貞操逆転世界のチヤホヤは重い

金沢美郷

モテたい

 モテたい。



 言うは易しである。

 それは持って生まれた上澄みを除いてほぼ全ての男子が直面するであろう人生の命題。


 モテたい。

 女の子にモテたい。

 掛け値なしの好意を向けられたい。


 欲を言うならば特に意味もなく、意義もなく、不自然に都合よく何故か自分に好意を向けてほしい。

 まぁそれこそ絵に描いた餅のような話で、さすがにそんなご都合主義を真剣に望んでいるわけじゃない。望む輩も中にはいるのかもしれないが。


 だから男はモテるために何やかんやと色気づく。

 身だしなみを整えてみたり、女子受けを意識してみたり、トガった奴はバンドなんか始めたり。

 知り合いのその手合いは結局モテなさすぎて有り余るエネルギーをギターに振り切って超絶テクを身に着け、開き直ってヘヴィメタに傾倒してみたら一周回って地元レベルでは結構ファンがついていた。


 無論、それでも彼は別にモテてはいなかった。いい曲書いてたのにな……



 現実とは無情なものだ。

 今の時世、男は選ぶ立場にない。

 こと日本においては、悲しいくらいに女が男を選ぶ。

 女は上から順に選んでいく。

 破れた者からある程度妥協して余り物の中でもマシなものを取り合っていく。

 取り損ねた女はいっそ「選ばない」を選ぶ。


 どうしても余りものが出てしまうのは仕方ない。

 そりゃそうだろう。そもそも自然とはそういうものだ。パートナーを見つけられなかった個体は淘汰されていく。そんなものだ。



 あぁ、ついぞ選ばれないまま三十まで歳を重ねてしまった。


 あれは小学校時代、モテるために僕が考えた策は「いい人」であることだ。

 選ぶ側もなるだけいい人を選びたいだろうという独り善がりな思いやりのせいである。


 ある時はクラスのヤンチャな男子がゴミをポイ捨てしたので拾って分別してゴミ箱に捨ててみた。

 そんな様子はクラスの誰一人として見ていない。

 捨てた本人は捨てたゴミの行方に興味がないし、クラスの女子たちはゴミをポイ捨てしてようとヤンチャでイケイケの男子が気になってそちらしか見ていない。


 それでもまぁいつかは人の目に留まるだろうと楽観して僕は「いい人」を続けたが、結局このエピソードは僕の三十年の人生の縮図となった。



 タイミングが合わないだけだ、とか、徳を積めばいつかは……とか、自分を誤魔化し鼓舞し誰も興味がないような善行を積み重ねること、それが無駄だとようやく気付くまで遅くも二十年余り。




 「無理かな」




 ある日プツンと糸が切れたように、僕のモチベは途切れた。

 まぁもういい歳だしなと開き直り、思い切って風俗を予約した。

 善行に没頭して貯まりに貯まった貯金から今までにない額を一挙に引き出して、都会のガチの高級店を時間たっぷり予約した。


 とりあえず童貞を捨ててみよう。

 今後の人生はそれから考える。



 うん。



 そうニヒルに考えつつも、しっかりと身体を清め、浮足立つ心が顔に滲み出ないようマスクできっちり顔半分を隠し、なお気持ち軽い足取りで家を出た。


 今まで手が届かなかった女体とは如何なるものや。

 僕がこの手で選んでやったぞというささやかな優越感と未知への期待を胸にするだけで世界がいつもと違った景色にさえ見えた。




 間もなく、猛スピードの車が迫る光景の直後、僕の意識は途切れた。





※ ※ ※


お読みいただきありがとうございます。

次回更新は翌0時予定です。

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