけてくる不気味さは、音声の馬鹿らしさと相まって目覚ましとしては覿面てきめんである。



 「おはよう。今日も冷めてるね」



 おかげで僕は冷や水を浴びたような気分で目を覚ましたわけだけど、



 「今日も誠心誠意お仕えいたします。金のために」


 

 お構いなしに、彼女はうやうやしく礼をする。

 「金のために」って毎回必ず言うんだよなぁ……。


 まぁ三人いる傍付きの中でも、たまの夜更かしで気持ち寝過ごしそうなときにも「シャキっと起こす」を誰よりも完璧に遂行しているので、優秀なのは間違いない。



 「今日は何かすることある?」


 「ありません。明日という日を控えてアルダー様に仕事を回すような命知らずはおりません」


 「あぁ……」



 そうだ。そうだったね。

 領主家子息として日々激務に追われる僕も、今日だけはありとあらゆる業務を取り上げられている。



 「明日には成人の儀を控えております。本日はよく食べて、ほどほどに動いて、よくよくお休みになってください」


 

 そう、明日にはを控えている。

 のだ。たかだか一貴族家子息のために。


 普通に気が重い。



 「アルダー様が何ら気を張られる必要はないのです。なのですから」



 「一応私も」とドライな顔のまま付け加えるささやかな優しさが染みる。



 そうは言ってもな~……とグチグチくどくわけにもいかないので、一旦溜息で不服は出しきっておく。


 さて、平時よりも心休まらない休日の幕開けである。






※ ※ ※


お読みいただきありがとうございます。

次回更新は本日正午予定です。

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